すべての人が、思いを自分の仕事に込められるように

NPO法人クロスフィールズ 代表 小沼大地

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写真提供:クロスフィールズ

小沼大地さんのインタビュー第1回はこちら:「仕事と社会をつないで、忘れていた熱さと志を取り戻す『留職』プログラム
 
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――ビジネスとソーシャルの世界での人材の交流が活発になれば、双方にいい変化が起きそうです。留職先は、NGO限定ですか? 株式会社などの企業の場合もあるのでしょうか。
 
小沼:社会課題を解決する現場を持っている組織であれば、法人格は問うていません。これまでの留職先としては、NGOと企業が半々くらいです。活動領域はさまざまですが、留職プログラムを導入した企業と親和性のありそうな団体を選ぶようにしています。
 
――日本から新興国に派遣するばかりでなく、現地のNGOなどから日本の企業に人材を受け入れることもあるのですか?
 
小沼:それはいまのところはやっていません。そういう意味では、日本から行くだけなので、「人の行き来」はありませんが、人が移動することで、相互にいろんな化学反応が起こります。現地での課題解決に貢献していくと同時に、その人の存在によって「日本人ってこういう働き方をするんだ」「ビジネスの世界では、ものごとをこうやって見るんだ」ということが現地に伝わりますし、日本から行っている方は「企業じゃない世界って、こんな感じなんだ」「NPOの世界って、こういう情熱で動いているんだ」といったことを学んで、日本に戻って組織の中で発揮していただく。人材の流れはいまのところ一方通行ですが、それによる変化や情報の流れは、相互に作用しています。
 
――人材の行き来による化学反応として、どのような変化を起こしていきたいですか?
 
小沼:これはクロスフィールズとしてというより、僕個人の考えですが、価値観のものさしがひとつしかないような在り方に、アンチテーゼを唱えたいと思っているところがあります。
 
 たとえば、経済力だけを指標として豊かでない国や人を「かわいそう」ととらえるようなところが、いまの世の中にはあるような気がします。それはそれで正しいのかもしれませんが、僕がシリアで見たものは少なくとも違っていました。
 
 経済的に豊かとは言えなくても、「幸せかどうか」という軸で見たら、僕が一緒に暮らしていたシリアの人々は、日本で見かける多くの人々よりも、圧倒的に幸せの指標では勝っているように感じました。一日を家族と一緒に過ごして、自分ががんばった農作業の成果である作物を村の人たちと一緒に食べて、喜び合っている。そして、いつでも家族や友人たちと語らい、笑っている。シリアの村のそうした様子は、日本よりも明らかに幸せなものとして僕の目に映りました。
 
 経済的な指標は幸せの指標とは必ずしも一致しない。だから、たとえば「豊か」のものさしをいくつか持てるようになればいいと思っているんです。
 
 きっと、日本とシリアにはお互いに学び合えるものがあるはずで、日本が経済成長とともに失ってしまった大事ななにかを、シリアはまだ持っている。とは言えこのままではよくないので、どんな経済発展を目指してなにをしなければならないのか、それは日本が一緒に考えてあげることができると思うんです。
 
 そういった、経済的、金銭的な価値や技術力以外のものさしを持つビジネスパーソンが、日本の企業の中に増えていってほしい。そういうやり方で日本と世界がつながって、一緒になにかをやっていけるような動きを、クロスフィールズは応援していきたいと思っています。

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――留職プログラムの派遣者には、エンジニアなど専門技術を持たれている方が多いようですが、営業職の方も参加されていますね。これは、本人が希望して参加されるんですか? それとも、会社側が幹部候補の人材を指名して派遣するのでしょうか?
 
小沼:両方のパターンがありますが、公募が多いですね。ある企業さんは選抜研修の一環として留職プログラムを導入されているので、幹部候補のハイポテンシャル人材を指名して派遣されていますが、その場合でも僕たちのほうで面接をさせていただいています。実は面接で落とすこともけっこうあるんです。2015年5月までに留職プログラムで派遣された方は約70名ですが、その裏には残念ながら不合格だった方もかなりの数いらっしゃいます。
 
――なかなか厳しいですね。面接では、どんなことを見られているんですか?
 
小沼:大きくは「Will」「Mind-set」「Skill-set」の3点です。
 
Willというのは、この機会を通じて成長したいという意思や、新興国社会に対して貢献したいという意思を持っているかどうか。
 
Mind-setは、色々な要素がありますが、自分自身と向き合える人かどうかが大きいです。現地に行って大変な状況になったときに、「なんとかしてくれない現地の団体のせいだ」「この環境のせいだ」といった考え方をするような人では、留職しても苦しいだけですよね。いろいろな壁にぶつかったときに、それを自分事として捉えて、「いま、自分になにができるのか」ということを逃げずに考えられないと、自分の成長につなげられないので、過去の経験などを丁寧に聞くようにしています。
 
そして最後に、Skill-setです。現地に貢献できるだけの技能・スキルがあるか、そして、それを発揮できるだけの最低限の英語力があるかを見させていただきます。面接では、実際に英語でお話をさせて頂いて、TOEICの点数では測れないような英語でのコミュニケーションスキルを確認しています。
 
――クロスフィールズでは留職を通して育成を目指すグローバルリーダー像として、7つの条件を挙げられていますね。1、ゴールを描く力」「2、対話する力」「3、巻き込む力」「4、挑戦する力」「5、やりきる力」「6、現地の課題を理解する力」「7、社会の未来と組織の未来を切り拓く力」。実際に留職を経験された方々から、いちばん大きな変化を感じられるのはどの辺りですか?
 
小沼:企業や個人によって求めるものが違うので、一概には言えないのが難しいところではありますが、まず、この7つの条件のうち、1から5の条件は、ピュアリーダーシップエレメントだと考えています。6と7については、クロスフィールズならではのソーシャルな視点も入ったリーダーシップの条件と言えますが、1から5については、これまでお話してきた20数社すべてで、目指すべきリーダー像として共有していただけていると感じています。その中で会社によって課題を感じられている部分はさまざまですが、敢えて言えば、「うちの社員には1と2がなくて、3、4、5はある」という企業さんが多い傾向があります。
 
なので、1が弱いと感じられていた方が、留職プログラムでこれまでと違うフィールドに放り込まれて、なにを取り組むのか一から決めるという経験をすることで、「自分でゴールを設定するということをやってみたのが、すごくいい経験だった」という評価をいただくことが、いちばん多いですね。いちばん大きな変化が起きているのもそこだと言えると思います。

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写真提供:クロスフィールズ

――留職ではアジアの新興国に数か月滞在することになるわけですが、外からやってきた人間が現地に溶け込むのは、とても難しいことだと思うんです。言葉の壁、文化の壁、価値観の壁、いろいろな困難があると思いますが、小沼さんご自身もシリアで経験されたと思いますが、なにがいちばん大変でしたか?
 
小沼:僕自身のシリアの経験でいちばん大変だったというか、落ち込んだのは、こちらがよかれと思ってやったことが、現地の価値観にそぐわなかったときです。
 
 シリアにいたとき、選挙監視のような仕事をしていて、村の自治体の組合員を決める選挙に立ち会ったんですが、日本の常識からは考えられないくらい不正をするんです。一人で10票投じたりするので注意すると、「家族が10人いるんだ」なんてことを言う。「じゃあ連れて来てください」と言うと、「病気だから来られない」と。僕はそうした不正を認めない姿勢で厳格に監視していたんですが、終わってからすごく怒られたんですよ。「これは結果がすでに決まっていたものなんだ。7つの議席をこういうふうに分け合うと現地に調和が生まれるということはもともと決まっていて、選挙は儀式みたいなもの。それをお前が壊してくれた。これからどうしてくれるんだ」と。
 
 民主主義に対する一種のアンチテーゼなのですが、確かにそうだなと納得させられたんです。日本の常識や先進国の一般論で言うと、民主的で公正な選挙のあり方が理想的ということになるのでしょうが、そうではない地域はやはりあるし、自分の中では常識だと思っていたことが通じない世界があるということを学ばせていただきました。
 
 自分がなんの疑いもなく肯定してきたことが、否定的に捉えられることもある。そのことを事実として突きつけられたことは、僕に中では大きなことだったと思っています。
 
 その経験がいまどう生きているかははっきりとはわからないですが、NPOの経営にも似たような難しさがあるように感じています。メンバー1人1人がさまざまな想いやモチベーションを持って働いているので、経営をしていく上では、株式会社とはまた違う特色があると思っています。
 
 たとえば「売上1億円を目指します」のような目標ならば、1億円を稼ぐためになにをやっていくかを考えればいいと思いますが、僕らの場合はおぼろげな世界に向けて走って行くようなところがあって、なにが我々の事業が進むべき道なのか、それは一体なにを目的としているのか、それぞれの思いと思いがぶつかり合うし、そこにはなにが正しいとか正しくないとか、決して規定できないものがある。そういう場所で自分が是と思うことが是でないというところを、どうやって考えていくか。
 
 とは言え、やはりみんなで力を合わせてひとつの方向に進んで行くためには、どこかでリーダーとして決断を下さなければならない。それにはすごく痛みも伴うので、その難しさを日々感じながら、ひとつひとつの仕事に取り組んでいます。
 
――留職プログラムを提供する事業体として、NPO法人を選ばれたのは、なぜでしょう?
 
小沼:NPOでなければうまくいかないだろうと思ったことがいちばん大きな理由です。留職プログラムを提供することでお金を儲けたいのではなく、世の中をよくしていきたいと思っているので、そういう思いを伝えるためには、株式会社で取り組むよりも、NPOとして取り組むほうが、いまの日本では応援してもらいやすい。世の中から応援されやすいというNPOの特長を使って、いろいろな方の応援を力に変えて世の中を動かしていきたい。そう考えてNPOを選びました。

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――今後改めて教師の道に進まれることはないのでしょうか。お話を伺っていて、これからキャリアを考えていく子どもたちが小沼さんのような先生に出会えると、とても大きな刺激や影響が生まれそうだと感じました。
 
小沼:いまでも教員はやりたいと思っています。いまは非常に重要な事業のかじ取りをやっているし、とてもやりがいを感じているので、いますぐということは考えていませんが、どこかのタイミングで。
 
 大学なのか、高校なのか、まだなにも考えていませんが、教えるという仕事を専門でやってみたいという気持ちはあります。いまも大学からの依頼で、何人かの学生のメンターを務めているんですが、すごくやりがいを感じるし、自分はこういうのが好きなんだなと改めて感じています。
 
 とは言え、実は「教員」へのこだわりはあまりないんです。大学時代までの僕にとっては、人生でもっとも影響を与えられたものが部活だったので、自分も部活の顧問になって子どもたちにいい影響を与えたいと思って教員を目指していたんですが、青年海外協力隊に行ってみたら、部活を上回る影響を与えられる経験となった。
 
 僕にとって教育とは「人に機会を与え、影響を与えること」。そう考えると、いま取り組んでいることもまさに教育事業ですし、学校に例えるといまは教員というよりも校長のような立場ではありますが、教育事業に携わっている自負と誇りと充実感を感じています。ただ、やっぱり教育の現場に行ってみたいなという思いも常に持っていますね。
 
――今後の中期目標はありますか?
 
小沼:ちょうどいま立て直しているところですが、いま提供している留職プログラムという事業には自信をもっているので、それを磨き込んで、数も質ももっと高めていきたいという方向性はひとつあります。
 
 また、ふたつめの方向性として、これまでは留職によるリーダーづくりというところに特化してやってきたのですが、留職から帰ってきたリーダーの方々が新しい取り組みにチャレンジしようとしている動きがあるんです。新しい事業を留職先のNGOと連携してやっていこうという試みが実際に始まっているのですが、ひとつ成功事例ができれば、世の中は大きく変わると思うんです。ですから、そうした成功事例づくりをお手伝いしていきたいということも考えています。
 
 もうひとつ、いまは20代後半から30代の若手社員向けにこのプログラムを提供していますが、それでは会社をまるごと変えるにはどうしても時間がかかります。中長期的に見て彼らが管理職になることを考えれば、若手だけをターゲットにした取り組みでも効果はありますが、やはりいちばんインパクトがあるのは、経営陣にこうした考え方を伝えることだと思うんです。
 
 いま、部長や本部長、経営層向けに、若手向けの数か月に及ぶ留職よりも短いスパンでNGOの世界を知ってもらえるようなプログラムを開発中です。会社の幹部層へのアプローチももっと強化していきたいと考えていますが、そうしたことを組織としてどのくらいの規模でやっていくのかは、まさにいま議論をしているところです。
 
――昨年からは、国内での留職も開始されたと伺っています。
 
小沼:いまはグローバルにやっていますが、実はもともとやりたいと思っていたのは、「青年国内協力隊」という名前の国内での事業だったんです。まさにいま地域おこし協力隊がやっているような取り組みなんですが、それをBtoBでやりたいと考えていた。地方自治体、あるいは中央官庁の職員を数か月間、国内でもっとも厳しい社会課題を抱えている現場に派遣して、そこで現場を見てもらって、それを法制度の設計に生かしていく、そういうことができたらいいなと。
 
 企業もそうですが、日本国内にこそ最先端の課題があって、それを解決する方策を打ち出す力を育てることが、日本を支える課題解決策になると思うので、そうしたことをやっていきたいと思っています。昨年はリクルートキャリアさんの社員を東北・石巻に派遣させていただきましたし、今年も復興庁から予算をいただいて、東北に企業を派遣する取り組みを、いくつかのNPOと連携してやっています。
 
 東北に限らず、NPOと行政が連携してものごとを解決するという流れを加速させていきたいので、クロスフィールズが企業と新興国のNGOの間でやっていることを、日本国内のNPOと行政の間でもできるような仕組みをつくっていきたいですね。

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――活動の幅がどんどん広がっていきますね。留職プログラムを導入する企業も増え、メディアに取り上げられる機会も多いと思いますが、小沼さんのご活躍を見て、大学時代の友人の方々の反応はいかがですか?
 
小沼:友人たちとはいまでもときどき飲んだりしていますが、「刺激をもらっているよ」とよく言ってもらえて、それがすごく嬉しいんです。いま僕がやっているのは、青臭さを前面に出した事業だと思っているんですが、そういうやり方をしていることをメディアで取り上げていただいたりすることで、僕がロシナンテスの川原さんから教えていただいたような、「ああ、こういうふうにも生きられるんだ」というメッセージを伝えられているということかな、と思って。
 
 NPOでも大企業でも、そこで働いているすべての人が、自分の思いを仕事の中に込められる状態がいちばん幸せだと思うので、僕やクロスフィールズの取り組みがそこに近づけるようななにかになれているのだとしたら、それが本当に、いちばん嬉しいです。
 
 いま振り返ると、就職してから2、3年目って、いちばんモチベーションが落ちていた時期なのかなという感覚もあって、30代中盤になってきたいま、「企業のリソースを使って一緒にやろう」「一緒にこんなことを仕掛けよう」と声をかけてもらう機会がだんだん増えてきたり、ある程度権限のある役職に就いた先輩が「うちの会社でも取り入れたい」と言ってくださったり、そういう動きが生まれ始めています。
 
 それなりのポジションになってきた同世代の友人たちと、どうやって組織同士を競わせるか、組織の力を活かしてどんなおもしろいことができるか、そんな作戦会議をしながら飲める。それはとても楽しいですよね。
 
――小沼さんの情熱が、留職プログラムを通して派遣される方とその企業に伝わり、その取り組みを見聞きする人々にも広がっているように感じます。お話を伺っていて、とてもわくわくする取り組みでした。本日はありがとうございました。
 
 
 
小沼 大地(こぬま だいち)*1982年神奈川県生まれ。青年海外協力隊としてシリアにて環境教育事業に従事。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、人材育成領域を専門とし、国内外の小売・製薬業界を中心とした全社改革プロジェクトなどに携わる。2011年3月独立、NPO法人クロスフィールズ設立。世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shapers Community(GSC)に2011年より選出されている。
 
【写真:遠藤宏】

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