小さな変化が大きな影響を与える事業

認定NPO法人 育て上げネット 工藤啓 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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工藤さんのインタビュー第1回、第2回はこちら:「ビジネスで若者支援に取り組みたい」「小学校4年生から39歳まで支え続ける
 
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――教育支援事業のMoneyConnection®は新生銀行と、ジョブトレの西友パックは西友と組んで展開されているということですが、こうした連携事業に取り組んだり、子どもたちの職場体験に協力したりする企業のモチベーションはどのようなところにあるのでしょうか? CSR的に社会貢献として取り組んでいるのか、西友パックのケースだと、インターンからそのまま就職の可能性もあるのかなと思ったんですが。
 
工藤:両方ありますね。連携方法はそれぞれの企業さまごとに異なりますので、一概には言えないのですが、ご寄付や助成金をいただいてプログラム開発やサービス拡充をするのは大きな企業が多いです。中小企業の場合は、採用可能性も視野に入れたインターンというかたちでご協力いただくことが多いです。
 大企業だと、本社が欧米にある金融やIT系の企業が多いですね。特に近年CSRや社会貢献部門の方々から「若者」がテーマになっているとお聞きします。スペインでは2012年に25歳未満の若者の失業率が60%を超え、2015年8月時点でも48.8%という信じられない数字でしたし、難民問題も世界中で深刻化していて、彼らをどう社会に統合し、安定した仕事に就けるように支えるかという課題もあるし、目的は変わって若いうちから支援をしていこうという流れを感じます。そうした課題意識が前提としてあって、それが日本のオフィスでも検討されているのではないでしょうか。
 ほかにも大事な課題はたくさんありますが、この若者支援を社会課題として共有して、一緒に解決するためにみんなを巻き込んでいくということは、NPOの使命のひとつなので。国内外の多くの企業さまとともに課題の解決を目指していく。そういうムーブメント組成のため、私たちはもっとがんばらなければいけない。
 企業さんに行くと、まだこちらが何も言っていないのに、一言目に「お金がない」って言われてしまうことがあります。私たちが必要としている支援は必ずしもお金だけではなくて、人をはじめ、その企業さんが持っているさまざまなリソースを貸していただきたいこともあります。「CSR=お金を出すこと」という考え方が根強いのか、私たちとしてはその考え方そのものをまずは変えていかないといけないと思っています。
 外資系企業さまの特徴として、KPI設定、数値目標、プロセス評価などがすごく細やかで非常に勉強になります。そもそも資料が英語で、提案書もコミュニケーションも英語ということも少なくありません。ご担当者の皆様がこちら側の状況を理解して、一つひとつ丁寧に教えてくれたり、一緒に考えてくださったりするなかで、法人のキャパシティビルディングにもなっています。NPOだから、社会貢献だからということに甘えてはいられず、私たちも成長していかなければなりません。
 
――日本の場合CSR活動というと、寄付を出すことがゴールというか、活動の意義で支援先を選んで寄付を出したらほぼ終了というイメージがありますが、外資系の場合は支援すると決まったら、そこをスタートに話し合いながらKPIの設定をして、定期的に報告を上げて一緒にプロジェクトを回していく、というようなイメージですか?
 
工藤:そうですね。まずは日本のご担当者と議論を重ねていきます。しかし、最後の意思決定は日本のオフィスでないことも多く、日本のご担当者とチームになって申請に臨みます。
 社会貢献だから評価が甘いみたいなことは一切なくて、インドや中国の取り組みと並べて評価されるという話もあり、数値目標を設定したり、インパクト評価をしたり、SROI(Social Return On Investment:社会的投資利益率)を測定したりといったことを日常の活動の中である程度やり慣れていく必要があります。私たちも最初は本当につらくて。10年くらい前は、「なんでこんなにいろんなことを言われるんだろう」とか、「これなら行政からの助成金や補助金のほうが運用が楽だよね」と思ったこともありました。

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――日本マイクロソフトやJ.P.モルガンとの連携事業では、SROI評価を取り入れられているそうですね。
 
工藤:資本主義市場に流れているお金を社会福祉に流入させていこうという大きな動きの中で、そうした投資の生み出す効果を測定するための評価ツールのひとつがSROIです。日本の場合は評価指標が先に入ってきたのではないでしょうか。2010年に私たちが日本マイクロソフトさんとの連携事業でSROIを算出したのは、日本ではかなり初期の事例だと思います。日本ではSROI評価事例がまだ少ないようです。
 いまも企業さまとご一緒させていただく際、「第三者評価を入れてください」ということがあれば「せっかくだから、SROIをやってみてもいいですか」と相談してみます。もちろん、SROIに限らず多様な評価の手法があるので、これもご担当者と評価者と議論をして進めています。
 SROIは、通常の投資のROI(Return On Investment:投資利益率)と比べて、漠然としているんですよね。たとえば、支援した子どもの成績があがったことにどのくらいの価値があるのか、貨幣価値に置き換えて算出したりするので、やはり第三者を入れて客観的に評価してもらわなければいけない。自分たちで勝手に高い評価をつけても、外部に対して説得力がないですから。
 日本ではSROI評価をお願いできるところもまだ限られていますが、SROIやインパクト評価といったものもなるべく積極的に取り入れて、評価ツールを活用した事例をつくっていきながら、休眠預金やソーシャルインパクトボンドといったお金の議論を加速させていきたいと思っています。
 
――日本では社会貢献性の高い活動については、その取り組みの意義ばかりが強調され、実際どのような成果を生み出しているかはそこまで問われてこなかったと言われていますね。
 また、とくに行政の補助金については、「決められた通りに使われること」が最重要視されていて、成果はほとんど問われない。先ほどのお話で言えば、「遊園地に行こうよ」と誘うことで長年引ひきこもっていた人を家から連れ出すことができたとしたら、それは課題解決のための正しい使い方のひとつだと思うんですが、決められた使い方でなければ認められないし、逆に成果が出なくても決められた通りに使っていればおとがめなし。
 
工藤:「何をする」が先にあって、「その結果どうなった」は結果論。
 資源は限られていますから、できるだけ社会的な投資効果、費用対効果の高いところに投入したい。では、どうやってそれを測定するのか。そのようななかでSROIに限らずさまざまな評価手法が開発されているようです。
 非営利組織として活動している身としては、就職者数や就職率という成果だけでは測れないと思うこともやっぱりたくさんあるんですが、「成果だけでは測れない」という現場の感覚と、「成果が何なのかわからなければ、支援ができない」という支援者の間で、私たちはバランスをとっていかなければならない。

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――いま、育て上げネットの活動費は、受益者負担や寄付金と税金の割合は、何対何くらいですか?
 
工藤:ざっくりですが、半分ちょっとが税金です。企業や個人会員の方からの寄付が約4分の1、お客様から直接いただくのが4分の1くらい。いま、行政事業についての案件は7,8割はお断りしています。
 
――なぜですか?
 
工藤:委託事業の多くは単年度事業で、清算払い。概算払いであっても4月開始の10月に最初の支払いということもあります。そのためキャッシュフローが非常に悪いんです。キャッシュがよほど潤沢でなければ、事業にかかる費用は借り入れるしかありません。行政事業であれば借り入れは比較的スムーズですが、返すときには当然利息をつけて返すわけです。ところが、行政から支払われる事業費に利息分は当然含まれませんから、この利息分が法人の負担になります。
 単年事業後払いの案件は、いまの私たちでは受ければ受けるほど経営リスクが高まってしまいますので、多くの若者、子どもたちを支援できるという社会性と、経営的リスクを含む事業性のバランスが難しいです。本当に多くのお話をいただき、とてもありがたいのですが、経営的に全部を受けるようなことができないのが、経営者としての私の課題です。
 おそらく、少なくないNPOが行政との協働において経営リスクと天秤にかけた経営判断をしていると思います。そのため、政治家の皆さま、行政の皆さまには現状をお伝えして、支払いサイクルの前倒しや、一般管理費計上についてお願いをしています。
 実は2007年から2008年頃はそういうことがわかっていなくて、経営危機に陥ったんです。事業は広がる、売上は増える、多くの人を支援できるようになって、表彰されたりして、「俺たちすげー」みたいな感じで舞い上がっていたんですが、ふと足元を見ると、キャッシュアウトしかけている。パンク寸前の状態になっていたので、一回立ち止まろう、ちゃんと経営しようと。
 
――「補助金は麻薬みたいなものだ」とおっしゃっている方もいました。
 
工藤:そうですね。手術の麻酔のように適度にコントロールすればポジティブなものなんですが、適量を見失うと中毒になってしまったりして。私たちは経営危機からなんとか抜け出せたからよかった。全体の7割、8割が行政事業というところでも、キャッシュが回っていれば問題ないんですが、キャッシュがない状態でそればかりやっていると、ある日キャッシュアウトして終わりです。
 
――経営の難しさですね。活動の中で困難やしんどさを感じる部分はありますか?
 
工藤:就労支援から入るということは、ある種、子どもたちに現実をつきつけなくてはならない部分があります。夢、希望を語ることが、私たちは実はあんまり得意じゃない。
 たとえば、中学校3年生の子に、「高校以降も進学したいのであれば、君には奨学金しか道がない」と言わなければいけないことがあります。奨学金を獲得するためには戦略が必要で、中学生に進学とお金とご家庭の現実をつきつけ、奨学金獲得のためにどうするかについて話すのはつらいです。ほとんどの中学生はそんなことを考える必要もないわけですが、奨学金については、高校2年生や3年生になって考えるようだと遅いので。進学の希望をかなえるためには必要だけど、やっぱりあんまりやりたくないですよ。給付型奨学金など、学ぶ意欲のある子どもたちが家庭の経済状況に左右されずに学べる社会を早く創りたいです。
 将来から逆算した効率のいいがんばり方というか、現実的で効果的なアプローチというものがあるんですが、周りの友達がみんな海に行ったり、カラオケでわーっと遊んでいるときに、「もう少し現実を見よう」という話をしなければならない。その辺りが、現場の人間にとってはしんどいですね。

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――それはたしかにしんどいですね。だけど、状況を正確に把握して、未来のためにがんばるのは、すごく大事なことだと思います。
 逆に、活動をされていて「やっていてよかった」と思うのは、どんな瞬間ですか?
 
工藤:ジョブトレを卒業していった人からはじめて結婚の報告を聞いたときは、びっくりしましたね。「はじめて来たときには、あんなに困っていたこの人が、うちを出て仕事について立派になったな」なんて思っていたら、「結婚します」という報告があって。はじめてのケースのときは、驚いたというか、感動しました。
 仕事に就くことで、彼が幸せをつかむベースをつくるところまではサポートできたかもしれないけれど、家族を形成するかどうかというのは、私たちが何かできることではないですし、中でも特に人間関係が苦手だと異性と話すことも極度に緊張するなんていう若者もいますので。仕事に就くのも簡単ではないんですが、恋愛のほうが決まったパターンがなくて、ハードルが高いとその彼もいってました。
 「仕事に就いて、本人が幸せだったらいいな。いいかたちで社会生活を送ってくれたらいいな」と思って立ち上げて、いまも活動していますが、「結婚した」とか「子どもが生まれた」っていうのは、私たちの手を離れた後にその人がつくった幸せというか。一例目は、特にグッとくるものがありました。
 
――すごく素敵なお話ですね。
 
工藤:幸せになってほしいなと思いますね。あとは親御さんが涙とともに御礼を言ってくださるときも感動します。
 結構前の話なんですが、ジョブトレの一環で農業体験に行った日に、お母様からお電話をいただいたんですね。「うちの息子が日焼けしているんです!」って。「もう何年も息子の肌が黒いところなんて見たことがない」って言って泣かれるんですよ。少年時代に不登校になって以来、家にひきこもっていて、強い日差しにあたるような生活をしていなかったんですね。だから、子どもの肌が健康的に黒いということが、お母様にとっては衝撃だったんだと思います。泣きながら「子どもが日焼けしてるんです!」と言われて、最初は水膨れでもできていたって、怒られるのかと思いました(笑)。
 当時、私は結婚もしておらず、子どももいなかったので、わが子がずっと辛い状況にあるのを見ている親の辛さというものがわからなかったんですが、日焼けが感動のスイッチになるくらい、変化のない生活を何年も続けてこられていたんだなあ、親御さんもしんどかったんだなあ、と思いましたね。
 「笑顔になったからって何なの」「日焼けがどうしたの」みたいな話かもしれませんが、しんどい時間を何年も過ごされていると、小さな、本当に小さなわが子の変化が相対的にとても大きなものなんですね。
 人の変化というものは非常に周りにも影響を与えるので、本人がネガティブになれば周りもネガティブになるし、本人がポジティブになれば周りもポジティブになる。そういう、レバレッジの非常に高い事業をやっているような感じがしています。
(第四回「柔軟な選択肢が提供される社会をめざして」へ続く)
 
工藤 啓(くどう けい)*認定NPO法人育て上げネット 理事長
1977年、東京生まれ。米ベルビュー・コミュニティー・カレッジ卒業。2001年に任意団体「育て上げネット」を設立し、若者の就労支援に携わる。2004年にNPO法人化し、理事長に就任。現在に至る。著書に『NPOで働く- 社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる――“はたらく”につまずく若者たち』(エンターブレイン)、『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(共著・朝日新書)など。
金沢工業大学客員教授、東洋大学非常勤講師。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員、「一億総活躍国民会議」委員等歴任。
ブログ http://ameblo.jp/sodateage-kudo

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