子どもたちの意欲を育む大人の関わり方

NPO法人 ブリッジフォースマイル 代表理事 林恵子

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林さんのインタビュー第1回はこちら: 「児童養護施設の子どもたちのスムーズな門出を応援したい

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――活動開始から11年、さまざまな試行錯誤を重ねられてきたと思いますが、大きく変わったことはありますか?

:私たちの活動の3つの柱のひとつに「啓発活動」があるんですけど、啓発活動というのは、要するに外に向けてメッセージを発信することですよね。自立支援はどうあるべきか、子どもたちをどんな子どもたちとして受け止めてもらいたいのか、慎重に言語化して発信しなければならない。それで、最初は「かわいそう」をアピールしたんですよ。「こんなに恵まれない環境にある子どもたちって、かわいそうですよね」という啓発活動をしていたんです。

 でも、それによって当事者の子どもたちが嫌な思いをしているということを知って、方針を変えたんです。「恵まれない環境でも、こんなにがんばっている子どもたちがいます」「この子たちの可能性をまず知ってください」というメッセージを発信するようになりました。もしかしたら「かわいそう」のほうが寄付は集まるのかもしれませんが、そのために子どもたちを傷つけるわけにはいかないですよね。

――「かわいそう」という発信から方針転換までには、どのくらいの期間があったんですか?

:5年くらいだったと思います。その間も、「そういうふうに見られるのは嫌だ」という子どもたちの声は聞いていて、葛藤を抱えていました。わかりやすいからと外向きには「かわいそう」をアピールしつつ、子どもたちには「あなたのことを応援しているよ」という顔を向ける。でも、私たちが外に向けて子どもたちのことをどうアピールしているのか、やっぱり子どもたちも見ているんですよね。それで、子どもたちと長期的な関係を築いていきたいということも考えると、ここは私たちがきっちりスタンスを決めるしかない、ということで方針を転換しました。

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――発信の方針を変えたことで、寄付やボランティアなど、支援者の質や層、数に変化はありましたか?

:それが、「かわいそう」と言っていたときは、比較できるほど寄付もボランティアも集まっていなかったんです。

――それだけが理由ではないとは思いますが、現在は登録ボランティア300人超ということを考えると、切り替えて成功だったんですね。

:よかったと思います。とくに、「カナエール」というプログラムを5年前から始めたんですが、これは「かわいそう」を強調していては、できなかったものです。

 児童養護施設の支援で難しいのは、子どもたちのプライバシーの問題。偏見や差別にさらされるリスクをはらんだ子どもたちですから。それこそその生い立ちには辛いものがあって、それを皆さんに知って理解していただきたいという思いがある一方で、それを明らかにすることで、その子の人生がどうなるかということを考えると、どうしても慎重にならざるを得ない。それをおっかなびっくりやっていたのを、大きく転換したのが、この「カナエール」のプログラムです。

 「カナエール」は、施設退所後に大学や専門学校に進学する子どもたちを支援するための奨学金プログラムで、スピーチコンテストへの出場を条件に返済不要の奨学金を給付するというものです。スピーチでは自分の生い立ちを語る子もいれば、過去には触れずに将来の夢を語る子もいるんですが、「どうして進学したいのか」という思いを観客に直接伝えて、支援者になってもらうことを目指しています。

 施設で子どもたちと触れ合うようなボランティアをしていれば別ですが、そうでない方からすれば、当事者の生の声を聞く機会って、なかなかないんですよ。ですからこれはすごく思い切った方向転換だったんです。当事者の顔を見せるということがとにかく避けられる傾向にあった中で、「カナエール」は300人を超える応援者の前に立って自分の思いを語るというプログラムですから、始めるときにはやっぱり「子どもを見世物にするのか」という反対意見もありましたし、「人前でスピーチできるような子は施設にはいない」と言われたこともあります。「子どもを守る」という意識が強いところほど、「生い立ちを語るようなことをして、フラッシュバックでも起きたらどうするんだ」というようなリスクを挙げて、否定的な反応でした。言われていることも理解できるし、リスクを考えるとキリがない中で、「カナエール」のプログラムを断行するということは、とても大きな決断だったと思います。

 ですが、それまでの5年間で、私たちは子どもたちの持っている力や可能性の大きさを感じていました。それを発揮しないままにしておくのは、もったいない。自身の生い立ちを人に語ることで子どもたち自身の感情が整理されていくという部分もあるし、オープンにすることで「もう隠さなくていいんだ」と、却って生きやすくなる面もあるだろうし。「生い立ちの整理」と呼ばれる支援のノウハウのひとつなんですが、自分の過去をポジティブに捉え直すことができると、溜まっていたネガティブな思いがどんどん消化されていくんです。そうした効果もあるし、なによりもここで支援者を集められないと、奨学金が途切れてしまうよ、と。そこもこのプログラムの肝なんです。奨学金で進学の支援をしていくことに決めたとき、お金集めは当事者にも協力してもらおうということも決めて、奨学金の原資にはコンテストの入場チケットの販売料とプロジェクトへの寄付金を充てています。奨学金は毎月3万円で、寄付は一口2,000円でお願いしているので、15人のサポーターでひとりの奨学生を支えるイメージです。

「カナエール」を始めてから5年が経ちますが、いまでは皆さんに受け入れていただけているのを感じています。

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――「カナエール」はスピーチコンテストということですが、子どもたち一人ひとりが「自分の支援者」を自力で獲得するということですか? それとも、寄付金はあくまで団体が集め、子どもたちに奨学金として配分するのでしょうか?

:後者です。スピーチコンテストでは一応順位をつけるんですが、奨学金は出場者全員が平等にもらえるようにしています。

 ときどき「私の寄付はこの子にあげたい」「私がこの子を支援しているということがわかるようにしてほしい」という方がいらっしゃるんですが、それはお断りしています。実はこのプログラムをつくるときにすごく悩んだ点なのですが、寄付者の方は、圧倒的に「私はこの子を支援している」という実感が欲しいんですよね。途上国支援などで、子どもの進学を支援すると毎月その子からお手紙が届く、みたいなプログラムもありますよね。おそらくそういったものをイメージされているんだと思います。

 「あしながおじさん」のように、「私がこの子を支援しているんだ」ということがわかるほうが、支援者にとっても共感が生まれやすいということはわかるのですが、そのやり方にはリスクも大きいんです。たとえば、子どもたちには中退するリスクもありますが、そのときに支援者側が「私はこの子の卒業を支援したいと思っていたのに、途中でやめてしまった」という喪失感を味わうことにもなってしまいますし、お互いのことをもともとよく知っている間柄ならともかく、子どものほうにとっても、「この人から支援されている」ということがわかる関係というのは重いんです。

 以前に奨学生の子どもたちとお食事会をして、自分が支援する子ひとりを決めたいというお話をいただいたことがあります。高額の寄付をくださる方だったので悩んだのですが、結局お断りしました。子どもたちからすれば、品定めされる場のようになってしまいますし、一対一の関係ではない仕組みの中で応援するほうが、双方にとってリスクを軽減できると考えたんです。

――支援者の思いを押しつけられるようなかたちになってしまうと、子どもたちにとっても余計なプレッシャーになってしまいそうですね。

:それはやっぱり、「支援」というものを考える上で、難しいところですね。支援者の方々がなんのために支援をするのかというところなんですが、人のためになにかをすることで自分の存在意義を確認したり、自己肯定感を高めたいといったスイッチが入っている場合は、わかりやすい効果を期待してしまいがちです。

 だけど子どもは思ったようには育ちません。どこの家の子どももそうだと思いますが、英語を身につけさせたいと思って子どもを英会話塾に通わせたのに、本人は嫌がって英語が身につくどころか嫌いになっちゃったとか(笑)、ありますよね。児童養護施設の支援に限らず、支援される人は、支援者の思い通りになる存在ではありません。でも、やって「あげている」という思いが強ければ強いほど、成果を求めてしまうというのが、支援の難しいところだなと感じています。

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――東日本大震災の支援現場でも、似たようなお話をよく耳にしました。「支援疲れ」というのか、「がんばれ」と言われ続けるのも疲れてしまうと。

:難しいのは、どうやったら本音を言い合える関係になれるのかというところなんです。子どもたちは、たとえば施設の職員に対しても、すごくいい子でいようとするんですよ。職員の方々から聞いたのは、「施設を出て、うまくいっているときはよく連絡をくれるんだけど、うまくいかなくなると連絡が途絶える」ということ。やっぱり子どもたちにも、錦の御旗を掲げたいという気持ちがあるんでしょうね。施設に帰ってくるときには、後輩たちにお土産を持って、「こんなにうまくいっている」という話をするんだそうです。本当は悩みや相談したいことがあるのに、弱みを見せられなかったり、「こんなによくしてもらったのに、期待に応えられない自分」に申し訳なさを感じてしまったりしているようで。

 その点、私たちのような団体は、施設の職員の方々よりは、子どもたちと距離があるんですよね。ちょっと離れた距離の人だからこそ言えることってあるじゃないですか。カウンセラーがその典型的な例だと思いますが、家族や仲のいい友達には話せないことが、赤の他人だったら逆に話せるとか。だから「ちょっと離れているからこそ言いやすい」関係のようなものもつくっていきたいんですよね。

――時と場合で、柔軟な距離感が必要ですね。

:あとは相手によって使い分けることもありますね。「この子はなんでも自分でやれてしまうけれど、だからこそ悩みが言えないんじゃないかな」という子には、「言っていいんだよ」と包み込むような関わり方が大事だし、逆にこの子けっこうずる賢いなっていう子どももいるんですよ(苦笑)。「自分はこんなに困っている」「これが足りない」といったことをアピールして、なんでもボランティアを頼ろうとするとか。そういう子に対しては、「これは自分でどうにかできるよね」といったセーブをかけて、自立を促さなければならないし。その辺りのバランスが難しいところだし、自立支援の肝だなということは、やっているうちにわかってきました。

 以前は「いろいろ足りないものがあるから、それを補えばいい」「このかわいそうな子どもたちには、こういう環境を用意してあげれば幸せになれる」と、ものすごく短絡的に考えていたんですが、子どもたちの意欲はどうやったら育まれるのか、そのために大人たちはどうかかわればいいのか、その距離感や押したり引いたりのバランスを考えるようになりました。

 「この子にいま必要なのはこういうサポート」と正確に見立てることも難しいし、彼らを取り巻くたくさんの大人たちの間でその認識を共有して、足並みをそろえたり、役割分担したりするのはさらに難しいんですけど。

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――児童養護施設の子どもたちへの学習支援を行っているNPO法人3keysの森山さんに取材をさせていただいた際に、児童養護施設の子どもたちは、親というか、「絶対的に甘えられる他人じゃない人」が欲しいんだけど、どんなに親身になってくれる、信頼できる職員さんがいたとしても、「この人には帰る家があって、家族という自分よりも大切な人がいる。自分はいつか絶対に離れなければならない存在である」と考えてしまって、とくに中高生は大人に対して心を閉ざすようになりがちだというお話を伺いました。

 ブリッジフォースマイルの場合、高校生をメインに関わっていらっしゃると思いますが、そうした子どもたちに、新たな大人たちと関係を結ぶことを促すのは難しくはないですか?

:そうですね。子どもにとって一番頼れる存在であるはずの「親」の代替機能には一体なにがあるのかと考えたときに、ひとつは「いい人と出会うこと」だと思ったんです。「いい人」っていうのは異性だけではなくて、人との出会いって、その人の人生にすごく大きく影響するものだと思っているので、その可能性を探りたいんですよね。

 実際やろうと思ったら、本当に難しいんですよ。でも、結局それは子どもたちが社会に出たらやっていかなければならないことなんですよね。新しい人間関係をつくって、その中から信頼できる相手を見つけて、なにかあったらその人に頼れる環境をつくっていかなければならない。難しいのは承知の上で、やっていかなければならない内容だと思っています。

 実は、自立ナビの活動をしていても、ボランティアさんのほうが落ち込んでしまうこともよくあるんですよ。たとえば、「月に1回会おうね」という前提になっていて、ボランティアさんから「次はいつにする?」と連絡しても、子どもから「忙しいから今月は無理」と言われてしまうこともあるんですが、そうすると「自分は必要とされていない」と思ってしまったりするんですね。

 だから、「そういうこともありますよ。あなたのことが嫌いで会いたくないわけじゃないんです。『何かあっても相談できる人がいる』ということが子どもに伝わっていれば、それで十分。実際に会わなくても、あなたがいてくれる価値があるんです」ということを丁寧に伝えていかないと、ボランティアさんのほうが折れてしまう。

 だけど、子どもたちからすると、本当に相談したい相手は、その人じゃないのかもしれない。そうだとしても、それもしょうがない。だから私たちは、「アトモプロジェクト」など、大人と接する機会をできるだけたくさんつくっていく。その中から信頼関係を結ぶ大人を選び取るのも、子どもたち本人の力に任せるしかない。

 とは言え子どもたちもそれぞれ違うので、「月に1回会って一緒にご飯を食べる」という仕組みに、とりあえず乗れちゃう子もいるんですよね。「本当はこの人じゃないんだけど、まあいいか」みたいな(笑)。他人と関係を結ぶことが得意な子なら、何回か会うと、「実は昔こんなことがあった」と、自分の内面を教えてくれるようになったりとか。だから、やっぱり時間の共有も必要だなと思っています。

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――自立ナビゲーターの方は、皆さんボランティアということですが、ボランティアの方々に対する研修やメンタリングもされているんですか?

:メンタリングとはちょっと違うんですが、研修はやりますし、「いま、こんなことで困っている」といった悩みを相談しあう場を設けています。

――ボランティアに参加されるのは、どんな方々ですか?

:モチベーションで圧倒的に多いのは、「子どもたちの役に立ちたい」「社会の役に立ちたい」というものですね。少数ですが、「自分の持っているスキルを生かしたい」「自分自身が成長したい」「新しい仲間をつくりたい」という方もいらっしゃいます。

年齢は20代から70代まで幅広いです。自立ナビで子どもたちから人気があるのは、やっぱり若い世代ですね。あんまり年齢が離れると、話がかみ合わなくなりがちなので。

子どもたちと年齢の離れたボランティアの方々には、「巣立ちプロジェクト」で活躍していただいています。実際社会に出てみたらいろんな年齢の方がいるし、コミュニティに多様性があるってすごく大事なことだと思うんです。だから「巣立ちプロジェクト」は子ども15人がなら、大人も15人とか、子どもと大人同数でチームを組んで、セミナーをやるんです。子どもたちにとっても、いろんな年齢、いろんな職業の人からいろんな話を聞けるのは、おもしろいことだと思うんですよね。

そうして施設を退所して本当に社会に出る前に、プチ社会体験というか、知らない人たちと出会って関係をつくっていくプロセスを経験するということを大切にしたいので、ボランティアにいらっしゃる方々に、「こういう人じゃないとだめ」といった条件はつけていないんです。「やりたい」と言ってくださる方は、基本来る者拒まず。ただし、「内容によっては子どもが選ぶので、それで選ばれなかったらごめんなさい」ということは、予めお伝えしています。

――なるほど。当事者性をもってボランティアに参加される方もいらっしゃいますか?

:たまにですが、います。その多様性も受け入れたいと思っているんですが、そうすると、私たちが応援してきた子どもたちが、ボランティア活動として参加したいということも出てきます。そこは難しいなと思っていて。これからの課題ですね。

――同じ経験をしている分、子どもたちの気持ちをすごくよくわかって寄り添ってあげられそうだと思っていましたが、そんなに単純ではないということでしょうか?

:そこは少し複雑で、私たちが活動の初期に応援していた子たちはいま20代後半に差し掛かっていて、中には少しずつ余裕が出てきた子もいます。自立したらまずは自分自身のことをちゃんとして欲しいんですが、余裕が出てきたら、「私もそうだったよ」という先輩として、どんどん後輩たちとかかわってほしいなと思っている反面、当事者だからこそ陥りやすいリスクというものもあるんですね。

 たとえば、自分自身の自己肯定感や存在意義といったものを、ボランティア活動で埋めようとすると、依存関係になりやすい。子どもにあれこれやってあげて、求められることに喜びを感じてしまうとか。「なんでもやってあげる」というのは、私たちが目指す自立支援とは違うんですが、そういうリスクは当事者のほうがもちやすいんです。

 また、自分と子どもを重ね合わせ過ぎて、「この子は自分とは違う存在」と捉えにくくなってしまうこともあります。「自分はこうだったから、この子もそうに違いない」とか、「自分はこうしたのに、なんでこの子はこうしないんだ」とか。

 だから、施設によっては施設出身者は職員として採用しないという方針のところもあると聞いています。

――現在全国に約600の児童養護施設があるということですが、施設ごとに人数の規模などの環境も方針も全然違うと聞いています。ブリッジフォースマイルの活動は、それぞれの施設との連携で取り組まれているのですか? それとも行政との連携で、地域まるごと?

:行政から受託しているものもありますが、基本は施設ごとに連携してやっていくスタンスです。児童養護施設の職員との連携はすごく大事だと思っているので、行政からの受託で活動する場合にも、「この施設の担当スタッフはこの人とこの人」というように、施設ごとに担当を決めてやっています。

 たとえば、自立ナビでボランティアさんから、子どもたちの様子について報告が上がってきますよね。「この子はいま、こんなことで悩んでいます」とか。プライバシーの問題もあるし、なんでも筒抜けにして子どもたちがしゃべりたくなくなってしまうといけないので、全部を詳細にというわけにはいかないんですが、「これは問題の芽だな」と感じたことについては、職員の方と共有して、「いまこういうことで悩んでいるようなので、そちらからもサポートをお願いできますか?」というお願いをするとか。

――どのようなかたちでやっていても、結局はブリッジフォースマイルのスタッフと施設の職員の方々との、人と人とのつながりが大切ということですね。

(第三回「企業が良心を持って行動すれば、社会はきっとよくなる」へ続く)


林 恵子(はやし けいこ)*1973年、千葉県生まれ。大学卒業後、大手人材派遣会社パソナに入社。子育てとキャリアの両立に悩む中参加 した研修をきっかけに児童養護施設の課題に気づき、2004年12月、「ブリッジフォースマイル」を設立。2005年6月にNPO法人化し、パソナを退職。養護施設退所者の自立支援、社会への啓発活動、人材育成を活動の3つの柱とし、さまざまなプログラムを提供している。
 
【写真:遠藤 宏】

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