必要なのは明確なアジェンダと積極的な働きかけ

鈴木崇弘(PHP総研客員研究員)×横江公美(元ヘリテージ財団上級研究員)×金子将史(PHP総研首席研究員)

 第二次安倍政権発足以降、日本政治は安定を回復したが、アベノミクスの成果は道半ばであり、わが国の経済や財政、社会の将来についての不透明感は払拭されていない。日本の外交的存在感は高まっているものの、英国国民投票でのEU離脱派の勝利、大混戦の米国大統領選挙、緊張著しい周辺の安全保障環境と、国際環境は動乱期ともいえる状態にあり、楽観は許されない。
 激動の時代において、政策シンクタンクはどのような役割を果たしていくべきか。政策シンクタンクに色々な形で関わりを持ち、政策シンクタンクに関する著作もある鈴木崇弘氏、横江公美氏とPHP総研の金子将史が語り合った。

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1.なぜ政策シンクタンクが必要か
 
金子 PHP研究所は、松下幸之助が戦後すぐ、繁栄、平和、幸福の世の中をつくるための研究をしようと設立したものですが、設立当初から「PHP研究所は、研究のための研究だけではなく、具現化を目指さなければいけない」とされてきました。政策シンクタンクは、まさに、研究するだけではなく、世の中を変えていこうとする存在だと思います。
 今日は、お二人と、日本の政策シンクタンクのあるべき姿、日本でシンクタンクが果たすべき役割について議論していこうと思います。
 まず、政策シンクタンクとの個人的な関わりについてお話しいただけますか。
 
鈴木 私のシンクタンクとの関わりは、留学して日本に帰ってきて、NIRA(総合研究開発機構、現在のNIRA総合研究開発機構)でたまたま仕事を得て、政策研究に関していろいろ知見を得たことがスタートです。それから、もうなくなってしまったのですが、自民党の国会議員が派閥横断型でつくっていた政策グループの政策スタッフをする中で、日本における立法機能が非常に弱いということに気づいて、それを解決する一つのツールがシンクタンクではないかと思い至ったのです。それ以来、東京財団や自民党のシンクタンク(シンクタンク2005・日本)の創設に関わるなど、苦節何十年(笑)、今も続いているという状況ですね。
 
横江 私は親が弱い政治家だったということもあって、選挙に非常に興味があり、松下政経塾在塾中にアメリカの大統領選挙を勉強するためにアメリカに行き、そこで一番おもしろいと思ったのがワシントンDCのシンクタンクでした。
 それで日本に関わるようなシンクタンクをワシントンDCで何とかしてつくれないだろうかと考えて、政経塾の3年目の頃に、自分でファンドレイジングを始めたり、フォーラムを始めたり、鈴木さんのところにも相談に行って、色々模索をしました。結局すぐにつくれるものではないということがわかったので、日本に帰ってきて、シンクタンクのメディアに対する影響や資金調達のあり方について博士論文を書きました。それから、米国のヘリテージ財団で外国人初の米国人と同待遇の上級研究員として活動し、2014年末に帰国しました。
 
金子 私は、それこそ鈴木さんの御著書に刺激されて、日本でも政策シンクタンクをつくりたいと志して政経塾に入り、また横江さんが色々模索されている時期にワシントンDCに行っていろいろ勉強させてもらいました。
 その時に、モントレー国際問題研究所の不拡散研究センターのDCオフィスで安全保障の研究をしながら、アメリカのシンクタンクがどう機能しているのか、特に政策過程への働きかけをどのように行っているのかフィールドワークしました。その後、PHP総研に入って外交・安全保障政策を中心に政策研究や政策提言をし、またPHP総研が政策シンクタンクとして力を発揮するよう努力してきたというところです。
 さて、日本で政策シンクタンクがなぜ必要か、あらためてうかがえますか。
 
鈴木 後づけも含めて言うと、私は民主主義を信じていて、民主主義というのは基本的に、政治的要請である「民意」と複数の「専門性」を組み合わせてマネージしていかないと回らない仕組みだと思うんですね。
 その時に、民はどうしても専門性に深く関わることは難しいという側面がある一方で、いわゆる行政は、必ずしも民意をうまく理解しながら政策づくりとか政治に関わることができないように思います。
 政策には専門的なことがいっぱいあって、普通の人は専門的なことを直接的に全て学ぶことはほとんど不可能に近いわけですね。政治や行政が発する言葉をうまく通訳なり翻訳なりして専門性と民意をうまくつなぐ一つのチャネルとか装置が必要だと思います。シンクタンクというのはそのような役割を果たす意味で必要なのではないでしょうか。
 
横江 ヘリテージ財団の3年間で感じたのは、シンクタンクは、様々なレベルのメディエーターとして存在しているということです。政治と民意をつなぐ機能、両者を媒介するメディアをサポートする機能、また政治家や官僚に勉強の場を提供する機能を持っているということですね。さらに、各国の大使館に米国政治を知る機会も提供しています
 行政というのはどうしても縦割りになりますから、シンクタンクがクローズドの会で縦割りの行政を横につないでいます。行政も政治もできない、つなぐ役割を果たしているという点が大きいですね。
 中に入らないと見られないところで一番おもしろかったのは、政治家向けの政策合宿をやっていたこと。こうした補完的な役割を演じる部分は日本にはちょっとまだないかなと思っています。
 
金子 90年代以降、政治主導が声高に叫ばれてきましたが、政治家があらゆる分野で専門的な政策知識を持てるわけではないので、そこを補うものがやはり必要です。
 縦割りの行政を横につなぐ役割という点は、日々の活動で実感しています。これまで提言を出してきたNSCもそうですし、パブリック・ディプロマシー、インテリジェンスもそうですが、結局、政策がうまくいかない原因の多くが組織間の調整問題にあるので、そこは全く特定の機関の色がつかない第三者が公平に見てあるべき姿を示すことに意味があると感じます。

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鈴木崇弘氏(PHP総研客員研究員)

2.日本のシンクタンクの現状
 
金子 日本のシンクタンクの現状をどうご覧になっていますか。
 
鈴木 日本のシンクタンクは、自分がいろいろやってきたことも含めて言うと、小康状態にあるという気がしているんですよね。
 日本のシンクタンクの歴史をふりかえると、1970年がシンクタンク元年で野村総研や三菱総研がその前後にできています。それから今まで6回くらいのブームがありますが、東京財団や構想日本といった独立系のシンクタンクができた1997年の第4次ブームが一つの節目になっています。
 日本のシンクタンクの前半期は、政策の多元性とか、民主主義といった意識よりも、今ある組織以外で新しいアイデアを出せるような仕組みができないかというような部分が強かった。一方で、1997年以降につくられた独立系のシンクタンクは、先ほど金子さんが触れた、1990年代以降の政治改革や政治主導、日本のガバナンスとか政策形成の仕組みを変えようとする動きと非常に連動していて、社会における多様な意見や考え方をつくり出す一つのツールになり出しているとは言えると思いますね。ですから、日本のシンクタンクを考える上では特に後半部分が非常に重要です。
 ただし、2007年に幾つかのシンクタンクができて以降は、いまひとつ新しい動きがなく、既存のシンクタンクの動きも、メディアではたまに取り上げられるようになっている一方で、政治的に何か影響力があるかというと、以前よりもない部分もあるのかなという気がします。
 それから、政治も少なくとも表面的には凪の状態になって、受けとめる側も非常に弱くなっている部分もあるのかなという気がするんですよね。
 
横江 私は、日本のシンクタンクは、アジェンダ設定が弱いと感じます。
 アメリカのシンクタンクの場合は、ファンドレイジングが全てです。非営利組織、シンクタンクがいいことをやっているといっても、基本的にはみんないいことを考えているので、お金が集まらないと残らない。アジェンダ設定の評価は資金集めと直結しています。
 研究はいい意味でも悪い意味でもお金と直結しているんですよね。多くのシンクタンクでは、研究の責任者となる上級研究員が資金集めをします。資金が集まらないとその研究ができないだけではなく、シンクタンクを去ることになります。
 ヘリテージ財団の場合は、研究員が個別に資金集めをするのではなく組織がします。そのため、理事会が研究のアジェンダを決めます。そして、研究の査定も組織がします。一方、日本の政策シンクタンクは、お金と研究が直結していないこともあってか、アジェンダ設定と研究評価が曖昧に思えます。アメリカのような圧倒的なお金持ちがいないこともあり、寄付だけでシンクタンクを運営することは難しいという現状があります。ですから、日本ではそれぞれのシンクタンク経営にあわせた独自の研究を評価するしくみが必要だと思います。
 ヘリテージ財団を私がやめる時「一番君に聞かなければいけないのは、この3年間君がもらった査定は正しかったか、正しくなかったかということだ」と言われました。組織が研究を評価するヘリテージ財団では、査定の方法を常に見直しているのです。
 
金子 横江さんがおっしゃるように、「これをやるんだ」という方針設定が、一般に日本のシンクタンクは弱い感じがしますね。
 
鈴木 どうしてもリーダーシップの問題があって、アジェンダ設定のできる人がトップにいないとシンクタンクって回らないと思うんですよ。一番のトップでなくても、核になるそういう人がいないとシンクタンクは回らない。シンクタンクというのは組織なんだけれども、個人の個性がないと回らない組織ですよね。
 
横江 ヘリテージ財団では、翌年1年の方針を理事が全員がホテルで1週間ぐらい合宿して決めます。リフレッシュのための運動の時間もきっちりと取りながら、缶詰で議論するんです。ここで決まったことは全体会議で発表され、それをそれぞれの部署が具体的に落とし込んでいきます。
 評価はそれぞれの部署のディレクターが行い、部長にあたるバイスプレジデントがスーパーバイズします。アジェンダの設定と評価はセットなんですね。
 理事会のメンバーは大物が集まっており、その人たちが数日間かけて「決めた」ことですので、大口の寄付者たちからも文句がでません。寄付者と理事会に信頼関係があるといえるでしょう。理事もアジェンダ設定にそこまで関わっているので、実現に協力して結束します。政策シンクタンクにとってアジェンダはまさに心臓部分なのです。日本のシンクタンクに欠けているのはこのアジェンダセッティングの部分で、そこを強化することが一番重要ではないでしょうか。
 
鈴木 アメリカのシンクタンクの理事のコミットメントは大変なものですよね。日本の理事会とは意味が全然違う。
 
金子 ちゃんと議論してアジェンダも研ぎ澄ませていくし、それに、ちゃんとコミットさせていくということですね。
 
横江 だから、文句は誰からも出ない。その上、それに対してお金も出す、お金が足りなかったらみんなでお金も集めるということになるわけです。

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横江公美氏(元ヘリテージ財団上級研究員)

3.アメリカの政策シンクタンクから学べること
 
金子 日本の政策シンクタンクが世の中をよくするプレイヤーとして影響力を持つには何が必要でしょうか。アメリカの例に学べるところはありますか。
 
横江 日本は、シンクタンクだけではなくて、全てにおいて1回きりのイベントが多いんですよ。1回きりのイベントとか、1冊本出してこれで終わりというのが多い。これはアメリカのシンクタンクでは考えられないことです。1つの研究は最低でも1年、ある意味、それを研究する上級研究員が在籍する限り続き、インビテーションオンリーの会議で関係者を呼び議論を重ねていきます。それは、その研究の関係者のコミュニティ作りであり、提言を実現するための環境づくりとも言えるでしょう。また、大口寄付者への特別なイベント、小口寄付者へのイベントなどもあれば、メディア向けのイベントも継続して行われています。外国メディアへのブリーフィングという活動もあります。
 日本のシンクタンクも、もう少し長い目で研究プロジェクトを設定し、関係者のコミュニティをつくっていくことが重要ではないかと思っています。
 
鈴木 今、横江さんがおっしゃったようなこととも関係すると思いますが、日本のシンクタンクは、どちらかというと報告書づくりは好きなんだけれども、その後のパブリシティーとかアウトリーチとか、ディセミネーションが十分ではない。場合によってはアドボカシー的なことをもっとやらないとだめだと思うんです。
 逆に言うと、そちらのほうがシンクタンクって重要で、大学の先生は本を出すことがゴールでいいのですが、シンクタンクはそれよりも、研究の成果がどれだけ社会を、100%でなくても、変えられるかが大事なのです。その意味では、研究が終わってからのほうが重要で、その部分をやっているシンクタンクはなかなかないなという気がしますね。
 
金子 そうですね。我々も十分できているとは言わないですが。
 
鈴木 かなりやっているほうですよ。
 
金子 やってみると、意外に政治家も官僚も聞いてくれるんですよね。ですから、別に日本の行政や政治がそういうものに対して門戸を閉ざしているわけではなくて、結局働きかけをしていないのかなという感じがします。
 
鈴木 アイデア自体は欲しがっているんですよ。
 
横江 ヘリテージ財団のある階は、全ての部屋がクローズドの会議を行う会議室になっています。そこでは、ランチや軽食、夕食を提供する勉強会がいつも行われています。10部屋ぐらいありますが、いつも埋まっていて予約が取れないくらいです。それで、ケータリングの本が電話帳ぐらいあるんですよ(笑)。ケータリングのよしあしがシンクタンクのよさを決めていると言ってもいいほどです(笑)。
 それから、私が日本のシンクタンクにあったらいいと思うのは編集部門ですね。ヘリテージ財団では、一流の編集スタッフがそろっていて、研究員の書いたものは編集者が手を入れます。さらに撮影用のスタジオまであって、私も入った2日後にメディアトレーニングを受けました。しかられたのは、「もうちょっとちゃんとした格好しろ」って(笑)。上級研究員は、事件が起きた時に専門家としてテレビでコメントが求められるから、と。
 
鈴木 政策における言葉の発し方というのは多分、普通の言葉の発し方と一緒ではないですよね。
 どれだけ明確にストーリーが相手に伝わるかとか、できるだけキャッチーな言葉を出せるかとか、あと、言葉の切り方とか、長さとか、そういうものも含めて、発信していかないとだめな部分があります。シンクタンクというのは、そこら辺をある程度は意識していかないといけないと思いますね。
 
金子 実際、中身的に、世の中をよくするようなすぐれた成果を生み出すにはどうしたらいいかというところはどうですか。
 
鈴木 一つは、先ほどのアジェンダセッティングと一緒で、世の中のトレンドがどういう状況であるかということをきちんと捉えることがまず必要なのではないでしょうか。
 それに即したテーマ設定をやり、あと、どれだけタイミングを失わない形でうまく成果を出して発信していくかという、スケジューリング感が僕は重要だと思いますね。
 かといって、政策シンクタンクの場合は、ものすごくオリジナリティーが必要かというと、多分違う。オリジナリティーはそれこそ学者の方がやっている研究があるので、それをうまく活用するのも一つのやり方ではないかと思いますね。
 
横江 日本とアメリカの大きな違いは、政府が公開する情報です。アメリカはアーカイブとか統計情報が圧倒的に多い状態で、それらがあるかないかで研究の質は全く違ってきます。また、この環境では、そうしたデータをわかりやすく整理する研究も必要になります。政府の情報とか、白書の数字はばらばらの場所に存在していますし、数字がならぶだけでは意味がわからないものもあります。それらを整理してデータベースを作り、わかりやすく見せる役割は非常に大きいと思います。
 実際にアメリカでは、オープンシークレットという名前で選挙資金のデータベースが作られたことが、選挙資金に関する法律の改正につながったと言われています。選挙資金の情報自体はもともと政府によって公開されていたものですが、マスコミでもオープンシークレットの数字が多用されました。このように政府の公開情報を使ってオリジナルなデータベースをつくることは、日本でもできるのではないかなと思っています。
 
金子 データをそのまま置いておくのではなくて、見せ方を工夫して、一般市民とかメディアの人たちとか研究者も使えるようなものを構築するということですね。
 
鈴木 逆に言うと、日本は、役所も含めてデータとか研究に基づいて政策づくりをあまりにもやってこなかったことが問題だと思いますし、外になかなかシンクタンクが生まれないのもそのせいなのではないかなと思っています。
 政策研究というのは、それを受けとめてくれる側に研究が理解できる人がいないといけないわけです。それは役所の中であったり、政治家だったりだと思いますが、まさにそういうリサーチリテラシーを育てるという意味では、僕は役所の中にももっとリサーチが生かされる仕組みができたほうがいいと思いますね。

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金子将史(PHP総研首席研究員)

4.反エスタブリッシュメント現象にどう向き合うか
 
金子 最近横江さんが出した『崩壊するアメリカ』でトランプ現象について分析していますが、ああいう現象は、エスタブリッシュメント批判なわけですね。
 米国のシンクタンクはまさにエスタブリッシュメントで、だからDCの人たちがみんなトランプ嫌いでも、トランプ候補が勝ち残ってしまうわけですよね。イギリスも、エスタブリッシュメントが残留をいかに訴えても離脱派が勝ってしまったわけです。
 こういう時代、日本はともかく米欧のシンクタンクは、ある種エスタブリッシュメントの片棒を担いでいるというふうに思われてしまう可能性もありますよね。そういう中でシンクタンクはどうすればいいのか。
 
横江 共和党系のシンクタンクは冷戦時代に力をつけたので、今の時代に合わせるために、苦労しているところがあります。しかし、オバマ大統領と関係が深い民主党系の米国進歩センター(Center for American Progress)は、これまでになく強くなっています。シンクタンク全般の問題ではなく、共和党、保守派のシンクタンクが多様性の波に乗れていない。ヘリテージ財団もAEI(American Enterprise Institute)もレーガン政権時代に影響力を持つようになりました。そういう共和党、レーガンの時代は、2008年でオバマ大統領が誕生したことで流れが変わってしまった。トランプのような人が出てきたのは、時代の変化を意味しているといえるでしょう。
 
鈴木 米国では、新しい産業が出てくる時に、企業が幾つかのシンクタンクにお金を出して、規制を変えてもらうような研究をやってもらうようなこともありますよね。
 政策シンクタンクは新しいフロンティアをつくっていく時の役割も実は果たしていたりするので、そこを見ないといけないのではないかという気がします。
 
金子 新しさへの適応という、ある種知的なところはできるかなと思います。しかし、反エスタブリッシュメント的な動きにはどう適応するのでしょうか。
 
鈴木 今はエスタブリッシュメントではないですが、これからエスタブリッシュメントになろうとする人に対しては多分かなりの力を発揮すると思うんですよ。
 反エスタブリッシュメントに対しては、アメリカの場合はもっとグラスルーツとか、いろいろな違った動きがあるので、多分そっちがカバーしていくと思うんですよね。
 
金子 ここで私はPHPの創設者である松下幸之助のことを考えるんです。松下さんは苦労人だから、こういう時に多分、反エスタブリッシュメントのほうも納得するし、だけど、別にそっちにこび売っているわけでもないというようなコミュニケーションができたんじゃないかなという感じがするんですよね。そういうところも大事なのではないかなと。
 知的なほうで洗練していくのも必要なのですが、もう少し肉体言語的なところがないと結局ああいう流れは変えられないのかなという感じもするのです。説得してどうこうではないのかなという感じ。
 
鈴木 それは難しい質問ですね。多分、民主主義のはらむ問題でしょう。政治や政策は単なる論理だけではなく、情念だったり、社会の雰囲気だったりを抜きに考えられないところがあるので。そういう時にシンクタンクがどれだけ力を持てるか持てないかというのは非常に重要なテーマでしょうね。
 
金子 もっと参加の側面がないと、押しつけられているだけという感じになってしまうのかなと思います。
 
鈴木 繰り返しになりますが、民主主義って、政治的要請である「民意」と複数の政策的な「専門性」をどうやってバランスをとりうまくマネージしながらやっていくかという問題なので、それが場合によってはトランプに行ってしまったり、場合によってはナチズムに行ったりするわけですよね。非常に難しい、人類の英知ではまだ完全に解決できていない問題だと思いますね。
 ただ、少なくとも、ある程度民主主義的な社会において、政策形成をある程度合理的にやっていくための一つのツールとしてのシンクタンクは意味があると思いますよ。それは否定できない。
 
横江 アメリカのシンクタンクはいつも同じレベルでいい状態にあるわけではなくて、時代遅れになると倒産しそうになるんですよ。で、時代に合うとまたお金がどっと入ってくる。今は共和党系はシンクタンクも時代に取り残されていますが、反対に言うと、そこからまた新しい時代にあった価値が生まれる可能性はあると思います。そうなると、多分、共和党も変わっていくことになるでしょう。共和党同様、保守系シンクタンクも今ここで落ち込んで、そこから変化して、うまく次の新しい概念をつくっていくのだと思います。
共和党は今、ものすごく悩んでいるわけです。だから、選挙がああいう状態になっている。今までのレーガン的な、小さな政府、世界の警察的な強い軍事、キリスト教的価値観に基づいた社会政策、これが今、どれも票がとれなくなってしまった。だから、時代に合った新しい価値を考えるわけです。そういう時代なのだろうと思います。
 
鈴木 その絡みで申し上げると、個々の政策シンクタンクにはもちろん栄枯盛衰がありますが、一番重要なポイントは様々なシンクタンクがあることで、それによって社会のいろいろな意見や考え方をうまく政策形成に乗せられるということなのではないかと思います。そういう意味では、シンクタンクは産業として捉えるべきなんです。

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5.日本の政策シンクタンクのこれからの方向性
 
金子 日本における政策シンクタンクのこれからの方向性についてお考えはありますか。
 
鈴木 もう少し、政治とか政策形成過程に入り込んだり、自分たちのつくった政策研究のネタをしつこく売り込み続けたり、それこそ、場合によっては議員をサポートするような、まさに政治コンサル的なことをやるような部分を入れないと日本のシンクタンクが生き残り、役割を果たしていくことは難しいのかなと私はずっと思っています。
 それはなぜかというと、ご存じのように、日本の場合、国会議員も地方議員もそうですが、政策的なサポートをしてくれる人がほとんどいないわけですよね。だから、アイデアを持っていっても、いいとは言ってくれても、実際にそれを盛り込んだ法案や政策をつくれるかというと、つくれないのが日本の現状だと思うんですよ。
 そういう意味では、アメリカ以上にもっと踏み込んだサポートをしないと、日本のシンクタンクはなかなか存在感を示すことができないのかなと思っています。
 
金子 本当に世の中を変えようとするところまでなかなかいかなくて、やはり何かレポート出して終わりというか、いい成果がまとまってそれなりに周りから反応がよければそれでいいということですね。本当に世の中を動かすというところまでの意識が弱いかなと。
 
鈴木 ではないかなと思いますね。多くのことをやらなくていいから、限定されたものでいいから、もっとやるべきだと思います。
 
金子 PHP総研の場合、創設時から「研究のための研究ではなく具現化するための研究である」と明示されているので、まさにそれをやらなければいけない。
 
横江 やはり、政治家と行政と協力するということだと思います。クローズドの勉強会などで政治家とか行政、そしてメディアの人を呼んでいつも一緒に議論しながら、一緒につくっていくぐらいのつもりでやっていくと。
 それから、もう少し資源があるなら、政策研究の基盤をつくるために、さっき言ったデータベースのようなものをつくってほしい。専門研究のうちのいくつかについて基盤になるデータベースをつくってくれると、社会への貢献が大きいと思います。
 
金子 最後に、政策シンクタンクPHP総研に期待することをお願いします。
 
横江 自由な立場で政策提言、政策研究ができる場所は他にそうないので、それだけでも優位性があるといえるのではないでしょうか。それを活かしてクローズドの勉強会やデータベースなど、やれるだけやればいいと思います。
 
金子 身の丈の中で精いっぱいやるということですね。
 
横江 手持ちのリソースで、やれるだけやる。そうすれば、社会から必要とされて転がっていくということではないかと思います。
 
鈴木 私はぜひスパイスの効いた研究、アジェンダセッティングをやって、その成果を、実際の政策形成に活かしていただきたい。
 それができるためには、やはり行政も政治も、どんなにいいものでも突然持ってこられたら受け付けないので、常日ごろから、メディアも含めて政治や政策絡みの分野で人間関係をつくりながら、絶えず出てきた成果をそこに生かせるような形をつくっていただきたい。政治とか政策の世界は、誰が持ってきたかとか、誰が言っているかが非常に重要です。持ち上げ過ぎてもいけないのかもしれないですが、PHP総研はそういうことをやっている数少ないところなので、期待しています。
 
金子 もう少し頑張れ、ということですね(笑)。
 
鈴木 頑張りましょう(笑)。
 
金子 日本にとっても世界にとっても正念場の今こそ、政策シンクタンクには活路を拓くアイディアを提示する役割が求められていると思います。無論、私たちPHP総研もこれからの繁栄、平和、幸福についての大きな絵を描き、その実現に向けて真っ直ぐに取り組まなければなりません。本日は色々ヒントをいただきました。ありがとうございました。
 

鈴木 崇弘(すずき たかひろ)
政策シンクタンクPHP総研客員研究員。厚生労働省参与や城西国際大学大学院客員教授も兼任。東京大学法学部卒。イーストウエスト・センター奨学生として同センターおよびハワイ大学等に留学。設立に関わり東京財団・研究事業部長、設立に関わり自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の理事・事務局長等を経て現職。日本政策学校共同代表等も務める。主な著書は『日本に「民主主義」を起業する』。専門は公共政策。
 
横江 公美(よこえ くみ)
東洋大学グローバル・イノベーション学研究センター客員研究員、博士(政策)、コラムニスト(毎日新聞・経済観測寄稿)。VOTEジャパン(株)社長を経てアメリカ5大シンクタンクのヘリテージ財団で上級研究員をつとめ1年前に帰国。松下政経塾(15期生)ではアメリカ大統領候補の本部で1年間、現場研究を行った。その間、プリンストン大学とジョージワシントン大学の客員研究員。東洋大学、青山学院大学非常勤講師。
 
金子 将史(かねこ まさふみ)
政策シンクタンクPHP総研首席研究員。1970年広島県生まれ。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。株式会社PHP研究所国家経営研究本部本部長を兼務。外交・安全保障分野の研究提言を担当。著書に『パブリック・ディプロマシー戦略』(共編著)、『日本の大戦略』(共著)等。「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」議員等を歴任。国際安全保障学会理事。
 

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