地政学的要衝研究会
核問題、日本が取るべき選択肢

ゲスト報告者:尾上定正(元ハーバード大学アジアセンター上席研究員、元空将)

本稿は『Voice』2022年10月号に掲載されたものです。

地政学的要衝研究会」は、日本の対外政策や日本企業のグローバル戦略の前提となる情勢判断の質を向上し、平和と繁栄を考えるうえで不可欠の知的社会基盤を形成することをめざして、鹿島平和研究所と政策シンクタンクPHP総研が共同で組織した研究会です。第一級のゲスト報告者による発表をもとに、軍事や地理をはじめとする多角的な観点から主要な地政学的要衝に関する事例研究を行ない、その成果を広く社会に公表していきます。

2022年4月27日、ロシアのプーチン大統領は議会演説で、当時のウクライナ情勢を受け、「外部から干渉する者は我々の反撃が稲妻のように速いものになることを知るべきだ……、必要があれば我々は他国のもたない手段を使うまでだ」と明言した。これは核の使用をほのめかした恫喝、もしくは、最初に核兵器を限定的に使用することで相手を怯ませて行動を抑制させることを狙ういわゆる「エスカレーション抑止」戦略の発露だと考えられている。ロシアが核の使用を前提とした「エスカレーション抑止」戦略を実践しているのだとすれば、これは、1962年10月のキューバ危機以来、世界が最も核戦争に近づいた緊迫した状況にあることを意味している。

プーチン大統領の核兵器による恫喝に対して米国のバイデン大統領は、ロシアとの直接対決を回避し、米国が軍事介入しないことを早々に明言。また「第3次世界大戦か経済制裁かの選択だ」と述べて経済制裁を選択したこと自体、ロシアのエスカレーション抑止の効果であると受け止められている。現在、核兵器の「使用」を前提とした「抑止」と核恫喝への「対処」が要求される大きなパラダイムシフトが起きている。

連載第9回目は、今般のウクライナ戦争で顕在化した核使用の脅威が、核をめぐる世界の地政学的状況をどのように変え、今後の日本を取り巻く安全保障環境にどのようなインパクトを与えるのかを考察する。そのうえで日本に対する核兵器の脅威をいかに低減し、抑止し、対処するべきかについて真正面から論じていく。

核能力を着実に向上させる北朝鮮

まず、日本に対する核の脅威について具体的に見ていこう。図1を見れば、日本が敵対的な核保有国、すなわちロシア、中国、北朝鮮に隣接している一方、遠く離れた米国の「拡大抑止」に依存している様子が一目瞭然であろう。拡大抑止とは、自国だけでなく同盟国が攻撃を受けた際にも報復する意図を明らかにすることで、同盟国への攻撃を抑止させることである。日本を攻撃した場合、米国からの報復攻撃があるかもしれないと相手に思わせることで、日本に対する攻撃を思いとどまらせる、という意味である。

しかし、ロシアや中国、あるいは北朝鮮から飛んでくる短・中距離の核ミサイルが日本に着弾する時間と、米国がそれに対する報復として長距離のミサイルや戦略爆撃機を使って相手を攻撃するまでの時間は、この地理的状況を見るだけで極めて非対称であることが理解できるだろう。日米はこの状況下で「抑止」を確実に機能させる必要がある。

ロシア、中国、北朝鮮は、隣接する敵対的核保有国であり、日本に対する直接的な脅威だと位置づけられる。また、韓国や台湾の核ドミノ、核テロや核拡散、あるいは偶発的な事故や米国の拡大抑止の信頼性低下などは、直接的な脅威というよりは、日本に対する脅威が間接的に高まる事態と捉えることができる。

では、日本に対する直接的な脅威、間接的な脅威について順を追って見ていきたい。まず、北朝鮮の核の脅威とはどのようなものか。北朝鮮は、2006年10月に初の地下核実験を実施して以来、着々と実験を重ねて弾頭の小型化、軽量化に成功し、並行してミサイル発射を繰り返して射程も伸ばしてきた。20117年9月には6回目の核実験を実施し、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水爆実験に成功した」と発表した。

このように北朝鮮は核能力を着実に向上させているが、その目的は、元防衛研究所研究部長の小川伸一氏が指摘しているように、おそらく「体制の生存」である。したがって、万が一使ってしまうと、逆に報復されて体制の生存が危うくなってしまうため、核使用の可能性は低いと考えられている。

中国が台湾有事で核の恫喝を行なう危険

次に中国を見ていきたい。中国の核戦力は日本にとって最も深刻かつ実存的な脅威であり、日本の「核脅威低減」策の主たる対象国と言って間違いない。

昨年11月3日に公表された米国防総省の「中国の軍事力に関する年次報告書(2021年版)」によると、中国は2030年までに、少なくとも1000発の核弾頭を保有すると見積もられている。2020年時点での推計保有数200発から5倍増加の見込みで、米政府は想定を大幅に修正したことになる。また同報告書は、中国が核の三本柱、すなわち潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、ICBM、空中発射の巡航ミサイルを構築した可能性も指摘している。

中国は従来、核の使用に関して「最小限抑止」、すなわち「核攻撃を受けた場合に、相手国の都市などの少数の目標に対して、核による報復攻撃を行なえる能力を維持することにより、自国への攻撃を抑止する(令和4年度版『防衛白書』)」という政策を採用していた。 そのうえで敵の核攻撃を受けない限り、核兵器を使用しないとするいわゆる「核の先制不使用」政策を、米露英仏中の5大核保有国で唯一、宣言政策として採っていた。

しかし、弾道保有数を急速に増やす中国が、こうした従来の政策を変えてくるのではないかと懸念されている。また、核弾頭と通常弾頭を同じ基地の同じ部隊が運用している可能性が指摘されており、「核常兼備」と言われているが、そうした核戦力や核の運用体制が不透明な点も、懸念材料の一つである。

さらに今般のウクライナ戦争を詳細に分析して、台湾侵攻の際にエスカレーション抑止戦略を実行する可能性が危惧されている。とりわけ米国との戦略核戦力が概ね均衡し、相互確証破壊(MAD)が機能するとされる2030年以降、中国が、エスカレーション抑止を使えば米軍介入を阻止できると判断する可能性がある。

またそれ以前であっても、万が一台湾侵攻を決意した際には、中国がエスカレーション抑止を実行する可能性が高いものと考えられる。さらに日本の介入や日米同盟での自衛隊による米軍支援を阻止する目的で、さまざまな核の恫喝が行なわれることも想定される。

実際に2021年7月11日、「六軍韜略」という中国の民間軍事グループがインターネット上にある動画を投稿した。そこには「日本がもし軍事的に我が国の台湾統一問題に干渉してきたら、我が国は必ず”核攻撃日本例外論”を打ち出すべき」との長文タイトルがついている。日本の中国に対する過去の侵略行為や政治指導者のさまざまな反中発言を5分以上取り上げ、中国は「核の先制不使用」政策を採用しているが、”日本だけは例外だ。徹底的に核攻撃で立ち直れなくすべきだと”いった過激な主張が展開されていた。

これは、日本の国民やメディア、政治指導者の判断に影響を与えることを狙ったいわゆる「認知戦」の一つであろう。平時から恒常的に仕掛けられるさまざまな情報戦に対して、日本として有効な対策をとっていかなければ、一方的に影響を被りかねない。

中国は現在もSLBMや戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)を強化しているとされ、海南島が戦略原潜の基地として使用されている。九段線で囲まれている南シナ海は、東シナ海に比べると海が深いため、原潜の作戦に適しており、海南島の軍事化が進められている。

また中国は、第一列島線を越えて西太平洋へ進出する活動を活発化させている。接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略により、このエリアを中国のコントロール可能な地域にしていくことも、核の第二報復能力を確保するための戦略の一環だろう。

第一列島線内で水深の深い海峡はそれほど数多くないため、南シナ海からバシー海峡をコントロールすることが極めて重要な意味をもつ(図2)。現在の中国のSLBMの射程からすれば、第二列島線を越えなければ、米国本土を射程に収める発射エリアには到達できない。

また図3は、中国のさまざまな射程の弾道ミサイルや巡航ミサイル、さらに爆撃機による攻撃が、仮に日本の原子力発電所を狙ったとすると、どの基地からどのような形で攻撃可能かを示したものである。中国のミサイルは核弾頭と通常弾頭の両方の可能性がある。ウクライナ戦争の緒戦の状況を見ても、中国はミサイル飽和攻撃で一斉に重要目標を攻撃してくる可能性が考えられる。

日本としては、こうした攻撃をいかに凌げるかが極めて重要な意味をもつ。たとえば核弾頭搭載可能な中国の準中距離弾道ミサイル「東風-21(DF-21)」の場合、1800~2100kmほどの射程をもち、平均誤差半径(CEP)は50m以下。つまり狙った標的には極めて正確に大きな被害を与えることが可能だとされている。また空中発射巡航ミサイルのCJ-10についても、中国はすでに500発以上を保有しているとされている。こうしたミサイル脅威を抑止し対処できるかが、日本の核抑止の中心的な課題である。

ウクライナ戦争の帰趨とロシア核使用の可能性

ロシアは前述のように、すでにウクライナにおいてエスカレーション抑止を実行している。2020年6月2日に公表した「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」という文書で、核の使用に関する基準を明確にしている。同文書では、核抑止の目的は「国家の主権及び領土的一体性、ロシア連邦及び(又は)その同盟国に対する仮想敵の侵略の抑止、軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止並びにロシア連邦及び(又は)その同盟国に受入可能な条件での停止を保障する」こととされており、かなり広範な目的のために核を使用する可能性がある。

また、ロシアが核兵器を使用する場合について、「(1)ロシア連邦及び(又は)その同盟国の領域を攻撃する弾道ミサイルの発射に関して信頼の置ける情報を得たとき」「(2)ロシア連邦及び(又は)その同盟国の領域に対して敵が核兵器又はその他の大量破壊兵器を使用したとき」「(3)機能不全に陥ると核戦力の報復活動に障害をもたらす死活的に重要なロシア連邦の政府施設又は軍事施設に対して敵が干渉を行ったとき」「(4)通常兵器を用いたロシア連邦への侵略によって国家が存立の危機に瀕したとき」(2020年6月22日、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏が全訳)とされている。

現在のウクライナ戦争のなかで、この条件に合致するような事態が生起する可能性は否定できない。今後ウクライナ戦争がどのような形で決着するかという問題は、核兵器をめぐる世界の動向にも大きな影響を及ぼすのである。

また、ウクライナ戦争の決着にかかわらず、ロシアは国家生存のために今後さらに核戦力への比重を増やしていくことが予想される。すでにロシア軍は、通常戦力を相当消耗させており、制裁下に置かれていることから、通常戦力の回復に相当の時間を要する可能性があるからだ。

抑止力強化と同時に求められる軍備管理・軍縮

ここで、日本に対する間接的な核の脅威についても触れていきたい。韓国は、核兵器に対する政治、世論の姿勢が非常に積極的な国である。「南北が統一すれば(韓国は)核保有国になり、同盟が不要になる」などという発言が文在寅前政権の高官から出たこともあった。また、使用済み核燃料の再処理を可能とするため、米韓協定の改正を視野に入れているともされており、北朝鮮はもちろんのこと、韓国の動きにも注意を払っておく必要がある。

台湾は、以前は核保有に興味を示していた時期もあったが、現在の蔡英文政権は脱原発路線を進めており、核保有については当面心配する必要はないだろう。

核テロや核拡散については、北朝鮮が外貨獲得目的であらゆる物資を販売している可能性が指摘されており、オープンソースインテリジェンス(OSINT)を含めて、各国連携による監視体制を強化して、万が一その兆候があった場合には間髪をいれずに介入できる体制を構築するべきである。

偶発的な事故や誤判断による発射リスクも、間接的な脅威である。とりわけ米国とロシアがとっている「警報即発射(LOW:Launch on Warning)」という警戒態勢が誤発射の可能性やリスクを高めている。LOWの態勢を解除して可能な限り即応態勢を下げていくための働きかけが必要である。

また核の指揮統制システム、衛星を含むセンサー等に対するサイバー攻撃、あるいはレーザーや電磁波攻撃が通常戦の一環として行なわれた場合、意図せず相手の核システムに対する攻撃と捉えられる可能性も排除できない。とりわけ中国のように、核と通常弾頭の両方を運用している基地に対する攻撃には大きなリスクがつきまとう。したがって、こうした懸念に対する信頼醸成措置や軍備管理・軍縮を進めていくことも重要であろう。

日本の核兵器保有はありうるか

こうした脅威の状況を踏まえて、日本がとりうる選択肢を考えてみよう。その際に(1)日本に対する核攻撃の脅威を低減させること、(2)技術、資源、政策の面から見て実行可能であること、そして(3)政策自体が受け入れ可能であること、の3つを評価基準とする。

具体的な選択肢は、以下の8つである。(1)核兵器の保有、(2)核兵器製造能力の維持・強化、(3)核シェアリング、(4)拡大抑止の信頼性回復・強化、(5)通常戦力の強化、(6)国民保護・被害局限措置の強化、(7)認知領域の能力向上、(8)軍備管理・軍縮の推進。

まず(1)核兵器の保有について考えてみたい。いわゆる「懲罰的抑止力」を保有することで日本に対する核攻撃の脅威を低減させる取り組みである。懲罰的抑止とは、相手の攻撃を上回る報復能力を相手に認識させることで攻撃を思いとどまらせることである。

日本の核保有は技術的には不可能ではないものの、ハードルは極めて高い。日本の再処理工場で分離されるプルトニウム239を兵器級のプルトニウムの純度に高めるためには、専門の濃縮施設や、そのためのノウハウも技術者も必要だ。仮に保有するとしても、米軍がよく使うDOTMLPF(ドクトリン、組織、訓練、装備、リーダーシップ、教育、人材と施設)を具体的に考慮すれば、容易ではないことがわかる。運搬手段をどうするか、運用ドクトリンとしてどこを目標として攻撃するのか、あるいは配備する基地や核の指揮命令系統は別につくるのかどうか、核を扱う部隊の安全性に求められる専門技術者をいかに育成、確保するのかなど、簡単には越えられない課題が山のようにある。

1980年に米空軍のジョン・エンディコット大佐が「日本の核オプション」という論文を発表した。冷戦時代のソ連の主要都市を標的として弾道ミサイル搭載潜水艦(SSB)を7~9隻ほど、常時4隻配備することで、日本独自の抑止力がもてるという内容だった。その構想をベースに、仮に中国の主要都市3箇所ほどを攻撃する能力をもつために原子力潜水艦を保有するというオプションがないわけではない。

しかし、こうした議論を始めることは、日米同盟のなかで日本の核保有をどう位置づけるか、日米同盟と両立可能かという問題が生じうる。当然、米側の意向もあるため、間違った対応をすれば日米の同盟関係に亀裂が入る恐れもある。こうした点に鑑みれば、日本の核保有は、実行可能性という点でも政策の受け入れ可能性という観点からも極めて困難だと判断せざるをえない。

(2)核兵器製造能力の維持・強化は、核兵器を保有するのではなく「製造能力」を保有することで、「潜在的な核兵器保有国」のイメージを強化し、抑止力を高めるというアプローチである。しかし現在、日本では福島第一原発事故以来、原子力政策が迷走し、稼働中の原子炉は7基にすぎない(2022年8月中旬時点)。また、将来の核政策が固まっていないため、技術者の維持・育成が困難になっている。現に、東海大学は原子力関係学部の新規募集をこの春から停止している。

核の問題は安全保障面に限らず、エネルギー問題としての原発の将来についても、カーボンニュートラルの要請などからすでに複雑化している。本来であれば政治家が、事故のリスクはあっても、安全保障上およびグリーンエコノミーを達成するうえでも原子力が必要不可欠であることを国民にしっかりと説明すべきである。そのためにもファクトをわかりやすく整理し、それをつなぐナラティブ(物語)を紡ぎ、安全保障とエネルギーを包括した日本の核政策に関する国民的な議論を展開することが不可欠である。

(3)核シェアリングは、ここではNATO型の核シェアリングを念頭に置く。NATO加盟国の一部に米国が管理する非戦略核兵器(B61核爆弾)を平時から前方配備しておき、有事の際に、事前に策定した共同作戦計画に基づき、米国大統領の許可の下で核爆弾を供与。そして同盟国の核・非核両用機(DCA:Dual Capable Aircraft)がそれを搭載して核攻撃を実施するというメカニズムのことである。

ハドソン研究所研究員の村野将氏は、NATO型をベースに考えるのであれば、2010年から始まった日米拡大抑止協議を格上げし、共同核作戦計画を策定することを提案。そのうえで在日米軍基地のいずれかに米軍が管理するB61用の貯蔵庫を設置し、有事の際に日本に提供するよう要請し、「それを『米国大統領が許可すれば』、最終的に航空自衛隊のF-35Aが核攻撃を行うという形式」が最も現実的としている(2022年3月11日『デイリー新潮』)。ただし、これは中国や北朝鮮側から見れば、「先制核攻撃の準備」と映りかねず、逆に先制核攻撃を誘引するリスクがあることも想定しなければならない、と村野氏は指摘する。核シェアリングによって日本に対する核攻撃の脅威が高まる恐れがあるのであれば、適切な選択肢とは言い難いだろう。

防衛費を大幅に増額せよ

(4)拡大抑止の信頼性回復・強化ができれば当然、日本への核攻撃の脅威は低減することになる。韓国は、米国と外交・国防当局の次官級による拡大抑止戦略協議体(EDSCG)を開催しているが、これを参考に日米間でも拡大抑止協議を充実させていくことが重要である。両国の間で、能力、責任、意思決定、計画や資源について、詳細に協議を詰めて役割を分担していく必要がある。こうした具体的な内容について実務者級の協議を定期的に開催し、その結果を踏まえて首脳級の協議によって合意内容を確認していくプロセスが有効であろう。

今後、自衛隊がどのような反撃能力をもつことになるかは不明だが、それに応じて日米の役割、ミッションや能力の役割分担も見直す必要が出てくるだろう。そのシナリオも踏まえた日米共同作戦計画の深化、場合によれば米国の核戦略に関与していくことも可能になろう。

また米国は、「トライデント」と呼ばれる低出力の核弾頭を搭載できるSLBMを運用している。こうした低出力SLBM搭載原潜の日本領内への「持ち込み」を認めることで、即時反撃能力を担保すると同時に、同原潜がどこで活動しているかを暗示することにより抑止効果を高めることも検討すべきであろう。

(5)通常戦力の強化は、「拒否的抑止力」のなかの積極防御(Active Defense)を強化する策だ。拒否的抑止力とは、相手の攻撃を物理的に阻止できる防衛力をもつことで、相手に目標達成困難だと認識させて行動を思いとどまらせる力のことである。とりわけ、日米韓3カ国の統合ミサイル防空の体制を強化することが挙げられる。今年6月11日の日米韓防衛相会談では、ミサイル警戒・探知追尾訓練の3カ国での実施が発表されたが、さらに連携を強化していくことが望まれる。米国の早期警戒衛星DSP衛星(国防支援計画衛星)能力の共有を含めた情報共有の強化や自衛隊による反撃能力の保有により米軍を補完し、防衛費の大幅な増額によって継戦能力、抗堪性、強靭性を抜本的に強化することも有効であろう。

最も重要なのは戦い続ける意志と能力

(6)国民保護・被害局限措置の強化は、拒否的抑止力の「受動防御(Passive Defense)」の強化策になる。日本には核シェルターの数が圧倒的に少なく、人口の0.02%分と言われている。たとえば国土強靭化計画のなかにシェルターの設置を織り込み、主幹官庁を明示して、核シェルターを拡充していくことも選択肢として検討すべきである。また最近聞かれなくなったが、Jアラートを活用して国民保護・避難訓練を定期的に実施することなども有効であろう。

(7)認知領域の能力向上は、今後ますます重要になる分野だと考えられる。核は心理戦に依存するところが非常に大きいからだ。また中国は世論戦に長けている。日本国民の核アレルギーなどを考慮すれば、中国からのプロパガンダに対する耐性の強化が急務だと言えよう。核の脅威低減や拡大抑止の信頼性向上に関する国民的な議論を深めるため、抑止の重要性や限界について国民の幅広い層のナレッジベースを引き上げる「抑止教育」を広く行ない、国民のリテラシーを向上させる必要がある。

最後の(8)軍備管理・軍縮の推進は、核拡散防止条約(NPT)体制をいかに補強していくかがカギになる。また核廃絶論者にとっても核抑止論者にとっても、リスク削減は共通の課題である。エスカレーションを防ぎ、より安全性を高めるための具体的なリスク削減の方法論について、日本が他国と協力しながらイニシアティブをとって進めていくことも必要だろう。さらに中国の核戦略や核の体制に関する透明性を高めるための信頼醸成措置や事故防止の取り決めなどに、日本も積極的に関わるべきではないか。

以上8つの選択肢から、あえて優先順位をつけるとすれば、まず(5)通常戦力の強化が筆頭になるだろう。日本が通常戦力による反撃能力を有することにより、(4)拡大抑止の信頼性回復のための米国との協議もより具体的なものとなり、また(6)国民保護・被害局限措置の効果も高まることが期待できる。また(7)認知領域の能力向上のため、国民の核や抑止に関する知的なベースを上げることも急務だと言える。いずれにせよ、エスカレーション・リスクを過度に恐れることなく、万が一核攻撃を受けたとしても最後まで屈せずに戦い続ける意志と能力を日本政府、国民が共にもつことが、核の脅威に対抗するうえで最も重要な要素であることを強調したい。

※無断転載禁止

尾上定正(元ハーバード大学アジアセンター上席研究員、元空将)
ゲスト報告者
尾上定正(元ハーバード大学アジアセンター上席研究員、元空将)

地政学的要衝研究会メンバー

大澤 淳
(中曽根康弘世界平和研究所主任研究員、鹿島平和研究所理事)

折木 良一
(第3代統合幕僚長)

金子 将史
(PHP総研代表・研究主幹)

菅原 出
(グローバルリスク・アドバイザリー代表、PHP総研特任フェロー)

髙見澤 將林
(東京大学公共政策大学院客員教授、元国家安全保障局次長)

平泉 信之
(鹿島平和研究所会長)

掲載号Voiceのご紹介

2022年10月号 特集「失われた日本の道徳」

  • 兼原信克 & 松井孝治 / 政治は「痛み分けの精神」に立ち返れ
  • シェリー・ケーガン / 人類よ、哲学的な問いを自問せよ
  • 片山杜秀 / 履き違えられた西洋流の個人主義
  • 並松信久 / 二宮尊徳が重んじた利他と共感
  • 岡本亮輔 / 日本社会を支配する「見えない宗教」
  • 古川雄嗣 / 民主主義の再建に求められる道徳教育
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