静岡県・沼津「深海魚直送便」

青山 沙織(深海魚直送便)& 鈴木宏和(一般社団法人沼津青年会議所 第67代理事長)

本稿は『Voice』2021年8月号に掲載されたものです。
水揚げされた深海魚がその日のうちに発送される「深海魚直送便」(写真提供:青山沙織氏)
水揚げされた深海魚がその日のうちに発送される「深海魚直送便」(写真提供:青山沙織氏)

「沼津といえばコレ」をつくりたい

かねてより日本の課題に挙げられている、地域力の創造や地方の創生。各自治体でさまざまな取り組みが行なわれ続けているが、いまから12年前の2009年度、政府が制度化したのが、地域外の人間がまちおこしに参画する「地域おこし協力隊」である。任期はおおむね1年以上で、長くても3年未満。具体的な活動内容は募集自治体ごとで異なるが、令和2年度時点で約5500人の隊員が各地域のために全国で働いている。

そんな地域おこし協力隊に応募して4年前から静岡県沼津市の戸田地区で働き始め、任期後の現在も現地に留まり活動しているのが、青山沙織さんだ。じつは青山さん、もともと沼津と何かの縁があって赴任したわけではないのだという。

「私は兵庫県の出身で、沼津には昔に一度、家族旅行で来たことがあるくらいだったんです。じつはその旅行では戸田にも立ち寄っていましたが、そのことには赴任後に『あ、来たことがある!』と気がつきました(笑)。

地域おこし協力隊は市町村単位で募集していて、私がそのなかで沼津を選んだのは、まずは単純に海の近くで働いてみたかったから。それと『深海魚』という沼津特有のコンテンツが面白いと感じたんです。私はもともと深海魚に詳しいというわけではなく、シーラカンスやダイオウイカくらいしか知りませんでした。いま思えば応募当時は『ミーハー』でしたね(苦笑)」(青山氏)

沼津って意外と「埋もれがち」なんです――。そう話すのは、一般社団法人沼津青年会議所(JCI沼津)の第67代理事長を務める鈴木宏和氏だ。

「自分は横浜の大学に入ったのですが、友人によく『沼津、遠くない?』といわれました。静岡のイメージというと、静岡市や浜松市がほとんど。でも実際には、沼津のほうが東京に近くて、横浜には新幹線も使えば1時間ほどで行けるんです。沼津港はたしかに知られているかもしれませんが、伊豆半島のなかでは熱海や三島と比べて印象が弱いかもしれません」(鈴木氏)

横で鈴木理事長の話を聞いていた青山さんも、頷きながら口を開いた。

「とくに私のように西日本の出身者からすると、イメージがやや薄いのは事実です。そんな沼津について知ってもらい、また足を運んでもらうには、沼津にしかない価値を創り出すしかありません。だからこそ私は、『北海道といえば牛乳』『仙台といえば牛タン』のように『沼津といえばコレ』というものをつくりたい。それが私の目標であり夢といってもいいかもしれません」(青山氏)

そう話す青山さんが、沼津で働き始めてからとりくみ続けているのが、自身も「コンテンツとして面白い」と語った深海魚によるまちおこしだ。

沼津は深海魚の「聖地」として有名だが、それは最深部にいくと水深2500mという駿河湾の豊かな自然がもたらす恵みでもある。とくに青山さんが働く戸田地区では5月中旬から9月中旬の禁漁期を除き「深海トロール漁(底引き網漁)」が行なわれ、水揚げ量日本一を誇る世界最大級の深海ガニ「タカアシガニ」をはじめ、希少な深海魚が獲れる。

「地域おこし協力隊」の活動には地域の特産品を使って地元を盛り上げたり、新しい地場産業を開発したりというとりくみが含まれている。沼津の場合は、その「地域の特産品」が深海魚というわけだ。

「私は当初、自分も好きな『モノづくり』で赴任した戸田を活性化したいと考えていました。ただし、地元の方が私のことをよく知らない段階では、一人でこもって活動してもまちは盛り上げられません。

そこで、地域のお祭りを手伝いながら1年目に企画したのが、駿河湾の深海魚アートデザインコンテストでした。観光協会が運営するサイト『深海魚の聖地戸田』のホームページをみてイメージする駿河湾の深海魚のイラストを募集したんです。応募作品を駿河湾深海生物館や道の駅など市内外の施設に展示するほか、最終的にはグッズやパンフレットづくりにも活かして、『戸田=深海魚』というイメージを広めていきたい。そう考えて始めたイベントです」(青山氏)

コンテストの反響は大きく、180枚ほどのイラストが寄せられた。展示の機会を確保するために絵や生きた深海魚を展示する「へだ深海魚フェスティバル」を開催するなどさらなる活動を展開した青山さんだが、ここで大きな問題に直面する。依然として世界を覆い尽くしている新型コロナウイルスの感染拡大である。

いくら払っても手に入れられない魚

「へだ深海魚フェスティバル」は2019年3月と20年の2月に開催されたが、3回目にあたるはずだった今年2月は中止を余儀なくされている。現在も新型コロナの影響で大々的にはイベントを催せない状況が続き、この状況下では絵の展示やグッズの販売は難しい。青山さんは当時の心境について「すべてがなくなってしまった、という気持ちになりました」と吐露している。

「深海魚直送便」について話す青山沙織氏
「深海魚直送便」について話す青山沙織氏

しかし――。彼女は決してここで下を向くことはなかった。まさに逆境をバネに思いついたのが、「深海魚直送便」だった。戸田漁港に夕方、水揚げされた深海魚をその日のうちに発送し、普通であれば市場に出されるタイミングで家庭に届けるサービスである。

「もともとお祭りなどで、深海魚を買いに来ているお客さんがたくさんいらっしゃることは知っていたんです。じつは戸田では、深海魚ってなかなか買うことができません。なぜかというと、いまでも物々交換の風習が続いていて、漁師の方が住民に配るから(笑)。貴重なものという概念がないんです。まさに『灯台下暗し』という言葉のとおり、住民のほうが地元の魅力に気付いていないケースで、戸田の方々は深海魚の価値をご存じなかったんです」(青山氏)

沼津ではもともと、「タカアシガニ」でさえも捨てられていたという。青山さんが漁業組合に「深海魚直送便」をやってみようと考えていると相談すると、「お客さんに、猫でも食べない魚ばかりをあげてどうするんだ、どうせならアカムツ(のどぐろ)とかテナガエビ(アカザエビ)とか入れたらどうか」と返されたという。

「全国の方からすれば、その地域でしか消費されていない珍しい魚のほうがほしいはずです。市場にも出回らない魚は、本来はいくらお金を出しても手に入れられませんから。そこにはたしかに、お金では表せない価値があります。私はそのように、いま光を浴びていない魚に価値をつけていきたいんです」(青山氏)

そんな青山さんの真摯な取り組みを、周囲が後押ししないはずがない。「深海魚直送便」の商品は食用と観賞用の2種類あるが、いまでは多くの地域から購入の申し込みが殺到して地元に活気を生み出している。漁業組合からも「青山さん、うちの組合に入って同じことをやってくれないか」といわれるほどの信頼を得ている。

もう一ついえば、これまで捨てられていた深海魚を売り物にすることは、昨今注目を集めているサステナブルな活動とも合致する。ある日、青山さんが戸田で獲れたメンダコをツイッターにアップしたところ、60万回も再生された。それを聞いた漁師の方は喜び、最近ではこれまで獲っても捨てていたメンダコを嬉しそうにもってきてくれるのだという。「深海魚直送便」の取り組みはそれまで見向きもされていなかった戸田の深海魚に新たな価値を与えるとともに、地元に賑わいやサステナブルというこれまでにない価値をもたらしている。

「楽しい」が新たな価値を生み出す

青山さんは一人で「深海魚直送便」をスタートさせたが、思いたったのは去年の4月中旬。そこからすぐに事業を軌道に乗せているのだから恐れ入る。地元の側はこうした青山さんの活動をどのようにみているのか、JCI沼津の鈴木理事長に聞いてみた。

沼津は「深海魚の聖地」と呼ばれている(写真提供:青山沙織氏)
沼津は「深海魚の聖地」と呼ばれている(写真提供:青山沙織氏)

「沼津は保守的な人が少なくない土地柄ですから、どんどん私たちのお尻を叩いてほしい。地元の人間は、深海魚は『こういうもんだ』という価値観がすでに出来上がっていますから、たとえば観賞用で売るなんて発想は思いつきません。私自身、いまだに『観賞用の深海魚を買われた方は、何に使っているのだろうか』と疑問を抱いているくらいですから(笑)。

JCI沼津は活動において『楽しい』という気持ちを大切にしているのですが、その点は青山さんの活動からも感じますし、そうでなければ新しい価値を生み出すことは難しいのではないでしょうか。私はもともとテレビっ子で、とくに『楽しくなければテレビじゃない』というキャッチフレーズを掲げた当時のフジテレビが好きでした。『とんねるず』と『ダウンタウン』が違うタイプのお笑いを生みだしてきたように、JCI沼津でもメンバーの一人ひとりが自分にとっての『楽しい』と思えることを深めていく。それが『ゼロ』の状態から『イチ』を生み出すことにつながるでしょうし、やがては多様な地域課題の解決にも結び付くと思うんです」(鈴木氏)

「楽しさ」を深めて地域課題を解決する試みとして、JCI沼津がいま取り組んでいる事業の一つが、eスポーツ(コンピュータゲームを使ったスポーツ競技)による地域課題の解決である。eスポーツはゲームとはいえども体を動かすものもあるので、たとえば高齢者の健康維持への効果があり、世界中のプレイヤーとコミュニケーションをとるには英語力が必要になるから英語に触れるという教育的側面もある。また、健常者と身体障がい者が対等に勝負できる。このように、地域が抱える多くの課題を解決できるツールとしてJCI沼津は着目しているのだ。

共感・共有が地域にもたらすもの

鈴木理事長が口にした「ゼロからイチを生み出す」ことは、青山さんも強く意識しているという。青山さんは現在、新たな取り組みとして「深海サメ皮の利用」にチャレンジしている。静岡県戸田地区では深海性のサメが多く漁獲されるが、そのほとんどは破棄される。そこで青山さんは自身のモノづくりの経験も活かして、サメの皮を利用した「深海魚(サメ)レザー」を開発して、地域を盛り上げたいと考えた。深海ザメの皮はザラザラしているために道のりは苦悩の連続だが、いまも製品化に向けて試行錯誤を続けている。

「魚の皮を資源として無駄にしないで違う製品に活用するとりくみは、すでに他の地域でも行なわれていることです。兵庫県たつの市では、有害魚でもあるナルトビエイを使った革製品や缶詰を開発していますし、富山県の氷見市ではブリなどの皮をなめして財布などの革製品をつくるブランド『tototo』が有名です。

青山氏とJCI沼津の第67代理事長を務める鈴木宏和氏
青山氏とJCI沼津の第67代理事長を務める鈴木宏和氏

私はサメの皮を使ってまだつくられていない製品に挑戦したいと思っているんです。財布を開発しても二番煎じですから、別の選択肢を考えているんです。『あ、こんなこともできるんだ!』と感じてもらえたほうが、最終的には戸田や沼津の新たな価値にもつながります。他の地域の取り組みをたんに深海魚に置き換えるだけではなく、違う方向にもっていきたいですね」(青山氏)

そう話す青山さんの顔は、非常に輝いている。しかし同時に、「こうしたアイデアは一個人だとなかなか思いつかないもので、いろいろな考えの人とつながることで、奇想天外の提案や新しいものが生み出されるものです」とも口にした。その意味では、青山さんのような個人で活動している方を後押しできるのは、多様なバックグラウンドをもつメンバーが集まるJCI沼津のような組織ではないだろうか。

「私もそう思います。青山さんがゼロから新しい価値を生み出そうとしている姿には共感を覚えますから、ぜひとも連携したいですね。私自身は、既存の流れを加速させたり、他所のとりくみを自分のまちにとり入れたりするのは、行政や商工会議所のように1を100にすることを得意とする団体の方々がとりくんだほうが、青年会議所がやるより波及効果が高いと考えているんです。青年会議所という40歳以下の人間で構成されている組織は、むしろ新しいことにチャレンジし続ける集団であるべきではないでしょうか。そうでないと、自分たちのまちの考え方も新しくなりませんし、これまでにない価値なんて生まれるはずがありません。

青年会議所という組織の強みの一つはネットワークです。それはおそらく、青山さんのように個人で風穴を空けようとされている方の手助けになるはずです。さまざまな人間が集まるJCI沼津にはいろいろな人脈がありますし、何よりも青年会議所は全国に691の組織がある。私たちのネットワークが青山さんの活動と組み合わされば、大きなうねりを生めるでしょう」(鈴木氏)

「戸田にないものは、とくに『若い力』です。その意味でも、JCI沼津の皆さんと連携できれば足りないものを補うことができるかもしれません。私自身、個人での活動は多くのメリットがあるととともに、一方でデメリットも感じていて。たとえば、いま以上に戸田や沼津の魅力を外に発信するには、まずは地域の人びと自身が自分たちの足元にある価値を共有・共感することが大事だと思うんです。先ほどメンダコの話をしましたが、戸田の方々と深海魚の価値について以前よりも共有できてきていると感じています。それでも、ここから先は私個人が声を上げ続けていても限界がある。そのときに、JCI沼津のような組織と協力し合うことは、とりくみを広げていく可能性がある気がしています」(青山氏)

*     *     *

自分が楽しいと思いながら始めたとりくみが、次第に地域の人びとに理解されて、やがては喜ばれて共感が広がっていく。そんな青山さんの活動が有形無形で地域にもたらすものは、JCI日本(公益社団法人日本青年会議所)が今年のスローガンに掲げる「質的価値」の定義の一つに当てはまるのではないだろうか。

少なくとも、青山さんとJCI沼津との連携はこれからも進んでいくだろうし、じつは今年7月17日からの2日間にかけて行なわれるJCI日本のイベント「サマーコンファレンス」のゲストにも、青山さんは招かれている。日本の次代を担う若者たちが「質的価値」について意見を交わしたり考え方を共有したりすることは、やがて日本全体を動かす力につながるはずだ。

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