子どもの成長をみんなで見守る社会に

特定非営利活動法人 3keys 森山誉恵

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森山誉恵さんのインタビュー第一回はこちら:「諦める理由より、諦めない理由を多くつくりたい
 
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「保護される手前」の子どもたちが抱える問題
 
 森山さんの問題へのアプローチは、児童養護施設に向けたものだけではない。いま、試みているのは、「施設に保護される手前の子どもたち」へのアプローチだ。たくさんの課題を抱えつつも、施設に保護された子どもたちのほうが、ある意味で恵まれている場合もある。親が子どもを勉強からむしろ遠ざけるなど、児童養護施設の子どもたち以上に学習環境が整っていない家庭も少なくない。いつの間にか生まれた学力の差が年を追うごとに大きくなり、やがて修復不可能になってしまう状況は、児童養護施設の子どもたちが抱える課題と同じだ。
 
「施設だと『これ以上は子どもの成長によくないから、保護しましょう』ということで保護された子どもたちが集まっているから抱えている問題もある意味把握しやすいんです。ところが、その手前の子どもたちは、家庭もどんどん密室化してきているので、問題があっても非常に見えづらい。だけど、出席状況や学力については担任の先生が把握しているし、スクールカウンセラーや保健室といった場もあるので、そうした情報から問題が深刻になる前に発見して、フォローしていけないかと考えています」
 
 こうした問題の深刻化・複雑化は、地域のコミュニティがなくなった影響も大きいと、森山さんは言う。
 
「『地域の目』みたいなものがあったときは、家庭内で起きている問題にも周囲が気づいてフォローしやすかったと思うんです。いろいろ問題を抱えて斜に構えるようになってしまった子でも、地域の中で何度も顔を合わせるうちに、『いろいろ大変だけど、あの子もがんばっているんだな』とか、『ぶっきらぼうだけど、悪い子ではないんだな』とか、内面的な情報が追加されていって、自然と地域に溶け込むというか、受け入れられていくプロセスがあったと思いますし。そういう意味で、地域が失われた代償は大きいと感じています」
 
 セーフティネットの網の目をもっと細かくすることで、地域が果たしてきた役割を担えればいいが、地域がなくなるスピードにまったく追いつけていないのが現状だ。課題を抱える現場側も、行政の対応を待っているような部分がある。だが、政治が投票結果に基づいて行われているのであれば、社会が変わらなければ政策の優先順位は変わらない。
 
「だけど、社会が変わるのをただ待っているだけでは、行政以外に頼るものがない子どもたちがいつまでも待っているだけになってしまいます。別の担い手もいないと。だから国のケアが届かない場所をカバーしつつ、セーフティネットの網目がもっと細かくなるように働きかけていきたいと思っています」
 
 児童福祉は、踏み込めば踏み込むほど課題の根深さに行きあたる分野だが、手ごたえを感じている部分もあると森山さんは言う。
 
「児童福祉の分野に限ったことではないけれど、最近はだいぶNPOの存在感が増してきたと思っています。施設もそうですが当事者の子どもたちやその親は、自分たちの置かれた状況を発信することもできなければ、客観的に眺めることもできません。自分たちが苦しいのは自分たちが悪いからだと思っているから、行政に対して声をあげる人もいない。だから、国や行政がちゃんとやっていないと思ったら、改善を要求する声をあげる存在が出てきたっていうだけでも前進だと思っています」

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写真提供:3keys

施設の枠を超えた発信力を持ちたい
 
 児童養護施設での学習支援だけでなく、別の面からも子どもたちを取り巻く問題にアプローチするために、弁護士と連携して法律相談の機会を設ける試みを始めようとしている。
 
「たとえば、親が借金を抱えていて家庭環境があまりよくないんだけど、違法な利率で膨らんだ部分はほんとうは返さなくていいんだよとか。保護者であるべき親が、親権を利用して子どもを搾取する側に回っている場合とか。そういう、法律や権利を知っていれば解消できるような問題を抱え込んで泥沼にはまっていくケースもあるので、そういった一歩踏み込んだ家庭の問題にもアプローチしていけたら」
 
 DVが原因で離婚し、別れた夫から逃げるために母親は転職し、子どもも転校を余儀なくされる場合もある。そういったケースでは、別れた夫に見つからないよう、それまで暮らしていた地域や実家から離れることが多く、新しい仕事が見つからなかったり、子どもも友人との接点を絶たれるなど、母子ともに孤立し、追い込まれていくことも珍しくない。
 
「そうした家庭内の事情には、私たちではなく、連携して活動している施設側が対応することが多いんですが、どうしても人手不足で対応が追い付かないところだらけ。そういったケースにも手を差し伸べられるようになりたいと思っています」
 
 森山さんが現場の丁寧なケアと並行して目指しているのは、現場の実態を正しく分析・発信し、政策提言などにつなげていくことだ。
 
「現場の担い手も十分とは言えませんが、福祉分野でそれ以上に不足しているのは、いまなにがなければいけないのか、現場を調査して、情報を集めて正しく分析して、データ化して発信する人だと思うんです。調査機関が少ないとか、5年に1回しか調査されないとか、そもそも調査するほど優先順位が高くは置かれていないとか、いろいろあると思うんですけど、いまはデータ化されていない根深い問題を明るみに出して、みんなが適切にかかわれるようなかたちを提案していきたいと考えています」
 
 福祉や教育の分野には人件費以外の予算はほとんどつけられないため、研究や調査も人件費の範囲内で行うしかない。そうなると個別具体的な現場での対応に忙殺され、データ化や発信の余裕は持てないのが現状だ。
 
「行政に対応を求めると、データを求められることが多いんですが、現場にデータ化する余裕がなくて、体制が整わなくて、さらに余裕がなくなって……と鶏と卵みたいなところがあるんですよね。3keysでやっていくのも大変ですけど、直接子どもたちを見ている立場ではない分やりやすい面もあると思うので、施設には難しいデータ化や発信の役割を担っていけたら」
 
 実際にやってみると、発信の難しさを肌で感じる部分もあるという。
 
「わかりやすいかなと思って『児童養護施設の子どもたちが大変』と発信していた時期もあったんですが、『児童養護施設』を前面に出したせいで、自分の日常とは切り離して考える人が多かったんです。自分とは縁遠い問題としてとらえている分、寄付やボランティアは集まりやすかったんですが、当事者意識をもって自分の生き方や働き方を見直すところからかえって遠ざけてしまったような気がします」
 
 反省を踏まえて目指しているのは、児童養護施設の枠を超えた発信力をもつことだ。個別の具体的な改善を積み重ねなければ全体の改善にも近づけないが、全体観を持たずに個別事例に対応しているだけでは、いつまでも問題の解消にはつながらない。そのバランスの難しさに悩みながらも、森山さんは子どもの問題にさまざまな方向からアプローチを試みる。

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目的をとるか、リスクを避けるか
 
 幼少期を韓国で過ごし、高校時代にアメリカに留学した経験もある森山さんは、日本の制度に歯がゆさを感じる面もあるという。
 
「インフラ整備とか大きな枠組みを整えて解決できる問題なら日本はやりつくしていると言っていいほどしっかりやっていて、やっぱり先進国だなって思うんです」
 
 児童養護施設の子どもたちも、毎年ディズニーランドに連れて行ってもらえたり、一人一台DSやプレイステーションといったゲーム機を所有していることも珍しくない。裕福でない家庭よりも、物質的には恵まれている面もある。
 
「だけど、人のつながりによる支援は足りていないんです。最新のゲーム機をもっていても、覚悟をもって育ててくれる保護者がいない。それでは、結局どこか満たされないままになってしまいます」
 
 日本では、里親になるには様々な条件をクリアしなければならない。養子縁組の審査はさらに厳しい。基準をクリアし、国に認められるのは、ほんの一握りの家庭だけだ。高いハードルは子どもたちを守るために設けられたものだが、その厳しさが子どもたちを「家族」から遠ざけてしまっている面も否めない。
 
「アメリカの養子縁組ってけっこう適当で、たとえば農家で人手が足りないから、労働力として子どもを引き受けるとか。そういうのもありなんです。日本だとそんな子どもを搾取する目的の養子縁組なんてとんでもない!っていう感じですよね。それはもちろんわかるんです。だけど、アメリカでは、子どもが『家』『家族』といういちばん肝心なものを確保できるなら、多少の問題はしかたがないっていう考え方なんです。だから養子縁組がどんどん進む」
 
 日本はリスクを徹底的に避けたがる傾向がある。組織化された集団で運営されている児童養護施設は、リスクマネジメントを追求した形式と言えるだろう。
 
「日本ではリスクがいちばん少ないものが採用されやすくて、いちばん大切な目的を果たせるかたちでも、リスクがあると思ったら実施しないという傾向があると思います。1、2割に起こりうるトラブルを怖がって、8割が救われるものをやらないというか。得られるもののほうが大きいなら、一旦やってみて、出てきたリスクをどう減らすかっていうやり方も必要だと思うんですけど。でも、そうなっているのは、メディアとか国民の責任もあると思います。国が運営するシステムでトラブルがあると、『国はなにをしているんだ!』ってものすごく責めるから」
 
 それでも子どもにとっていちばん必要なのは「家族」ではないかと、現場を見ている森山さんは思うのだと言う。
 
「施設の子どもたちが大人によく言うのは、『どうせ仕事でしょ』っていうこと。どんなに誠心誠意親身になってくれる職員さんでも、帰る家があって、自分の家族がいる。小学生くらいだとそうでもないんですけど、中高生になってくると、自分よりも絶対大切な人がいる、いつか絶対離れなければならない存在である職員に心を閉ざすようになりがちです」
 
 好きになればなるほど、職員と距離をとろうとする子どもは多い。信じれば信じるほど、職員の手が離れてしまったときに受ける心の傷が深くなるからだ。職員の退職や異動を経験をするたびに、無意識に大人に対して身構えるようになっていってしまうのだ。
 
「自分だけを見ていてくれる、他人じゃない人みたいなのが欲しいんだと思います。要するに家族ですよね。周囲の大人には期待できないから、早く子どもを産んで自分の家族をつくれば幸せになれると思って、恋愛に依存したり、10代半ばで子どもを産んだりということも珍しくありません。やっぱり、一人か二人はぜったい必要なんですよね。ぜったい裏切らない人や自分の帰る場所が」
 
 実親の家庭でも、問題が起きることはある。むしろ、ひとつも問題を抱えていない家庭などないだろう。だったら、子どもの帰る場所、自分だけに目と手をかけてくれる保護者の存在のほうが重要で、多少のもめごとは、誰もが経験する家族との衝突や人付き合いを学ぶ機会として乗り越えていくべきなのかもしれない。なにがほんとうに子どもたちのためになるのか、国や行政任せにせず、国民全体で考える時期が来ているのではないだろうか。

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目指す社会から逆算して、いまの取り組みを考える
 
 森山さんが任意団体として3keysを設立した当初は、大学のサークルのようなかたちで学生間の引き継ぎを繰り返しながら行う活動をイメージしていた。だが、現場に触れるうちに問題の根深さを知り、仕事として長期を見据えて取り組むために法人化したのだという。そんな森山さんが目指す社会のかたちを伺ってみた。
 
「子どもの成長をみんなで見守る社会になっていきたいなと思っています。人って多少失敗しながら強くなっていくものだと思うので、子どもたちが失敗を恐れずに、思い切り楽しんだり、自分のやりたいことを見つけたりして、それぞれの特性を生かせる社会になってほしい」
 
 親や学校にだけ責任を問うのではなく、国や地域、市民や企業みんなで子どもを育てる社会に。そのために、3keysは設立から10年後をひとつの目標に掲げている。
 
「法人化から10年を迎える2021年までには、政治や制度面について発信力をもっている組織になっていたいなと思っています。そのためにもいまは、国がカバーしきれない現場の実情を把握して成果を出していきたい」
 
 団体、代表とも若いこともあり、行政や企業などに積極的に働きかけ過ぎて、煙たがられたこともあるという。一度関係がぎくしゃくしてしまうと、その後もお互い距離をとるようになりがちで、失うものは大きい。そうした反省から、求められてからの提案のほうがスムーズの物事が進むことに気付いた森山さんは、国や行政に求められる団体を目指し、現場での実績を堅実に積み重ね、専門性を身に着けながら、適切な発信を重ねている。
 
「目指す社会から逆算して、いまどこまで投資するか。とくに子どもの問題は、なにかアクションをしてもすぐ効果が目に見えるものではないけれど、10年後、20年後にどんなふうに跳ね返ってくるかということを考えて、取り組んでいかないといけないなと思っています。いまの政治は高齢者重視の部分があるので、ゆとり世代目線の政策提言も行っていきたい」
 
 入口は児童養護施設だったが、そこにとどまらず、子どもたちがさらされている問題に幅広く目を向け、それぞれの解決に向けてアプローチを展開する3keys。法人化から4年目を迎え、その存在感はますます大きくなっていくことだろう。
 
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森山 誉恵(もりやま たかえ)*1987年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大学時代、児童養護施設で学習ボランティアを開始。在学中に学生団体3keysを設立。2011年5月にNPO法人化し、代表理事に就任。同年社会貢献者表彰。現在は現場の支援に加え現場から見える格差や貧困の現状の発信にも力を入れている。
 
【写真:shu tokonami】

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