防災が当たり前の世の中をつくりたい

一般社団法人 防災ガール 代表 田中美咲 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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 東日本大震災は日本全国の人々の防災意識を大きく向上させたと言われています。日本中を揺るがした未曾有の災害から5年、当時の意識は保たれているでしょうか。
 「変える人」No.26では、「防災をもっとオシャレでわかりやすく」をコンセプトに、主に20~30代の若者に向けて防災を広める活動を行っている一般社団法人「防災ガール」の代表、田中美咲さんをご紹介します。
 
1、恐怖心や緊張感からくる防災意識は続かない
 
――防災ガールのサイトでは、防災に関するさまざまな情報が発信されています。先日は雷雲の見分け方についてもツイートされていましたね。想定される災害は地震、津波、大雨、火山の噴火、土砂崩れなどいろいろあると思いますが、特に想定されているものはあるのですか?
 
田中:特に決めてはいません。でも、メインはやはり地震ですね。頻度が多く、被害が大きいし、南海トラフや首都直下地震が起きる可能性も高いので。とは言え、自然災害には本当にいろんなものがあるので、その都度確率が高まったものや、ニーズがあるものについて、情報発信するようにしています。
 専門家の方にお話しを聞いて、わかりやすく翻訳してサイトやフェイスブック、ツイッターで発信するほか、内閣府のリリース情報などを翻訳して出すこともあります。専門家や行政の出す情報そのままでは、言葉が難しくて、どのくらいの被害が出る災害なのかとか、結局どうしたらいいのかわからない、ということも多いので。防災ガールのサイトを見てくれる一般の人たちが、自分ごととして感じられる表現で伝えられるように心がけています。
 
――東日本大震災は、日本全国の人々の防災意識を大きく変えたと言われています。実感として「ここが変わったな」と思われるところはありますか?
 
田中:震災をきっかけに、防災の重要性を誰もが理解し始めたのではないかと感じています。避難訓練はみんな小学校の頃から参加していると思いますし、非常持ち出し袋のようなものは昔から身近にあったはずですが、積極的に意識して備えるということはそれまであまりなかったと思うんです。ニュースの伝え方が変わったのかもしれませんが、この数年、震災に限らず、土砂災害や水害、大雪など、大規模な災害を「自分の身に起こりうること」として身近に感じることが多くなったような気がしています。そのたびに、たとえば防災グッズを購入するといった、実際のアクションを起こす人が増えている。だから私たち防災ガールは、そうした「そろそろ何かやったほうがいいかな」と思ったタイミングで、そっと背中を押してあげたり、防災グッズを購入しやすい仕組みをつくっていけるようにしたいと思って活動しています。
 
――私も震災直後はスニーカーをベッドの傍に置いて寝たり、水や非常食を備蓄したりしていましたが、いつの間にか意識が薄れていって、最近では何もしていないんです。私は大分の出身なのですが、4月に熊本で地震が起きたときも、九州の家族や友人を心配してあれこれ言いつつ、自分自身は結局何も防災対策をしていなくて、当事者でないと緊張感を保つのは難しいなと感じています。
 
田中:そこが難しいところで、熊本市内に住んでいる人たちも、「じゃあ防災対策をしよう」とはならないんですよ。日本大震災で家族を亡くされた方々も、もうほとんど防災していない人もいて。だから私は、防災には緊張感とはまた別の意識が必要だと思っています。
 これまでの防災は、「これをやらなきゃ死ぬぞ」という恐怖心や緊張感から取り組むようなところがあったんですが、それでは「正常化バイアス」が働いて、「まあ大丈夫だろう」という根拠のない自信や思い込みにつながっていきます。
 私は、そうではないやり方で防災を広げたいと思っています。「防災」という言葉を使わなくてもいいんです。生活空間を整えることが、避難経路の確保につながるとか。落ちて壊れることがないように、高いところにはものを置かないとか。便利、楽しい、おしゃれ、やりたい、という方向で動機づけして、生活の中に浸透させないと、防災を継続することは難しいと思うんです。
 
――防災のためにやるのではなく、そのほうが生活しやすいからとか、インテリアの一部として防災するということですね。陸前高田市で活動されている「桜ライン311」の岡本さんも、「咳をしたら手で抑えるように、災害が起きたらこうする、という対応が一種の常識レベルで身についていれば、日本の災害による死者を限りなく減らせる」とおっしゃっていました。
 
田中:そうなんです。虫歯にならないために歯磨きをするように、地震で被災しないための備えをすることは、災害大国日本で暮らす人にとっては一種のマナーのようなものだと思っています。
 被災する度に大変な思いをするのに、忘れた頃にまた被災して大変な思いをして、というのは、もったいないと思うんです。少しでもいいから備えをしておけば、いざというときの大変さが軽減される。それぞれが少しずつでもいいので、そういう意識を持てるように、一歩一歩取り組んでいます。

SABOIポーチ
SABOI(写真提供/防災ガール)

2、暮らしをよくすることが「結果的に」防災になる
 
――田中さんご自身は、日常生活にどのように防災を組み込まれていますか?
 
田中:私はそこまで本格的な防災グッズを備えているわけではないのですが、毎日家族と何かしら連絡をとるようにして、緊急時でも連絡がとり合えるような仕組みを継続しています。また、どんな仕事でもスニーカーで行くようにしたり、体調管理や防寒のために、薄着のときでも上着やストールを持ち歩くようにしたり。
 普段からある程度の距離を歩けるような体力をつけておくこともそうですし、非常食も、いわゆる乾パンのようなものを備えるだけでなく、普段から少しでも長い間食べられるものを食卓に取り入れる。具体的には、コンビニ弁当のようなものは極力利用せず、長期間保存できる野菜をピクルスや漬物にして常備したりしています。無理なく暮らしをよくすることが、結果的に防災につながっている、というかたちが心地いいなと思っています。
 
――なるほど、それなら日常生活でもふつうに消費していけますし、なにか災害が起きた場合には、救助が来るまでの保存食になるわけですね。完売してしまったようですが、防災ガールで、折りたためるフラットシューズなどが入った、かわいいポーチもつくられていましたよね。「いかにも防災袋です!」って感じでは、ふだんから持ち歩こうとはとても思わないけど、あれなら通勤バッグに入っていても違和感がないと思いました。
 
田中:「SABOI」ですね。「SABOI」は「防災」をもじったブランド名で(笑) 、マスクなどが入った防災ポーチ、折りたためるフラットシューズ、災害時のいろんな知恵が模様として書かれたてぬぐい、美容食にも非常食にもなるグラノーラ・バーの4種類のグッズを1,000セットずつつくりました。
 とある企業さんから、「高知の資源をつかった防災グッズをつくってほしい」というご依頼をいただいて、企画したものなんです。
 
SABOIフラットシューズ
 
――なぜ高知で防災グッズを?
 
田中:高知は、これまで特別大きな地震に見舞われたりはしていませんが、「台風銀座」とも呼ばれていますし、南海トラフ地震が起きたら、34メートルの津波が来ると言われているところなんです。なので、防災推進県を名乗るくらい、防災対策に熱心に取り組まれています。住民の皆さんが実際にどれだけアクションをしているかは別ですが、防災のパンフレット、防災テレビ、防災関連の企業は、高知にはたくさんあるんですよ。
 
――「SABOI」は完売ということですが、もうつくられないのですか? 
 
田中:同じものを追加でつくるというより、前回とは違うニーズに応えたり、新しいチャレンジのためのグッズを、いま開発準備中です。
 「SABOI」は、見た目がおしゃれとか、サイズがコンパクトでふだんから携帯しやすいというところに着目して開発したのですが、今回は、「ハザードマップをいかに身近に感じるか」を焦点に、地図情報を使ったグッズを開発中です。
 スマートフォンが普及してから、若い世代はとくに、地図を読む習慣がない。Googleマップで調べれば、現在地から目的地まで丁寧にナビをしてくれるから、自分では半径15メートル程度しか見ていないんですよね。そうではなくて、ハザードマップを見る習慣をつけてほしい。まだ開発中ですが、クラッチバッグの柄をハザードマップをアレンジしたものにするとか。ぷっくりした高さ表示のできるデザインなら、子どもたちも触って楽しいし、避難所がどの高さにあるかが感覚的にわかりますし。ファッションアイテムとしておしゃれで、いざというときにはハザードマップとして使えるものができないかな、と考えています。

ようこそ!
次世代版避難訓練「LUDUSOS -ルドゥオス-」へ。

これは、全国・海外に滞在する防災に特化した非営利型組織である一般社団法人防災ガールが開発した次世代の避難訓練である。訓練には位置情報ゲーム「INGRESS」を活用し、開催地域の災害情報や行動力や思考を試すミッションが隠されている。
いつ何が起きてもおかしくない日本だからこそ、
何時でも自分と周りの人を守れる人が必要なのが今の時代。

自分たちが暮らす「二子玉川」を守るのは自分たち。
今回は東日本大震災から5年経つこの時に、私たちと一緒に行動を起こしましょう。
写真提供/防災ガール

3、世界中で人気のゲームを活用した「次世代版避難訓練」
 
――防災ガールでは、講演活動やメディアを通した情報発信、防災グッズの企画・開発のほか、「次世代版避難訓練」も手掛けられていますね。どんなところが「次世代」なんですか?
 
田中:避難訓練って、小学校のときから学校で“やらされる”し、社会人の皆さんも会社で年に1回はやっていると思うのですが、「避難訓練なんて面倒くさい、行きたくない」っていう人が多いと思うんです。そういう世代を惹きつけて、積極的に楽しく避難訓練に参加してもらうために考案したのが「次世代版避難訓練」なんです。
 誰もがふだんから使っているもので、かつ遊園地に行くような感覚で、避難訓練ができるもの。テクノロジーを活用したり、参加したくなるような世界観をつくることが大事だと思っていて、行きついたのが、「Ingress(イングレス)」というスマートフォンの位置情報ゲームを活用した避難訓練です。
 
 IngressはGoogleの社内スタートアップとしてスタートしたNiantic Labs(ナイアンティックラボ)が出している人気ゲームで、世界中で青チームと緑チームに分かれて陣地を取り合うもの。次世代版避難訓練にもこのゲームの世界観を取り入れて、「この世界の住人は2つのチームに分かれています。どちらのチームが早く避難できるかが、この世界では需要な事項になっています」という設定にしたり、目的地である避難場所を「ポータル」と呼んだり。
 
 「ポータル」はチェックポイントのようなものなのですが、次世代版避難訓練では、このポータルに避難場や帰宅支援ステーションを指定して、「どういう場所が避難場所に指定されやすいのか」「緊急時に水をもらえる場所はどういったところか」といったことを、ゲームをしながら学べるようにしています。
 また、旅行先で被災すると、土地鑑がないので、避難所がどこにあるかなんてわかりませんよね。だから、この避難訓練で私たちが伝えたいことは、「避難のパターンを知る」ということ。避難所になるのは、だいたい公共の施設など、地域の人が多く集まる場所。そういうパターンを知っていれば、初めて訪れる土地で被災しても、パターンに沿って避難場所を探しやすくなります。
 「帰宅支援ステーション」はたいていコンビニやカラオケ店、居酒屋が指定されやすくて、それはこのシールを見たらわかりますよ、とか。広域避難場所と呼ばれるものは、たいてい大学や学校の校庭、公園ですよ、とか。
 
 そういう知識を身につけた人が一人でも増えたら、災害が起こっても、自分が間違った方向に避難するリスクを回避できるだけじゃなくて、ほかの人たちを安全な場所に誘導できるんじゃないかなと考えています。
 
ようこそ! 次世代版避難訓練「LUDUSOS -ルドゥオス-」へ。 これは、全国・海外に滞在する防災に特化した非営利型組織である一般社団法人防災ガールが開発した次世代の避難訓練である。訓練には位置情報ゲーム「INGRESS」を活用し、開催地域の災害情報や行動力や思考を試すミッションが隠されている。 いつ何が起きてもおかしくない日本だからこそ、 何時でも自分と周りの人を守れる人が必要なのが今の時代。 自分たちが暮らす「二子玉川」を守るのは自分たち。 今回は東日本大震災から5年経つこの時に、私たちと一緒に行動を起こしましょう。
 
――「次世代版避難訓練」のお話を伺っていいなと思ったのは、まちの中を歩くことで、いろんなルートを見られることです。避難経路を意識しながら実際に自分の足で歩くことで、「この道は狭いな」とか、「ここは崖沿いだから、土砂災害を警戒して、違うルートを通ったほうがいいな」という感覚が出てくるんだろうな、と。都市開発とか、まちづくりにもつながりそうですね。
 
田中:そう願っています。この訓練では、最後にフィードバックをするようにしています。ワークショップのようなかたちで、「このまちのどういう場所が危険だと感じたか」「では、どこに、どのように避難すればよかったか」ということを参加者同士で話し合いながら、レポートにまとめるんです。そうして出てきた情報は、行政の方にきちんとお伝えする。行政がその情報をどう生かすかというところは、私たちには手を出せない部分ですし、担当者の熱意次第ということになってしまいますが、そこまでやるから意味があると思っています。
 
ようこそ! 次世代版避難訓練「LUDUSOS -ルドゥオス-」へ。 これは、全国・海外に滞在する防災に特化した非営利型組織である一般社団法人防災ガールが開発した次世代の避難訓練である。訓練には位置情報ゲーム「INGRESS」を活用し、開催地域の災害情報や行動力や思考を試すミッションが隠されている。 いつ何が起きてもおかしくない日本だからこそ、 何時でも自分と周りの人を守れる人が必要なのが今の時代。 自分たちが暮らす「二子玉川」を守るのは自分たち。 今回は東日本大震災から5年経つこの時に、私たちと一緒に行動を起こしましょう。

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4、ドローンと鬼ごっこで津波避難訓練
 
――これまで、渋谷区と世田谷区で「次世代版避難訓練」を実施されたということですが、次回以降の企画のご予定は?
 
田中:次は秋葉原でやりたいと思っています。秋葉原は外国人観光客も多いですし、人の層が全然違うんですよ。渋谷や世田谷では、基本的には地元の方々に参加していただいたので、その地域での避難訓練の経験者が多かったんです。でも、秋葉原って、どちらかというと、買い物に来た人が多かったり、自分の目的のお店には行くけれど、その近辺の公園の存在は知らないという人が多かったりすると思うんです。そうした人たちに参加してもらえる企画にしたいな、と。
 
――たしかに、自分の住んでいる地域や勤務先で被災するとは限らないですよね。出掛けた先で被災した場合どう避難するか、とか、そういう人たちをどう安全に誘導するか、といったノウハウも必要ですね。
 
田中:そうなんです。いま、一緒にやろうと言ってくださっている会社さんがいらっしゃって、そのビルのテナントの店員の方々にご参加いただきたいというご相談をしています。というのも、そのビルは避難所に指定されているんです。受け入れる側として危険な箇所と安全な箇所を知った上で、被災した方々をどうやって受け入れるか考えていただきたくて。
 そうした受け入れる側の方とは別に、事前や当日に申込みをしていただいて、観光客の方などにもご参加いただける枠を設けたいと思っています。
 
――先ほどのご説明では次世代避難訓練はオンラインのシステムを使うということでしたが、災害が起きたときに、通信手段が遮断されてしまうこともあると思います。そうした事態を想定した避難訓練もされているんですか?
 
田中:Ingressを利用した次世代版避難訓練では、オンラインとオフラインの情報を組み合わせるようにしています。ある程度の方角と情報はオンラインで入手できますが、それだけでは避難は完了できないようにしていて、各ポータルには実際に足を運びますし、どう避難するかという最終的な決断は、オフラインで、チームのみんなで決めてください、というやり方をしています。
 
 また、企画段階ですが、ドローンを活用した避難訓練をやりたいと考えています。参加者は全部オフラインで。津波を想定した避難訓練なんですが、津波と地震では避難の仕方が違うと思うんですね。地震からの避難は、「大きな揺れを感じたら、まずは安全な場所に身体を隠しましょう」というもので、倒壊などの危険がある場所からは急いで離れたほうがいいけれど、基本的には次の揺れまで時間がある。でも津波は、発生したらもう立ち止まらずに逃げるしかない。のみ込まれないように、いかに速く、高いところまで逃げるかということが大事です。でも、どのくらいのスピードで、どのくらいの高さまで逃げたらいいのか、感覚的にわからないですよね。そこで、ドローンを、想定される津波の高さとスピードで海から飛ばして、ドローンよりも早く避難所まで逃げるという訓練を考えています。
 
 打ち出し方は「ドローンと鬼ごっこ」のようなポップなものにして、一度やってみてから「実はこのドローンは津波のスピードと高さで追ってきていたんだよ」と種明かしをする。それから「ではもう一度、今度はあれが津波だと思いながら避難してみましょう」と言うと、もっと本気で走るようになるかもしれない。
 そういうかたちで、解決したい社会問題や伝えたいメッセージに合わせて、見せ方やテクノロジーを活用していきたいと思っています。
第二回「被災地支援の現場から防災へ」へ続く)
 
田中 美咲(たなか みさき)*1988年奈良県生まれ、横浜育ち。2011年、立命館大学卒業後、株式会社サイバーエージェント入社。ソーシャルゲームの制作を手掛ける傍ら、東日本大震災の被災地支援に携わる。2012年に同社を退社し、公益社団法人助けあいジャパン入社。福島県で支援事業に従事。2013年に防災に関する普及啓発を行う任意団体「防災ガール」設立。2015年に法人化し、代表に就任。現在に至る。
 
【写真:長谷川博一】

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