【提言報告書】
変貌する中東の戦略構図
― リスクシナリオと日本に求められる新思考―

2023年10月のガザ戦争を起点として、中東をめぐる戦略構図は大きく変化しました。イスラエルの激しい報復攻撃はハマスやヒズボラを弱体化させ、イランの影響力は後退しました。さらに2025年には、イスラエルによるイラン全土への軍事行動、米国によるイラン核施設攻撃、イランの限定的反撃等一連の「12日間戦争」が発生し、中東における力関係の変質が急進することとなりました。

こうした地殻変動は、中東固有の問題にとどまらず、グローバルなパワーバランスや政治経済秩序の変化や米国の方向転換と密接に結びついています。自国第一主義に傾斜し、さらにエネルギー自立を達成した米国が、中東への関与を選択的・限定的なものへとシフトさせつつある一方、中国やロシアは経済力やエネルギーを梃子に影響力の拡大を図っています。中東はいわば、世界の多極化と地政学的ダイナミズム変容の最前線となりつつあります。

日本にとって中東は、依然として資源エネルギーという国家の生命線を左右する、死活的に重要な地域です。しかし、中東地域の「新しい現実」について、日本の政策コミュニティや社会全体の認識は、十分にアップデートされているとは言いがたい状況にあります。

こうした問題意識のもと、PHP総研はPHPグローバル・リスク分析プロジェクトの関係メンバーで構成されるPHP「中東政策」研究会を立ち上げ、ガザ戦争後の中東情勢と主要国の動向を多角的かつ分野横断的に検討してまいりました。本提言報告書は、その成果をもとに、中東をめぐる戦略環境の全体像を整理するとともに、今後想定されるリスクシナリオを描き出し、日本の中東政策に求められる新たな思考の枠組みとインプリケーションを提示するものです。

中東をめぐる戦略構図が変貌する中、日本はいかなる中東観を持ち、どのような関与のあり方を構想すべきなのでしょうか。本提言報告書が、中東をめぐる大きな構図、変化の本質を捉え、日本の対外戦略や企業戦略を考える際の一助となりましたら幸いです。

【PHP「中東政策」研究会メンバー】

畔蒜泰助
(笹川平和財団上席研究員)
池内 恵
(東京大学先端科学技術研究センター教授)
太田智之
(みずほリサーチ&テクノロジーズ チーフエコノミスト)
大場紀章
(エネルギーアナリスト / ポスト石油戦略研究所代表)
金子将史
(政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)
菅原 出
(政策シンクタンクPHP総研特任フェロー)

(敬称略・五十音順)

【内容】

<目次>

本提言報告書の趣旨と構成

第1章 ガザ戦争が変化させた中東地政学

第2章 米・イラン核協議と新たな中東秩序の模索

第3章 イスラエル・イラン「12日間戦争」をめぐる多元的力学

第4章 停戦の背景と戦後の戦略構図

第5章 今後のリスクシナリオ

  • 分析アプローチ
  • 4つのリスクシナリオとそれぞれの関係・位置づけ
  • リスクシナリオの詳細
  •  A: 安定・繁栄シナリオ(地政学的安定×経済的繁栄)
  •    ビッグディールによる国際秩序再編
  •  B: 安定・停滞シナリオ(地政学的安定×経済的停滞)
  •    イラン核協議継続で一時的な停戦維持
  •  C: 不安定・現状延長シナリオ(地政学的不安定×経済的現状上振れ)
  •    限定戦争と停戦の繰り返し
  •  D: 混乱・衰退シナリオ(地政学的混乱×経済的衰退)
  •    イラン・イスラエル全面戦争から中東全域に紛争拡大

第6章 日本の中東政策へのインプリケーション

  •  1)湾岸アラブ諸国と連携して安定・繁栄シナリオの実現を目指す
  •  2)従来の中東認識を刷新する
  •  3)日本外交の中東政策の軸となる国を定め直す
  •  4)域外諸国との連携と競合を日本の中東政策に統合する
  •  5)「石油供給源」から「成長市場・技術パートナー」への転換を図る
  •  6)オイルマネーを積極活用して日本と中東が相互に益する高度な経済関係を形成する
  •  7)中東に関する政府組織を強化し、省庁横断的な総合調整メカニズムを確立する
  •  8)中東の新状況をふまえて官民の危機管理体制を再構築する
  •  9)中東研究をバージョンアップし、中東人材の実践的なキャリアパスを確立する

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