追い詰められる前に手を差し伸べられる仕組みを

NPO法人 OVA 代表理事 伊藤次郎 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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――そうした3つの事業を通して、伊藤さんが実現したいのは、どのような社会ですか?
 
伊藤:他者の痛みに無関心でなく、関わり合いを持てる社会です。これは私の個人的な感覚かもしれませんが、現在の若者って、困っても誰も助けてくれないと思っているような気がするんです。
 私は「こころのインフラ」と言っているのですが、困ったときに、どこでも、誰でも相談ができるような仕組みをつくりたい。それは人々の心の中に、自分が困ったら誰かが助けてくれる、支えてくれるという信頼感がないと、成り立たないと思うんですね。
 ですから、いまはシステムの話をしていますが、本当に大切なのは、私たち人間のマインドなんです。誰かが困っていたら助けてあげるし、自分が困っているときも誰かが助けてくれる。みんながそう思えたら、たぶんシステムは必要ないんです。
 そういう、自分や周囲の人の痛みに関心をもって関わり合っていける社会をつくりたいと思っています。
 
――そうした社会の実現を目指した、中長期目標のようなものはありますか?
 
伊藤:アウトリーチの考え方について言えば、実はまだ体系化された理論がないんです。アウトリーチが大切であるとみんな思ってはいるんだけど、具体的にどのような行動が必要なのか、個々の頭の中にはあったり、暗黙知として存在はしていても、共有されている「型」のようなものはない。
 私はアウトリーチの方法はいくつかに分類できると思っているので、それらの仮説を検証して、きちんと理論化して世の中に出したいと思っています。「このケースは、この考え方に基づいてアウトリーチしてみたらどうですか?」といった基本の考え方を、3年以内に書籍かなにかのかたちで発表するつもりです。
 相談事業については、私たちは「インターネットゲートキーパー事業」と呼んでいるのですが、これを自治体からの補助ではなく、委託を受けられるようにしていきたいと思っています。補助事業というのは、私たちの事業に対し、自治体があくまで「補助」をしてくれるというもの。一方で委託事業は自治体の事業を民間が請け負うものです。
 昨年自殺対策基本法が改正されて、都道府県だけでなく、市区町村も自殺対策の計画づくりを義務付けられるようになりました。そうした中で若者の自殺対策のメニューのひとつとしてOVAが委託を受けて、行政の責任のもとで事業を行うというかたちになれば、より安定して活動に取り組んでいけるので、一人でも多くの「生きる」を支える事ができます。
 ですからまずは、現在の都や県よりも地域を区切って、市区町村レベルでこの手法での成果を出し、モデルを確立してから、ほかの自治体でも委託を受けて広げていきたいと考えています。これも3年以内が目標です。
 さらに言うと、日本には自殺のリスクが高い人を継続的に支援する専門家がとても不足しています。もちろんソーシャルワーカ―など対人援助職はたくさんいて、私がしていたようなうつ病になって休職した方の職場復帰を支援する産業領域の精神保健福祉士とか、犯罪加害者の社会復帰を支援する社会復帰調整官とか、精神障害がある方地域生活をサポートする地域の精神保健福祉士とか、各分野にエキスパートが存在しています。しかし、自殺対策の分野にそういった対人援助のエキスパートは足りていない、そもそもとても少ないと言っていいと思います。ですから、「死にたい」という相談を受けた場合にどう対応したらいいのか、その辺りの知識もきちんと蓄積して、関係者と協働して専門家育成のカリキュラムやシステムをもつくっていきたいなと思っています。これは3年とかいうレベルでは出来ないので、長期目標として考えています。
 
――収益化を考えずに私財を投げ打って始められた自殺対策の活動が、課題の整理とともに体系化され、さらに政策提言に落とし込まれていく過程がよく分かりました。本日はありがとうございました。
 
◆OVAでは「こころのインフラ」創造を目指して、クラウドファンディングに挑戦しています◆

生きづらさを抱えた若者のSOSをテクノロジーを用いて受けとめ、命を守りたい

https://camp-fire.jp/projects/view/19421
 
伊藤 次郎(いとう じろう)*NPO法人OVA代表理事。1985年生まれ。学習院大学法学科卒。
 企業のメンタルヘルス対策を請け負う人事コンサルティング会社を経て、精神科クリニックにて勤務。2013年に日本の若者の自殺状況への問題意識から、リスティング広告を活用した自殺ハイリスク者へのアウトリーチ活動を開始。翌2014年にNPO法人OVAを設立。
新宿区自殺総合対策会議若者支援対策専門部会委員(平成26年・平成27年・平成28年)、
江戸川区自殺未遂者支援会議 スーパーバイザ-(平成27年・平成28年)。日本財団「ソーシャルイノベータ―」選出(2016)。
 

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