アプローチ次第で能力は伸ばせる

株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太

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鈴木慶太さんのインタビュー第一回はこちら:「発達障害を理由に可能性を狭めたくない」
 
障害者手帳取得への心理的な壁
 
 Kaienが行っているのは、発達障害者を就職させるための支援事業。主に厚生労働省の予算で、発達障害をもつ人々に職業訓練を提供し、訓練を終えた人々を企業へ紹介する。
 
「要するに、福祉の公共事業ですね。他の介護福祉事業と同じように、厚労省の制度に基づいて運営しています。障害者支援の分野でも、生活支援や子ども向けの支援などいろいろありますが、当社で主に行っているのは、失業している人たちを就職させるための支援です」
 
 本人や親が費用を負担するかたちで、子ども向けの職業体験や大学生向けの内定塾のようなものも行っているが、メインターゲットは失業中の社会人だ。
 
「発達障害の肝は、自分を客観視するのが難しいこと。ですから、自分がずれているとか、空気が読めていないというような、“曖昧なこと”を認識するのが大変です。それでも、たとえば自分が就職できないという“事実”はわかる。そうして、自分は人となにか違うのかな、弱いところがあるのかな、と思い始めたときに、発達障害に関する本や記事を目にして、『自分がいる!』と、発達障害というキーワードで調べていくうちに当社にたどり着く、という方が多いようです」
 
 クリニックで診断を受ける前にKaienを訪れる人も多い。発達障害の診断がない人でも受けられるサービスもあるが、行政の予算を利用したサービスの場合は、障害を証明するものがなければならないため、クリニックでの受診を勧めることもある。
 
「ただ、これも難しいところなんです。仕事をする上でほかの多くの人と同じようにいろんなことをこなせるわけじゃないという現実はわかる。だけど、ふつうに生活する分には困らないから、自分が障害者と言われると違和感があるのは当然だと思います。障害者手帳を取得して、『自分がいままでプレッシャーに感じてきたことは障害が原因だったのか、なるほど。だったら手帳があるほうが就職先が探しやすい』と思える人もいれば、自分が障害を持っているということを認められない人もいます」
 
 子どもの頃に発達障害に気づき、早くから療育手帳などを取得してケアされている場合は本人も周囲も慣れているが、大人になってから発達障害に気がつくと、障害者手帳の取得に対する心理的なハードルが高くなりやすい。生まれつきの発達障害に後天的な要素が絡んでくるので、障害なのか性格なのか、より複雑にもなる。そうした大人の発達障害にはどのようなアプローチをしているのだろうか。
 
「こだわりがある、というのが発達障害の多くの人が持つ特徴なので、こちらから一方的に話して聞かせて説得するという感じではありません。じゃあどうするかというと、納得感のある失敗をしてもらいながら、徐々に自分の障害を認知してもらうんです。ほんとうはソフトランディングができたらいいんですけどね。現実的には、傷つき傷つき、でもそれが致命的な挫折にならないように気を配りながら、という感じになります。やっぱり長い時間がかかりますね。だけど、一度理解してくれれば、真面目でまっすぐな人が多いので、こちらのサポートも受け入れてくれます」
 
 いま、日本で障害者手帳を持っている人は全人口の5.8%と推計されている。障害者に交付される手帳は「身体障害者手帳」「療育手帳(知的障害者)」「精神障害者保健福祉手帳」の3つがあるが、発達障害の場合は症状により、療育手帳または精神障害者保健福祉手帳の交付対象となる。
 
「とは言え、発達障害で手帳を取得できるようになったのは、実は2010年頃からです。それまでは、先天的な発達障害で周囲と馴染めないことで苦しんで後天的に鬱になって、そうした二次障害で精神の手帳をとっている人がかなりの割合でいました。実は行政の統計上はその辺はきちんと分けられていない。だから、発達障害を持つ人の中で、発達障害を主訴に手帳を取得している人はまだごく一部だと思いますが、今後は増えていくと思います」
 
 手帳の取得が認められるようになるなど、発達障害に関する制度の整備は着実に進んでいると鈴木さんは感じているが、子どもに向けたものが中心で、大人への支援はまだまだだという。
 
「発達障害の認知も制度上の整備も、小さい子どもに向けたものから広がり始めていると思います。小中学校、つまり義務教育までは、認知も制度もできてきたと思いますが、高校、大学、企業はまだ不十分。そこをうちは逆から攻めて行っているので、特徴があるのだと思います。先を知っているという点で

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画像提供:株式会社Kaien

多様な職種体験とhere and nowテクニック
 
 就労に向けてKaienで行われているトレーニングはユニークなものだ。
 
「Kaienのトレーニングには大きく分けて2つの特徴があります。ひとつめは、1週間から2週間ごとに、いろんな職種を体験すること。何人かのチームを組んで、上司役の当社スタッフとやり取りをしながらプロジェクトを遂行していきます。OJTを短期間で繰り返しやっていくようなイメージです」
 
 体験する職種は、人事、マーケティング、データ入力、システム系と多岐にわたる。その半分は顧客の存在しない架空のプロジェクトをロールプレイングとして行うものだが、半分はKaienオンラインショップでの実際の業務だ。オンラインショップのため、目の前の客とリアルタイムでやり取りをすることはないが、実際に商品を販売しているため、クレームがつくこともあり、それだけ実践的な学びの場となっている。
 
「こうして多様な職種を学ぶことによって得られるメリットは、自分の向き・不向きがわかってくることです。自分に合わない職種が先にわかっていれば、間違った選択をするリスクが減ります。そのメリットはとても大きい」
 
 もうひとつの特徴は、疑似職場として実際の職場に近い構造でトレーニングを行うことだ。たとえば、その1週間のテーマが「人材のマッチング」であれば、金曜日の夕方までにプロジェクトの成果を上司に報告できるようスケジュールを立て、朝出社して夕方まで業務に取り組む。そうして実際の職場とまったく同じように1日、あるいは1週間を過ごすのだ。
 
「就労トレーニングというと、ハードスキルを学ぼうとしがちですが、発達障害の人たちは、多くの場合、ソフトスキルがだめなんです。上司や同僚とのコミュニケーションとか、段取とか。それらは知識や教科書で学べるようなものではありませんから、実践の中で身につけられるようにしています」
 
 たとえば相手の都合を顧みずに一方的に話をするといったような失敗を先にしておけることで、実際の就労先でのトラブルはぐっと避けやすくなる。
 
「トレーニングでは、“here and now”というテクニックを用いています。“いま、ここで”。どういうことかと言うと、『上司が忙しいときに話しかけてはいけません』という知識を教えるのではなくて、疑似職場で実践的なやり取りをしながら、『いま君はこういうことをしたけど、それを実際の職場でやったら怒られるよ』と、その場で指摘する。再生されているVTRを一時停止して、そのノウハウを教えて、また流すようなイメージです。レクチャーよりも、here and nowのほうが絶対いいんです、どんな場面でも」
 
 ただし、here and nowは、指導する側にとっても非常に難しいテクニックなのだという。
 
「教えているほうがその場その瞬間に気づかなければいけないし、そこで本人が受け止められる分量だけ適切に指導しなければいけない。すごく動的なコミュニケーションなんですよ。こちらが用意したことを教えるのではなくて、流れの中でこういうことを教えたほうがいいな、という要素を見出しながら行うので、とても難しい」
 
 教える側のスタッフも年に2回の合宿や教材ビデオの作成でノウハウの共有化を図っている。とはいえ、そうしたノウハウはいわゆる現場でしか伝えられない部分があり、最終的にはスタッフ間で増殖していくしかないと鈴木さんは考えている。

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必要なのはメンタルサポートよりも情報整理
 
 Kaienで行っているトレーニングの効果は、Kaienを介して発達障害者を雇った企業のリピーター率の高さにも表れている。
 
「仕事ですから当たり前かもしれませんが、とてもつまらないトレーニングもあります。だけど、それらをまじめにやるのが彼らのよさなんです。ほんとうに純粋で、一生懸命やる。究極のパス待ち人間って言っていますけれど、パスの配給者がうまければ、上手に動かして職場で能力を活かしてあげられる。彼らを上手にマネジメントできる人は、やっぱりいい上司だと思います。いい上司は、パス出しがうまい。つまり、相手に合わせてパスを出すことができる」
 
 Kaienのクライアント企業には、発達障害者の部下を上手にマネジメントしている上司が多いが、彼らは発達障害について特別勉強しているわけではないという。「ほかの健常者の部下のマネジメントと、大して変わらない」と言うのだ。
 
「『がんばれよ』って声をかけて気持ちの面で支えてあげるとかじゃなくて、人の能力を機能として捉えて、この機能が得意でこの機能が弱いのであれば、こういう仕事をアサインして、こういうパスを出せばいい、と割り切っているんですよね。そうした見積もりが上手な人はいいリーダーになるし、それは一般的なマネジメントにもそのまま言えることだと思うんです」
 
 相手の能力を見極めた采配に加え、単純化、構造化、視覚化といった発達障害者に適したマネジメントの手法は、鈴木さん自身がMBAで学んだリーダーシップの考え方ともほとんど同じだという。一方で、鬱などを抱えた人に有効なアプローチと、発達障害者に有効なアプローチには、大きな違いがあるという。
 
「鬱で職を失った人や発達障害のない就業困難層や引きこもりの人たちに向けた支援も増えて来ていますが、そこでよく言われるのは、共感と傾聴の重要性です。その人に寄り添って、気持ちを聞いてあげる。『助手席に乗って励ます』イメージです。一方で、発達障害の場合は、カーナビみたいにやったほうがいい。つまり、カーナビって道に迷っても、『大丈夫だよ』とか『がんばれ』とかは言ってくれませんよね。地図があって、現在地はここで、目的地はここだから、次は直進、とか。曲がり角を間違ったとしても、カーナビは怒らないし、がっかりもしないで、じゃあ次はこっち、と。それと同じように、発達障害の人たちには、気持ちのサポートよりも情報の整理をしてあげるほうがいいんです」
 
 そうした点を理解して使い分けることができれば、発達障害者の支援やマネジメントのノウハウは、健常者に向けた就職サポートや部下マネジメントにも十分流用できるものと言えるだろう。
(第三回「夢や価値観を提供できる企業を目指して」へ続く)
 
鈴木 慶太(すずき けいた)*2000年、東京大学経済学部卒。NHKに入社し、アナウンサーとして報道・制作を担当。NHK退職後、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に留学しMBAを取得。長男の診断を機に発達障害の能力を活かしたビジネスモデルを模索し、帰国後Kaienを 創業、現在に至る。
 
【写真:shu tokonami】

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