娘が同じ葛藤を抱えることがない社会に

NPO法人ArrowArrow 代表理事 堀江由香里

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堀江さんのインタビュー第1回、第2回はこちら:「子育てとキャリア、『どちらか』ではなく『どちらも」』選択できる社会に」「女性のキャリアに自信を
 
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介護社会になる前に、働き方の見直しを
 
 新しく産休・育休制度を導入する際、人事異動が少なく業務が固定化された組織よりも、人材の流動性の高い組織のほうが欠員が出た場合の人員補充がしやすいため、フォロー体制を整えやすいようにも思えるが、組織と人材の関係は、そんなに単純なものではないという。
 
「組織側から見ればそうかもしれませんが、個人の視点に立てば、人材が固定化されているからこそ、その人の存在がかけがえのないものになっていたり、流動的であるがゆえに代わりの人が入りやすく、一度抜けると復帰しようにもポジションが空いていないという事態が発生する面もありますから、一概には言えません。社員に対する処遇は、もともとその組織が持っている制度と、人材に対する考え方という掛け算の結果なので、けっこう複雑なんですよね」
 
 流動性は高くても人を大切にする文化の組織であれば、業務内容や職種は変わっても、会社には戻りやすい。大切なのはそれをどううまく組み合わせて活かすかだ。
 
「だから、その組織がどういう組織なのかを最初に把握することが大事なんです。 また、ArrowArrowとしては、組織にも個人にも偏ることなくフェアにやっているつもりでも、組織側から『個人の都合ばかり考えて提案していないか』と言われることも、逆に個人から『組織に寄り過ぎではないか』と言われることもあったので、そのバランスをうまく見極めながらコミュニケーションをとることが重要だと思っています」
 
 組織と個人の間で対立が生まれやすい例としてよく見られるのは、構成人員の頭数で売上ノルマが課せられていて、産休・育休や短時間勤務の人員が発生してチーム全体の稼働時間数が減っているにもかかわらず、ノルマは維持されているケースだ。そうなると、減った労働力分をチームのほかのメンバーがカバーしなければならなくなり、産休・育休や短時間勤務の人員がお荷物扱いされることになってしまう。
 
「それを解決するためには、話は大きくなってしまいますが、評価軸を変えないといけないんですよね。そうしないと、いろいろな人が働けるという状況にはなっていかないと思うんです」
 
 日本の企業に多い中途半端な独立採算制では、制約条件が多く、フレキシブルに動くことは難しい。
 
「私の知っている会社さんで、たとえばどのくらいの広さの机が欲しいかでノルマが変わるとか、土日勤務はしてもいいけれど、その分人件費が増えるので売上にもこれだけコミットしなければいけないとか、評価軸がすごく明確でしっかりしているところがあるんです」
 
 個人個人でノルマを含む働き方を決められ、その集合体がチームとしての生業となる。働きたい人はどんどん働き、子育て中で仕事を少しセーブしたいのであれば、ノルマと併せて自分にかかる人件費などの予算を減らせばいい。
 
「『産休で抜けるので、私ができることはこれだけ減ります』という場合は、本来自分にかかる人件費の範囲内で、ほかのチームから応援を頼んだり、派遣社員を入れて業務サポートにつけたり。そうした判断もその人がしていいんです。これがほんとうの独立採算制だと思います」
 
 生み出した成果以上に、勤務した時間数そのものがいちばんの評価軸となっていることが、日本の「働き方」を家庭との両立が困難なものにしていることは否めない。
 
「日本はこれから介護社会に入っていきます。介護は出産や育児と違い、いつ終わるかまるでわからない。そうなるとさらにコントロールの効かない働き方を強いられることは明白なわけですから、いまのうちに働き方の改善に取り組んでおかないと、今後ますます大変なことになると思います」

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評価制度は会社が社員に送れる唯一のメッセージ
 
 「働き方を見直す」ことは、業務の効率化や短時間化を図ることだけではない。「評価制度は会社が唯一社員に送れるメッセージ」と堀江さんは言う。なにがその会社で評価される「成果」なのか。どんな人に会社に残ってほしいと考えているのか。それを体現できるのは、評価制度しかない。
 
「ビジョンやミッションは大事ですが、それだけではやっぱりだめだと思うんです。“こういう働き方をしてくれたら、私はあなたを評価します”ということが、日本ではあまりに抽象的で不明確。だからこそ、変わりたいと思っても変われないんだと思います。会社は一つひとつ違うんですから、その会社がいちばん成果を出すための働き方はどんなものか会社ごとにちゃんと考えて、それが成果と連動しているということが大切です。入口は産休・育休制度の整備ですが、最終的にはそういういかたちをつくるお手伝いしていけたらいいなと思っています」
 
 そのためには、「これまでのやり方を変えたらもっとよくなった」という成功体験を積み上げていかなければならない。
 
「いまは過渡期なのだと思っていますし、いまのこの社会の流れの中で私たちがやるべきことや、いまこの時期だからこそ発せられるメッセージがあると思っています。数年前と比べても、女性の活躍を真剣に考える流れになっているので、いまがチャンスだと思うんです」
 
 女性の活躍を推進するために、管理職の女性比率などの数値目標が掲げられもしたことに、違和感を抱いた人も多いのではないだろうか。
 
「優秀かどうかに、男性だから、女性だからというのはないですよね。働き方が性別に依存しているいまの状況が打破されて、いろいろな働き方の人が、それぞれに成果を出しやすい組織になっていったときに、結果的に女性が活躍できている組織になっていた、ということが目に見える数値として出てくることはあると思いますが、先に数値目標を掲げてしまうのはナンセンスだと思います。逆差別が起きて、本当に実力がある人まで『女性だから昇進できたんだ』なんて陰口をたたかれたりして、逆に女性が自分のキャリアに自信をもてなくなってしまいますよね」
 
 国としてどういう働き方を推奨していきたいのか。どういう働き方をする人々を増やしていきたいのか。それらのデザインが先にあって制度がつくられるのでなければ、順番が逆になってしまっては、結果はついてこない。
 
「ああいうものが出てくるたびに、がっかりしてしまいますが、それは私の活動がまだまだできていないことばかりだからなんですよね。国のせいにしていてもなにも解決しないので、まずは半径5メートル以内でなにができるか考えて、一つずつ取り組んでいます」

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1、2時間だけ働ける即戦力の活用を
 
 もうひとつ、ArrowArrowが取り組んでいるのが、妊娠や出産を機に仕事を辞めてしまった女性の再就職を支援する「ママインターン」だ。
 
「現在、子育てを理由に退職した女性が、再び正社員として雇用される率は18%と言われています。一度正社員を辞めたら、8割以上がパートなど非正規雇用でしか働けないというのはおかしいのではないかと思っていて、いろいろな働き方を実現できないかということで、再就職支援に取り組んでいます」
 
 メインターゲットは「子育てが終わった女性」ではなく、「子育て真っ最中」の女性だ。
 
「託児施設も用意して、年次が小さいお子さんがいる方でも参加していただけるようにとやっているので、1歳から3歳くらいのお子さんがいる方が多いです。自治体と協働で取り組んでいるんですが、職住接近だとうまくいきやすいんですよね。雇う側も、働く側も、ハードルが下がりますから」
 
 まだ小さな子どもを抱えていると、いきなりフルタイムの勤務に戻るということは、雇う側、働く側ともに難しいが、短時間でもコミットできる人材を探している組織は意外と多い。だが、採用力が足りなかったり、アピールのしかたがわからなかったり、といったケースが多いため、ママインターンはそうした企業と個人のマッチングの場としても機能している。
 
「私自身、NPOを運営していて思うのですが、昼間ちょっと来てくれるだけでもいいから、『働いた経験のある人』というのは貴重な戦力なんです。学生ボランティアさんや学生インターンさんも来てくれるのですが、私たちのように遠隔で仕事をしていることが多いと、電話応対やメールの返信のしかたなど、一から教えてあげられる時間はあまりとれません。その点、社会人経験があると基本は身についていますから、即戦力になる。1~2時間でいいから人手が欲しい、というときも実は多いので、そうしたケースにママインターンはすごくマッチするんですよね」
 
 現在、ArrowArrowには、堀江さんを含め5名のスタッフがいるが、勤務時間などは相談の上、それぞれ個別に決めている。
 
「期限までに成果をあげてくれたら、いつ、どんなやり方をしてもいい、ということにしています。もちろんメリット・デメリットありますが、その日は2時間勤務にするとか、夜だけ仕事をするといったことを個人でコントロールできるので、子育て世代の多いうちのような組織にはしっくりくる組織体制だと感じています」
 
 スタッフはそれぞれプロジェクトごとにアサインされ、給与はプロジェクトごとに払われるようなかたちをとっている。
 
「とは言え、プロジェクトごとに切り分けることの難しいArrowArrowとしての広報や、成果の見えづらい仕事もあるので、それらについては『いつでもいいけど、プラス○時間コミットしてくださいね』といったかたちで業務を回しています」
 
 まだまだ試行錯誤している段階だと言うが、ArrowArrow自体が、子育てと仕事を両立できるフレキシブルな働き方のひとつのモデルと言えるのかもしれない。

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自分たちがいなくなることができれば、ミッション達成
 
 ArrowArrowは“子育てや介護等の理由に左右されない選択肢のあふれる社会の創造”をミッションに掲げているが、短期目標、中期目標をそれぞれ掲げている。
 
「短期目標は、これまであたためてきたコンサルティングプログラムを、もっとたくさんの人に届けることです。一時にコンサルティングできる会社数を増やせる仕組みをつくるとか、コンサルタントを増やすとか」
 
 また、中期的には、サポートの領域を広げることも視野に入れている。
 
「私自身、不妊治療の末子どもを授かりましたが、不妊治療と仕事の両立は容易ではありません。私はたまたま治療を始めると決めたタイミングでテレビ取材を受けて、治療を公表したこともあり、周りの方にサポートしていただくことができましたが、多くの方は孤独な闘いを強いられている。そうした人たちが多く存在しているという事実を踏まえて、私になにができるかということも考えています」
 
 堀江さん自身の不妊の原因は、社会人になりたての頃、激務でホルモンバランスを崩していたにもかかわらず、それを放置していたことだった。
 
「そんなことも知らずに働くだけ働いてからだを壊してしまうのって、悲しいですよね。晩婚化も続く中で、不妊治療を必要とする人は増えていくと思われるので、そうした人たちへのサポートもできればと考えています。ライフイベントと仕事の両立はすごく大事だと思っているので、サポートの領域を広げたり、伝えるべきメッセージを増やしたりしていきたいですね」
 
 課題先進国と言われている日本。ひとつの課題を解決しても、次々と新しい課題が生まれてくるのだろうが、昨年11月に長女が誕生したことで、現在の活動にかける堀江さんの思いは一層揺るぎないものになった。
 
「私の場合は娘が生まれたので、彼女が私と同じ葛藤を抱える必要のない社会にしなければならないという思いが強くなりました。これからは、拡大フェーズを経て消滅することも視野に入れて、成長していきたい。娘が大きくなる頃には、いまの私の事業は需要がなくなっていて、『お母さん、そんな仕事をしていたのね』と笑ってもらえるようになっていたら、ミッション達成だと思っているんです」
 
 課題解決型のNPOの場合、究極の目標は課題が解決され、自分たちが必要とされなくなって消滅することのはずだが、そこまで明確に言い切れる人は多くない。それだけに、その言葉には、堀江さんの強い志と本気が感じられた。
 
堀江 由香里(ほりえ ゆかり)*大学卒業後、人材業界のベンチャー企業に就職。人事部の立ち上げや新卒採用、内定者研修、新入社員研修のプロジェクトを手掛ける。2008年に病児育児等の事業を行うNPO法人フローレンスに転職。ワークライフバランスコンサルタント事業部長等を経て独立。2010年7月にNPO法人ArrowArrowを設立し、代表理事を務める。2012年1月より日本ワーク・ライフ・バランス研究会事務局長を兼任。
 
【写真:遠藤宏】

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