社会の変化と見直される役割

認定NPO法人 Living in Peace 理事長 慎泰俊 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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「変える人」No.32では、「機会の平等を通じた貧困の削減」と「パートタイム活動の新しいモデルづくり」を目指して活動する認定NPO法人「Living in Peace」代表の慎泰俊氏をご紹介します。

*Living in Peaceの活動内容や経緯は、慎さんのご著書で詳細に語られています。
働きながら、社会を変える。
ルポ 児童相談所
 
――2007年10月にLiving in Peaceの活動を始められてから10年が経ちました。活動に取り組む中で、それまで見えていなかったものが見えてきたりすることもあると思います。この10年間で、活動開始当初に感じていた課題や社会の状況、またそれらに対してLiving in Peaceが果たすべきミッションについて、何か変化はありましたか? 
 
:まず、Living in Peaceには2つの大きな特徴があります。
 
 ひとつは、メンバー全員が本業を持っていること。私たちのミッションのひとつは、本業を持ちながら社会課題に取り組む人を増やそうというものです。たくさんの人が少しずつ生き方や生活を変えることで、世の中はもっといい場所になると思っているからで、私も起業して本業がバタバタしてはいますが、自分にできることを続けようと思ってやっています。
 
 ふたつめは、「機会の平等という視点から見たときに、意義のあること」、「人の目が当たっていない、誰もやっていないこと」、「自分たちが得意なこと」という三つの軸を持って活動してきたことです。
 
 ひとつめに関しては、10年前には、名刺を2枚持っているというと、ちょっと不思議な顔をする人が多かった。ちょっと怪しい感じがするというか、結局なにをしている人なのか、仕事がよく分からないと思われていたんですね。

 しかし、10年経ったいまでは、名刺を2枚持っていることが、当たり前とまでは言わなくてもふつうのことになってきました。これからは一人の人間がいろんな仕事を掛け持ちする時代になっていくということをいろんな人が言い始めて、そういう本がベストセラーになったりもしていますし、起業している人や普段から情報収集をされているビジネスパーソンの方からすると、当たり前になりつつあると思います。社会課題への取り組みに関してはまだ少ないですが、それでも10年前と比べると、遥かに「当たり前」感が出てきたと感じています。
 
――「2枚目の名刺」というテーマでの活動は、十分に社会に定着・浸透してきたということですね。もうひとつについてはいかがですか?
 
:もうひとつの「誰もが意義に共感できる」「誰もしていない」「得意」という3つの軸でやってきた活動内容が、マイクロファイナンスと社会的養護下にある子ども支援です。こちらもちょうどいま転換期を迎えています。
 
 活動を始めた2007年当時、マイクロファイナンスに投資するファンドは世界中にあるのに日本にはなく、マイクロファイナンスに投資しようという人も、日本にはほとんどいませんでした。いまでも決して多くはありませんが、マイクロファイナンスの分野に流れるお金はすごく増えています。メガバンクがこの領域に進出してきましたし、SBIのようなところはもちろん、商社も関心を持っているみたいです。
 
 さらに国の資金が入るようになりました。JICA(国際協力機構)やJBIC(国際協力銀行)などがブルーオーチャードという会社の運営するマイクロファイナンスファンドに100億円くらい投資しています。結果として、日本からマイクロファイナンスのセクターに流れているお金は、いまは数百億になっています。
 
――児童養護施設支援についてはいかがでしょうか。
 
:児童養護施設支援も、この10年間で状況は大きく変わりました。いまは私が「中の人」になってしまっているので、正確な感覚ではないかもしれませんが、少なくとも「児童養護施設というのがどんな場所なのか知らない」という人は減ったように思います。
 
 10年前は、「児童養護施設」というと、介護施設か、いまでいう特別支援学校のことだと思っている人が、私の知る限りではけっこういたんですね。新聞などで児童養護施設に関する記事が載っているときでも、「児童養護施設(虐待等で親から離れて暮らす子どもたちがいる施設)」とカッコ書きで注釈がついているような状態でした。
 
 それが、いまでは多くの人がその存在や役割を知っている。昔は孤児院と呼ばれていたけれども、いまは児童養護施設と呼ばれているということを認識している状態になっていると思います。かつ、社会全体で認知度が高まったために、この分野に向けられる政治的な関心のレベルが段違いに高まった印象があります。法律が改正されたり、この分野に対する支援を表明する企業が増えたりといったことが、具体的な大きな変化ですね。10年前からこの領域での支援をしていた企業は片手で数えられるくらいしかありませんでした。
 
 当時は子どもたちを養育する施設の環境が良くなかったので、私たちは子どもたちの住環境改善のためのファンドレイジングを行ってきました。いまも同様の活動は続けているのですが、最近の流れとしては、「施設も素晴らしいものはきちんと残していく必要があるけれど、里親の数が少なすぎる状況を早く打開すべきである」という声が大きくなってきていて、こうした点も10年やっているとずいぶん変わるものだと感じています。

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――そうした10年間の大きな変化の中で、Living in Peaceの果たしてきた役割はどのようなものだったのでしょうか。
 
:私たちが何かしたからということではないのかもしれませんが、マイクロファイナンスのフォーラムを開いて投資を呼びかけた後、関心をもった金融機関の方々が次々に情報収集にいらっしゃるようになりました。
 
 NPOというのは社会課題のリサーチ機関のようなもので、社会課題を見つけて、それに対する解を試しにつくってみて、うまくいったらいろんな人に応用してもらうように広く問い掛けていくという役割があるのだと思います。Living in Peaceはマイクロファイナンスの分野でそれをずっとやってきたわけですが、マイクロファイナンスがビジネスとして成立していて、投資対象となりうるということを示せたと思っています。人の役に立つことで、お金もちゃんと返ってくるんですよ、ということが、当たり前のような感じになってきた。ですから、マイクロファイナンスについては、次にすべきことを探す段階にきているという状態ですね。
 
 社会的養護についても、私の話を聞いて初めて課題の存在を知った政治家の方や経営者の方もけっこう多かったように思います。たまたまG1サミットという場に参加させて頂いていて、そこでずっと呼び掛け続けてきたことを聞いていただくことができ、社会的認知を高めていく、目の前の課題を解決するという役割を、ある程度きちんと果たしてこられたかなと。
 
 2枚目の名刺を持つということに関しても、そういう特徴を持った団体として認知されてきたと思いますし、これまでに取材していただいたメディアの数などを考えると、相応の役には立ってきたと言えると思います。
 
 ですから、10年間の活動全体を振り返って見ると、最初に設定した「2枚目の名刺」「マイクロファイナンス」「社会的養護」というテーマは外れてはいなかったと思いますし、よい方向性で認識されてきて、課題が解決に向かうめどがついてきたというところです。
 
――マイクロファイナンスに関しては、2014年に「五常・アンド・カンパニー」という会社を起業されています。Living in Peaceのマイクロファイナンス事業と、どのように棲み分けをされているのでしょうか。
 
:五常はマイクロファイナンス機関に出資して子会社化して、自社の事業として現地の経営に深く関わりながらマイクロファイナンスを行っています。子会社の株を売却する予定は基本的になく、組織形態も株式会社で、投資案件の規模も大きいです。
 
 Living in Peaceは、経営にそこまで深くかかわりません。日本にいる大勢の個人からお金を集めて、期限付きで1件数千万円の投資をするという形態です。
 
 このように、五常はエクイティ、Living in Peaceはデット性の資金を提供するという住み分けをしています。また、コンフリクトが起きないように、五常とLiving in Peace が関わる会社は完全に分けています。

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――社会的養護についてお伺いします。現在、社会的養護の対象となる約4万5,000人の子どもたちのうち、約3万人が乳児院や児童養護施設、約5,000人が里親家庭で養育されています。
 今年8月2日に、「新たな社会的養育の在り方に関する検討会」から、「新しい社会的養育ビジョン」が出されました。そこでは、里親への委託率を7年以内に75%まで引き上げるという方針が示されています。
 Living in Peaceは、子どもたちがより家庭に近い環境で生活できるよう、寮のような大・中舎制の施設を、定員が6名程度の小規模グループホームの施設へと建て替えるための資金調達をされていますが、今回のビジョンで示された方針についてはどのように感じられていますか?
 
: 里親委託の推進は、方針としては正しいと思っているのですが、施設から里親への移行には、さまざまな課題があります。その対策をきちんとしてから移行しないと、いろんな事故が起きてしまうんじゃないかという懸念が、個人的な感想としてはあります。
 
 この方針でやるということをもう決めたのであれば、私たちも動いていかなければいけないと思っているところです。
 
――平成23年に出された「社会的養護の課題と将来像」では、本体施設(乳児院・児童養護施設)とグループホーム(より家庭に近い小規模ケアのグループホーム型)と里親(ファミリーホーム含む)への委託率を、15年以内に1:1:1にするという方針が示されていました。今回急激に里親への委託に振れたのは、なぜでしょうか。
 
:社会的養護に関わっている方々の中には、「子どもにとっていちばん安定した養育環境は施設だ」と考える施設派と、「施設で育てると子どもがさまざまなハンディキャップを背負うことになるので、家庭で育てるべきだ」考える里親派の対立があります。私はこういった対立は無意味で、一人ひとりの子どもにとって常にベストな選択肢が用意される社会を作るのが最も望ましいと思っています。
 
 平成23年の「社会的養護の課題と将来像」を書いた人々には、比較的保守的というか、少しずつ物事が変わっていくことを願う漸進主義的な方々が多かった。なので、そこで示された方針は、当時施設が9割を占めていた養育の割合を、15年以内におおむね1:1:1というかたちに変えていくという、けっこう緩やかな変化を望むものでした。
 
 対して、今回のビジョンの策定においては、選考委員がほとんど入れ替わっているんですね。私には詳しい事情は分かりませんが。そして、非常に急進的なビジョンが打ち出された。
 
 ただ、「子どもが家庭で育つ環境をつくる」ということ自体には、誰も違和感を持っていないと思うんです。それは素晴らしいことというか、ぜひそうしてほしいと思っているのですが、問題は時間軸です。里親を、いまから5年とか7年というスピードで急激に増やして、本当に大丈夫なのかという問いに対する答えを、誰も持っていないように感じています。
 
 2,000年以降、里親家庭で子どもが亡くなるという出来事が、少なくとも3回はありました。中には里親による虐待死もあります。一人の虐待死が起きるということは、その裏にはもっとたくさんの虐待が隠れているはずなんです。里親家庭というのは閉じた場所なので、きちんと対策を取らずに数を増やすと、虐待も増えてしまう可能性があります。里親家庭において子どもが亡くなる率は、施設の場合に較べて7.7倍高く、不調率も高い。
 
 里親が悪い人だったというわけではありません。日本では里親をしても別にお金儲けにはなりませんから、里親になる理由は、子どものために何かしたいという純粋な人が多いです。しかし、里親への支援体制や訓練体制が整っていない。その結果、里親となった人たちが追い込まれてしまって、虐待が起きてしまう。社会的養護の子どもたちは、一般的な家庭で育った子どもたちよりも、難しい子が多いですから。
 
 里親さんの中には、スーパースターというか、素晴らしい人格者ももちろんいます。しかし、素晴らしい人格者でないと里親になれないのであれば、5万人近い社会的養護の子どもたちのニーズを満たすことは難しいわけです。人の養成はそんなに簡単にできるものではないですから。
 
 たとえば、小学校2年生くらいの子を預かったとします。すると、いつも「家に帰りたい」と言っている。「家に帰りたい。お母さんに会いたい」と泣いていて、ご飯を出しても「まずいから食べない」と言われる。それを毎日ずっとやられて、泣かれて、家の中をしっちゃかめっちゃかにされて、ということが続いても受け止められるかどうか。それはとても大変なことなんですよね。それを里親さんが受け止めることができれば、それは子どもが生きていく上で最も大切な心の土台をつくることに繋がっていきます。
 
 里親を推進するという方向に世の中が本当に向かっていくのであれば、懸念しているような事故が起きないための手立てをいまから全力で整えることが必要で、それは一体なんだろうということを、いまちょうど考えているところです。
 
 私がいまいちばん危惧しているのは、里親委託を急激に推進した結果、いろんなところで事故が起きて、「ほら見たことか。安全性を考えるとやっぱり施設がいいだろう」と、一気に施設養護に揺り戻しがかかることです。
 
 個人的には、「家庭で育つ」というのは子どもの重要な権利だと思っているので、家庭養育を可能な限り拡げる方針を堅持すべきだと確信しています。ですから、里親は増やしていくべきですし、良心的な施設の人々もそう思っている。しかし、急速にやった結果うまくいかないとなると、そこを突いて攻撃する人たちが出てくる。そうならないために何ができるのか。
 
 ただし、Living in Peaceの平均年齢は30歳前後で、難しい子どもを育てた経験がある人が多い団体ではありません。そういうメンバーで、いま自分の家で子どもを養育している里親さんをどうやって支援するのか。それを考えているところです。間接的にできることとしては、児童相談所の機能強化に対するお手伝いなどがありえるのではないかと考えています。

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――そもそも期限を定めた数値目標がそぐわないのでしょうか。
 
:目標をつくるのはいいことだと思います。そうすると問題点が見えてきますから。
 
 前回の「社会的養護の課題と全体像」では、15年以内に1:1:1という緩やかな変化を促すものだったので、時間もあるしゆっくりやっていけばいいかくらいに思っていたのですが、今回は「就学前の乳幼児は原則として里親委託」、つまり施設への入所を一気に停止するという、かなり過激な方向に振っています。そうすると、それが本当に可能なのか、可能にするには何をするべきなのか、ということを真剣に考えますよね。
 
 私自身、里親の現状など部分的に知っていることはもちろんあったものの、里親委託を進めると何が起きるのか、ヨーロッパなどの事例もきちんと調べきれていなかったのですが、実際にやるとなるとやっぱり考えざるをえなくなって、結果、里親への支援体制が全然足りていないことを痛感するに至りました。
 
 ただ、いまは社会の関心がこの分野に向いていますし、里親や施設の支援に取り組むことはもちろん大切なんですが、子どもを取り巻く問題をぐるりと見回してみると、知られていない問題がもっとほかにもあるはずなんです。たとえば難民とか、故郷の国で食べるにも困って日本に密入国して不法滞在している人たちがいます。彼らは隠れて暮らしていますから、当然その子どもは全く何の支援も受けられないんです。子どもたちに罪はないわけですから、ちゃんとした教育や養育を受ける機会はあるべきだと思っていて、そうした支援も必要だと思っています。
 
 ほかにも、たとえば毎年1,000人くらい、子どもがいなくなっているんですよね。
 
――いなくなっている?
 
:引っ越したり転校したりしたときにきちんと届け出を出していたら、子どもたちの記録はきちんと残るはずなんですが、転校した後などに、記録からいなくなっている子どもがいるんです。そうして社会の目からこぼれ落ちてしまっている子どもたちがいる。出生届が提出されていない子どもについてはそもそもデータがない。
 
 社会的養護も昔はそうだったんですが、一部の人しか知らなかった問題が、多くの人にその存在を知られることによって明るみに出て、改善の方向に向かっていく。知られていない問題が常にたくさんあるということは間違いないと思っているので、それらを探し出して、問題として認識されるようにしていきたいなと思っています。
 
 もちろん、施設の子どもたちや里親家庭の子どもたちにも大変なことはいっぱいあるので、支援は継続していきます。ただ、見えていない課題に先鞭をつけるのがNPOの仕事ですから。
 
――見えていない課題を探し出す。たとえばどんなやり方があるのでしょう。
 
:フィールドスタディでしょうね。いま、Living in Peaceで難民支援プロジェクトを始めていて、そこからいろいろ見えてくるのではないかと思っています。
 
 そういう人たちがどういうところで匿われているかというと、各難民および外国からやってきた人たちの地元コミュニティの場合が多いようです。そうしたコミュニティと信頼関係を築いて、ある程度気心が知れてきたら、その子どもたちの支援もできるようになるかもしれないと考えています。
(第二回「制度と現場の全体像を知る強みを活かした貢献」へ続く)
 

◆11月19日(日)に「Living in Peace こどもフォーラム2017 新しい社会的養育のビジョンと現実 〜私たちはこれから何をすべきか〜」が開催されます◆

プログラム詳細・お申込みはこちら↓↓
https://kodomo-forum2017.living-in-peace.org/
 
 
慎 泰俊(しん てじゅん)*1981年生まれ。朝鮮大学校(政治経済学部法律学科)、早稲田大学大学院(ファイナンス研究科)卒業後、2006年からモルガン・スタンレー・キャピタルなどを経て、2014年に五常・アンド・カンパニーを創業。現在に至る。
 
*Living in Peaceの活動内容や経緯は、慎さんのご著書で詳細に語られています。
働きながら、社会を変える。
ルポ 児童相談所

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