競争的相互浸透秩序の可能性
―北東アジアの安全保障環境をめぐって―

山本吉宣 (新潟県立大学大学院国際地域学研究科長、政策研究センター教授 PHP総研研究顧問)

はじめに

 近年、科学技術がもたらす社会変化は新段階を迎えているようにみえる。ICTやビッグデータ、AI技術の広がりにより、生活環境のすべてがインターネットにつながるIoT(Internet of Things)、サイバー空間とリアルな空間が融合するCPS(Cyber Physical System)の到来が現実味を増している。3Dプリンターなど、製造業のあり方を根本から変える革新的技術も登場しつつある。ブレインサイエンスや遺伝子工学などのライフサイエンスは、新しい治療方法や問題解決に道をひらくとともに、倫理的な問題を惹起している。  科学技術に駆動される社会変化は、国際政治や外交にも影響を及ぼさずにはおかない。加えて、環境、エネルギー、生物多様性、感染症、食料問題、水問題等のいわゆるグローバル・イシューズ(地球規模課題)の多くは科学技術と強い関連性を有している。先般COP21で合意されたパリ協定をみても、気候変動のメカニズムの理解、温室効果ガスの排出や吸収の計測・算定、排出削減の具体化等、環境問題への取り組みが科学技術と密接不可分であることは明白である。こうした分野で国際ルールを形成するにあたっては、科学技術面での知見に基づく「知的リーダーシップ」を発揮することが不可欠である。1  安全保障の分野でも、ロボティクスやAI、小型化、3Dプリンティング等による兵器体系の革新、IoTやFinTechの進展、宇宙活動の拡大等技術がもたらす社会変化に伴って生じる安全保障上の新たな挑戦、大量破壊兵器やミサイル技術の拡散、技術漏えい管理等、科学技術の知見が不可欠な課題は数多い。  今後とも、科学技術と国際政治、グローバル社会の関連性は絶えず再編成され、更新されていくとみるべきだろう。そして、この趨勢をうけて、多くの国で、科学や技術を外交に活用する科学外交、科学技術外交の動きが活発化しており、外交政策の立案実行にあたって科学技術面での助言を得る体制(外務大臣科学技術顧問等)も強化されてきている。  日本の科学技術外交も、2015年5月に、岸田外務大臣が設置した「科学技術外交に関する有識者懇談会」の報告書が公表され、同報告書が提言した外務大臣科学技術顧問が任命されるなど、ここへきて新たな展開をみせつつある。以下本稿では、まず、これまでの日本の科学技術外交の歩みを簡単に振り返る。次いで筆者も参加した「科学技術外交に関する有識者懇談会」の報告書の主な論点や問題意識について論じ、同報告書を契機として生じているその後の動きをとりあげる。最後に、以上を踏まえて日本の科学技術外交の今後の課題について論じる。

Talking Points

  • 科学技術が国際政治、外交、安全保障に与える影響は多岐にわたっており、多くの国で、科学や技術を外交に活用する科学外交、あるいは科学技術外交の動きが活発化している。日本においては、最近まで外務省よりも内閣府におかれた総合科学技術会議が科学技術外交の推進役となってきた。
  • 2015年5月に発表された「科学技術外交のあり方に関する有識者懇談会」報告書を契機にして、外務大臣科学技術顧問の設置と海外のカウンターパートとの関係構築、国内外の科学技術コミュニティとのネットワーキング等、外務省の科学技術外交の取組みが本格化しつつある。
  • 科学技術外交を更に発展させていくには以下の取り組みが必要である。

(1)より明確な姿勢表明
海外のアカデミーにおける総理や外相による科学技術外交に特化したスピーチ等
(2)外務大臣科学技術顧問の基盤強化と更なる制度化
顧問の常勤化、スタッフ体制の充実、外務省内での役割の確立等
(3)科学技術コミュニティとの連携強化
外交当局と科学技術コミュ二ティの相互作用深化、科学技術外交のシンクタンクとなる第三者組織の設立、技術者を擁する企業や科学技術分野の政府系研究機関との連携等
(4)担い手の育成
外務省で中堅・若手の研究者が実務を経験できるフェローシップの検討、政府系研究機関等における科学技術外交ポストの設置、民間企業による資金やキャリア選択肢の提供等
(5)日本政府の全体的政策との相互補完
各省庁の科学技術関連政策についての情報共有や政策調整の深化、日本が科学技術力で世界をリードする国家的政策の立案実行、科学技術の安全保障面での含意の検討等

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