「伝統に回帰する」か「さらに国を開く」か -憲法改正論の新潮流―

政策シンクタンクPHP総研 研究主幹 永久寿夫

 昨年、参院選を前に、憲法第96条、改正規定についての議論が起こった。今年は集団的自衛権をめぐる議論が活発化している。自衛隊の合憲・違憲は昔から議論されてきたテーマであり、「アメリカから押しつけられた憲法」という立場から、新憲法制定を目指す向きもある。さらに、社会が大きく変化する中で、それに適合するよう修正すべきという議論もあり、さまざまな憲法改正案が出されるようになった。
 
 その草分けは、94年発表の読売新聞の改正案だろう。その後、PHP研究所から04年、世界平和研究所から05年に、改正案が出されている。日本青年会議所(JC)は06年と12年に草案を発表。さらにゲンロン憲法委員会が12年、その翌年には産経新聞も憲法草案を発表している。自民党からは05年と12年に改正案が示された。
 
 このように憲法論議は長年にわたって盛んに行われてきたが、実際のところ、私たちは憲法をどれだけ理解しているのか、どれだけ真剣に考えたことがあるのか。憲法を専門家のものとせず、主権者である国民が、憲法をきっちりと考えてみる機会が必要なのではないのか。そうした問題意識から、PHP総研では、7月25日に、「なぜ、いま、憲法が問題なのか」をテーマにフォーラムを開催し、JCとゲンロン憲法委員会といった憲法に関してはいわばアマチュアの集団がつくった草案をたたき台に、専門家の見解を交えながら憲法について考えた。そのフォーラムの内容をまとめたのが今特集である。
 
 
 第5回「変える力」フォーラム 
 
【テーマ】
「なぜ、いま、憲法が問題なのか」
 
【パネリスト】
曽我部真裕(京都大学大学院法学研究科教授)
西田 亮介(立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授)
松原 輝和(公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会副委員長)
【モデレータ】
永久 寿夫(政策シンクタンクPHP総研研究主幹)

JC松原輝和氏

1.憲法見直しの契機は東日本大震災
 
永久 それでは、JCの松原さんから、草案をつくった背景・理由、特徴や重視すべきポイントなどについて、ご説明ください。
 
松原 契機は、東日本大震災です。私たちは日々の生活の中で、日本民族としての誇りや精神性を見失い、社会に閉塞感を感じているのではないか。そこに大震災が発生しました。被害は甚大でしたが、日本人の行動が世界から称賛され、私たちは日本人の価値観にあらためて目覚めました。なぜ、そうした大切なものを、忘れてしまっていたのか。その一因が、憲法にあるのではないかと思ったのです。
 
 歴史的背景を検証し、現憲法は日本の弱体化のためにつくられたという結論に至りました。だから、いま、公や家族を大切にせず、個人主義に走る人が多いのではないか。JC草案は、公の心、公共の利益、公助の精神を大切にし、そのための義務を明記する内容になっています。
 
 
 安全保障に関する内容も特徴的です。自衛隊を「国防軍」にし、集団的・個別的自衛権を認めると明記しました。それによって、国民一人ひとりに、国防への認識を強めてもらいたい。国家非常事態条項にもご注目ください。これは津波で流された車を勝手に取り除くことが憲法上できないといった問題が復興を遅らせる障害になっていることを踏まえ、つけ加えました。また、憲法の顔である前文にもこだわりがあります。歴史的背景、人々の暮らし、この国のかたちなど、「日本らしさ」を表現することで、真の自主独立、主権国家として国民が国を想い、自主的に創り上げた憲法であることを内外に明示しました。
 
永久 次に、ゲンロン草案について、西田さん、お願いします。
 
 
西田 ゲンロン草案は、哲学者の東浩紀さんを中心に、楠正憲さん、境真良さん、白田秀影さん、そして僕をメンバーとするゲンロン憲法委員会の手で作成されました。2011年に東日本大震災があり、社会秩序の大きな変動が起きました。このような問題に直面したときに、東さんが、一度、国の根本原理を見直すような思考実験をすべきではないかということで、この問題に取り組もうとメンバーに声をかけていったことが出発点でした。東日本大震災を出発点にするという意味では、JCさんと似ていますね。ただし、寄って立つ価値観は異なると感じます。
 
 これまでの、とくに近年の憲法改正案は、いずれも経済団体や政治団体、メディアによるものなどであって、草の根から議論を立ち上げていくという性質のものではありませんでした。しかし、憲政史を紐解いてみると、大日本帝国憲法策定の時も、現憲法制定の時も、民間から活発に提案がなされていました。ゲンロン草案は、社会科学、人文科学を中心とする人間が集まってつくったものですが、そのような草の根的な伝統を継承するという側面を持っているといえます。
 
 特徴は、大きく二つあります。一つは、現状肯定です。今の日本社会は様々な問題を抱えていますが、比較的裕福であり、文化も発展していて、様々なコンテンツも輸出している。こうした社会を積極的に擁護しているといえます。情報化社会の恩恵を少なからず受けているといえますが、そのような必ずしも伝統に回帰しない「日本の良さ」のようなものを肯定的に捉えているといえます。
 
 もう一つは、問題解決の手法としての側面です。現実に存在するさまざまな社会問題を、制度の根源である憲法、そして機能する統治のシステムを通じて解決していくことはできないか。そのような問題意識があります。例えば、安保に関しては、自衛のための組織は有するが、戦争のための組織ではないことを明示しています。このように、今ある価値を積極的に肯定し、かつ、現状の問題や機能不全を制度的に解決する機能を折り込みました。
 

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