山口県・山口「春日山フェリア」

金子 賢二(一般社団法人山口青年会議所第66代理事長)

本稿は『Voice』2021年6月号に掲載されたものです。
「春日山フェリア」は毎年11月、旧県立山口図書館(現春日山庁舎)で催される(写真提供:JCI山口)
「春日山フェリア」は毎年11月、旧県立山口図書館(現春日山庁舎)で催される(写真提供:JCI山口)

山口県庁前から、緩やかなカーブを描いて伸びる県道203号は、夏であれば生命力に溢れる緑の木々に彩られ、秋には紅葉が通り一面を真っ赤に染め上げる。全長780m、道幅40m、パークロードと名付けられた美しいこの路は「日本の道100選」に選出されている。

パークロードを歩いていると、山口という街が、たとえば工業都市や産業都市とは一線を画したゆったりとした空気をまとっていることが肌で感じられる。県庁のすぐそばに県立博物館や県立美術館など文化的建物が並ぶこともさることながら、五重塔が国宝に指定されている瑠璃光寺や、常栄寺雪舟庭など、歴史的な神社仏閣がそこかしこに佇む。

「ありがたいことに、山口市は下松市や長門市、光市など周辺からも一目置いていただいているようです。桜の名所としてしられる一の坂川が流れ、風情あるお茶屋さんや、かつては古くから続く旅館もありました。『食い道楽』『着道楽』のまちとしてもしられ、『粋』という文化も根付いています。それもやはり、『大内文化』がバックボーンにあるからではないでしょうか」

そう教えてくれたのが、一般社団法人山口青年会議所(JCI山口)の第66代理事長を務める金子賢二氏だ。時代は遡り中世、現在の山口市を含む長門・周防を治めていたのは大内氏であった。その歴史は大内氏の先祖が聖徳太子より周防国大内を賜ったことに始まり、14世紀に政庁を山口に移すと、京を模したまちづくりを行なったことで「西の京」として名を馳せた。

しかし大内文化、つまりは山口の本当の魅力は、「西の京」というひと言では言い表せないのではないか。大内氏は29代当主・政弘(1446-95)以来、現地の文化人を手厚く庇護した、31代当主・義隆(1507-51)はフランシスコ・ザビエルの滞在とキリスト教の布教を許した。文化・芸術への理解の深さと、多様性を認める鷹揚さ。それこそが大内文化の真髄であり現在の山口にも根付く風土である。

山口に点在するコンテンツを「線」にする

山口市では2018年より、「春日山フェリア」というイベントが行なわれている。山口の歴史や風土を体現し、そのうえで、いま抱える課題を解決するために始まった催しだ。3年前のスタートの際、主体となったのはJCI山口であった。本年度の金子賢二理事長と、3年前の起ち上げの中心メンバーで、いまもJCI山口に所属しながら、本年度地域グループTOYP委員会副委員長を務める北條榮太郎氏に話を聞いた。

「フェリアとは、スペイン語で『見本市』という意味です。春日山フェリアは、山口で活躍されているクリエイターをお招きし、山口の活性化に繋げることを目的に誕生しました。山口では、じつに多彩な作家の方々が活躍されています。木工や彫金、革製品、ガラス小物や服飾品。春日山フェリアでは、そんなさまざまなクリエイターが一堂に会して、100年前に建てられた旧県立山口図書館(現春日山庁舎)を会場に、マルシェ形式で20店舗以上が出展します。会場は出展販売、委託販売、イベントコーナー、シェア出展からなり、一般エリアとクリスマスエリアにわかれていて、過去には3000人の来場者を呼び込みました」 (金子氏)

「山口は『大内文化』の名残もあり、芸術性が高いエリアです。これは間違いない。市は『やまぐち新進アーティスト大賞』という企画を10年以上続けていますし、パークロードにはオリジナルのシルバーアクセサリーやハンドメイドの作品を売るお店も並んでいる。

しかし、肝心の市民の私たちが、『山口=クリエイターのまち』という意識が希薄なように思う。これではせっかくの資産を活かすことができないというのが、当時からいまに至るまでのJCI山口の問題意識です。とはいえ、もうすこし裏話をすれば、まちの問題点をみつけようと夜にパークロードを歩いていたとき、暗闇に浮かぶ庁舎を『なんだこの建物!?』とみつけたのが最初のきっかけです(笑)。こんな趣のある建物で面白いイベントをやれば盛り上がると閃きました」 (北條氏)

山口県内には「代名詞」をもつ都市が多い。「下関市=フグ」「萩市=幕末維新」「岩国市=錦帯橋」。そう考えたとき、山口市は県庁所在地であるがやや特色が薄く、もっと存在感を出さなければいけないと、金子理事長と北條氏は異口同音に口にする。しかしこれまで述べてきたように、本来ならば「文化・芸術」が立派な看板になるはずが、前面に押し出せてこなかった。そこで、「春日山フェリア」を一つの起爆剤にしたいというわけだ。

JCI山口の第66代理事長を務める金子賢二氏
JCI山口の第66代理事長を務める金子賢二氏

「山口は制作活動を行なううえで魅力的だと、クリエイターの方々からよくお話しいただきます。しかし、たしかに行政は彼らを育てる環境をつくってきましたが、その先の話として、経済的に支える仕組みは充分には構築されてこなかった。クリエイターは往々にして創作活動に莫大な時間を費やすため、コマーシャル(宣伝)にまでは注力できません。そこでJCI山口が、テナントミックス(商店街活性化)に繋がる『リアルの場』を設けようと考えたのです。

また個人的にもったいないと感じていたのが、山口市には瑠璃光寺をはじめ観光名所がいくつもありますが、そうした集客力のある強い『コンテンツ』がバラバラに点在し、『線』にはなっていないことです。だから、『春日山フェリア』があいだを繋ぐ存在になればいい、との想いもありました。こうお話しすると東京の方には驚かれるかもしれませんが(笑)、僕としては、県庁から市役所までのエリアを表参道のようにしたかったんです。自然が豊かで文化的な建物が並んで景観がよく、散歩をしていて本当に気持ちがいい。それなのに立ち寄る場所がない。もったいないですよね」 (北條氏)

「たこ焼き屋は入れない」

その歴史を紐解けば、山口市がクリエイターとともにまちおこしを行なうのは自然な成り行きに感じる。しかし意外にも当初は、JCI山口のなかでもさまざまな意見があったと金子理事長が振り返る。

「『自分たちのまちを元気にする』『目の前の課題を解決したい』と考えたとき、わかりやすいのは祭りなどを派手にやることなんです。経済効果は見込めるし、交流人口も増やせますから。でも、自分たちの歴史や風土に根差したものでなければ持続性はないし、せっかく素晴らしいクリエイターの方々がいて、他のまちには真似できない取り組みをやれるわけです。

かくいう僕も、もともとは芸術などに明るいわけではなく、皆で勉強として北九州の門司を訪れたときも、ピンときていないメンバーが多かった(笑)。でも、そんなメンバーも、いまでは『春日山フェリア』で出会ったクリエイターがつくった財布を使っています。エッジのきいた取り組みだからこそ、しっかり続ければ認知されてファンは確実に増えるはず。そのためにも、継続が何よりも大切だと感じています」 (金子氏)

続いて北條氏に「春日山フェリア」起ち上げ時の話を聞くと、「たこ焼き屋などは入れない。そこは譲りませんでした」と語る。どういうことだろうか。

「もちろん、たこ焼き屋そのものを敬遠しているわけではありませんよ(笑)。そういう出店を呼べば、わかりやすく来場者が増えるし、滞留時間を長くできるなどメリットが多いことも承知しています。アートクラフト系のイベントでは主流の手法ですよね。ただし、『春日山フェリア』に関しては、そうして人を呼んだところで、はたして将来のことを考えたときによろしいものか。そんな想いがあったのです。

これと同じ話で、趣味でアクセサリーをつくっているような方に出展してもらうのも違うと考えました。この副業時代、個人としては素晴らしい活動です。ただ、あくまでも『この道で飯を食べていくんだ』という強い想いと覚悟がある方々にのみ、出展を相談しました。そんなクリエイターとそのファンが集うことにより、さまざまな情報がシェアされ、またコラボレーションのきっかけも生まれるはずです」 (北條氏)

「たこ焼き屋を入れない」といっても、器やコーヒーにこだわるなどイベントの空気感を崩さない飲食店は出展した。そうして「同じ目線」を大切にすることで、イベント後に集めたアンケートでは「本物のイベントだったね」という声が寄せられているという。

北條氏には、忘れられない出会いがあった。「春日山フェリア」を構想しているとき、山口市の商店街の近くで画廊を開いている年配の方を訪ねて、話を聞いたところ、「山口には、いいアーティストがたくさんいる。中途半端なことをやれば、かえって火を消してしまう」と大層お叱りを受けたというのだ。そうした声も真摯に受け止めて、「中途半端でないアートイベントとは何か」を追求した結果、その年配の方にも「春日山フェリア」を応援してもらえるようになったという。

未来永劫、伴走する覚悟が必要

JCI山口は県や市、教育機関、さらには地元企業の協力のもと「春日山フェリア」を企画から手掛けてきたが、現在では委託し、サポートとして携わっている。最初に行政に話をもちかけたときは、やはり「なぜクリエイターなの?」というリアクションだったという。少子高齢化時代、確実に増えていく年配層にターゲットを絞ったほうが確実で、各観光地に焦点を当てたコンテンツのほうが、話が早いとの考え方だったようだ。

「春日山フェリア」にはさまざまなクリエイターが出展し、賑わいをみせる(写真提供:JCI山口)
「春日山フェリア」にはさまざまなクリエイターが出展し、賑わいをみせる
(写真提供:JCI山口)

もちろん、2、3年後の経済効果は大事だ。それでも次代を担うリーダーが揃うJCI山口としては、10年後、20年後の山口の姿を考えなければいけない。そうして活動を続けた結果、いまではむしろ行政を含め多くの組織から頼られるケースも多いという。

「コロナ対応でも、現場の実情を知る地方自治体の可能性が語られましたよね。それでも、まちの課題すべてをフォローすることは、物理的に難しいでしょう。そんなときこそ、JCIのようにフットワークが軽く、いろいろなことを犠牲にしてでも地元に何かを還元したいと考える人が集まる組織の出番だと思うんです。

現在、『春日山フェリア』はほかの組織に委託していますが、これは完全移行というよりは『伴走』しているイメージで、引き続き深くコミットしています。よほどビジネスとして大規模なイベントにしないと、他のパートナーにそのままお渡しするというのは難しい話だと実感していますから」 (金子氏)

「これは最近気が付いたことで、私たちは『春日山フェリア』にかぎらず、さまざまな事業を起ち上げていますが、他の組織に移行するとしても、完全に手を放すのではなく、一緒に未来永劫やっていく覚悟がないといけません。実際に、現在の『春日山フェリア』の実行委員長は当時のJCI山口の理事長が務めていますし、私もメンバーに入っています」 (北條氏)

東京に行かずとも、山口で勝負できる

JCI山口は今後、どのように「春日山フェリア」を育てていくつもりなのだろうか。一つのモデルケースになりうるのが、岡山県の倉敷だという。

「倉敷は山口の大内文化特定地域よりも狭いエリアに年間300万人もの観光客が足を運んでいます。もともとデニムのまちとして有名ですが、現在はジーンズ以外でも、クリエイターの個性が光るノーブランドの店が経済効果を生み出しています。倉敷というまちがブランドになり、そこに構える店も自ずと注目を集める。一度そうした循環をつくりあげれば、まちは何十年先も持続的に栄えていくし、全国から出店したい人が手を挙げるようになる。山口もクリエイターが活躍する環境は整っていますから、自分たちもできるかもしれない、いや、できると確信しています」 (金子氏)

金子理事長(右)と北条榮太郎氏。パークロードにて
金子理事長(右)と北条榮太郎氏。パークロードにて

「僕の理想としては、『ミニフェリア』が山口のまちの至るところで行なわれているイメージなんです。たとえば、パークロード沿いのカフェに、3人のクリエイターの作品を置き、見たり触れたりして気に入ったら買っていただけるようにする。同時に、彼ら・彼女らにわずかでも出展料を支払ってもらうことで、まち全体で経済を循環させる。そんな拠点を点在させて『ミニフェリア』を各所で開催できれば、山口の外のクリエイターからも『山口、面白いね』とお店を出したり、学生が勉強しにきたりするかもしれない。『東京に行かずとも山口で勝負できるね』となれば最高です」 (北條氏)

クリエイターから出展料をもらうのも、持続性を考えれば重要だ。出展料をタダにするなどクリエイターに対して過剰に手厚くもてなし続ければ、彼ら・彼女らの自発性を事前に損ねてしまう。それでは、経済の好循環は生めない。その意味でも、あくまでも「伴走」することが、互いの発展を考えれば大切なのだろう。

最後に、金子理事長に今後の展望と、JCI日本が本年度のスローガンとして掲げている「質的価値」について、どう考えているかを聞いてみた。

「今回の取材のお話をいただいてからずっと考えているのですが、考えれば考えるほど難しい(笑)。ただ、手前味噌ではありますが、出展者数や来場者数にこだわることなく、山口の文化や風土を活かしている『春日山フェリア』という唯一無二のイベントこそ、『質的価値』そのものではないでしょうか。地元の人やモノはもちろんのこと、空気や歴史などすべてをひっくるめて、一つのイベントや商品にする。それを求めているクリエイターやお客さんは、必ずいると思うんです。

『春日山フェリア』は昨年、コロナの影響で開催できなかったので、今年はなんとかやりたいです。いま、それとは別に『空き家対策』の事業や、参加者の婚活に繋がるような『街コン』の開催も考えています。バイタリティあるJCIだからこそできること・やらないといけないことは、まだまだたくさんあるはずです」

*     *     *

金子理事長と北條氏の話を聞いたのち、あらためてパークロードを通り、「春日山フェリア」の会場となった旧県立山口図書館まで歩いてみた。厳かさや歴史を感じさせる建物で、近隣にはいくつもの文化施設や観光地がある。この場所で魅力的なアートイベントが行なわれて、自分もそこに出展できるとなれば、たしかにクリエイターは嬉しい。そんな「場」をつくることこそ、「質的価値」の一つの在り方なのかもしれない。

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