政策提言「新しい勤勉(KINBEN)宣言―幸せと活力ある未来をつくる働き方とは―」【2】

磯山友幸(経済ジャーナリスト)×小林庸平(三菱UFJリサーチ・アンド・コンサルティング副主任研究員)×鈴木崇弘(PHP総研客員研究員)

 政策シンクタンクPHP総研は、9月16日、政策提言「新しい勤勉(KINBEN)宣言-幸せと活力ある未来をつくる働き方とは-」を発表し、同日塩崎恭久厚生労働大臣に手交した。
 今回は、この提言発表の母体である研究会の委員でワーキングチームの経済ジャーナリスト磯山友幸氏、三菱UFJリサーチ・アンド・コンサルティング副主任研究員小林庸平氏並びにPHP総研客員研究員鈴木崇弘が、同研究会の研究活動や本提言について話し合った。

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鈴木崇弘氏(PHP総研客員研究員)

1.働き方は日本のあり方を規定する大きなテーマ
 
鈴木 永久寿夫PHP総研代表らと本研究プロジェクトの立ち上げを議論していた時に、狭い意味の雇用や労働法制でない視点から研究したいという思いがあり、敢えてそれらの専門家ではない人たちに参加してもらおうと考えていました。その意味からお二人にも参画していただいて、本領を発揮していただいたおかげで、良い形の提言にまとまりました。まず今回のこのプロジェクトや本提言に対する思いを伺いたいと思います。
 
磯山 働き方は、日本のあり方を規定する大きなテーマだと思っていたので、良い勉強の機会だと考えて参加しました。こうした提言を求める社会情勢に急速になっていますので、タイミングのいいプロジェクトになったのではないでしょうか。歴史観や文明史的な位置づけを踏まて、「ポスト勤勉革命」として今こそ働き方を変えるべきという非常に大きなメッセージとインパクトがある提言になりました。
 
小林 私は経済調査や定量的な分析を主にやってきていて、経済産業省で働いた経験もあります。そのため、産業政策的な観点から働き方を考えることが多いのですが、AI(人工知能)によって働き方や仕事がどう変わるかが今議論されています。
 AIで産業構造や働き方・仕事がどうなるかは、世界共通の課題です。特に日本は、欧米と比べて、安い労働力が豊富なアジアにあります。その意味でも、働き方をどう変えるかは非常に大事なことです。
 またこれから20年間で仕事が消える確率を算出した論文”The Future of Employment”が日本でも話題になりましたが、これを読むと、人工知能で人間の仕事の大部分が代替される世の中が来た場合、人間の働き方をどうシフトするかということを考えさせられます。
 今回のヒアリングでは、その傾向に挑戦するトップランナー企業が対象だったと思います。その結果が、本提言に反映されていると感じています。
 

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磯山友幸氏(経済ジャーナリスト)

2、働き方の前提は変わってきている
 
鈴木 本プロジェクトをやって、驚くぐらいに関連の資料が出てきました。またヒアリングで、いろんな取り組みが行われていると感じました。
 本提言の重要なポイントは、広い視野や長期的なスパンから見ていることです。今、国会や行政で行われている働き方の議論は重要です。しかし、それだけでは、日本の次の社会やその働き方の問題は解決できないと、本プロジェクトをやればやるほど感じました。
 その意味で、現場に行ってヒアリングをしたことは非常に重要で、かつ貴重な情報だと思っています。
 
磯山 ヒアリング現場で最も感じたのは、企業活動や働き方の前提が、産業革命以来の工業中心のスタイルからサービス業へとシフトし、付加価値を上げる視点からの働き方を求めるように、世の中が大きくシフトしてきていること。結果、従来のルール・法律、働き方の慣行が合致しなくなっているのです。それが最大の問題で、世の中もそれを十分に理解し、今新しいものを求めているのです。
 
小林 現在の労働法制は、仕事が苦役だった時代の考え方をベースにしていると思います。そのため、例えば使用者側の権利を縛り、労働者の時間を管理するルールを決めています。自分の意思で労働時間や働き方を変えるのが難しい仕事もあるので、そうした仕事は現行の労働法制の中で対応していくしかありません。ただし、AIなどの普及で、ルーティンではない仕事の領域が徐々に増えるでしょう。
 産業構造の変化を中長期的にみると、自然に働きかけることで生産活動を行う第一次産業に始まり、原材料を加工する第二次産業、そしてサービス等の第三次産業に移行してきた。これはペティ・クラークの法則(注1)ですが、その先があると考えています。例えばサービス業でも定型的な業務もあれば、新しいものを生み出す業務もあります。また製造業と言っても、IoT(注2)と結びつけば、従来の産業分類の類型がピタッとはまらなくなる。
 足元では、従来の働き方の枠組みの中で裁量労働などの議論がされ、企業の実例が増えている段階ですが、エッジの立つ組織や人が新しいことを始めて、制度が追いつくことになるでしょう。本提言の意義は、その追いつく速度を加速することです。
 
(注1)ペティ・クラークは、「第2次大戦後オックスフォード大学に戻り、53年より69年まで同大学農業経済学研究所所長を務めた。代表的著作《経済進歩の諸条件》(1940)においてクラークは、産業を第1次産業、第2次産業、第3次産業に区分し、経済発展に伴い一国の産業構造の比重が第1次産業より第2次産業へ、ついで第3次産業へ移るという経験法則を発見」(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)、ペティ=クラークの法則と名付けた。
(注2)IoTとは、「コンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、世の中に存在する様々な物体(モノ)に通信機能を持たせ、インターネットに接続したり相互に通信することにより、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行うこと」(出典:IT 用語辞典e-Words)
 

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小林庸平氏(三菱UFJリサーチ・アンド・コンサルティング副主任研究員)

3.「生活の中で働く」際に求められるマネジメント・自律力
 
鈴木 本提言のもう1つの重要なポイントは、生活全体の中から働き方を見るという「ワーク・イン・ソサエティ(WIS)」や「ワーク・イン・ライフ(WIL)」の視点です。
 ワーク・ライフ・バランス(WLB)も、本来は全ての人にかかわる話なのですが、特定の属性の人たちの問題になりがちです。
 
磯山 働き方の考え方が大きく変わり、仕事は自己実現の手段の一つになってきています。女性の社会参加の議論は、最初は男女同権や平等性などの社会問題から始まりましたが、いまでは自己実現のために働きたいという考え方が当たり前になっています。
 
鈴木 現実に、大企業の女性は辞めなくなってきています。
 
磯山 「女は家庭を守る」という旧来の価値観の人は、経営者も含めてほぼ絶滅してきている(笑)。
 
小林 自分の時間の使い方を振り返ると、仕事の時間や暮らしの時間も、遊びの時間や勉強時間もあるが、それらの時間は互いに無関係なのではありません。その時間の区別がなくなるということが、WISやWILの言葉に込められているのでしょう。
 例えば私は今年の夏休みに、福島第一原発の事故で立入禁止の双葉町に行きましたが、現地は震災の日で時間が止まっていて衝撃的でした。その一方で、双葉町の皆さんは複数の場所に分散して避難生活をされていて、若い人ほど仮設住宅を離れ新生活をスタートしている傾向があり、増田レポート(注3)が指摘した人口減少・地方消滅的な光景が加速度的に広がっていました。そこで見たり感じたことは仕事にもフィードバックされますし、自分の生き方を振り返るきっかけにもなります。それが、私にとってのWILであり、生き方や仕事を豊かにしてくれていると感じます。
 
鈴木 多様な人々を組織や企業の中でマネジメントすることが重要になると本提言にも書かれています。他方で、仕事とプライベートが渾然一体になると、しかも組織との関係性を考えると、自律力が重要とも書かれています。
 
磯山 自律はキーワードです。従来の働き方の根源は「働かねばならない」という外からの拘束だった。今後は、それが小さくなり、自分で知恵を出し社会に働きかけるのが「働くこと」になる。その場合、自分をセルフコントロールするしかない。
 
小林 私は数年前に半年間ほど自分の研究に自由に打ち込める機会をもらったことがあります。好きな研究に自由に打ち込めて幸せでしたが、その一方で自律の難しさを感じました。組織に属していない磯山さんはどうコントロールされていますか。
 
磯山 自由に見えて、実は締め切りがあります。月20本の原稿締切があり、追われている。でも、締切なしでこんなに仕事しないでしょうね。
 
鈴木 それは磯山さんが自律できてないからでは(笑)。締切を守らないと、今度は食べられないわけでしょう。
 
磯山 お金から完全に切り離されたら、働くモチベーションの一つがなくなりますね。
 
小林 自律のない自由では、生活のリズムも崩れたりして、ダメなわけですね。
 それに関して、ヒアリングした伊藤忠の「朝残業」(注4)の例を挙げたい。同社は、はじめはフレックス制を実施した。柔軟な働き方のはずが、みんな結局コアタイム開始の10時に出社し、夜遅くまで勤務する状況が生まれた。それを変えるために、夜の勤務を原則禁止にし、朝早く来て早く終わる時間にした。これは、働き手の自律力に期待していないとも考えることもできます。
 この取り組みの示唆は重要で、新しい働き方を進める上で自律力をどう身に付けるかは難問題だと思います。
 
鈴木 自律的な働き方は、雇用契約締結などの時に自分を絶えず振り返らないと、回わらない仕組みです。それは、今までの日本社会の組織に依存してきた人には、大変な方向性だといえます。そこで、組織のマネジメントも重要になります。
 その一方で、日本全体のこの20年の傾向は、以前より民主主義的でより自律的に国民が自分の社会を考えて、社会に関わらないとダメだというものです。その傾向とこの働き方の方向性は連動していると思います。
 
(注3)増田レポートとは、日本創生会議(座長:増田寛也元総務大臣)が2014年5月に発表した報告書で、「2040年までに896の自治体が消滅する」と予測し、社会的に大きな反響を生んできている。
(注4)これは、伊藤忠商事が、本社と国内拠点の社員を対象に働き方を見直すために実施する制度で、深夜10時以降の残業禁止と早朝5時からの朝勤務に割増金制度などを導入を指す。
 

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4.人口減少と働き方の関係
 
鈴木 本提言の将来推計のように、人口が減少する中、現在いる人口で日本社会をどう維持し、成長し豊かで幸せな社会にしていくかを命題として考える必要があります。他の人やロボット・機械で代替せず貴重な労働力を奪っていたら、日本は存続できない現実が起きつつあるわけです。
 
磯山 機械で代替できる時代になり、多くの仕事は淘汰されるでしょう。消えた年金記録が問題になりましたが、コンピューターで置換できる仕事を、機械ではダメだとか旧来の権利にこだわる人がいたために、人も組織もダメにして、逆効果になった事案だと言えます。
今後は移民の議論も本格的に始まると思いますが、それは、人口減少の現実を反映して毎年賃金が上がり、有効求人倍率も上昇し続けているからです。景気がよくなればなるほど人的資源が足りなくなる中で、人間がやるべき仕事とは何かを考える必要があります。
 
鈴木 アベノミクスがある意味で成功したので、今人が不足し、ファストフードのお店なども時給を上げても人が集まらないという現実が起きている。
 
小林 労働力人口の減少は1990年代から底流として徐々に進んでいて、悪い景気でいままでは潜在化していたものが、景気が改善して顕在化したのですね。
 
磯山 景気好転はまだまだこれからです。景気が本当に良くなったら、バイトの時給が2000円を超えますよ(笑)。そうなった瞬間に働き方を根本的に変え、生産性を上げ1人ひとりに複数の仕事をしてもらわざるを得なくなる。だからこそ、制度を変えるべきだという根本に戻っていくのです。
 
鈴木 それは、人、金、モノ、施設・設備などのあらゆるものを社内でフルセットでもった形でやるという従来の仕組みも違ってくることですね。働き方と連動して、企業の新しい形態や経済活動が生まれるでしょうね。
 

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5.世代と新しい働き方の関係
 
鈴木 新しい企業で新しい働き方をつくるのもいいと思います。地域全体で変わるのもあると思います。
 
磯山 八丈島を全部特区にして、そこに本社を移したら、現在の法律は適用除外にするのはどうでしょう。必要なルールを一から作る。福岡市は国家戦略特区に手を挙げて、東京でなくアジアに向いた働き方ができる場所になろうと模索しています。新しい企業を誘致して大きく変わろうとしています。
 
鈴木 今オリンピックの関係で様々な資源が東京に集まっている一方で、若い世代は、東京でなくてもいいと思っている。その流れがかみ合い、新しい働き方、新しい場や地域が生まれ始めていて、その流れは今後さらに加速すると思います。
 
磯山 地方に移住する若い世代が増えています。最近、知り合いの夫妻が、奥さん主導で、1歳の子供を連れて、神山町(注5)に引っ越した。重要なのは子育て環境なんです。従来東京に集中してきたのは、教育機会が優れていて、地方の優秀な人材が集まってきたからです。ところが、インフラが変われば人は移動し、働き方が変わります。
 だから、地方も工夫すれば人を引っ張れる。政府主導での地方移住よりも、政府の規制がない地域をつくる方がいい。
 
鈴木 地方創生も、政府の声がけはいいが、本人が来たくなければ、地域が元気にならない。発想を変え、新しい働き方や仕事をつくる視点がないと意味がない。
 
磯山 国の場合、例えば3年間に限って年収300万円保証で補助金を出すのですが、自律的に生きられる場ができるわけではないので、お金が終わるとそれで終わりになってしまいがちです。
 
鈴木 小林さんは、そういう地域があれば行かれますか。
 
小林 私は3人兄弟の長男ですが、弟2人が福島と宮城で働いています。気仙沼にいる弟は現地でカフェ開業や人材づくりをしている。現地にはそういう方々が大勢いて、東京の会社勤務以外の発想で、地域に入り活性化させ、自分の仕事をつくっています。
その方向が根付くのは簡単ではないが、情報技術が進展して、例えば遠隔地でもフェイス・トゥ・フェイスと同様のコミュニケーションが出来れば、東京に集中する必然性はなくなるでしょう。
 
鈴木 ヒアリングしたマイクロソフトは、IT技術等々を使って、職場に集まらずとも仕事ができる仕組みをつくっていました。それは大きな変化だと思います。
 
磯山 他方でフェイス・トゥ・フェイスが大事な部分は絶対にある。それ以外はバーチャルでも構わない。時間は減っても、濃密なフェイス・トゥ・フェイスができればいい。
 
鈴木 職場の会議もダラダラが多いですよね。重要なのは1時間のうちの10分とか。IT等を使って下準備をして、10分だけ直接会えれば、濃密な議論や結論が出るのではないでしょうか。
 
磯山 20年前と比べて、仕事の仕方は大きく変化してきている。以前は夜中に米国に電話しアポを取るのに膨大な時間をかけていた。今はメールを送り、翌朝パソコンを開けば返信がきている。従来の仕事の時間の大部分はなくなっています。
 
鈴木 本プロジェクトのメンバーの中で一番若い小林さんは、新しい働き方をどう考えているのですか。
 
小林 日本でNPO法(特定非営利活動促進法)の成立は1998年ですが、私が大学に入学したのが2000年になります。私より少し上の世代が団塊ジュニア世代で、彼らはNPOに関わった第一世代です。20歳半ばぐらいの弟の世代になると、よりソーシャルな分野に関心が高く、組織より個々人がつながり物事をつくりだすなど、働き方についても新しい感覚をもっていると思います。
 
磯山 小林さんの弟の世代の学生を教えていますが、今の大学生や大学院生は変わってきていますね。
 私は、新人類世代ですが、バリバリ働いたモーレツサラリーマンの息子で、その文化を引きずり、本当の意味では新人類ではないのです。
私たちから見ると、今の若い人たちは、非常に豊かで、今日食えないという切迫感はない。NPOで働きたい、社会に貢献したい人が膨大にいて、本提言を先取りしている人たちが存在しているわけです。
 その状況に世の中が追いつかないと、優秀な人材が採れない状態が生まれてくるのではないでしょうか。その世代の例としては、最近有名な気仙沼ニッティングの御手洗瑞子さんなんかがいる。東大出てマッキンゼーに入ったのに、辞めて被災地で社会貢献の事業をやる人がいるとは、前の世代までは考えられなかった。
 
鈴木 今の若い世代はみんな、そういうチャレンジングなことを平然とやりますからね。
 
磯山 そういう生き方を平気でできる人が増えています。
 
(注5)神山町は、徳島県の中山間部として、過疎に苦しんでいた。だが近年は、全国屈指であるICTインフラなどを武器として、 企業のサテライトオフィス誘致などに成功し、若者世代の移住も増え、地域再生の事例として取り上げられることも多い。
 

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6.対照的な「新しい働き方」の2つの実例
 
鈴木 関心を持ったヒアリング先と理由を教えてください。
 
小林 一番面白かったのはマイクロソフトです。例えばセキュリティーや労務管理の問題、決裁の問題など、現状の働き方を変えない理由はいくらでもあります。それらの固定観念的な理由が新しい働き方の障害になるのですが、同社は新しいIT技術でそれらを乗り越えている実例で、非常に印象に残りました。
 一方で、伊藤忠は、日本的企業が働き方を変えようしているという意味で、印象に残りました。同社は、規制をかけ自由を制約するという方法で働き方を変えており、マイクロソフトとは好対照だと思います。
 共に社会的に注目されている事例ですが、見た目の出口が180度異なり、解は1つではないことがわかり、非常に面白かった。
 
鈴木 本委員会の議論でも、企業もいろいろあり、解は一つではないという考え方が何度も出てきました。働く側が異なる会社を選択できる社会になることが重要だという考え方です。小林さんは正にそのことをおっしゃった。
 
小林 そうです。しかし、働き方も会社も多様なはずなのに、自分に適した働き方ができるのはどの会社なのか、より具体的にいえば自分に適した働き方はマイクロソフトタイプなのか、あるいは伊藤忠タイプなのか、よくわからない状況にあると思います。
 
鈴木 わからないけれども、自分をチェック・確認する作業を人生の中に置いておくことが重要だということを、本提言は述べています。
 
小林 そういう意味で、いろんなタイプの企業や人があるのがいいですね。そして自分をセルフチェックでき、各企業がどんなタイプの働き方を採用しているかがわかるのがいい。「見える化」されていて、自分に合うのを選ぶ感じでしょうか。
 
磯山 現状の中で、企業はいろいろ工夫をしていて、多様な働き方に応える努力をしている。その意味で、サイボウズは、自己の状況で仕事の仕方を選べるので、非常に面白い。ただ過渡的な段階だと思いました。マイクロソフトもそうですが、今の法律などの枠組みの中で、かなり無理をして合わせていると感じます。
 社員と会社の関係はお互いに自律しないと無理という感じがします。マイクロソフトやリクルートなどは、会社と社員との関係が終身永続の前提に立っていません。それらの会社では、優秀な社員は自律し、転職したり自分で会社つくる。そのような会社の多くは、自律を前提にした取り組みをしている。いずれ社会全体がその方向に行くでしょう。
 その意味で、提言で気に入っているのは、各社が「働き方」を情報開示するように求めている点です。企業が従来はしてこなかった、自社の働き方を社会的に明示するようになれば、働く側もそれを選んで自己実現する契約社会となり、その中でルールができることでしょう。
 
鈴木 可視化する。しかも雇用契約を結び、会社と社員が相互に確認するわけですね。
 
磯山 それは今、本当に必要なことです。実現は簡単で、金融証券取引法の金融庁の情報開示政令の中に、その項目を入れれば、上場企業は来年4月からでも導入できます。   
 
鈴木 企業は今、過渡期にあると思います。これまではWLBとか、女性の活躍を全然考えてこなかったような業種、例えばゼネコンでも、関連のセクションをつくって、猛烈と改革をやっています。アベノミクスで女性活躍が謳われて進んでいる面もあります。
ただそれ以上に、各企業が対応をしないと、人を確保できない、生き残れないという、切羽詰った現実があるという気がします。
 
磯山 他方、今回のヒアリングで象徴的だったのは、世の中をこれまで動かしてきた勢力の話は、主義や主張を繰り返すだけで、面白くなかった。
 
鈴木 ただそういう勢力にとっても、実は今こそチャンスだと思うんですがね。
 
 

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7.企業はどうすれば変わるのか
 
鈴木 最後に、新しい働き方という視点から、企業がどう変わるのか、どうすれば変われるのかについて話していきたいと思います。
 ではまず、私から1つだけ言わせてください。先日、ヒアリングにも関係する異業種女性営業活躍推進プロジェクトである「新世代エイジョカレッジ(エイジョ)」(注6)の第2期最終プレゼンに行ってきました。
これは、非常に面白い試みだと思っています。ワーク・ライフ・バランスや女性の活躍で比較的有名で、ダイバーシティも進んでいる7つの会社の女性営業職の人たちが、抱える問題を共同で議論をして、参加者が新たな気づきを得る場です。
 またその活動のプロセスや最終発表会に参加したアドバイザーの部長や役員の審査員がいるのですが、彼らは活動に関わることで他社のやり方や新しいアイデアに気付くのです。
このように、一企業が従来のようにフルセットで社内的に問題解決するスタイルではなく、他企業と共同作業や議論をすることで、社内のイノベーションや新しい企業活動が生まれる可能性があるので、エイジョは企業を変えていく一つのモデルを提示していると考えています。
 
小林 企業も自前で全て抱え込む時代ではないという気がします。オンデマンドで外から専門的な知見を調達して対応する形に変われば、働き方も変わる。そこでは企業は、今までよりも小さな単位となり、一人一人が企業みたいな感じに徐々になっていくのではないでしょうか。
 もう一点。あるTV番組で、冒険家の関野吉晴さんが「アマゾンには『お前いるか(存在しているか)』という挨拶をする先住民がいて、それは彼らにとってはより良くなることがありえないからだ」とおっしゃっていました。これを私なりに解釈すると、人間は変わらないことに安心するようにできている動物なのだと思います。変化は当然リスクを伴うので、「変わらない」方にバイアスを持つようにつくられている。しかし現在のように世の中の変化が早いと、「変わらない」方にバイアスを持つことは社会への適合を難しくするように思います。その意味で、新しい働き方は変わることなので、変化に対する恐怖心にどう対応するかが一つのポイントだと思います。
 私自身も、自ら変化をつくり、変化に対する恐怖心をコントロールしながら新しい生き方を実践していきたいと考えています。
 
磯山 商都大阪では、「もうかりまっか」や「ぼちぼちでんな」が挨拶です。変わらないことじゃなくて、いかにもうけるかというのが企業の行動パターンの根源にあります。
 だから、企業が変わるきっかけは、儲かるかどうか、このままでは滅びるかどうかです。女性がいない会社は儲かってないし、組織がいびつです。女性は、社長から不正を行うように言われても、仕方ないとしてやることはまずない。それに対して、上司から言われたとおりにするのは、男社会の文化です。今までは、成長する経済のパイを分け合っていたので、男社会ではなあなあでやる方がうまく回った。今後成長が鈍化する中で、生き残るためには戦わなきゃいけない。そのときに企業は、予定調和ではなく、多様性が組織にプラスに働くとなれば一気に変わると思います。
 現に日本社会の枠外のような人材が企業の人気を集めています。これからの企業は、従順な人は要らなくなっていて、企業を成長に導く人材を採りたいと考えている。「儲かりますか」の基準で行動していると思いますね。
 だから、働き方は一気に変わっていく。企業の方向がそちらに動けば、政治も役所も変わらざるを得ない。5年後、この提言で求めた事は実現しているのではないでしょうか。
 
鈴木 そういう今までの枠ではとらわれない人が本当に増えているのも事実ですよね。
 
磯山 世の中変わってきていると思います。
 
鈴木 これも月並みですが、グローバル社会の中で、相対的な変化の速度がやっぱり日本は遅いと感じるのも事実です。
 
磯山 それは、日本はこの20年間「変わろう」という意思を持っていなかったからではないでしょうか。それでも現実にはこれだけ変わってきたので、「変わる」という意思さえ明確になれば、世界トップレベルに一気に変わるでしょう。
 
鈴木 新しい日本が生まれてくるためにも、ぜひこの政策提言が活かされることを希望しつつ、お話を終わりにしたいと思います。
 
(注6)エイジョについては、記事「『エイジョ』から学ぶ、日本企業の可能性」参照。
 

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