時代適応者以外も生き残る社会
クラウドファンディングという概念が日本に根付いてきた。自分の活動や想いをインターネットを通じて発信し、賛同者から支援を募る。一人では諦めざるを得ない夢も、多くの人びとのサポートによって実現してきた。
この仕組みは、世界を混乱に陥れた新型コロナウイルス禍でも大きな注目を浴びることになった。緊急事態宣言下で、物資不足に喘ぐ病院や困窮する人びとが溢れるなか、READYFOR・CEOの米良はるか氏にクラウドファンディングにかける想いを聞いた。
叶えたい世界観の実現
――READYFORの基礎となるサービスを立ち上げたのは、まだ大学生のころだったそうですね。
米良:慶應義塾大学でミクロ経済を学びながら、東京大学の松尾豊先生と「インターネットを通じて個人がどう繋がっていくのか」について研究を行なっていました。その過程でインターネットに強い可能性を感じ、大学4年次にリリースしたのが「Cheering SPYSEE(通称:チアスパ)」というサービスです。これは、投げ銭型の人物応援サイトであり、インターネットを活用して個人から個人への寄附を促すというそれまでにないチャリティの仕組みです。
その時期、同級生の多くは大手企業への就職をめざして、就職活動に励んでいました。一方の私は、自分の研究内容と一般企業への就職がどうしても結びつかず、周囲との意識に大きな隔たりを感じていました。そこで、一度外の世界に触れてみようと、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学をします。
現地でもっともカルチャーショックを受けたのは、就職に対する意識の差です。日本人は有名企業への就職を目標に置きがちですが、現地の学生で大企業に入るのはほんの一部。自分のビジョンを描き、夢に向かって研究に励み、人生を自ら切り拓いている人がマジョリティでした。そういった環境に置かれたことで、「仮に仕事に繋がらなくとも、自分が本当にやりたいことに突き進もう」という意志が芽生えたのです。
――クラウドファンディングとの出合いはいつですか。
米良:帰国後の、慶應大学院在学中に米国スタンフォード大学に留学したときです。2010年当時は、米国でクラウドファンディングが注目を浴びだした時期で、すでに200ほどのサイトが生まれていました。クラウドファンディングの仕組みは、「必要なところにお金を届ける」というチアスパの信念と共通性があり、そこでぶつかった課題を解決できると思いました。当時、日本ではクラウドファンディングという概念はほとんど知られていませんでしたが、不安はありませんでした。「個人がやりたいことを発信し、それを多くの人が応援する」という私が一番叶えたい世界観は、日本国内でも成長市場になる、と確信していたからです。
見えない未来のなかの支援
――今回の新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金は、どのような経緯で誕生したのですか?
米良:READYFORは、クラウドファンディングサービスのなかでも、とくに社会的な取り組みに力を入れており、大学との研究活動や医療機関への支援を行なっています。今回は、厚生労働省クラスター対策班で舵をとる西浦博先生(北海道大学教授)や専門家会議メンバーの岡部信彦先生(川崎市健康安全研究所所長)を含めた13名の先生方とチームを組み、逼迫する医療従事者や政府のサポートが行き届いていない社会的弱者の方に対して、助成を行なう基金を設立した取り組みです。
――現在、どのような支援が進んでいますか。
米良:全4回の助成を実施予定で、現在は第3期助成に向けて活動しています。4月3日に基金を立ち上げてから約1カ月半で、合計3億500万円を超える寄附金が集まりました。第1期では、そのうち約4600万円を10団体に助成しています。具体的には、緊急事態宣言対象7都道府県内の感染症指定病院をはじめ、全国の救急医療機関、在宅医療現場、福祉事業施設に30万枚を超える医療マスクやフェイスシールドを配布しました。
5月13日には第2期の助成対象団体を発表し、休校に伴い学習支援が必要な子どもを抱える生活困窮世帯へのパソコンの貸し出し、路上生活者の自殺防止シェルターや在日外国人に向けた8言語での情報発信サイト設立など、16団体への助成を決定しています。
また、ソニーでは従業員が寄附した金額に応じて、会社も同額を寄附する仕組みを導入し、楽天やファミリーマート、マネックス証券なども募金を実施している。田中将大投手やプロ野球選手会の皆さんをはじめ、著名人の方からも支援や拡散の協力をいただきました。
――さらに支援が必要とされる分野はありますか。
米良:集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」のニュースが報道された2月ごろはまだ、世界がこんな事態になるとはほとんどの人が思っていなかったでしょう。しかし、いまや私たちの生活はコロナによって左右されています。
第1期助成の際は「とにかくマスクが足りない。医療現場にマスクを」という声があがりました。政府や大手企業がマスクを配布するようになると、次に、社会的弱者や倒産の危機に追い込まれた零細企業への支援の必要性が出てきた。先行きが不透明な状況のなかで、次は何が起きてしまうのだろう、そこで苦しむ人はどのような方たちなのだろう、と考え続けています。
変化についていけない人も大切にされる社会
――今回大きな支援を得られた理由はどこにありますか。
米良:刻々と社会が変化し、苦しむ人が増えているのに、できるのはじっと家にいることだけ。誰かの役に立ちたいという強い気持ちがあっても、行動を制限される状態は、心に大きな負担をかけてしまう。
そうした状況のなか、「寄附」というかたちで困っている人や頑張っている人に応援の気持ちを伝える。それはある種、社会との繋がりであり、チームの一員になれていると感じられる機会になっているのかもしれません。実際に、支援者から「自分には何もできない、と落ち込んでいたときにこの基金を見つけ、私でも誰かに協力できると知った」というコメントをいただきました。
――コロナ禍の影響で、今後の私たちの生活も好むと好まざると変わっていくでしょう。
米良:テイクアウトやデリバリーを始めて成功している飲食店もありますね。業界変化として素晴らしいことだと思います。その他にもオンライン対応を進めて社会に適応する企業がある一方で、突然の環境の変化についていけない人たちも出てきています。ただでさえ、いままで築き上げたものを捨てて「変わる」のは苦しいことなのに、急激にそれを求められている。今後、変化をポジティブに捉えられる人と、それを苦痛に感じてしまう人のあいだで世界は分断されてしまうのではないか、と懸念しています。
しかし、社会の変化のスピードに取り残されてしまったとしても、残ってほしいお店や文化・芸術の場だってある。そういったものを皆で大切にして、支援を続けられる社会でありたい。一企業が、世界を大きく変えることはできないかもしれません。それでも、いま自分たちができることを一生懸命やるなかで、想いが乗ったお金の流れが増え、社会の価値観を変えるきっかけを生み出す場をつくっていきたいと思います。
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