地政学的要衝研究会
海洋国家の命運を握る南太平洋

ゲスト報告者:関口高史(元防衛大学校准教授、予備1等陸佐)

本稿は『Voice』2023年3月号に掲載されたものです。

地政学的要衝研究会」は、日本の対外政策や日本企業のグローバル戦略の前提となる情勢判断の質を向上し、平和と繁栄を考えるうえで不可欠の知的社会基盤を形成することをめざして、鹿島平和研究所と政策シンクタンクPHP総研が共同で組織した研究会です。第一級のゲスト報告者による発表をもとに、軍事や地理をはじめとする多角的な観点から主要な地政学的要衝に関する事例研究を行ない、その成果を広く社会に公表していきます。

2022年8月、海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」が米軍と共に初めて、南太平洋のソロモン諸島の首都ホニアラがあるガダルカナル島に入港した。2019年にソロモン諸島がそれまで外交関係をもっていた台湾と断交し中国と国交を樹立して以来、中国の南太平洋島嶼国への影響力の拡大に対する危惧が、米国をはじめ民主主義諸国の間で強まっている。

そのソロモン諸島が22年4月に中国と安全保障協定を締結したと発表すると、そうした懸念はさらに強まり、米国が激しい巻き返しをかけ始め、南太平洋が米中対立の新たな舞台として注目を浴びている。日本は米国と歩調を合わせ、”防衛交流”を通じて安全保障分野でも南太平洋島嶼国との関係強化を図っている。

連載第13回は、米中間の戦略的競争の舞台となっている南太平洋の地政学的状況について、軍事的・戦略的観点から考察することで、日本の対外政策及び企業のグローバル戦略の元になる情勢判断の一助となる分析を提供したい。

考察のための3つの視座

軍事的、戦略的観点からの考察は、その他の観点からの考察と何が違うのか。端的に言えば、軍事的あるいは戦略的な視座を確立できるかどうかが重要であり、その視座を明確にするために「空間」「時間」「機能」という3つの考察軸を設けることが適当と考える。機能については軍事特有の要因を検討していくのである。それぞれの考察軸について、若干の説明を加えてみたい。

まず空間軸。国内、地域、グローバルと考察の焦点を広狭することで、地域が有するトレンドを抽出する。例を挙げれば、南太平洋の各島国がもつ課題を島だけで解決できるのか、それとも地域共通の問題として解消すべきなのか。さらにグローバルな観点からどのような問題解決の手段があり、空間的にどのような影響をもたらすのか、などを考えていく。

時間軸による考察はアナロジーの抽出に役立つ。環境や条件が揃えば歴史が繰り返されるという仮説が成り立つ前提である。

3つ目の考察軸である機能は、戦略環境の醸成や戦略、すなわち抑止と対処に区分し、それぞれ非軍事主体、軍事主体に位置づける。国家の主要領域における環境醸成と、主として軍事の領域で考察される機能に基づき、視座を確立し、戦略のコンセプトや基本的な構想を案出する。

本稿ではこれらの考察軸を元に視座を確立し、地政学的状況や情勢の変化を見ていきたい。まずは南太平洋の重要性について、空間軸で考察する。

南太平洋の島嶼国は、メラネシア、ミクロネシア、そしてポリネシアの3つの部族に大別され、豪州とニュージーランドを含む16の国と地域で構成されている(図1)。この地域の人口は合わせても1000万人前後であり、国土面積の合計は約53万㎢、日本の約1.4倍に過ぎない。一方、排他的経済水域は1978万㎢で、日本の約4.4倍だ。

そのほかにこの地域は3つの脆弱性を抱える。1つ目は国土が狭く分散していること、2つ目は国際市場から離隔していること、3つ目が自然災害・気候変動などの環境変化への対応が非常に困難なことである。

南太平洋の空間的重要性は、日本のシーレーンとの関係性に照らして明白である。この地域は豪州やニュージーランドと日本を結ぶ重要な航路であり、パプアニューギニアとソロモン諸島の間が地政学的要衝になる。日本はエネルギーの多くを外国に頼っているが、石炭及び液化天然ガスの約20%、牛肉や酪農品、大麦などの約7%を豪州から輸入している。まさに南太平洋は日本と豪州を結ぶシーレーンに位置し、日本経済を支えるためにも、この地域の平和と安定は不可欠である。

グローバルな視点からは、中国の「一帯一路」のような生存圏を形成する地域とはやや異なり、南太平洋は地理的に離隔している。しかし最近、中国は食料自給率が70%にも満たない事態を受け、食の安全保障についてもこの地域への関心を高めている。南太平洋は漁業のポテンシャルが高いことから、中国は漁業資源の策源地として重要視しており、平和利用目的と称してこの地域の港を少しずつ整備している。

また南太平洋は、米国にとっては豪州との連絡の死命を制する緊要な地域であり、アジアへ進出する際の入口にも当たる。そして南太平洋のなかでもソロモン諸島は、そのすべてに重大な影響を与える要の島国である。

中国の影響力拡大と台湾の孤立化

南太平洋地域の時代背景を考察する際にまず頭に浮かぶのが、第二次世界大戦時の陸戦のターニングポイントになったガダルカナルの戦いだろう。日本軍は当初、「米豪遮断」という目的のためにこの地域に進攻した。それに対し米軍は、南太平洋を日本軍への「戦略的反攻拠点」と捉え、戦いに勝利。時間軸の考察からも南太平洋がアジアへの進出経路の入口であり、米国と豪州を結ぶ重要な地域であることが確認できる。また戦勢を支配する要点の確保や戦力集中競争での有利な展開も含め、島嶼の有機的なネットワークの必要性と陸海空戦力の統合、水陸両用作戦の主役である海兵隊の活躍、作戦と作戦基盤の連携等の重要性は今日も変わらない。

その後、1960年から90年代にかけて南太平洋の島国は独立を果たしていく。メラネシア系の国家は低い社会指数に苦しみながらも豪州の支援を受け、ミクロネシア系の国家は戦前の経緯もあり、日系人の活躍や米国の財政支援に依拠してきた。またポリネシア系の国家はニュージーランドの援助を受けた。

しかしそれから数年が経過すると、南太平洋の多くの国は豪州と各国が異なる意見を尊重しつつ、コンセンサスを得て問題を解決していく、いわゆる「パシフィック・ウェイ」を同地域の意思決定の基本とするようになった。この地域共通の課題として、まず歴史的犯罪としての不発弾の放置、核保有国の核実験を原因とする放射能汚染の残存、そして砂糖製造がもたらした悲劇、砂糖奴隷問題の未解決が挙げられる。

次に機能の考察軸から見ていきたい。まず非軍事である政治外交の領域では、中国の影響力拡大と台湾の孤立化がある。台湾といまも外交関係をもつ国は、太平洋の島国では、マーシャル諸島、パラオ共和国、ナウル共和国、そしてツバルの4国のみで、それ以外の国は中国と国交を結んでいる。

この流れを助長しているのが、経済領域での中国の大規模な支援だ。中国の島嶼国全体への支援額は2005年には400万ドルに過ぎなかったのが、2007年には1億3700万ドル、2009年には1億5600万ドルと、5年足らずで40倍近くに増大。その後も援助を増やし続け、2012年には援助総額で全体の5位に、2016年には全体の13%を占め、豪州に次いで2位となった。ただし、豪州は島嶼国援助全体の50%以上を占め、ニュージーランド、米国、日本などの支援も加えれば、「民主主義陣営」が最大の援助国であることに変わりはない。

次に軍事の視点から考察すると、中国が台湾への武力行使に踏み切った場合、「決定的作戦を行なう地域」「その条件を作為するための作戦を行なう地域」、そして「作戦を支援する地域」に区分して作戦を遂行すると考えられる。そのような作戦環境のなか、中国は地政学的状況から南太平洋に対し、どのような役割を期待しているのか、後述の南太平洋における有事シナリオで細部に触れてみたい。

南太平洋でまず目につくのが、域内外、新旧あるいは線的・面的構造が複雑に絡み合う関係性である。従来の枠組みとして、太平洋諸島フォーラム、米国との結びつきや軍事的色彩の強い自由連合協定、豪州、ニュージーランド、米国の3国による安全保障条約があり、新たな枠組みとして、米国が主導するインド太平洋経済枠組み(IPEF)、日米豪印で形成するQUAD、米国、英国、豪州のAUKUS、2022年6月に締結されたばかりのブルーパシフィックにおけるパートナー等がある。このほかにも、個々の島国が中国と結ぶ協定等も存在する。これらの関係性が軍事の領域にも影響を及ぼしているのである。

南太平洋の安保における米中角逐

2019年にソロモン諸島とキリバスが台湾との国交を断絶した。その要因には、中国との関係を深め、自国に対する経済支援を強化する狙いがあったのは間違いない。太平洋の島国には先述のとおり、パシフィック・ウェイがあり、各国とのコンセンサスを得て地域としての意思を域外へ表明してきた。これらの国の台湾との国交断絶は、自国の思惑を直接、域外、つまり中国へ訴えかける国が出てきたことを意味した。

それから約3年が経った22年4月、中国はソロモン諸島と安保協定を締結。協定は非公開だったが、文書は流出した。それによると、ソロモン諸島は社会秩序の維持や人びとの生命、財産の保護のため、中国に軍や警察の派遣を要請できる、また中国はソロモン諸島の同意を得て船舶を寄港させて補給でき、中国の人員やプロジェクトを保護するために関連する権限を行使することができる、等とされていた。

このように、現在中国が南太平洋で力を入れているのが安全保障の分野である。ソロモン諸島では2021年12月、大規模な暴動が発生。きっかけは中国寄りの政策を進めるソガバレ政権への反発だった。首相退陣を求めるデモが行なわれ一部が暴徒化、中国系の住民たちが経営する商店が襲撃された。これを受け、中国はソロモン諸島の警察に装備を供与したほか、自国の警察官を派遣し、暴動鎮圧訓練を定期的に実施するようになった。

この動きに米国は警戒感を強めた。中国とソロモン諸島の安保協定締結発表からわずか3日後、米政府高官をソロモン諸島に派遣し、中国軍の部隊常駐化に向けた措置が取られた場合然るべき対応を講ずると警告。また1993年に閉鎖した大使館の再開を早めることや公衆衛生問題に対応するための病院船の派遣、海洋状況や船舶の航行情報等を把握するためのプログラムの協力を約束した。

22年5月に発足した豪州新政権の動きも重要だった。総選挙で勝利し首相に就任した労働党のアンソニー・アルバニージー氏は、「焦点の1つは、この地域で現在起きている戦略的な競争だ。豪州は島嶼国との関係を尊重しながら進めていく」と述べ、影響力を拡大する中国を念頭に各国との関係を強化していく方針を示した。ペニー・ウォン豪外相は就任直後、QUAD首脳会合のため日本を訪問。続いて最初の2カ国会談のためにフィジーを訪問し、魅力的な支援を提示して中国との安保協定締結を全力で阻止した。

これらの動きに対し中国は、王毅外相による南太平洋歴訪を表明し、フィジーで南太平洋島嶼国10カ国による外相会議を開催した。東京でQUAD首脳会合が行なわれた直後のタイミングでもあり、米国とその同盟国の結束強化に対抗する狙いがあったのは明白だった。

王毅外相の最初の訪問国は、やはりソロモン諸島だった。そこで経済や保健分野などでの協力拡大を確認。同外相は引き続き、他の島嶼国にも経済支援を提示し、安全保障や貿易、データ通信など幅広い分野での協力を盛り込んだ協定の締結を呼びかけたが、一部の国の反対に遭い合意は見送られた。中国とソロモン諸島の安保協定が、中国の軍や治安部隊の派遣、艦艇寄港を可能にすると見られたため、一部の国が警戒感を強めたからだ。

太平洋島嶼国の「等距離外交」

島嶼国は現在、強大な軍事的脅威にさらされているわけではない。安保協力は、中国にとっては米国に対する軍事的アドバンテージを握るという利点があるが、南太平洋地域には、米中対立に巻き込まれたくないと考える国も多い。中国の島嶼国協定が不発に終わった要因には、ミクロネシア連邦とパラオの反対が作用したことも挙げられる。米国との関係が深いミクロネシア連邦は会合に先立ち、中国との安保協力は「新冷戦を触発する」として、提案を受け入れないよう各国に働きかけた。またパラオのスランゲル・ウィップス・Jr.大統領は、周辺国の指導者に「北京との協定は域内の平和と安全保障に危険を招く」として注意を促したという。

王毅外相が太平洋島嶼国を歴訪している最中の22年5月26日、米国は新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組みIPEF」にフィジーの参加が決まったことを発表した。米国の太平洋の経済協力拡大は、中国への有効な対抗策になると考えられる。フィジーのように政治交渉力が高い国は、中国と「民主主義陣営」の両方から利益を引き出す「等距離外交」を展開している。

このような情勢下、22年7月、キリバスは太平洋諸島フォーラムからの脱退を表明。脱退の理由は、事務局長人事をめぐる諍いだとされている。これは多くの国からパシフィック・ウェイの限界と認識された。太平洋諸島フォーラムの会合は非公開であり、フォーラムは広大な地域に位置する島々が地域の課題に連携して取り組むための枠組みと位置づけられてきた。しかし各国の足並みの乱れも懸念され、合意形成には時間がかかり、中国のさらなる進出を招きかねないとの見方も出ている。

22年9月、米国は相次いで重要会議を開催した。22日、ニューヨークでは「ブルーパシフィックにおけるパートナー」外相会議が開かれた。当初のメンバーは日米英豪とニュージーランドの5カ国だったが、今回は、それに独仏加印や韓国、EU(欧州連合)、太平洋諸島フォーラムが加わり、さらに太平洋島嶼国12カ国の代表がオブザーバー参加。28日と29日には、ワシントンで太平洋島嶼国14カ国の代表を招いて「米・太平洋島嶼国首脳会議」を開き、「米・太平洋のパートナーシップ宣言」と題する共同宣言を発表した。

また、それとは別にバイデン政権は29日、初めて「太平洋パートナーシップ戦略」を発表するに至る。米国はこの首脳会談で、総額8億1000万ドル(約1170億円)にも上る経済支援や米沿岸警備隊によるパトロール、さらに常設の米国公館を6拠点から9拠点に増やすことなどを表明。当初は共同宣言への署名に難色を示していたソロモン諸島も最終的に署名した。これに対して中国共産党系の『環球時報』の英語版『グローバル・タイムズ』は「米国が地域を自分の裏庭として扱う根性と覇権主義的ロジックは不変」だと非難した。

こうして見てみると、政治外交を比較的得意とする島嶼国は米中角逐のなかで、より実りのある利益を引き出すことに専念し、従来からある軍事基盤がもたらす枠組みに満足する国は米豪をさらに頼り、新たな経済的利権を欲する国は中国との連携を望んでいることがわかる。今後は、太平洋島嶼国が意見の相違を乗り越え、地域として一貫した対応をとることができるのか、それとも地域のコンセンサス形成に見切りをつけ、各国が独自の判断で中国や「民主主義陣営」との関係を追求していくのかに注目すべきであろう。

南太平洋における有事シナリオ

これまで見てきた南太平洋の現状から考察される有事シナリオについて考えてみたい。まず米国は中国の何を危惧しているのか。中国のインド太平洋地域における勢力拡大と米中角逐の流れから、南太平洋島嶼国を中国が掌握すれば、米国に対する「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略が可能になる可能性がある。

中国は政治外交の領域では経済領域とも連携し、あらゆる手段を講じ、合法的に台湾を孤立させている。2018年にはエルサルバドル、ドミニカ共和国、ブルキナファソが台湾と外交関係を断絶。2019年にソロモン諸島とキリバスが続いた。そして2021年にはニカラグアが断交し、台湾が外交関係をもつ国は世界で14カ国に減少した。そのほかにも、米軍の接近拒否のため、軍事的利用にも流用できる施設の構築、文化社会の名目で行なわれる宇宙利用や海底探査など、長距離ミサイル・ロケットの開発や潜水艦の航行のための貴重なデータの取得にも注力している。

それらをまとめたのが図2である。中国が近距離の利点を活かし、同盟国と連携の下、南太平洋島嶼国と米国に先んじて列島線に戦力を投射した場合、戦略的に作戦環境を有利にすることが可能となろう。ここではとくに「第2のキューバ危機」と、各列島線を活用したA2/ADについて、詳しく述べたい。

注目すべきは、ソロモン諸島が台湾と国交を断絶したあと、中国が最初に行なった大きな行動である。中国はホニアラ国際空港近傍の離着陸を制する土地を購入した。さらに実現はしなかったものの、ツラギ島の借用まで要求した。ツラギはもともと英国領時代、ソロモン諸島の政治中枢を担う政庁が置かれていた島だ。

問題は、中国がツラギの借用を試み、米国がそれを阻止した理由である。ツラギには飛行場を置くことはできないが、ホニアラ国際空港の離着陸を制する要点と考えれば、その戦略的意義は一気に高まる。ツラギあるいはガダルカナル島から、米国の対中攻勢の策源地としての役割を担うグアム島とダーウィンを海空から攻撃することができるからである。すなわち、中国にとってこれらの島は、米軍とその同盟国の作戦準備や集結を阻害できる重要な拠点になりうるのだ。

さらに重要なのは、ツラギあるいはガダルカナル島の借用を許すことは、中国が大陸間弾道ミサイルで米国本土を脅かすことが可能になる点である。中国は、米国の政経中枢を人質にとる1つのオプションを握ろうとしていると考えられる。これこそまさに「第2のキューバ危機」になりかねない事態である。

中国は赤道近くの島嶼が人工衛星発射基地に適しているという名目でロケットの主要部品等を南太平洋の島嶼へ配置してくる可能性がある。このシナリオを裏付けるものは2019年、中国の建国70周年記念軍事パレードにおいて公開された「東風41(DF-41)」、北米に到達可能な新たな大陸間弾道ミサイルである。射程距離は1万4000㎞を超え、米国の「ミニットマン(LGM-30)」の1万3000㎞を上回り、世界最長と言われている。

ここで、米国の対日戦争指導計画「オレンジプラン」と日米両軍の作戦経過を元に、蓋然性のある有事シナリオをシミュレートしてみる。図3で示したように、米軍はハワイ諸島、南太平洋西部を策源地とし、海空主体の戦い、水陸両用の戦い、強行上陸を含む海岸堡設定の戦い、そして陸上作戦と支援作戦により、決定的勝利を得るという作戦を展開する可能性がある。

中国から見た場合、南太平洋は台湾有事などの決定的作戦において勝利を得るため、列島線を活用したA2/ADの実現など、「条件を作為する」地域になると考えられる。米中双方にとってこの地域が軍事作戦上いかに重要であるかが理解できるであろう。このまま南太平洋における中国の台頭が続けば、この地域における安全保障のパラダイムチェンジを目の当たりにする可能性も排除できない。それに対して米国は情報戦、サイバー戦、電磁波戦をともなうハイブリッドな戦いから核攻撃などのあらゆる軍事行動の手段で中国に対抗する強固な意思を示している。

海洋国家日本が果たすべき役割

そうしたなかで日本は何をすべきか。政治外交の領域では、島嶼国に対するコミットメントの継続が求められる。経済の領域では太平洋の島嶼国の特性を考慮し、地球温暖化への対応を軸として、それぞれの国がもつ志向を理解し、きめ細かい支援を展開する必要があるだろう。

とくにエネルギー・食料の安定供給は日本にとって最も基本的な課題である。軍事の領域では民族対立、太平洋の国家間対立、中国の影響力拡大を抑止する必要があり、地域の安定を第1に、米中対立激化に備えた国家としての心構えと準備が必要になろう。そして文化社会の領域では、宇宙開発、海底資源開発への積極的な関与などが求められていく。

日本が主導する枠組みとして、首相が参加する「太平洋・島サミット」などの場を通じ、関係国との連携を深めていくことは重要だろう。島嶼国の結びつきを高めるためのインフラ整備を支援していくことや、海洋国という特性から密猟、密輸の温床になっている海域では、海賊対策での協力など新たな対応も必要となろう。この場合、民間のビジネスベースだけでは対応に限界があるため、国家全体としての取り組みが不可欠である。

抑止・対処の機能領域にあたっては、防衛力整備の指向転換の必要性を強調したい。日本は米国と、あるいは単独で対処しなければならない空間、時間、機能を拡大させる努力が不可欠である。宇宙・サイバー・電磁波を活用した情報機能の強化や、新たな意思決定デザイン、データベースを活用した作戦の導入などの必要性を指摘したい。

日本の国是は「専守防衛」だが、作戦域の拡大による編成・装備を導入するとともに、関係国と列島線を活かした防衛作戦を準備しなくてはならない。よって専守防衛の在り方も変化させ、「外征軍」的性格をもった後方支援部隊、ドクトリンの策定と、それに基づく教育訓練なども不可欠である。現代戦の潮流に合わせ、防衛力整備の指向も防衛省・自衛隊だけではなく、他省庁、民間企業、団体、個人、外国の軍官民などとの協力を密にすることで適正を図る柔軟性が求められよう。

また、政治経済、軍事領域のさまざまな協力や支援項目が必要とされるなかで、日本単独だけでなく、米豪、ニュージーランドやフィリピン、それに英仏などの欧州勢も含め、それぞれの国とこの地域の歴史的な関係性や企業のつながりなども考慮して、14カ国ある南太平洋島嶼国の特性と関係性を整理する。そのうえで、支援する項目とそれぞれの項目を支援できる国の関係をマッピングし、民主主義陣営全体として戦略的に関与する方法も日本として主導すべきである。

※無断転載禁止

関口高史(元防衛大学校准教授、予備1等陸佐)
ゲスト報告者
関口高史(元防衛大学校准教授、予備1等陸佐)

地政学的要衝研究会メンバー

大澤 淳
(中曽根康弘世界平和研究所主任研究員、鹿島平和研究所理事)

折木 良一
(第3代統合幕僚長)

金子 将史
(PHP総研代表・研究主幹)

菅原 出
(グローバルリスク・アドバイザリー代表、PHP総研特任フェロー)

髙見澤 將林
(東京大学公共政策大学院客員教授、元国家安全保障局次長)

平泉 信之
(鹿島平和研究所会長)

掲載号Voiceのご紹介

2023年3月号 特集1:国防の責任

  • 兼原信克 / 戦略的思考に目覚めた日本
  • ハーバート・マクマスター & 村野 将 / 世界が見習うべき「責任ある一歩」
  • 千々和泰明 / 安保三文書を徹底解剖する
  • 兵頭二十八 / 戦争の基本構造は昔と変わらない
  • 細川昌彦 / 「青写真なき防衛産業」がアキレス腱
  • 清水真人 / 「防衛増税」が吹かせる解散風
  • 熊谷 徹 / なぜドイツは「大転換」したのか
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