シンポジウム 「日米同盟と自衛隊の役割 ―過去、現在及び未来―」

 1951年に日本とアメリカが日米安保条約を締結してから65年間、ときに波風に遭いながらも、両国はこの関係を維持し発展させてきました。それは、両国がこの同盟に対し、ともに利益を見出してきたからに他なりません。米国は日本を防衛し、日本は米国の期待する地政学的役割を果たしてきたのはよく知られるところですが、自衛隊の活動および米軍との協力が、どのように実施され発展してきたのかについては、具体的にはあまり知られていません。国会における平和安全法制議論が、安全保障に対する知見や具体的な知識を欠いたまま、政争の具と化してしまわないよう、メディアや専門家は、国民に対し積極的に情報を提供していく必要があります。

 新たな国際安全保障環境下で、日米同盟の中核となる米軍と自衛隊の関係はどうなっていくのか、自衛隊が諸活動を行う上でどのような課題があるのかについて、自衛隊と米軍のトップを務めた専門家が議論するシンポジウムを開催しました。

会議風景

開催概要

日時

2016年7月30日(土)10:30~12:00 (開場10:00)

会場

ANAインターコンチネンタルホテル東京 B1F 「プロミネンスⅢ」

スピーカー

(敬称略)

廣中雅之 (元航空自衛隊、空将)
吉田正紀 (元海上自衛隊、海将)
渡部悦和 (元陸上自衛隊、陸将)

コメンテーター

折木良一 (第三代統合幕僚長)
デニス・C・ブレア (笹川平和財団米国会長兼CEO)

モデレーター

金子将史 (政策シンクタンクPHP総研首席研究員)

主催

笹川平和財団米国(SPFUSA)、政策シンクタンクPHP総研

【議論要旨】

 アジアにおける国際安全保障環境は複雑化している。中国の台頭や北朝鮮の核実験によって引き起こされる問題に対処し、この地域における安全、平和、発展を維持していくためには、民主主義国である日本と米国が国際安全保障の問題について、専門家、政治家、民間など、幅広い層の間で議論していくことが重要である。

 冷戦時代、陸上自衛隊はソ連の北海道侵攻に対する計画と訓練、脅威に備えての日米対処に重きを置いており、ソ連が崩壊した後しばらくの間、防衛力整備の方向性を定めることができなかった。しかしその後、大規模災害派遣や国際平和協力活動などの戦争以外の軍事作戦(MOOTW:Military Operations Other Than War)が重視されるようになり、そのための能力整備が進められるようになった。
 また、米軍の関心が高強度紛争から低強度紛争へと移行していき、北朝鮮の核開発や弾道ミサイルという新たな危機が生じる中で、97年のガイドラインや99年周辺事態法が制定され、周辺事態において日米共同の対処を可能とするための法整備が進められた。
 近年では、新興国の台頭やそれによって引き起こされるパワー・バランスの変化によって、新たな安全保障上の課題が生じるようになっている。まず重要なのは、平時においても常に脅威・危機に対応できる態勢を整えることである。ISR(情報・監視・偵察:Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance)やサイバー防衛は、平時・有事にかかわらず、ますます重要となっているが、平時において十分に対応できないことが有事に対応できるはずもなく、まず平時において十分に機能する制度と能力の構築が必須である。
 日本は地震が多い国であり、陸上自衛隊は大規模震災に対応できる能力を今後も有していかねばならない。さらに、自衛隊が震災対応に追われている最中に、サイバー攻撃や北朝鮮からのミサイル攻撃、南西方面における中国の挑発など、同時に複数の脅威が発生するシナリオも想定し、それに対応できるような備えをすべきである。そのような観点から、国際平和協力活動は、日本の防衛や災害対応能力を損なわない範囲で実施されるべきだという考慮も今後は必要となってくる。

 海上自衛隊の活動は、冷戦後、その種類・領域ともに拡大した。2001年に開始されたインド洋の補給活動や、2009年に開始されたソマリア沖アデン湾の海賊対処活動など、海上自衛隊は15年間、継続して中東海域へ部隊を派遣し続けている。つまり、日本から中東に至る海上交通路(SLOC)には、常時海上自衛隊の艦艇が存在する状況となっている。これらの活動を通じて、海上自衛隊は有事にSLOCを守るという考えから、平時からSLOCと周辺地域の安定化を図るという考え、すなわち、SLOCを「線(LINE)」ではなく、「面(Plane)」として認識するようになっている。
 今後、海上自衛隊の果たすべき役割としては、第一に、冷戦末期から取り組んできた米海軍とのインターオペラビリティを将来にわたって維持することがある。具体的には、BMDやEWS(EWサイバー)、衛星通信といったガイドラインに示された分野に加え、AIやUAV、UUVといった「第三の相殺戦略(Third Offset Strategy)」の重点となるハイエンドの領域、HA/DRや医療といったローエンドの分野、グレーゾーンのエスカレーションの防止といったミドルの分野の全てにおいて、日米間のインターオペラビリティを確保する必要がある。
 第2は、中東から日本にいたるSLOCとその周辺海域の安定の確保である。その中でも南シナ海の安定は喫緊の課題となっており、そのためには、南シナ海地域の国々の能力構築、特にISR能力の強化が重要であり、日本はそのための支援を継続していくべきである。またこれは、日米が共同して行うことができる分野である。

 航空自衛隊は、冷戦の全期間を通じて極東ソ連軍を仮想敵とし、対領空侵犯措置を中心に諸活動を行ってきた。しかし、ソ連崩壊後は、航空軍事技術の発展とともに対領空侵犯措置の軍事的な意味合いが薄れ、極東ロシア軍の活動の低下と相俟って抑止力を発揮すべき対象を見失うこととなった。
 1991年1月に起きた湾岸戦争では米軍が主導的な役割を果たし、「砂漠の嵐作戦」においてイラク軍事機構が航空戦力の圧倒的な力の下で至短時間の内に壊滅した。多国籍軍の航空作戦は、三軍統合で行われ、バクダッドの防空網を破ったのは、情報の優越を持つステルス攻撃機F-117であり、電子戦と精密誘導兵器の活用による軍事革命(RMA: Revolution in Military Affairs)の威力が示された。航空戦力の戦略的な威力発揮は、その後のコソボ紛争、第2次イラク戦争でも証明され、航空自衛隊はRMAに追随すべく、ステルス機能、精密誘導攻撃機能及び状況認識機能を持つ、第5世代の戦闘機の導入に向けて検討を開始した。
 テロ対策特別措置法に基づく米軍等に対する輸送・補給等の支援、2004年からのイラク復興支援活動における航空輸送任務、2009年からのソマリア沖・アデン湾における海賊対処における航空輸送支援、国際緊急援助活動支援などにおいて、航空自衛隊は実績を積み重ねてきた。また、2005年に弾道ミサイル防衛(BMD)の導入が決定されてからは、航空総隊司令官を指揮官とするBMD統合任務部隊を組織し、自動警戒管制(JADGE)システムを通じて一元的な運用態勢をすることとし、逐年、態勢整備が進められている。
 近年、ロシアや中国が日本周辺空域での航空活動を漸増させており、これらへの対処のために、航空自衛隊は、警戒監視活動を強化し、対領空侵犯措置に伴う緊急発進を相当数行なわざるを得ない状況に直面している。軍事技術の進歩と国際安全保障環境の変化により、航空自衛隊の創設以来、任務の中核となっていた対領空侵犯措置は、その意義が曖昧になっており、限られた資源を有効に使うためにも対領空侵犯措置任務の態様を再検討し、新たな基準を明示する必要がある。

 最後に、自衛隊が米軍との間で共同作戦を実施できるようにしておくことが日本の防衛にとっても絶対的に必要だが、米軍と自衛隊の信頼関係を深化させるという観点からも、国際貢献活動など自衛隊のさまざまな作戦を日米共同で実施することが望ましい。日米共同作戦の実施にあたっては、統合部隊で作戦を行う米軍と調整を行うためにも、自衛隊は統合組織で対応する必要がある。2006年に統合幕僚監部が新設され、自衛隊も統合運用がされるようになったが、まだまだ不十分な点も多く、改善が必要である。

 「日米同盟」という言葉を今は当たり前のように使っているが、この言葉が使用されるようになったのは、1981年、鈴木善幸総理の時代以降のことである。多くの日本人は、日米同盟について、あたかもそれが与件であるかのように捉えているが、同盟の継続にはそのための努力が必要となる。新ガイドラインや平和安保法制が制定されたが、今後、新たな観点からみた日米関係のあり方を模索し、進展させていく必要がある。南西諸島の防衛はもちろん重要であるが、さらに大きな協力の在り方や方向性についての議論がなされるべきである。
 統合運用は、日米同盟の強化という観点からも重要だが、それ以上に、まず日本が自国の問題として、統合機能の強化に取り組まなければならない。なぜなら、グレーゾーンと呼ばれるような領域では、日本がまず自国の防衛のために、主体的に対応しなければならないからである。
 冷戦時代は、東アジアにおける脅威として、台湾有事や朝鮮半島有事が想定され、米国が日本に対し、より積極的な役割を果たしていくように要請し、日本がそれに少しずつ応じていくという形で日米同盟が強化されてきた。しかし、いま状況は変化しつつある。例えば、尖閣諸島などでもし有事が発生した場合、米国は日米安保条約5条が適用されると明言しているが、それでもまず主体的に対応するのは日本であって、アメリカはそれを支援する役割となる。米国の行動を日本がいかに支援するかという一方的な協力だけではなく、逆のケースを想定した双方向の対話がなされるようになっており、同盟の在り方としては、より健全な方向に進んでいると言える。

文責:政策シンクタンクPHP総研


笹川平和財団米国での紹介ページはこちら(English)

シンポジウム「日米同盟と自衛隊の役割:過去、現在、未来」レポート(English)
“The U.S.-Japan Alliance and Roles of the Japan Self-Defense Forces: Past, Present, and Future”
執筆者:廣中雅之(元航空自衛隊、空将)、吉田正紀(元海上自衛隊、海将)、渡部悦和(元陸上自衛隊、陸将)

掲載サイト:米国笹川平和財団(SPFUSA)ホームページ

【登壇者略歴】

折木 良一 おりき・りょういち(第三代統合幕僚長)
1950年熊本県生まれ。72年防衛大学校(第16期)卒業後、陸上自衛隊に入隊。97年陸将補、2003年陸将・第9師団長、07年第30代陸上幕僚長、09年第三代統合幕僚長。12年に退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官(野田政権、第二次安部政権)などを歴任。11年の東日本大震災では災害出動に尽力。

デニス・C・ブレア Dennis C. Blair(笹川平和財団米国会長兼CEO)
1947年、米国メイン州生まれ。68年、海軍士官学校卒。太平洋艦隊・大西洋艦隊のミサイル駆逐艦にて勤務。オックスフォード大学修士号取得(ローズ奨学金)、ホワイト・ハウスフェローに選抜。統合参謀本部、国家安全保障会議での勤務を経て、99-2002年、米太平洋軍司令官。03-07年、防衛分析研究所所長。2009-10年、米国国家情報長官。2014年より笹川平和財団米国(Sasakawa USA)会長兼CEO。

廣中 雅之 ひろなか・まさゆき(元航空自衛隊、空将)
山口県出身、1979年防衛大学校卒業(国際関係論専攻)、1995年米国ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院修士課程終了、米国戦略国際問題研究所及びスタンフォード大学国際安全保障研究所客員研究員、航空幕僚監部人事教育部長、統合幕僚監部運用部長(2010年空将昇任)、西部航空方面隊司令官、航空支援集団司令官を経て、航空教育集団司令官を最後に退官(2014年8月)、現在、RJIF上級研究員、伊藤忠商事顧問、2015月6月より米国ワシントンDC駐在(CNAS上級研究員、SPF USA国家安全保障及び外交問題研究員)。

吉田 正紀 よしだ・まさのり(元海上自衛隊、海将)
1957年、横須賀市生まれ。79年防衛大学(管理学専攻)校卒業、96年護衛艦「いわせ」艦長、2002年第2護衛隊司令、2005年在米防衛駐在官、2008年海幕指揮通信情報部長、2010年幹部学校長、2012年佐世保地方総監、2014年3月退官(海将)。2014年11月から2016年3月まで慶應大学総合政策学部特別招聘教授、2015年4月双日入社、同年7月~米国双日副社長:国際安全保障担当(DC駐在)。

渡部 悦和 わたなべ・よしかず(元陸上自衛隊、陸将)
1955年、愛媛県東温市生まれ。78年、東京大学工学部卒。78年陸自幹部候補生学校、1987年外務省安全保障課に出向、1991年ドイツ連邦指揮大学留学、1998年陸幕演習班長、2000年第28普通科連隊長、2002年陸幕補任課長、2007年防衛研究所副所長。2008年陸幕装備部長、2009年第2師団長、2010年陸上幕僚副長、2011年東部方面総監、2013年8月退官(陸将)。2013年12月~富士通システム統合研究所 安全保障研究所長、2015年7月~ハーバード大学アジアセンター シニアフェロー。専門は日米中安全保障。

金子 将史 かねこ・まさふみ(政策シンクタンクPHP総研首席研究員)
1970年広島県生まれ。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。株式会社PHP研究所国家経営研究本部本部長を兼務。外交・安全保障分野の研究提言を担当。著書に『パブリック・ディプロマシー戦略』(共編著)、『日本の大戦略』(共著)等。「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」議員等を歴任。国際安全保障学会理事。

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