「見えないリスク」を見つけるマーケティング的アプローチ

NPO法人 OVA 代表理事 伊藤次郎 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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 日本では、毎年2万人を超える自殺者が出ています。2003年の3万4,000人超をピークに、年間ベースでみると減少傾向にはありますが、全体の減少率と比較すると、10代から30代の若者の自殺率はあまり改善されていません。
「変える人」No.30では、若者の自殺対策に取り組むNPO法人OVAの伊藤次郎氏をご紹介します。
 
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――まずはOVAの活動内容を教えてください。
 
伊藤:ひとことで言えば、若者の自殺対策です。
 ただ、支援の対象となる自殺のリスクが高い人を特定するのって、けっこう難しいですよね。追い込まれて、自殺念慮を抱えるような状態になると、自ら援助を求められないことも多いですし、念慮はそもそも目に見えない。「死にたい」って顔に書いてあるなんてことはないわけです。だから、たとえば夜の街を見回っても、自殺したいという気持ちを持った人を見つけることは難しいです。
 そこで私はインターネットを介してそうした若者にアプローチするという方法をとっています。インターネットで検索したキーワードに連動して広告を出す「リスティング広告」というマーケティングの手法があります。それを活用して、自殺に関連したキーワードを検索している人たちに向けて、ホームページの広告を出し、メールなどで相談を受ける。広告は地域を限定して打つことができるのでそうしています。
 そうして継続的にやりとりをして関係性を築きながら、彼らが抱えている問題や、どういうことで辛い思いをしているのかを聞き、それに応じた現実の援助機関につないでいきます。インターネットから介入して、リアルにつなぐという流れです。
 
――自殺対策として水際作戦のような活動がありますよね。自殺の多い場所を見回るとか、電話ボックスを置くとか。それは本当に瀬戸際での自殺予防ということになるかと思いますが、伊藤さんの取り組みは、それより一歩手前の段階でのアプローチというイメージで正しいでしょうか。
 
伊藤:そうですね。自殺のリスクといってもいろんなフェーズがあって、たとえば「死にたいとまでは言わないけど、消えてしまいたい」とか、「死にたいとは思うけど、自殺は考えていない」とか、「死にたいと思っていて、自殺の具体的な方法も考えている」とか「自殺のための準備ができていて、あとは実行するだけ」とかさまざまな段階がある。
 日本では、年間約22000人、平均して一日に約60名の方が自殺で亡くなっています。それも既遂だけの数です。日本財団による自殺意識調査(2016)によると、昨年1年以内に自殺未遂を経験した人は53万人超と推定されています。ということは、行動に移してはいなくても、死にたいと思っている人はさらにその何倍もいるはずです。この調査でも4人に1人が「本気で自殺したいと考えたことがある」と答えたそうです。
 私たちがリーチしたいのは、自殺を具体的に考える段階にいる人。でも、そうした自殺リスクが高い人を特定する方法ってそんなになくて、自殺の多い場所の見回りがひとつ。あとは未遂者の支援ですね。自殺未遂をして、病院に運ばれた人をケアしていく。
 それ以外で自殺念慮を抱えた人を特定して支援するということはなかなか難しくて、もともとインターネットと自殺予防は、とても相性が悪いと言われていたんです。
 なぜかというと、インターネットには自殺に関する情報が載っていたり、自殺する仲間を募集する掲示板があって、実際に事件に発展することもあったからです。
 だから、インターネットを利用した自殺予防といった取り組みは、これまで積極的にされてこなかった。
 また、自殺を考えている人向けの電話相談などの取り組みはほかにもあり、そこでは話をきいてくれますが、多くの場合の電話相談は一回きりで、継続支援ではないんです。もちろん、そのときに話している中で、彼らが抱えている課題がわかれば、支援先を紹介したりすることもあるんだろうと思いますが、基本的には傾聴することがメインです。つまり、その人の自殺のリスクがどの程度のものか、生活上の課題や心身の健康状態を見立てる、いわゆるアセスメントをして、抱えている問題に合わせた援助機関につないでいくという活動とは違ったものなんです。自殺の危機にある人に対して、継続的に支援する取り組みは今でも足りているとはいえない状況なんです。
 

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――伊藤さんが現在のようなかたちで自殺対策に取り組もうと思われたきっかけはなんですか?
 
伊藤:私が活動を始めたのは2013年の6月なんですが、日本の若者の自殺が深刻な状態にある、という話を聞いたんです。当時、年間ベースの自殺者の総数は減少傾向にあったんですが、年齢別に見ると、若者の自殺は減っていなかった。
 日本人の死因は「悪性新生物(ガン)」「心疾患」「脳血管疾患」の順ですが、年代別に見てみると、10代から30代までの死因の一位は自殺なんです。それを知って、何か自分にできることはないかと思うようになりました。
 「若者」に焦点を当てて自殺問題を考えたときに、スマートフォンにリーチしたらいいのではないかと考えたんです。若者のほとんどはスマートフォンを持っていますから、自殺念慮を持った若者は、手元のスマートフォンで方法を調べたりするのではないかなと思って、実際にどのくらい検索されているか調べてみたんです。
 そうしたら、一つの検索エンジンで、「死にたい」と十数万回検索されていることを知りました。「死にたい」の後に「助けて」という検索ワードを打ち込む人もいる。そのことに、ものすごくショックを受けました。
 というのは、若者はSNSを使っている人も多いですよね。TwitterとかFacebookとかLINEとか。そうしたSNSのタイムラインにつぶやけば、それを見た誰かが、「大丈夫?」とかリアクションをしてくれるかもしれない。
 だけど、検索エンジンはあくまでものを調べるためのもので、そこに打ち込んだ言葉は誰にも届かない。当然、誰も「大丈夫?」なんて言ってはくれない。彼らもきっとそれを分かっていて、そこに打ち込んでいる。宛先のない叫びなんです。死にたい、死にたいくらい辛い、という気持ちを誰にも打ち明けることができずに、思わず目の前にあるスマートフォンに打ち込んでみたんだな、と。それを見てしまった時、その痛み、みたいなものが伝わってきて、これはすぐに何とかしなければいけないと、その場で検索連動広告という手法を思いついて、2週間後にはホームページをつくって、リスティング広告を打って、メールを受信しました。
 
――課題に気がつかれてから、行動に移すまで、すごいスピードですね。
 
伊藤:私はもともとメンタルヘルス関係の仕事をしていました。大学卒業後は企業に対してメンタルヘルス対策を行う人事コンサルティング会社で働いていましたし、その後、精神科のクリニックで精神保健福祉士の資格を持つソーシャルワーカーとして、うつ病になった方の復職支援などにも携わっていたんですが、自殺に関しての問題意識は前々から持っていたんです。
 そうしたところに、「死にたい 助けて」という検索ワードが打ち込まれていることを知ってしまったので、やるしかないと思って、活動を始めました。
 

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――検索に連動させて広告を打って、そこから支援に誘導するというモデルはとてもわかりやすいのですが、ふつうリスティング広告はそこから商品の購入やサービスの提供につなげるための投資ですよね。OVAの活動の場合、マネタイズはどのように行われているのですか? 広告費を支払われているわけですが、それを回収するために要支援者のメール対応を有料で行うというわけにもいかないですよね。
 
伊藤:災害直後の人に対する緊急的な支援などもそうですが、受益者からお金をいただくのは難しいですよね。いま危機にある人の支援でお金をもらうって難しいんです。
 私の場合は、いま危機的な状況にある若者の沢山の声なきSOSを知って、何かできないかと始めたのがこの相談事業です。はじめた当初はマネタイズのことなど考えていません。もちろん活動を継続するためにマネタイズのこともずっと考えてきましたし、方法も調べましたが、すぐには答えがでなかったし、それがすぐにできないことは、事業をやめる理由にはなりませんでした。
 当初、広告や活動費は私財からの持ち出しでした。自殺対策活動全般に言えることですが、この分野は、非常にマネタイズが難しいんです。寄付も集まりやすいとは言えないですし。そこはとても大きな課題ですね。
 
――ホームページを立ち上げて、メールでの相談受付を開始された当初は、前職のお仕事も続けられていた?
 
伊藤:そうですね。自営で事業をやっていたので、その合間にメールの返信をしていたんですが、やはり大量のメールが来るんです。当時は全国で広告を打っていましたし、朝から晩までずっとメールを打って、あらゆる内容の相談が来るため支援に必要な知識を得るために書籍等をひたすら読む、またメールを打つ、という状況になって、どんどん仕事が圧迫されていった。そこで、思い切って事業はやめて、こちらの活動に全部かけることにしました。お金にならないことは分かっていましたし、本当に私財をすべて投じた形にはなりましたけど。
 しばらくそうしてひとりで活動しながら、自殺予防の研究を行っている大学の先生に協力を依頼したりして、仲間を増やし、少しずつNPO法人化の準備を進めていきました。いまは私を含めて3名の相談員でメール対応を行っています。
 
――3名で、何通くらいのメールに対応されているんですか?
 
伊藤:ばらつきがあるので正確な数字は言えないんですが、ざっくり言うと、2日にひとり新規の支援対象者が増えていくという感じですね。一年間で約180人ずつ増えていくようなペースです。相談は一度きりではなく、継続して支援していきますから、新規はそのくらいに抑えないと、いまの体制では私たちのほうの対応が追い付かなくなってしまうので。新規相談数は広告を打つ地域や金額、時間等である程度コントロールすることができます。
 
――最初にメールを受信してから、だいたいどのくらいでメール相談を必要としなくなるというか、現実の支援機関へバトンタッチされるんですか?
 
伊藤:それも一言で言うのは難しいですね。何をもってよくなったというのか、その成果を測定することも非常に難しいのですが、たとえば、彼らがいままでかかっていなかった大学の心理相談室などの援助機関に行けたとか、食べ物もない人が生活保護を受給できたといった生活状況の改善や、メールの中で、「やっぱり生きてみます」とか「もう少しがんばってみます」といったポジティブな感情の変化が表れてきた事例を成果とすると、これまでに約3割から4割は成功したと分析しています。
 それにかかる期間は、もちろん人によってさまざまですが、意外と長くはないです。1年以上相談を受けている方もいますが、大半は半年以内ですね。とくに経済面など生活上の課題を抱えている場合は、その課題を解決できる支援先とつないだりすることで、比較的短期間で次のステップに移って行きます。
 

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――年齢層は、やはり若い人が多いんですか?
 
伊藤:10代から60代まで幅広い年齢から相談が寄せられますが、20代から30代が、7~8割くらいですね。法的には40歳未満、39歳までが若年層と定義されているんですが、やはりその辺りの年代の方がほとんどです。
 10代は電話をしたがらないんですよね。実はいまの10代はメールも使っていない人も多いので、ウェブ接客ツール、つまりLINEのようなユーザーインターフェース(操作画面・操作方法)のチャットツールも導入しています。
 
――そんなに違いますか。
 
伊藤:メールは一通ずつやり取りをしますよね。一方でチャットやLINEは、同じ画面上で、一言ずつでもテキストをやり取りできる。電話に近い。その時間的同期性が、メールにはないんですよ。10代の人たちには、チャットのようなやり取りのほうが、インターフェースも含めて馴染みがあるので、そのほうが気軽に相談しやすい。
 私たち支援者からすると、本当は最初の相談はメールでもチャットツールでもなくて、電話で受けたいんです。基本的には相談支援は対面で行うことが望ましいんです。なぜなら、情報量がいちばん多いから。電話だと、まず顔の表情やしぐさといった情報が抜け落ちて、その人がどういうふうに感じているのか、声色からしかわからなくなります。それがメールになると、声色もわからなくなって、情報量はさらに下がる。
 ですから、対人職に従事する人のなかには、メールでの支援は「やってはいけない」と考える人さえいます。私も最初この活動を始めた頃は、せめて電話でと思って、「お電話でお話しませんか」と提案したりもしてみたのですが、ほぼ断られて、それで相談そのものが敬遠されるよりはと、思い切って入口はメールということに切り替えたんです。もちろんそういうノウハウはありません。当時の心境でいうと、できるできないとかじゃなくて、もうやるしかないという感じでした。
 メールでやり取りを続けて関係性ができてくると、「電話でもいいよ」と言ってくれる人も出て来て、電話で話しながら課題を整理して、リアルの支援機関につないでいったり、対面での面接を行ったりというケースもあります。
 要するに、組み合わせですね。メール、チャット、電話、対面。いまのところ、相談員が3名しかいないというリソースの問題もあって、すべてを対面でやっていくということはできないし、相談者もそれを望んではいないので、入口はハードルを下げてメールで、あとは相談者によってツールを組み合わせて、というかたちでやっています。
 
――電話はしたがらないものなんですね。
 
伊藤:これは推測ですが、若者の文化としてテキストが慣れているということがひとつ。そもそも、テキストのやりとりで事足りる事が多く、どこかに電話をするという機会が、いまはあまりないんだと思います。
 また、先ほど時間的同期性の話をしましたが、自殺の相談を電話でするには、気持ちの言語化をリアルタイムでしなければならないわけです。でも、言葉で人に説明できるほど、自分の気持ちとか、置かれている状況や課題がまとまっていないのではないでしょうか。何から話していいのかわからない。なので、私達が出会っている人たちはかなり電話に抵抗があるみたいですね。
 

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――国も自殺の理由の統計をとっていますが、OVAで実際相談を受けられていて、若者が死にたいと考える理由には、どんなものが多いですか?
 
伊藤:これは非常に答えが難しくて、たぶん一番正確な答えは、「答えはない」あるいは「マルチファクターである」というものだと思います。なので「これさえやればよい」という特効薬のような自殺対策はないので、「あれか、これか」ではなく「あれも、これも」やるしかありません。
 自殺に追い込まれている一人ひとりをみても、いろんな問題を抱えているケースが圧倒的に多いんです。これさえ解決できればという問題がひとつあるというより、人間関係から生活状況、健康問題と、いろんな問題に圧倒されて、身動きがとれない、もう死ぬしかない、という状態になっていることが多い。まるでひとりで真っ暗闇のトンネルの中にいて、ずっとそこから出られないような絶望や強い孤独を感じている相談者が多いように感じています。
 
――自殺の要因は人によってそれぞれということもあるし、逆に言うと、一人の人がさまざまな要因を抱えているということですね。それが全部ぐちゃぐちゃになって、わからなくなる。
 
伊藤:そうですね。だからメールをいただいて最初にすることは、話を聞いて、つらい気持ちをうけとめながら、複雑に抱えている問題を整理していくということです。そして大きな問題から優先順位をつけて、「この問題は、こういう人や機関に相談すると解決できるかもしれないから」と現実に支援機関につなげていくというのが、我々の活動です。
(第二回<2月28日(火)公開予定>へ続く)
 
OVAでは「こころのインフラ」創造を目指して、クラウドファンディングに挑戦しています

生きづらさを抱えた若者のSOSをテクノロジーを用いて受けとめ、命を守りたい

https://camp-fire.jp/projects/view/19421
 
伊藤 次郎(いとう じろう)*NPO法人OVA代表理事。1985年生まれ。学習院大学法学科卒。
 企業のメンタルヘルス対策を請け負う人事コンサルティング会社を経て、精神科クリニックにて勤務。2013年に日本の若者の自殺状況への問題意識から、リスティング広告を活用した自殺ハイリスク者へのアウトリーチ活動を開始。翌2014年にNPO法人OVAを設立。
新宿区自殺総合対策会議若者支援対策専門部会委員(平成26年・平成27年・平成28年)、
江戸川区自殺未遂者支援会議 スーパーバイザ-(平成27年・平成28年)。日本財団「ソーシャルイノベータ―」選出(2016)。
 

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