欧米モデルの少子化対策から脱却せよ

山田 昌弘(中央大学文学部教授)

本稿は『Voice』2020年12月号に掲載されたものです。

不妊治療の健康保険適応などを検討している菅内閣。しかし、わが国の少子化対策は失敗を続けてきた。コロナ禍でさらなる出生数の減少が見込まれるいま、私たちが認識すべき日本特有の少子化事情とは

コロナで加速する日本の少子化

新型コロナ禍は、経済活動だけでなく、社会のさまざまな領域に影響を与えている。結婚、出産領域も例外ではない。

表1 2020年の婚姻・出征状況

結婚、出生の状況をみるために、厚労省が出す人口動態速報をみてみよう(表1)。これは、全国で出された婚姻、離婚、死亡、出生届を月ごとに集計したものである。

まず、婚姻数が大幅に減少していることがわかる。1―7月の累計で、2019年は36万473組あったものが、2020年1―7月の累計で30万7,608組と、約14%減少している。昨年は5月1日に届け出を出す令和婚が多かったことを割り引いても減少幅は大きい。

出生数は新型コロナ流行前の昨年の懐妊の結果のため、減少数はそれほど大きくはない。ただ、結婚後1年ごろの出産が多いこと、結婚している人もコロナ禍による感染不安、病院の受け入れ不安で産み控える人が多いこと、そして、男女交際機会の減少によって日本の結婚のほぼ2割を占める「できちゃった婚」が減少することなどを考えると、2021年には大幅な減少が見込まれる。

厚生労働省は慌てて妊娠数調査を行ない、今年の届出数が減少していることがわかった。地方では妊産婦のPCR検査を無料にするなど、妊娠による健康不安を取り除こうとやっきになっている自治体もある(20年後、大学受験などで大幅に有利になることが予想されるが、健康リスクをとってまで出産を決意する夫婦はどれくらいいるだろうか?)

婚姻数の減少は一時的なことであり、新型コロナ禍が早期に終息すれば、元に戻ると考える人もいるかもしれない。しかし私は、新型コロナ禍は、日本社会の少子化というトレンドを加速させていると考えている。

終息後に多少揺り戻しがあったとしても、このトレンドはなかなか変わらない。それは、少子化の最大の原因が、いまの若者の「将来の経済生活への不安」であり、その根底には「子どもに(経済的に)つらい思いをさせたくない」という意識がある。コロナ禍がその不安を増幅させ、終息後も、その不安は強まりはすれども、弱まるとは思えないからである。

少子化のトレンド

まず、日本の少子化のトレンドを簡単にみておこう。

日本では現在、人口が減少中である。2019年、日本で生まれた子どもの数は、86万5,239人。死者数は138万1,098人だったので、差し引き1年で51万人以上減少した計算である。ベビーブームの1949年(現在71歳)の出生数・年269万人と比べれば3分の1以下、団塊ジュニアの1973年(現在47歳)の209万1,983人と比べても、5分の2の規模まで減ってしまった。その結果、高齢者比率は2020年、推計で28.7%、世界最高を更新中である。

日本の少子化は1975年ごろから始まっているが、それがトレンドとして認識されたのは、いまからちょうど30年前、1989年の合計特殊出生率(女性が一生のあいだに産む子どもの数の目安)が1.57であることが明らかになった1990年である。それ以来の30年間、合計特殊出生率は低迷を続け、昨年には1.36となった。ほぼ30年間、合計特殊出生率は1.6以下で推移している。

私は少子化研究の専門家として、研究者だけでなく、海外のジャーナリストや政府関係者から意見を求められる。欧米の記者からは、「なぜ、日本は何十年も少子化を放置しておいたのか? 移民も入れなければ、人口が減り、高齢化が進行するのはわかっていたことではないか」と聞かれる。

欧米の状況をみると、後に述べるが英米のように少子化にならない国も多いし、少子化対策に成功した国もある。ドイツは少子化が進行しているが、EUという枠があり、大量の移民を受け入れているので、少子化の悪影響は緩和されている。

最近は、アジア諸国の識者の取材や講演依頼が多くなっている。私も『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書、1999年)、『少子社会日本』(岩波新書、2007年)、『結婚不要社会』(朝日新書、2019年)、『「婚活」時代』(白河桃子氏との共著、ディスカバー携書、2008年)など多くの著書が中国語、韓国語に相次いで翻訳されている。

なぜなら、現在、韓国や台湾、シンガポールなどは、日本より合計特殊出生率が低い。親同居未婚者が多く、子どもの教育費がかかることなど、日本と共通点が多い。しかし、少子化が深刻化したのは最近で、高齢化率もそれほど高くないので、まだ対策が間に合うと考えている。つまり、少子化対策失敗の理由を学んで、日本を反面教師にするつもりだと思われる。

少子化対策失敗の原因

欧米で、少子化対策で成功したといわれているのはフランス、スウェーデン、オランダである。これらの国では、一度合計特殊出生率が1.5程度まで低下したが、近年は2.0近くまで回復している。また、米英豪など英語が主要言語の国(アングロ・サクソン諸国と呼ばれている)では大きな出生率の低下は起きていない。それゆえ日本では、これらの先進国をモデルにして、少子化対策を行なってきた。

しかし、日本の家族、社会のあり方は、これらの欧米緒国とは大きく異なっている。そして、少子化の様相、原因も大きく異なっているのだ。そこに欧米型の少子化対策を行なっても空回りしてしまうのは目に見えている。

たとえば、欧米では同棲や婚外の出生が極めて多い。フランスやスウェーデンでは、生まれる子の半分以上が婚外子、つまり、結婚していない女性から生まれている。しかし、日本や東アジアでは、同棲や婚外子はほとんどいない。同棲率は未婚者の2%未満、婚外子率も2%前後である。この数字は増える気配はなく、同棲率はかえって低下している。

少子化の要因も異なる。日本では、近年は多少低下気味とはいえ、結婚した女性は平均2人程度は生んでいる。同棲率や婚外子率が低いので、結婚していない若者が増えたことが、最大の要因である。

そして日本では、私がいうパラサイト・シングル、親同居未婚者が多い。20―35歳の未婚者の7割以上は親と同居している。この状況は少子化が進む韓国など東アジア諸国やイタリアなど南欧諸国と共通している。成人すれば親からの自立を求められるアメリカや北西ヨーロッパ諸国と大きく違う点である。

そして、この相違が、カップル形成に大きな差をもたらす。1人で生活するより、2人で生活したほうが経済的には楽である。家電製品やキッチンなどを共有できるからである。だから、若者が親元から離れるのが原則の欧米諸国(南欧除く)では、同棲や結婚のハードルは低い。しかし、日本や南欧、東アジア諸国では、親と同居しているから、結婚して独立して新しい生活を送ることは経済的に苦しくなることが見込まれる。

たとえ非正規雇用で収入が少ない未婚女性でも、親と同居していれば相当よい生活が送れる。彼女らが、生活水準が落ちるのは嫌だから、結婚するなら高収入の男性でないと、と考えるのも無理はない。そして、それは未婚女性の親は、本人以上にそう考える。子どもに経済的につらい思いをさせたくないからだ。しかし現実には、高収入どころか、安定した収入の男性数も減っている。だから、結婚せずに親元に留まる若者が増え続ける。

これが、私が20年以上前に提唱したパラサイト・シングル仮説である。親と同居して個室を使え、収入の大部分を自由に使える生活から抜け出せないことが、少子化の大きな要因と私は言い続けてきた。

しかし、少子化対策に関して、若者が親と同居しているから結婚に踏み出しにくいという事実には誰も触れようとしない。日本では、結婚まで親と同居することは非難どころか歓迎される。約15年前、イタリアで親同居税を提案した大臣が非難されて辞任したのも影響しているのかもしれない。

また、欧米では男女交際が盛んである。しかし、いまの日本の若者は、草食化を通り越して絶食化しつつある。恋人をもつ未婚者の割合は2000年をピークにして減少傾向にあり、男性21.3%、女性30.2%(2015年出生動向基本調査、婚約者含む)まで低下した。大学生の性体験率も近年大きく低下しており、男性47%、女性36.7%である(性教育協会2017年調査)。男子大学生の半分以上が未体験であると欧米の記者にいうと、みな信じられないという顔をする。欧米では、放っておいても若い男女はカップルになるが、日本では相手を見つけるところから対策をしなければならないのだ。

さらに、子育てに関する意識も欧米諸国と東アジア諸国では大きく異なる。欧米では、子育ては高校卒業で終了とみなされる。成人すれば自立が求められるし、高等教育費用を出す親はいるにせよ多くはない。

しかし日本や東アジアでは、子どものために尽くすことが当然とされるので、高等教育費用も親が出すのが当然とされている。他の親が出しているのに、自分の子に費用を出せないというのは親としてつらいのだ。だから、子どもの数を絞ったり、教育費用を十分に出せそうにない相手との結婚は避けようとする。

アメリカでは、同居する30代の無職の息子に親の申し立てによって退去命令が出されたケースがある。イタリアでは、成人した低収入の子に対して親に扶養義務はないという判決が下った。しかし日本では高等教育はおろか、子どもが非正規雇用の場合など、親が学卒後の子の生活の面倒までみざるを得ないケースも増えているのだ。

若者の中流転落不安

私にいわせれば、日本の少子化のロジックは簡単である。若者は、「自分たちの親より生活水準が落ちるリスクがあるような結婚、出産はしようとしない」ということである。そして1990年ごろから、親世代の生活水準が高まると同時に、若者がその親より生活水準が落ちるリスクが高まり続けている。

いまでは、自分たちが享受している中流生活から転落する(生活が貧しいなかで子どもを育てる)リスクを回避するために、結婚や出産を控える。いや、結婚だけではない。ある女子学生は母親から、結婚すると苦労するから「奨学金を借りている人とはつきあってはいけません」といわれたそうである。現在、大学生の約半数は、奨学金を借りているのだ。奨学金の返済負担の重さが、恋愛関係で絶食化が起きる背景要因の一つだと考えている。

日本人は、目前のリスクを回避しようとする傾向がとても強い。夫の収入が多くなかったら、子どもに十分な教育環境を与えてあげられない。だからといって共働きをしようにも、女性が働き続けられる「保証」はないし、半数近い未婚女性はそもそも正規雇用ではない。

いま、それがコロナ禍によって、リスク回避意識志向がさらに拡大するのではないかと懸念している。詳しくは拙著『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書、2020年)を参照いただきたいが、新型コロナによってさまざまな将来不安が浮き彫りになったいま、公務員や大企業勤務者と結婚するほうが安心と考える未婚女性が増えるのではないか。そうなれば、ますます結婚生活を始めようとする人は減るだろう。

今後の少子化対策は?

2020年5月、安倍内閣のもとで、少子化対策大綱が発表された。基本的な考え方のなかには、私が言い続けていた「結婚支援」の必要性も入ったし、若者の経済的不安をなくすことも謳われている。方向性は正しい。

しかし、「具体的な取り組み」をみると、ほとんどの施策は女性の共働き、両立支援に集中している。つまり欧米型であり、配偶者やパートナーがすでにいる人への支援が中心である。両立支援は必要であるが、それだけで十分ではない。

子どもや孫への贈与税軽減にいたっては、金持ちの親の元に生まれた若者は子どもを生んでいいが、親に十分なお金の余裕がない大部分の若者には、子どもを生み控えろといっているようなものである。いまの若者の親たちは、自分の老後の生活が大丈夫か心配で、子どもに十分なサポートもできなくなっている。

結婚支援はたった1項目、「自治体や商工会等の結婚支援の取り組みへの支援」が記されているのみだ。結婚支援を支援する程度で解決するならとっくに結婚難、少子化は解消しているであろう。

私は男女共同参画に関する専門委員を長く続けているが、こちらにも同じことがいえる。女性活躍や性暴力に苦しむ人への支援など方向性は正しいが、それを実現する具体的施策となると、歩みがたいへん遅いのが気にかかる。やはり少子化対策と同じで、女性議員比率、管理職比率などをみるとあまり効果が上がっていない。これも少子化が進む一要因でもある。

菅内閣が発足し、早速、不妊治療の健康保険適応、結婚後の住宅入居支援などが打ち出されている。この政策自体はよいことで一歩前進である。しかし、結婚した人を前提とした対策では、若者の将来生活不安を解消するにはほど遠い。

若者が将来の生活リスクを感じることなく、自分の子どもを自分が育った以上の環境で育てられる状況を速やかに整えることが必要である。それを「確信」して初めて、結婚や恋愛に踏み切ろうと思う若者が増える。

たとえば、男女交際の活性化への支援や奨学金返済の半額免除、第二子以降の大学授業料無償化、子育て世帯には最低保障収入を設定し政府が不足分を出すなどの「思い切った、かつ若者に対してインパクトのある」政策プランが必要なのである。

いま、コロナ禍で、みなが将来の生活に不安をもっているこの時期に、有効な少子化対策を打つように政府に求めたい。

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山田 昌弘(中央大学文学部教授)
山田 昌弘(中央大学文学部教授)
1957年、東京生まれ。81年、東京大学文学部卒。86年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主な著書に『パラサイト・シングルの時代』『パラサイト社会のゆくえ』(以上、ちくま新書)、『少子社会日本』(岩波新書)、『底辺への競争』『結婚不要社会』(以上、朝日新書)、『家族難民』(朝日文庫)など著書多数。最新著は『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 』(光文社新書)。

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