アフタースクールを日本の子育てインフラに!

放課後NPOアフタースクール 代表理事 平岩国泰

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平岩さんのインタビュー第1回、第2回はこちら:「放課後の子どもたちを守りたい」「子どもたちの成長を実感しながら
 
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学校と連携できるソフト面のメリット
 
 放課後の子どもたちの居場所を学校内につくるメリットは、施設の活用などのハード面に限ったことではない。
 
「もともと僕たちが参考にしたアメリカのアフタースクールは、いわゆる不登校対策のひとつにもなっています。さまざまな理由で学校からドロップアウトしていく子どもたちがいますが、アフタースクールは、そうした子どもたちにとってのセーフティネットになるんです。たとえば、学校の授業について行けなくなって登校するのが嫌になっても、アフタースクールの音楽のプログラムが好きだから、なんとなく学校には来続けていて、友達ともつながっていられるとか。そうした効果が認められ、アメリカの学校の先生方は、アフタースクールにとても協力的で、連携が密なんです」
 
 一方、日本では学校は文部科学省、学童は厚生労働省という管轄の違いもあり、学校と学童はまったく別物として、運営上も切り離して考えられてきた。
 
「だけど、子どもたちのためには、連携して考えたほうがいいんです。たとえば、先生方から『いま、○○君はこういうことで困っています』という情報をもらえれば、僕らのほうでもケアができる。逆に、僕らのほうから注意すべき情報を先生方に伝えられることもあります」
 
 放課後のリラックスした時間帯だからこそ、子どもたち同士のなにげない会話の中から重要な情報を得られることもある。要注意情報は学校の先生方にも共有し、互いにフォローし合う。
 
「日本ではその辺りの連携がこれまでほとんどなかったので、施設の活用だけでなく、そうした点も含めて、アフタースクールのモデルとしていきたいと考えています。子どもたちの学校生活と放課後がもっともっと楽しく実りあるものにするためのメリットを伝えて、学校の先生方の負担にならないようにも配慮しながら、積極的な連携を進めていきたい」
 
 学校の先生方にも負担が0というわけにはいかないだろうが、「それ以上に、学校が好きになる、友達同士の関係が良くなるなど、得られるメリットが大きい」と、平岩さんは言葉に熱を込める。「子どもたちのために」を合言葉に、子どもたちの学校の時間と放課後の時間をソフト面でもハード面でもつなげる取り組みが、いま進められている。

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財政的余裕のない自治体でも展開できるモデルを
 
 日本では、学童保育に充てられる予算はかなり限られたものだ。全国平均はひとつの運営団体あたり、年間およそ1,000万円。そこから家賃、光熱費、子どもたちのおやつ代といった経費を差し引くと、学校外で運営されている施設の場合、人件費に回せるのは、せいぜい300万円から400万円程度になる。
 
「そこにたとえば2人のスタッフを置くとすると、年収はひとりあたり150万円から200万円ということになりますよね。もう、どこもほんとうにぎりぎりでやっています」
 
 多くの学童保育が厳しい状況に置かれている原因のひとつには、学童保育が実は比較的新しい制度であり、国が本格的に取り組み始めてから20年足らずということもあるのだろう。
 
「昔は、学校が終わると子どもたちは適当に地域で遊んで、5時になったらお母さんが待っている家に帰って夕食を食べて、という世界が日本の放課後のベースだったんだと思うんです。だけど、日本での女性の働き方が変わるにつれて、学校が終わってから保護者が家に帰ってくるまでの間、子どもたちが放課後を過ごすための居場所が必要になり、ほんとうに必要とする方々が、一生懸命学童保育をつくってきた。国も少しずつ法律をつくったりしながら追いかけて来たけれど、近年、需要が急激に増えて、対応が追いついていない状態なんですよね」
 
 女性の社会進出や労働の長時間化が進むにつれ、学童保育の需要は急激に高まったが、供給が、とくに公立のインフラが不足していると、平岩さんは指摘する。現在、5校の小学校と連携してアフタースクールを展開しているが、この取り組みを全国的に広げていくことが当面の課題だ。
 
「来年の春から、ある公立小学校のPTAの皆様との共同運営方式でやらせてもらえることになったんです。区が費用を出してくれて、保護者の方からも少しいただいて。PTAの方々は放課後を豊かにしたい思いはありますが、ノウハウはないので、私どもがそこをお手伝いする形です。PTAの皆様との連携を今後さらに広げていくためには、これがひとつのモデル校になるかなとも考えています」
 
 とは言え、東京23区はやはり特別だとも言われている。地方と比べると圧倒的に財力があることに加え、多数の大企業の本社が集まる東京は寄付を集めやすい場所でもある。
 
「だけど、首都圏を少し離れると、財政的余裕はないような自治体がほとんどです。民間の学童もありますが、料金がかなり高額です。だから、必要な人が誰でも利用できるように、やっぱり公設の社会インフラとして、低価格の、できれば無料の放課後の子どもたちの居場所をつくっていきたい。そのためには、質を保ちつつ運営コストを下げていかなければなりません。アフタースクール第1号を都内でつくったのがステップ1とすると、このモデルを財政的余裕のほとんどない自治体でも展開できるモデルに仕上げて全国に広げていくのが、僕らの次のステップです」
 
 平岩さんが目指すのは、「放課後NPOアフタースクール」の組織や事業の規模を拡大することではなく、平岩さんたちの取り組むモデルが全国に広がっていくことだ。
 
「それぞれの地域の方々が担い手となってアフタースクールが全国各地で展開されているっていうのが、僕らの目指している将来像です。そして、『あの団体がアフタースクールというものを日本につくって、大切な子育てインフラとして後世に残した』って言ってもらえたら本望です(笑)」
 
 子どもたちが安全に放課後を過ごしながら、さまざまな学びを身につけられるアフタースクール。アフタースクールの充実した小学校をつくることは、保護者にとって子育てのしやすいまちをつくることにもなる。「小1の壁」が大きな社会課題として認識される中、自治体にとっても、まちづくりの施策として有効な手段となっていくはずだ。

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まずは自分たちができることを
 
 いま、限られた予算の中でもなんとか学童保育が機能しているのは、「子どもたちのために」と、苦労しながらも支え続けてきた人々のおかげだ。
 
「『子どもたちのためになることをしたい』という思いをもっている人は世の中にたくさんいるので、そうしたボランタリーな力をもっと集めることはできるはずなんです。だけど、人件費はやっぱりきちんと払われるべきだと思います。民間の場合は比較的きちんとお給料が払われていて、それが利用料に跳ね返って高くなってしまうんですが、逆に公立はなかなか人件費が確保できないので、人の入れ替わりが激しいんです」
 
 楽しくやりがいを感じられる反面、元気な子どもたちの安全に配慮しながらの仕事は非常にハードなものであり、しかも生活が厳しいほど低賃金となると、「もうもたない」と辞めていく人材が多いのも当然と言えば当然だ。学童保育に携わる人材の半分は3年ほどで離職するというデーターもある。
 
「そういう現実が、活動しているうちにわかってきました。ほんとうに、学童を頑張ってきた方の善意で支えられているような。だけど、それではやっぱり人材が定着しないし、結果、施設としてのノウハウも残らなくなってしまいます」
 
 学童のニーズは急速に高まっているが、予算は追いつけていない。高まるニーズに現場の負担は増える中、現場の人々の善意と努力に頼るばかりではあまりにも危うい。
 
「とは言え、国になんとかしてくださいと言ってばかりいてもしかたがないので、僕らは僕らなりに人材や資金を集める方法を考えるし、同時にコストダウンしつつ質のいいプログラムをつくる方法も考えなければならない。もちろん、行政への要望ももっと出していきたいと思いますが、それ以上に、まずは自分たちができることをやろうと思っています。僕に限らず、そういう考えの人が集まっているのがNPOという業界ですよね」
 
 そうした状況のソリューションとなる可能性を秘めた取り組みのひとつが、2008年に始まった「企業プログラム」だ。
 
「企業さんが市民先生になってくださるプログラムです。企業さん側が平日にアフタースクールに来てくださることもあるし、週末に企業さんに子どもたちがお邪魔する場合もありますが、職業体験のようなかたちで、専門的な技術をもった企業さんが理科実験をしてくださったり、金融の企業さんがお金のことを教えてくださったり。食品系の企業さんと食育プログラムもあります」
 
 その企業ならではのリソースを用いたプログラムはCSRの一環として行われ、費用も企業側が負担するケースが多い。この企業プログラムに平岩さんは大きな可能性を感じている。
 
「いま、とくに高学年の子どもたちの放課後が課題になりつつあるんです。高学年には塾や習い事に忙しい子どもが多く、学童に通う子どもたちの大半は低学年ですが、10歳から12歳というのは非常に多感で、すごく成長する時期です。その時期に、もっと子どもたちが夢中になれたり、おもしろいと思えることに出会えたらいいなと思っていて。そういう意味で、企業プログラムにはすごく期待しています」
 
 たとえば、小学校も高学年になると、女の子を中心に、ファッションへの関心は高い。
 
「いま、ファッション関係の企業さんと集まって『ティーンズファッションプロジェクト』というプログラムを運営しているんですが、たとえばデザイナーの方を講師に迎えたプログラムをすると、子どもたちの目がとてもキラキラと輝いているのがわかるんです。そうした時期ならではの、興味や関心を広げたり、深めたりといったコンテンツを、もっとつくっていきたいなと思っています」

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どんなに細くても、長く続く取り組みを
 
 新しい取り組みは常に0から1へのブレークスルーが最も困難を伴い、1ができれば2、3、4、5……と比較的流れていくものだ。アフタースクールの取り組みも例外ではない。
 
「NPOの方々は皆さん経験されていると思いますが、1ができるまでは、とにかくコツコツと一点突破。僕たちの場合は公民館で週1回のアフタースクールの実績を積み重ね、そこでできたモデルを小学校でも展開させていただいて、その実績をもとに新渡戸文化学園で学校と連携して学校施設をフル活用しながら毎日運営するアフタースクールの第1号をやらせていただいた。次は公立で廉価にできるアフタースクールのモデルをひとつつくって、広げていきたい」
 
 一つひとつのブレークスルーの傍らには、必ず応援してくれる人の存在があった。公民館でのはじめてのプログラムに子どもたちを集めてくれた民生委員の女性、世田谷区の学校に声を掛けてくれた保護者の方、アフタースクール第1号の機会を与えてくれた理事長。陰に日向に活動を支え、励ましてくれたたくさんの保護者や市民先生の方々。そうした応援を引き寄せたのは、すべて平岩さんをはじめとする、アフタースクールのスタッフの方々の熱意とひたむきな姿勢だ。
 
「大変なこともたくさんあるけれど、楽しいです。自分の人生をかけた仕事として、充実しているな、と思えます。僕は、自分がそうしたように、しばらくサラリーマンとして一般企業で働いてからNPOに入る人をもっと増やしたいと思っています。学校を出てからいきなりNPOに就職するのは、いまの日本ではまだまだハードルが高いし、会社で働くことで身についたノウハウとか、鍛えられたことって、やっぱりすごく重要だと思うんですよね。NPOはある意味、お金を集めてくる、言い換えれば稼ぐ能力が株式会社以上に必要ですから。だけど、アフタースクールに限らず、今後日本にしっかりしたNPOがもっと増えていけば、いまと同じコストでもっと成果を出していけると思うんです」
 
 行政の取り組みには「税金を払っているんだから」と厳しい目を向ける人でも、NPOが取り組めば、「なにかできることはありませんか?」と協力的な姿勢になる場合もある。NPOがもっと存在感を高め、寄付もしっかり集められるようになっていけば、世の中の社会課題の解決スピードは、飛躍的に上がっていくことだろう。
 
「だけど、やっぱり会社を辞めてNPOの世界に飛び込むのって、勇気が要りますから。僕の場合は会社を辞めてここまでやってきましたが、それが絶対だとも思いません。仕事をしながらボランティアで週に1回の活動を続けていたとしても、それはそれで意味があったと思うんです。だから、自分のできる範囲でやっていくのがいいと思います。その代わり、続けることにはこだわってほしい。細くてもいいから、長く続けていくということが、いちばん大事だと思います。そのうちに進むべき道が見えてきます。決意も自然に固まります。ゆっくり固まった氷は割れにくいと言いますが、志も同じです。ゆっくり固まった決意は簡単に崩れることはありません」
 
 子どもたちの放課後のために。社会起業家を志す人々のために。娘を授かったことで始まった1人のお父さんのチャレンジは、これからも続いていく。
 
 
 
平岩 国泰(ひらいわ くにやす)*1974年、東京都生まれ。2004年、第一子誕生を機に放課後NPOアフタースクールの活動を開始。子どもの放課後を安全で豊かにするため、学童保育とプログラムが両立した「アフタースクール」を展開。プログラムは地域の大人を「市民先生」とし、子どもたちに提供している。衣食住からスポーツ、音楽、文化、学び、遊び、表現まで多彩な活動を展開し、現在までに参加した子どもは50,000人を超える。2008・9年度グッドデザイン賞受賞。2013年より文部科学省中央教育審議会専門委員。
 
【撮影:遠藤宏】

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