子どもたちのために大人が力を合わせられる社会を

NPO法人 ブリッジフォースマイル 代表理事 林恵子

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林さんのインタビュー第1回、第2回、第3回はこちら: 「児童養護施設の子どもたちのスムーズな門出を応援したい」 「子どもたちの意欲を育む大人の関わり方」 「企業が良心を持って行動すれば、社会はきっとよくなる

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――ブリッジフォースマイルの活動を続けてこられて、林さんが「やっていてよかった!」と思うのは、どんなときですか?

林:実は私の場合、子どもたちよりも、施設の職員の方の反応から感じることがすごく多いんです。私がこの活動を始めたとき、情報収集をするのは主に職員の方からで、子どもの現状だけでなく職員の現状についても、「すごく困っている」というお話を伺っては、「なんとかしなくちゃ」と思っていました。

 子どもたちの支援をしていても、子どもから直接「ありがとう」「助かった」と言われることって、実はそんなにないんです。施設の子どもたちは支援されることに慣れているということもあるのかもしれないし、「ありがとう」というのが上手じゃない子も多いんですよね。それは別に施設で暮らしている子どもたちだからということじゃなくて、ふつうの家庭だって子どもが親に対して改まって「ありがとう」と言うのって、結婚式くらいじゃないですか(笑)。子どもから感動的な言葉をかけてもらうことってほとんどないので、ボランティアさんにも、「そういうことはあんまり期待しないでね」と伝えています。

 でも、職員の方は「ありがとう」を言ってくれるんですよ。職員の方たちから、自分たちだけではどうにもならない、踏ん張ってがんばっても、バーンアウトして辞めてしまう人が多いという話をよく聞いていたんですが、私たちのような外部の人間が子どもたちのためにいろいろやっている姿を見ると、職員の方々が励まされてがんばろうと思える、と言ってくださるのが、すごくうれしいと思っています。やっぱり、子どもたちの一番近くにいる人たちががんばってくれないと、問題は解決しないわけですから。

 一般家庭で親が子どもに与える影響がなによりも大きいように、施設では職員が子どもに与える影響が非常に大きいんです。その職員が生き生きとしていられる、がんばろうという意欲を持って子どもたちと接していられる、という状況をつくることができたら、本当にうれしいですね。

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――いいですね。児童養護施設の職員の方は、入れ替わりが激しいという話も聞きます。

:激しいと思います。そうした職員の勤務環境をどう改善していくかということもすごく大事だと思いますし、私が活動を始めたときとは違う動きが社会の中に生まれてきているんですよね。

 里親を増やそうという運動が最近盛んなんですが、国際的に見て、日本の児童福祉に関する施策はすごく遅れていると言われているんですね。大きな箱の中で効率よくたくさんの人数を育てるための仕組みなので。それをもっと家庭に近い環境に変えていかなくてはいけないというのが世界の方針であり、日本もそういう方針にシフトしてきている。

 そういうときに、「施設ってこんなにひどいところなんだよ」「だから里親を増やさないといけないんだよ」というメッセージは、たしかにわかりやすいですよね。でも、それはやっぱり、当事者を傷つけるんですよ。施設で暮らす子どもたちもそうだし、子どもたちのために一生懸命がんばっている職員の方もそうです。そうなると、「里親家庭だって、うまくいっていないこんな事例だってある」と、足の引っ張り合いになりかねない場合もあるわけです。私はそれがすごく悲しくて。もちろん、すべてがうまくいっていたわけではないけれど、いままでこんなにがんばってきてくれた人たちが、どうして攻撃されてしまうのか。そんなことをしなくたって、新しい制度は進められるはずなのに。そういったところも、次の課題だと思っています。

――親がいる子どもたちが9割ということも考えると、余計に複雑ですね。

:そうなんです。だから、里親にしても、求められるものがすごく高くなると思うんです。子どもたちとのかかわりの密度が高い分、私たちがボランティア向けに行っている研修よりも、より高度なものが求められるはずです。でも、最初からそんなことができる人なんていないんですよね。

 ボランティアだって活動に参加しながら少しずつ学んでいくわけですし、親だって、子どもを育てながら少しずつ学んでいく。それが、虐待を受けたとか、親と離れざるを得ない事情を抱えて傷ついた子どもたちを、ある日突然里子として受け入れて支援していくことって、すごく難しいと思うんです。

 でも、ハードルが高いからといって「ほら、やっぱり難しくてできないでしょ」となるのも違うと思うし、どうしたらそういった子どもたちを受け入れられる里親を増やせるかを考えていかなければならないんですよね。多くの人が「難しい」「自分には無理」と思っている里親を、「あ、お宅も里親なんですか、うちもなんですよー」くらい当たり前のものにしていくためにはどうしたらいいんだろう、と。

 ボランティアも同じなんです。「私にはそんなことできません」という人は、まだまだ多いのですが、「できますよ!ブリッジフォースマイルでは300人もボランティアをしている仲間がいるんですよ」と私たちも言えるようになってきたし、ずっと続けることはできなくても、ボランティアをやってみて学んだことは、またいつどこで生きるかわからないですよね。

 私たちはボランティアへの心理的なハードルも下げたいと思っているので、ボランティアのやることを明確にして、ひとりに負担が集中してバーンアウトすることがないように細かく分業したり、誰かが辞めたとしてもちゃんと回るような仕組みをつくったりといった工夫をしています。そうして、やったことのない人が「やってもいいかな」と思えるように、参加のハードルを下げるための階段をちゃんとつくっていきたいんです。平日仕事で忙しい人だと、ボランティアのハードルはますます上がると思うので、そういった人たちにとっての入り口になりたいとも思いますね。

――ブリッジフォースマイルで応援しているような自立の仕組みがしっかりできるとか、ボランティアなどで子どもたちにかかわる人が増えて、社会みんなで支え合うという仕組みになっていったら、逆に里親も必要なくなっていくかもしれないですね。

:それはそれでいいんですよね。施設も里親も選択肢のひとつだし、うまく子育てができなくて虐待してしまう親がいても、命の危険がある場合はもちろん離さなければいけないんだけど、そうした親を支えてあげる地域があったりするといいなと思います。

 最近、貧困状況にある子どもたちに食事と居場所を提供する「こども食堂」の取り組みが、全国に広がりつつありますよね。こども食堂のような、子どもたちが自分の親だけじゃなくて地域の大人たちと繋がれるような場所があると、家庭だけでやらなければならないことも減らせるかもしれないし、そうして解決できる問題もあるかもしれないとも思っています。

――林さんは、ブリッジフォースマイルの活動を通してどんな社会をつくりたいですか?

:子どもが自由に選べる社会です。どんな環境で生まれても、自分が本当にやりたいことを、自由に選択できる社会。そんな社会になるためには、その環境を整える大人たちがいるということが前提になります。だから、前段階として、まずは子どもたちのために、大人たちが力を合わせている社会ですね。

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――林さんは昨年4月から旦那様のお仕事の都合でシンガポールにお住まいということですが、オフィスは東京、代表は海外という状態で、組織としてはうまく回っていますか?

:回っていますね。実は私たちにとっても大きなチャレンジだったんです。一年前は、本当にどうなることかとびくびくしていたし、みんな不安だったと思います。

 というのも、団体を立ち上げて以来、「こういうものがあったらいいのに」ということを私が語り、仲間たちがそれを実現してくれるという感じでずっとやってきたので、どちらかというとワンマンなイメージがあったんですよね。だけど、10年経っても続いていく組織になっていくためには、どこかで方向を変えなければいけないという思いも同時に持っていました。

 さらに、私の家庭の事情もありました。ちょっとブリッジフォースマイルの活動に力を入れ過ぎたところがあるなと思っていて。そうしなければここまで来れていなかったと思うので、後悔はしていないんですけど、やっぱり家庭の時間はすごく削ってきていた。

 中学生の娘と息子がいるんですが、一緒にいる時間が少なかったので、せっかく家族そろってご飯を食べていても、あんまり会話が盛り上がらない。コミュニケーションがうまくとれないな、という危機感をもつようになっていたところで夫の海外転勤が決まったので、「これはチャンスだ」と。海外に行くと、家族の絆が強くなるって言うじゃないですか(笑)。

 そんな組織の事情と家庭の事情がちょうどいい具合に重なったタイミングだったので、「これは乗らないと」と思ったんです。

――なるほど(笑)。NPOでは現場に貼りついている代表の方が多いイメージがありますが、遠隔でうまくいっている秘訣はなんでしょう?

:いまの体制をつくるために、約1年かけて準備をしました。夫は先に赴任していたんですが、ちょうど次男が小学校を卒業するタイミングだったので、卒業を待ってから行こうということになって、少し時間があったんです。

 その間に、どういう仕組みにしたら組織も混乱せずに活動を継続できるか、協賛してくださっているコンサルティング会社の力も借りながら、「誰が決定するのか」「どんな会議で検討するのか」といった組織のマネジメントについて準備を整えました。

 それでもやっぱり最初は不安だったんですが、ふだんはメールでやり取りできるし、全体ミーティングや理事会、執行部会にはスカイプで参加していました。そうすればだいたい様子はわかるし、方向性に迷いが生じているなと思ったら、私が意見を言うこともできる。一方で私はすぐには駆けつけられないので、現場で判断しなければいけないことも増えました。その結果、残されたメンバーの責任感とか当事者意識、「自分がやらなくちゃ」という士気といったものは、格段に上がりましたね。そういう状況ではあんまり口を出し過ぎても現場のみんなは嫌がるだろうし、私が海外にいることで、ちょうどいい距離感ができたように思います。「私が全部決めなくちゃ」「代表の私がこう思っているんだから」というワンマンがきかなくなるという状況に私自身も追い込まれたことで、自分自身もセーブできるようになりました。全部見てしまうと全部口を挟みたくなってしまうけれど、見えなくなったことで、適度に任せることができるようになって、報告だけ定期的に上げてもらうようにしたんです。

 いま、私がシンガポールに引っ越して9か月が経ったんですが(12月22日取材当時)、振り返ってみると、「すごくいい1年だったね」という感じです。

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――旦那様の海外転勤という機会を、最大限に活用されたんですね。現在、活動地域は東京、横浜、福岡ということですが、全国への活動拡大など、今後の展望を教えてください。

:福岡ではブリッジフォースマイルとして活動しているというよりも、ブリッジフォースマイルのアイデアや仕組みを提供して、現地のNPOに協力者を独自に募って活動していただいているんです。「この条件に沿ったものでないと、『カナエール』という言葉はつかえません」とか、制約をつけて使っていただいています。

 全国にニーズがあることは分かっているので、時間はかかっても全国に活動を広げていければと思ってはいるんですが、児童養護の現場も状況がどんどん変わってきていて、里親制度をどうするのかとか、児童福祉法の適用年齢を18歳から20歳に上げようとか、いろんな議論が交わされていて、退所後の支援に関しても、私たちの活動開始時とは違って、制度がどんどんつくられてきています。

 そういう中で、私たちも今後どういう役割を果たしていくのかということを、きちんと考えなければならないタイミングが来たと感じています。いまあるものをただ拡大するということではなく、11年前とは環境が変化していることも踏まえながら、この問題とどういうふうに向き合っていったらいいのかをもう一度整理した上で、事業を展開していけたらと考えています。

――PHP総研は政策提言も行っていますので、制度上の改善案など、協力させていただけることがあれば、ぜひよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。


林 恵子(はやし けいこ)*1973年、千葉県生まれ。大学卒業後、大手人材派遣会社パソナに入社。 子育てとキャリアの両立に悩む中参加 した研修をきっかけに児童養護施設の課題に気づき、2004年12月、「ブリッジフォースマイル」を設立。2005年6月にNPO法人化し、パソナを退職。 養護施設退所者の自立支援、社会への啓発活動、人材育成を活動の3つの柱とし、さまざまなプログラムを提供している。
 
【写真:遠藤 宏】

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