道州制基本法案を臨時国会で徹底審議せよ
「失われた20年」とも言われ停滞を続ける日本。デフレ経済や少子高齢化の中で、とりわけ著しいのが地方の衰退である。東京一極集中が続く一方で、第二の都市であった大阪にもかつての輝きはなく、地方都市に至っては空洞化に歯止めがかからない。東京が日本全体を牽引すれば良いという考えもあるが、大規模災害のリスクから眼をそらすわけにはいかない。
明治維新以来、わが国はヒト・モノ・カネを東京に集める中央集権体制で大きな発展を成し遂げた。一方で、中央集権のもとでは受益と負担の関係が見えづらく、地方の依存意識を強め、ニーズに合わない社会資本と1000兆円に上る長期債務を生んだ。もはや、中央集権体制は制度疲労を起こしている。
世界に目を転じれば、この間に大きく成長を遂げた国には、北欧諸国など日本に比べて人口規模が小さい国が目立つ。かつて松下幸之助が語った「もし北海道が独立国であったなら、より以上の発展をしたに違いない」という言葉を体現しているのである。それらは、自主独立の精神とともに、変化に適合しやすい規模があることを示唆している。
そこで、中央集権体制をフルモデルチェンジして、10程度の道州が自ら地域経営を行う「新しい国のかたち」として「道州制」が構想されてきた。道州が互いに競い合い、ある州が成功すればそれを参考に他の州も頑張るという好循環が生まれ、東京だけではなく日本全体が元気になることが期待される。その道州制を実現する「基本法案」が国会に提出される見通しである。
「地方分権改革の総仕上げ」とも「究極の構造改革」とも呼ばれる道州制。長らく構想レベルにとどまっていた道州制が、現実の政治課題として位置づけられたのは2006年のこと。第一次安倍内閣が初めて道州制担当大臣を置いた時である。それから6年後の2012年の衆議院選挙で、道州制の推進気運は一気に加速した。与党の自民、公明に野党のみんなの党、日本維新の会を加えると、480議席中400議席を道州制推進の会派が占めたのである。年明け以降、与党は2013年通常国会に道州制基本法案の提出を目指すとし、安倍総理や新藤総務大臣も政府として積極的に推進する姿勢を明言した。
現在、焦点となっているのは基本法案の取り扱いである。3月末に道州制推進知事・指定都市市長連合が開いた「道州制推進フォーラム」で興味深い場面があった。各党の政策担当者として招かれた、礒崎陽輔・自由民主党道州制推進本部事務局長代理、遠山清彦・公明党道州制推進本部事務局長、松浪健太・日本維新の会道州制基本法推進プロジェクト・チーム座長、寺田典城・みんなの党政策調査会副会長の4氏が、いずれも基本法案の早期国会提出で一致し、早ければ4月中にも提出されるとの見通しが語られたのである。
ところが、皮肉にもこのフォーラムの様子が報道されたことを契機に、自民党の内部から慎重論が相次ぎ、法案提出は秋の臨時国会に先送りされたかたちとなっている。自民党の党内事情について、片山さつき総務大臣政務官は、「野党時代に道州制基本法案をまとめる段階で、地方6団体と徹底的に議論できなかったことや、限られた議員での議論となったことから、新人や復帰組から慎重論が多く出された」と、「九州の自立を考える会」が5月に開いたセミナーで説明している。
目指すべきは地域主権型の道州制
道州制は中央集権体制から国のかたちを抜本的に創り変える大改革であるため、新たに制度設計すべき領域は広範にわたる。それらの中で、道州制基本法案を審議する段階でしっかりと方向性を定めるべき論点として、「国の省庁や出先機関の扱い」と「基礎自治体のあり方」の2つをあげることができる。
1つ目の論点における焦点は、全国知事会などが表明した、「法案には府県の廃止が明記されている一方で、国の省庁再編や解体、出先機関の原則廃止などに触れていない」というものである。
道州制は、国の内政に関する仕事を大幅に地方に委ねる改革であるという点は、地方側の共通認識である。しかし、自民党がまとめた基本法の骨子案には「都道府県を廃止」し、「国から道州へ大幅に事務を移譲させて、広域事務を処理するとともに、一部都道府県から承継した事務を処理する」との文言がある。これには、かつて地方制度調査会が答申した、国の出先機関を統合して地域ブロック機関とする「地方庁」を想起させる、国主導型道州制のニュアンスが読みとれる。
一方で、骨子案の基本理念には、国と道州の位置づけについて、国の事務を国家の存立の根幹に関わるもの、国家的危機管理、国民経済の基盤整備などに極力限定し「国家機能の集約、強化を図ること」としたうえで、道州は「国際競争力を持つ地域経営の主体として構築すること」としている。「地域経営の主体」たる道州が国の総合出先機関というのは違和感があると言わざるを得ない。
第一次安倍政権が設置した道州制ビジョン懇談会は、2008年にまとめた「中間報告」で、わが国が目指すべき道州制の姿を「地域主権型道州制」として描いた。地域の自立性を高めることを目的とするその考え方は、地方側や経済界からも支持されている。また、公明党も一貫して地域主権型道州制を提唱しており、みんなの党や日本維新の会も同様の立場である。
しかし、自民党内には地域主権という言葉は国家主権と相容れないとする考えがある。言葉の適否については吟味が必要かも知れないが、道州制の中身まで国主導にしてしまったのでは本末転倒であろう。自民党には、道州制をめぐる党内の温度差をいかに克服するかも問われている。
道州制にはまだ定まった見解がないと評される場合がある。たしかに、過去の道州制に関する提案をみれば、単なる都道府県合併に留まるものから、連邦制を採用するものまで、多彩な考え方があった。しかし、わが国が目指すべき道州制の理念や制度設計の基本方向は、道州制ビジョン懇談会の中間報告で整理されたと言ってよい。その考え方を是とするなら、道州が国の出先機関ではなく広域自治体であることを明示することが重要である。国の省庁と出先機関の改廃を明記した上で、「道州の自治の原則」などを法案に加えていくことが必要なのではないか。
また、道州制ビジョン懇談会は2009年の政権交代後に廃止され、最終報告をまとめることはできなかった。しかし、政策シンクタンクPHP総研では、最終報告での論点として想定されていた、「道州制基本法」、「道州制における税財政制度」、「道州の区割り案」等について独自に検討を重ね、『地域主権型道州制 国民への報告書』と題する書籍に取りまとめている。道州制論議がリスタートするこの時期に参考となるであろう。
道州制推進知事・指定都市市長連合の発足
全国知事会は7月に開いた全国知事会議で「道州制の基本法案について」と題して考え方をまとめている。ここでは、「道州制の理念や姿を具体的かつ明確に示すこと」や「道州制は中央集権を打破し、地方分権を推進するものであることを明確に示すこと」を求めている。しかしながら、基本法案に対する全国知事会としての賛否は取りまとめに至らず、知事会の中にも温度差があることを浮き彫りにした。
これまでも、全国知事会は道州制を重要な検討テーマとしてきたが、知事の認識によって「推進」「消極」「保留」などの立場に別れてしまい、全国知事会としての共通見解を持つには至らなかった。今回もそれが繰り返されたことになる。
そうした中、2012年に石井正弘・岡山県知事(当時)の呼びかけで発足したのが、「道州制推進知事・指定都市市長連合」である。地方の側から国民的な議論を喚起し、政府・政党を動かすことで分権型の道州制を導入する道筋をつけるための推進母体として、知事8名、指定都市市長15名が参画した。現在は、村井嘉浩・宮城県知事と橋下徹・大阪市長が共同代表を務めている。
これまでに、道州制ビジョン懇談会の中間報告をふまえた「地域主権型道州制の基本的な制度設計と実現に向けた工程」、道州制導入の具体的な効果を例示した「地域主権型道州制導入の効果」、道州制における基礎自治体の水平補完、垂直補完や大都市のありかたをまとめた「地方分権型の道州制における基礎自治体のあり方に関する考え方」を公表し、推進連合としての考え方を示している。
道州制推進首長連合の大きな特徴は、指定都市という枠はあるものの基礎自治体が道州制の推進組織の一員として制度設計の提案に参画しているという点である。先述した『地域主権型道州制 国民への報告書』において詳細に論じているが、道州制において行政サービス提供の主役はあくまで基礎自治体である。従来の道州制に関する提言は都道府県が中心となって検討が行なわれてきたために、ともすれば基礎自治体のあり方に十分に目が届いていない面があった。ここに、基礎自治体の視点が加わることで、道州制の制度設計の精度が高まることが期待される。
指定都市側からみても、現行指定都市制度をさらに拡充した「特別自治市」を実現していくために、現行の都道府県制度のもとでは、教育や警察など一部の事務の移管に留まるが、道州制を前提とすればより広範な事務権限を持つことも可能になる。推進連合への参加が、知事が47人中8人に留まるのに対して、指定都市市長は20人中15人が参加しているのにはこうした事情があるとみることができる。
地方6団体という既存の地方代表とは異なるかたちで、道州制の制度設計に対して積極的に発言していくことのできるユニークな組織ということができるだろう。
多様な基礎自治体のあり方を示せ
もう1つの論点は、全国町村会が示している「道州制の導入によって町村の再合併が強いられる」というものだ。平成の大合併によって2500から930にその数を減らした町村がさらに合併を迫られれば存亡の危機を迎えると、全国町村会は道州制に反対する「特別決議」を重ねている。
もっとも、基本法案の文言自体は、「基礎自治体は市町村の区域を基礎として設置する」としており市町村の再編には触れていない。しかし、基礎自治体を「住民に直接関わる事務について、地域完結性を有する主体として構築する」と位置づけ、「従来の市町村の事務及び都道府県から承継した事務を処理する」としており、現在の市町村を相当程度上回る行政能力を備えることが想定されている。
この条件を満たそうとすれば、現在の1700市町村がそのまま存続できるとは考え難い。事実、自民党が2009年にまとめていた「道州制基本法案に盛り込む事項の検討(案)」では、「基礎自治体は人口30万以上、少なくとも人口10万以上の規模」で、「700から1000に再編」と記述されていた。これが町村会の根強い反対のもとになっている。
問われていることは、基礎自治体が高い行政能力を確保するための術は合併以外にはないのか、という点である。平成の大合併後に制度化された定住自立圏などの市町村間の水平連携や、現在、府県が町村に対して果たしている補完・支援機能を道州に残す垂直連携など、地域特性に応じて一律ではない多様な選択肢が講じられるべきである。また、そうした具体策を町村側からも問題提起していくべきだ。
戦前には9割を超えていた町村居住人口は、いまや全人口の9%となった。しかし、面積では国土全体の約半分を占めており、国土保全や水源涵養などの役割を担っている。町村側の一律再編に対する懸念を払拭するためには、「基礎自治体の多様性の原則」などを基本法に明記していくことが求められる。
関西広域連合からの問題提起
道州制基本法案を巡っては、もう一つ注目すべき報告書がある。関西広域連合が7月にまとめた「道州制のあり方について」の中間報告である。そもそも関西広域連合は、設立過程で「道州制への一里塚」か「道州制とは別もの」かの論争があり、設立時には「道州とは異なる組織であり、広域連合がそのまま道州に転化するものではない」ことを確認していた。
道州制とは一定の距離をおいてきた関西広域連合が、道州制基本法案の動きにいち早く反応して中間報告をまとめたことは興味深い。報告書は、冒頭で「国主導で中央集権型道州制の導入が進まぬよう、今後、政府が進めるであろう道州制検討に係る課題・問題点をあぶり出す」としており、これは地方側すべてで共有できる問題意識であろう。
中間報告は「府県に代えて道州を設置する目的は何か。現行の府県制の限界は何かを明確にする必要がある」とした上で、「巨大な集権型の道州はあり得ないとするなら、どういう分権、分散型の道州があるのか」と問題提起し、「小規模市町村の補完や大都市の位置づけに単純な回答はなく、複数のオプションを想定すべきである」と提言するなど、道州制の重要論点に踏み込んでいる。
これらの問題意識は、本稿ですでに示した2つの論点とも重なるものであり、あるべき道州制を考える際の重要な論点である。道州制基本法の国会審議が始まってからも、国会任せにすることなく、地方側からしっかりした問題提起を積み重ねる必要がある。
いまや道州制は構想レベルから現実の政策課題になった。これから求められることは、「良い道州制」と「悪い道州制」を見極め、国民にとって望ましい、あるべき道州制を方向づけていくことである。
以上