「ねじれ国会」が解消されるかどうかの分岐点で考える

政策シンクタンクPHP総研 研究主幹 永久寿夫

 猛暑日が記録的に続くなか、7月9日、第1回「変える力」フォーラムが開催された。テーマは「2013 参議院選挙の争点を考える」。7月21日に行われる参議院選挙は、安倍政権が「ねじれ国会」を解消し、本格政権の確立へと進んでいくかどうかの分岐点になるはずである。その行方を決める我われ有権者は何を投票の判断にすべきなのか。
 
 フォーラムでは、主催者のあいさつ、自己紹介の後、アベノミクスの評価、社会保障政策、社会資本整備、女性の活躍、外交・安保政策、今後の政治のあるべき姿など、さまざまな角度から議論が展開された。この第2回「変える力」の特集では、そのフォーラムにおける各発言の論旨を簡潔にまとめたものを紹介する。有権者の投票の判断、さらには今後の政治を考えるための参考になれば幸いである。
 
第1回「変える力」フォーラム
【テーマ】「2013 参議院選挙の争点を考える」
【パネリスト】
加藤秀樹(政策シンクタンク構想日本代表)
ジョナサン・ソーブル(『フィナンシャル・タイムズ』東京支局長)
ハリス鈴木絵美(Change.org日本代表)
若田部昌澄(早稲田大学政治経済学術院教授)
 
【フロア発言者】(モデレータの指名により発言)
土井正己(トヨタ自動車広報部担当部長)
原真人(朝日新聞編集委員)
小瀬村寿美子(厚木市こども未来部こども育成課参事兼課長)
荒田英知(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)
金子将史(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)
石田三千代(チャンネルニュースアジア日本支局長)
 
【モデレータ】
永久寿夫(政策シンクタンクPHP総研研究主幹)

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アベノミクスをどう評価すべきか
 
若田部:一番重要なのは第一の矢の金融緩和。お金の価値を意識的に下げ、デフレから脱却し、2%のインフレをつくる。そうなると、消費や投資、輸出が刺激され、さらに第二の矢の政府支出で全体の需要が増え、それによって生産が増え、雇用も増える。フルの効果が出てくるには2年程度はかかるだろうが、最初のドミノを倒すことには成功した。それが株価や為替、成長率や消費などの経済指標にすでにあらわれつつある。いまだ低い数字となっている設備投資にもいずれ火がつくはず。
 
ソーブル:アベノミクスは海外でもポジティブに受けとめられている。とりわけ外国人投資家からは、大きなチャンスが到来したと見られている。一般には、経済がシュリンクしていく中で、何も決められなかった日本が、安倍総理になって、麻痺が解け始め、少し積極的になったという印象がある。
 
土井:超円高の是正により輸出企業から景気の回復が始まっている。これはアベノミクスだけではなく、アメリカの景気回復が影響している。国内の需要はまだ強いとは言えない。設備投資には時間はかかる。自動車産業については、設備投資見込みは少しよくなっているが、「内需拡大策」がなければ、すぐには国内投資は進まないだろう。
 
若田部:デフレ不況が続いたため日本の内需がまだ弱いというのは事実。輸出依存型の成長が起きているように見えるが、いまGDPの中でもっとも大きく増えているのは消費。消費が増えて、設備投資が少し下げ止まり、輸出が増えている。また、アベノミクスの効果だけではないのは、その通りだが、アベノミクスがなかったら、このような経済回復はなかったはず。
 
永久:設備投資をさらに展開していくために規制が障害になることはないか。その意味で第三の矢が重要な役割を果たすのではないか。
 
若田部:重要だが、第三の矢で数値目標を出すのは難しい。アベノミクスを支えているのは、おおむね第一の矢であり、現在の失業率4.1%が3%台になる程度の効果はあるだろう。第三の矢が効き始めるには、時間がかかる。
 
原:金融緩和をしても、実体経済にはまだお金が回っていない。賃金上昇にも消費にも結びついていない。その結果、お金が資産市場に回り、株が上がったが、これは景気がよくなったわけではない。また、アベノミクスによって、社会保障改革や消費税増税などの重要案件が先送りされた。

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若田部:現在のデータはすでに実体経済への影響をあらわしている。世界の多くの国は、リーマンショックの後、アベノミクスの原型にあたるようなことをやってきた。それらの国々では、実体経済に影響が及び、失業率も下がった。日本は遅きに失した感がある。
 
先送りになった社会保障と社会資本整備
 
加藤:景気が回復しつつある中で、やるべきことは多い。例えば、1990年から2010年までの20年間で、社会保障給付は50兆円から100兆円に。あと15年間でさらに50兆円積みあがる。また、日本はこれまで世界最高レベルの公共投資を行ってきたが、これから更新時期を迎え、大きな予算が必要となる。社会保障と公共施設については、将来の世代につけを残すかたちのままになっている。
 
ソーブル:日本が超高齢社会かつ借金王国ということは有名。この2つの問題を同時に対処するのは至難だが、議論の幅が狭すぎる。例えば、消費税以外にも税源はあるはず。企業の内部留保を賃金や設備投資に使わないなら、それに課税するとか、消費に直接打撃を与えないオプションもあるはず。
 
若田部:経済が収縮していく中で、社会保障制度や年金制度を維持するのは不可能。だから安倍政権の経済政策は評価されるべき。長期的な問題について議論を避けているのは「政治家としての合理性」。野党はそこを攻めきれていない。
 
女性の社会参画問題には民意の吸収が必要
 
ハリス鈴木:Change.orgでは、待機児童問題に対するキャンペーンが多く、いくつかの地域で大きな問題になっている。2015~16年までには完全に解消するという方針は、国民の意見を聞き入れた政策。真逆が女性手帳。少子化は問題であり、みんな性教育をちゃんと受けていないから、こういう情報は共有すべきだが、女性手帳が出てくる理屈が理解できない。ネットなどのツールを使って民意を吸い上げていく必要がある。
 
小瀬村:自治体でのアンケートでは、1年の育休も取れていない状況で3年に延長というのは不評。3年の育休後に復帰するのも大変。また、3年間無給で生活できる人がどれだけいるのか?待機児童対策で消費税増税後に子ども・子育て支援新制度が始まるようだが、当事者の多種多様のニーズに適切に応えられるのか、財源は十分なのか。人気取りが先行して、実態を踏まえた政策になっていないのでは。
 
加藤:待機児童の問題は、都会とりわけ東京を中心とした、ローカルに凸凹のある問題。ローカルなものはローカルできめ細かくやらないと結果的に全体としてバラ撒きのようになる。制度自体がリアリティから乖離している。それを役人も政治家も把握すべき。

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若田部:女性は3年間育児をすべきという安倍総理の価値観と、女性の活用と大都会の女性に対する政治的アピールが重なったのがこの政策か。ローカルなことがきめ細かく決められていないのは事実で、地方に人材、権限、財源を動かす必要がある。
 
永久:地方分権については今回の選挙ではほとんど争点になっていないが、究極の地方分権のかたちである道州制を掲げている政党はいくつかある。
 
荒田:道州制は衆院選でもかなり強調されていたが、先送りされた。しかし、全国知事会では、道州制に関するアピールが採択されている。全国市長会も道州制に関する会議を行っている。道州制については参院選後に大きく動いていくはず。
 
 存在感の低下に歯止めをかけた外交の次なる課題
 
金子:安倍政権の経済政策と安定した政局が、日本の存在感の低下に一定の歯止めをかけた。TPPにも早期に決断を下して、日米関係にも明るい兆し。中国・韓国との関係は相変わらずだが、地球儀を俯瞰した戦略的外交で、東南アジア、中東、ロシアなどを訪ね、脇を固めている。選挙後は、隙を見せないよう、集団的自衛権、防衛大綱、NSC、秘密保護法制などに着手することになるはず。与党はこの点について語り、野党はそこを追及すべき。
 
ソーブル:海外では、安倍首相は外交や軍事関連に関しては「危ない人」というイメージ。ただ、尖閣諸島をめぐる中国との問題は悪化しておらず、意外とプラグマティックという評価。歴史問題に関しては、北朝鮮の核開発問題、対中外交・安保などで、日米間が足並みを揃えなくてはならない中で、韓国と仕事ができなくなる状況になるのは避けたいというのが、アメリカの見方。
 
加藤:欧米の外交官によれば、日本の政治家は外交・安全保障と歴史認識の話を一緒にするべきではない。外交に関する未熟さがあるのではないか。
 
石田:最近は、安倍首相というより、橋下大阪市長の従軍慰安婦に関する発言が、政府の発言のように取り上げられ、ネガティブな印象が大きい。東南アジアには、特に若い人を中心に日本に好意的な人も多いが、そういう部分の反応は強く出ている。
 
政党のガバナンスとネット選挙について考える
 
加藤:企業については、会社法で、役員の責任、権限、選び方、退任の仕方など、コーポレートガバナンスのあり方が決められているが、国家のガバナンスを担う政党にあるのは、自分たちで変えられる党則だけ。民主党政権の問題は、党のガバナンスの欠如に突き詰められる。現在の自民党政権ではガバナンスの問題はまだ顕在化していないが、よい政治を行うためには政党法をつくり、政党のガバナンスを確立する必要がある。政治家みずからが自分を縛ることはなかなかできないので、ここは国民サイドから声を上げなければならない。
 ネット選挙については、そもそも公示日を境にして、政治活動と選挙運動を分けているところが問題。この境をなくして、国民は政治家の日常の政治活動を見ながら投票をするようにすべき。そうすれば、ネット選挙もはるかに自由かつ有効に行えるようになり、若者の政治に対する関心も高まっていくはず。

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永久:ネット選挙が進展すると個別具体的利益と政治家が結合していく可能性が出てくる。そうした個別具体的な利益の調整をするのが、政党の重要な機能の一つであり、だからこそ政党のガバナンスが求められるが、ガバナンスを強化しようというモチベーションは逆に弱くなる。この観点に立つと、Change.orgは恐ろしいツール。個別具体的なテーマでキャンペーンが行われ、実際に世の中を一つひとつ変えてしまうパワーを持っている。新しい参加型民主主義の一つの形態だが、全体としては整合性やビジョンがなくなってしまう恐れがある。
 
ハリス鈴木:日本には、投票しても何も変わらないと思う一方で、自分が関心を持った課題に対しては意見を言いたいという人が多い。だから、投票には行かないが、例えば、動物愛護法には何十万人の人がコメントを書くという現象が起きる。世論調査などでは、7割近くの人が、国レベルの政治が国民の民意を反映していないと言っている。政治は、ネットなどのツールを使い、効率よく国民の声をくみ上げる努力をしてほしい。安倍首相のFacebookが凄く盛り上がり、大勢の支持者が「いいね!」を押してコメントを残しているが、それを世論ととらえるべきではない。総理大臣は国民全員のために働いているのであり、あらゆる民意を吸い上げる努力をしなければならない。
 
 
【質疑応答】
1.政治活動と選挙運動が分けられているのは金権選挙を防止するためでは?
 
加藤:今の時点では関係ない。むしろ今の制度では選挙期間中に多大なお金がかかる。政治運動を年中行い、集めたお金と使ったお金をきっちりと公表し、監査を受けるようにしたほうがよい。
 
ソーブル:金権選挙の防止はどこの国でも課題。すべての政党と政治家が明確でフェアなルールにもとづいて、政治活動をすべき。現在の選挙期間はお祭りモードになってしまい、政策に対する議論が少ない。
 
ハリス鈴木:参加型でオーナーシップが持てる選挙のあり方が大事。それには細かくて多すぎるルールが障害。もっとオープンで自由な議論ができるようにすべき。
 
若田部:政治がつまらないのは、規制産業だから。ネット選挙は、やっと起きた小さな変革だが、その影響力は未知数。政策のイノベーションを起こすために、新規参入を促す規制改革が重要。
 
ハリス鈴木:Change.orgのキャンペーンを見ると、アメリカでは規制を求めるものが多く、日本ではストリートバスケットができるようにしたいとか、この公園でバーベキューができるようにしたいとか、規制を無くして欲しいというものが多い。

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加藤:政治家が悪い、官僚が悪い、規制が多いとかいう話ではなく、自分の生活と世の中の事柄が表裏一体だという感覚が希薄なことこそ問題。政治の問題は他人事ではなくて、結局自業自得、自分に戻ってくるという認識をもつべき。
 
2.衆議院と参議院における選挙の争点はどうあるべきなのか?
 
永久:今回の選挙は安倍政権の信任投票のようになっている。衆院選は政策に基づいた政権選択、参院選はその信任というかたちがいいのかどうか。これは二院制を含めた統治制度の問題にもなるので、改めてテーマとしたい。
 
3.日本人は議論を通して結論を出していくことが下手なのではないか?
 
ソーブル:自虐的になる必要はないが、議論すること自体が好きだという日本人の割合は欧米よりは少ない印象。議論や意見を交わすこと自体が大切であり、楽しいことだと認識すべき。
 
永久:教育制度とか内容にもかかわる話なので、また、別の機会にテーマとして取り上げたい。
 
【パネリスト最後の一言】
 
加藤:個人的なことと公的なものとをつなげて考えることが大切。例えば、世の中が平和で、政府がきっちり仕事をしていくことが、会社の利益にもなり、自分が働いて給料をもらえて、バカンスも楽しめることにつながっていると認識すること。日本は平和で豊かで、世の中のことが他人事になった。これを払拭するにはどうすればよいのか。
 
ハリス鈴木:アメリカの社会変革は、個人のストーリーを通して、輪が広がるというかたちで進むことが多い。そうしたことが日本でも起きてほしい。一番大事なのは、自分の話を語ること。自分のストーリーをシェアすることのリスクばかりを見ずに、それが社会貢献につながるとポジティブに捉えていくべき。
 
若田部:安倍首相の文化的な価値観が好きというわけではないが、日本経済に光明を見せてくれたのは事実。重要なのは、これから先の日本をどのように構想するか。それには、安倍政権がやっていることを正確に把握し、理解し、評価すべきところを評価すると同時に、問題点を追究していく必要がある。
 
ソーブル:貴族階級もなく連邦制でもない日本に参議院があるのは疑問だが、参院選という機会を使って、アベノミクスのあるべき姿や中長期的な課題など政策論を徹底的かつ参加型で議論をすべきなのではないか。期間が短いという問題もあるが、新しいタイプの政治の場として参議院を捉えたらどうか。
 
永久:今日の議論はまとめない。それぞれの議論を自分事として捉え、選挙の参考にしてもらいたい。
 
【文責:永久寿夫】
 

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