問われるのは環境変化に合った社会づくり

松谷明彦(政策研究大学院大学名誉教授)×荒田英知(PHP総研主席研究員)

 明治維新以来、わが国はヒト・モノ・カネを東京に集める中央集権で発展を遂げてきた。低成長時代に突入した現在でも、東京の経済的・財政的地位は圧倒的で、総人口が減少に転じたいまも人口流入が続いている。「繁栄する東京、疲弊する地方」という構図に対して、さまざまな政策が講じられてきたが、東京の地位は不動のままであった。
 ところが、そうした構造についにピリオドが打たれようとしていると指摘する人物がいる。『東京劣化』を著した、人口減少問題の第一人者、松谷明彦氏である。これまで日本全体を牽引してきた東京で、今後高齢化が地方を上回るスピードで進み、経済の縮小、財政の悪化、インフラの老朽化などが重くのしかかるというのである。
 地方で先行して進んだ高齢化はすでに安定期に入り、これからは東京に代表される「大都市の高齢化」が本格化する。2040年には、2010年と比べて秋田県の高齢者は1万人以上減少するのに対し、東京ではじつに143万人も増加するという事実一つをとっても衝撃的だ。
 こうした未曾有の変化に私たちはいかに備えれば良いのか、果たして「東京劣化」は回避できるのか、2020年東京五輪はどう影響するのか、わが国の盛衰を左右するであろう東京の将来について松谷氏に聞いた。

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1.「これまで」と「これから」の人口減少は違う
 
荒田 『東京劣化』というご著書のタイトルはいかにも刺激的です。一般的な観点からすると、地方は押しなべて疲弊して東京だけが繁栄をしているという前提で、いわゆる分権問題にしろ、地方創生にしろ語られてきたと思いますが、鋭い問題提起だなと思って拝読しました。とりわけ、人口減少問題に関して大きな誤解があるという指摘はとても重要だと思います。
 
松谷 いま人口が減っているのは、少子化だからではありません。2030年より少し手前までの人口減少と、それ以降の人口減少では主因が違うのです。2030年ぐらいまでの人口減少の原因は、要するに、死亡者の急増です。子供の数ももちろん減っていますが、要因からすればずっと小さくて、主たる原因は死亡者が増えていることです。これから十数年くらいはその趨勢が続きます。しかしそれは、言葉が悪いかもしれないけど、亡くなるべくして亡くなっている人が増えているだけのことです。
 
荒田 ある意味自然なことなのですね。
 
松谷 ところが、2030年過ぎぐらいになると、高齢者の死亡数は横ばいから減少に転じ、今度は子供の数が減ることが人口減少の主因になっていくわけです。だから、ひと口に人口減少といっても、2030年ごろまでの人口減少は全く心配要らない、問題はその後です。
 それでは、子供が減っていくのを止められるかといったら、これは全く止められません。少子化対策というのは本当にお金の無駄遣いです。少子化対策というのはつまり、出生率を上げる方策です。しかし、実質的には、出生率は落ちていないのです。
 
荒田 近年の1.41とか1.43とかいわれる数字がですか。
 
松谷 もともと何で落ちたかというと、未婚が増えたからです。未婚率が上昇しているので出生率が落ちているわけで、結婚した人が経済的事由とかいろんな理由によって子供を産めないというのならまた別ですが、結婚した人はちゃんと2人産んでいます。
 既婚女性が産んでいる子供の数は、1970年代の中ごろから全然変わっていません。2.0プラスαで、むしろ微増傾向です。ところが、最近、「夫婦の完結出生児数」なるデータを根拠に、夫婦の出生力が低下しており、子育て支援が必要だとする主張が広まっています。結婚後15~19年の夫婦の子どもの数をみると、2005年では2.09、2010年では1.96と減少しているというのですが、実は、その人達が結婚し出産した時期は「失われた十年」の頃ですから、それは特殊要因による減少とみるべきでしょう。そうした「一部の既婚女性の子どもの数」でなく「全既婚女性の合計特殊出生率」は、きちんと横這いから微増を続けています。ですから、未婚率の上昇が日本全体の出生率の低下につながっていると言えるのです。
 なぜ未婚率が上昇しているかといったら、それは結婚を望まない男女が増えてきているからです。結婚していない人に結婚しろと求めるのは民主主義社会ではあり得ない話です。人々の意識や価値観の変化を前提とした社会づくりをすべきです。
 これから先も未婚率は上昇していきます。前回の国勢調査では、女性の生涯未婚率は10.6%でした。生涯未婚率の定義は、49歳を超えてなお独身ということです。2040年時点の女性の生涯未婚率は、私の推計では29%ぐらい、約3割まで上昇すると考えられます。
 政府は将来的に人口1億人を維持するためには出生率2.07が必要としていますが、7割の人で2.07を達成するためには、既婚女性が1人あたり3人産むことになります。子供3人と子供2人では生活環境も仕事の環境も一変します。なにしろ40年間2人で安定しているのですから、それが3人になるわけがない。現在の1.4が1.5とか1.6になったとしても結果としては同じです。これから先、子供は減るという大前提で考えていくべきです。
 要は、子供が激減したって、人口が減ったって、それによって経済が小さくなったって、別に日本の社会が潰れるわけではありません。問題は、そういう大きな環境変化に見合った適切な社会づくりをしなかったら日本は滅びるということです。逆にいえば、適切な社会づくりをしたら、全然怖くも何ともないわけです。日本の人口の半分のフランスは、GDPも日本の半分、それでも日本よりはるかに豊かですよね。彼らは、半分の人口、半分の経済に見合った社会をつくっているからです。大きく環境が変わっているのに、何とかして昔のスタイルを続けていきたいとなったら、日本はもっと貧しい国になるでしょう。
 
荒田 人口問題は「定められた未来」といわれることがありますが、日本の人口構造をフランスや諸外国と比較するとややいびつな形をしていて、それが問題を増幅しているように思います。第二次世界大戦で約300万人もの日本人が亡くなられたことは、どう影響しているのでしょうか。
 
松谷 それはほとんど関係ありません。原因はただ一つ、戦後の産児制限です。もっとも、政府が推進したのはほんの数カ月で、その後、自主的に日本人が子供を産まなくなったのです。1950年から1970年代の半ばぐらいまで、20年から25年にわたって、日本では大量の堕胎が行われました。この間に産まれなかった子供の数は1700万人と推計されます。それが、いびつな人口構造になった最大の理由です。

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