児童養護施設の子どもたちのスムーズな門出を応援したい

NPO法人 ブリッジフォースマイル 代表理事 林恵子

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「変える人」No.24では、児童養護施設を退所する子どもたちを支援しているNPO法人ブリッジフォースマイル代表の林恵子さんをご紹介します。
 
※児童養護施設とは:両親を亡くした子どもたちのほか、虐待や経済的事情など、なんらかの理由で家庭での養育が不適切と判断された子どもたちが、生活している施設。厚生労働省の発表資料によれば、全国約600の児童養護施設で、3万人弱の子どもたちが生活している。かつては「孤児院」と呼ばれ、両親を亡くした子どもたちが養育されていたが、現在では親のいる子どもが9割を占める。
 
――まずはブリッジフォースマイルの活動についてお伺いします。ブリッジフォースマイルという団体名には、「児童養護施設の子どもたちと社会をつなぐ笑顔の掛け橋になりたい」という願いが込められているそうですが、どのような活動をされているのですか?
 
:ブリッジフォースマイルは、児童養護施設を退所する子どもたちの自立支援をしています。私がこの活動を始めたのは11年前なんですが、その頃は自立支援や退所後支援という言葉もあまり聞いたことがないというか、一般的ではありませんでした。児童養護施設自体もあまり知られていなくて、「孤児院」というほうがピンとくる方が多かったんですが、いまでは施設で生活している子どもたちの9割に親がいるので、孤児院という言葉は適切ではない。だけど、いろいろと社会が変化していく中で、貧困や虐待といった事情で家庭での養育が難しく、社会でサポートしなければいけない子どもたちは、やっぱり一定数いるんですよね。
 
 施設で育った子どもたちは18歳になると社会に出て行くんですが、そこでサポートが足りないが故に、最初の段階でつまずいてしまう子も少なくありません。一度つまずくと、復活するチャンスがなかなか与えられない中で、生活保護を受給するようになったり、犯罪に手を染めたり、裏の社会のほうへ引っ張られていってしまうような子どもたちもいます。そうした事態を防ぐために、なにかできることがないだろうか、というのがこの団体の活動の目的です。

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画像提供:ブリッジフォースマイル

――具体的には、どのようなサポートをされているのですか?
 
:私たちの活動には3つの柱があります。施設を退所して社会に巣立つ子どもたちを応援する「自立支援」、児童養護への関心を高め、子どもたちが笑顔で生きていける社会をつくる「啓発活動」、子どもたちに直接かかわる大人たちがよりよい支援を行えるようにする「人材育成」。
 
 最初に始めたのは、高校3年生向けの「巣立ちプロジェクト」という自立支援です。高校を卒業した子どもたちは施設を出て、ひとり暮らしを始めることになります。大学進学を機に親元を離れてひとり暮らしを始める18歳はたくさんいますが、たいていは手続き面でも金銭面でも親を頼りますよね。ところが、施設の子どもたちは親を頼ることができません。施設の職員も非常に忙しいので、なかなか頼ることは難しい。そうなると自分ひとりでなんとかしようとして、うまくいかないことを抱え込んでいって、どうにもならなくなってしまう、ということがあります。家賃を数か月滞納して逃げるしかなくなるとか。
 
 そうした事態を防ぐために、引っ越しに必要な手続きや金銭管理の仕方、危険からの身の守り方など、ひとり暮らしを始めるにあたって知っておくべき知識やスキルを、全6回のセミナー形式で学ぶのが「巣立ちプロジェクト」です。
 
 6回のセミナーが終わる頃には、子どもたちが「ひとり暮らしでもやっていけそうだな。楽しみだな」と意欲を持てることを目指していますが、セミナーと言われると、最初はやっぱり「めんどくさいな」と思う子どもが多い。ひとり暮らしまでに少しでもお金を貯めておこうと、アルバイトで忙しくて、セミナーに出る時間なんてないという子も少なくありません。だから、社会人になった先輩たちも呼んだりして、楽しく学べる場にするための工夫はもちろん、最終的には「もので釣る」んです(笑)。セミナーに参加するとポイントがつくようにして、貯めたポイントは生活必需品と交換できるという仕組みにしています。全部参加すると、3万円相当のポイントが貯まって、スーツセットや調味料セット、洗濯機などの家電、パソコンといったものと交換できる。
 
 最初は「パソコンがもらえるらしいから、行っておいで」と先生に背中を押されて嫌々参加した子が、「意外と楽しかった」と6回全部参加してくれたりして。そうして、施設の仲間や先輩たち、ボランティアさんとわいわい楽しく知識やスキルを学びながら、生活必需品ももらえる、という仕組みにして、子どもたちの参加意欲が高まるようなプログラムづくりを心掛けています。

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――アルバイトを休んだ分収入が減っても、その分生活必需品がもらえるなら、「行ってもいいかな」と思えそうですね。当事者の実情と気持ちに寄り添った仕組みだと感じます。
 
:「巣立ちプロジェクト」は、退所前の高校3年生を対象としているんですが、退所後の支援プログラムもあります。施設を出た子どもたちが抱える問題のひとつは、孤立しやすいということ。孤立してしまうと、問題やトラブルがあっても誰にも相談することができずに、どんどん深刻になってしまいます。そうなる前に問題の芽を早く摘めないだろうか、ということで始めたのが「アトモプロジェクト」です。退所した「後も」つながりを保ち、なにか問題が起きたときに、気軽に大人に相談したり、仲間同士で情報交換をし合えるような関係をつくることを目指しています。
 
 具体的には、退所した子どもたちが定期的に集まる機会としてバーベキューをしたり、「自立ナビゲーター」と呼ばれるボランティアが、メンターのようなかたちで子どもを一対一でサポートしたりしています。この「自立ナビゲーション(自立ナビ)」は月に1回、子どもがボランティアさんと会ってごはんを食べながらおしゃべりをする、というだけのプログラムなんです。お昼ごはん代として1,000円まで予算をつけているので、それでおいしいランチを食べる。だけど、施設を出てひとり立ちして仕事で毎日忙しいのに、お説教ばかりしてくるような人とは会いたくないですよね。人と人なので、相性だってあります。それは外部の人から強制的にマッチングされるようなものではないと思うので、誰に自立ナビゲーターになってもらうかは、子どもたち自身が選べるようにしています。ボランティアメンバーの一覧を見せて、「誰にやってもらいたい?」と。
 
 ただ、ボランティアの方々も忙しい中時間を割いてやっていますし、子どもたちに人気があるからと言ってボーナスが出たりするわけでもないので、マッチングは慎重にやっています。年齢が近くて話が上手で、子どもたちを楽しませてくれるようなボランティアメンバーにはやっぱり人気が集中しますが、月に1回会うとなると、ひとりのボランティアが担当できるのは、ひとりかふたり。だから、子どもたちには第一希望から第五希望くらいまでを出してもらって、全員が指名した人の中からマッチングできるように、事務局で調整をかけるんです。こうやって「自分が選んだ人にサポートしてもらっている」という感覚を子どもたちに持ってもらうことも大事だと思っています。

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――「自立ナビゲーター」は何名くらいいらっしゃるんですか?
 
:2014年は登録ボランティアさんが350人くらい。自立ナビを利用した子どもたちは53人でした。
 
――計算上は子どもひとりに対してボランティアが7人弱いることになりますが、自立ナビゲーターは毎月マッチングし直すんですか?
 
:ひとりが1年間ずっと担当します。ただ、月1とは言っても、都合が合わなくて会えなかったり、会いたくないなっていうときだってありますよね。そういうときは、しかたがないから、無理に会えとは言いません。「アトモプロジェクト」はほかにもいろいろありますから。
 
 たとえば、「アトメル」というメールを週に1回配信しているんですが、お役立ち情報やイベントのお知らせもあれば、寄付をいただいたときに「欲しい人はいますか?」と希望者を募ることもあります。
 
――寄付にはどんなものがあるんですか?
 
:お米とかもあるし、レストランの招待券をいただくこともあります。これまででいちばん人気があったのは、スウェーデン訪問の企画でしたね。スウェーデン在住の支援者の方が、旅費も負担してくださって、自宅にホームステイさせてくださるというもので、応募が殺到して。2名までということだったので、この時は作文で選抜しました。お米なんかだと、単純に先着順なんですけど。
 
 ほかに、「振袖イベント」も人気があります。成人式を迎える子どもたちを対象にしたものなんですが、振袖を一式そろえて着付けをして写真を撮って、って結構高額なので、自活している子どもたちにはなかなか難しいんですよね。それを、ボランティアさんが着物を集めて、着せて、撮影して、アルバムにして渡してくださるんです。登録ボランティアさんの中には、カメラがプロレベルの方もいらっしゃるので、きちんとしたものをつくっていただけて、やっぱり女の子から人気がありますね。今年も13名の女子と2名の男子が参加しました。
 
――きっと一生の思い出になりますね。スウェーデンにお住まいの方は、なにをきっかけにボランティア登録されたんですか?
 
:その方は実は登録ボランティアさんではなかったんですが、たまたまブリッジフォースマイルのホームページをご覧になって、こういう環境の子どもたちがいるんだということを知って、「なにか私にできることはないかしら」「外国を訪ねるという経験も子どもたちの役に立つんじゃないかしら」と思って、お問い合わせくださったんだそうです。とは言え、見も知らぬ人に、しかも海外で子どもたちを預けることはできないので、日本にいらした機会にお会いして、考えうるいろんなリスクなどを話し合って、その上でやってみることにしました。
 
 児童養護施設の子どもたちは、厳重に守られています。時には過保護に思えることもあるくらい。大切な子どもたちですから、職員からすれば「守らなければいけない」という意識が強いのは当然なんですが、あまりに閉鎖的だと、必要な経験の機会まで子どもたちから奪ってしまうことになりかねない。一般家庭でも、子どもたちに「好きなようにやりなさい」というのは勇気が要ることですから、自分の子どもではない子どもを預かって、安全に育てる責任を負っている施設が慎重にならざるを得ないということは理解しています。
 
 一方で、子どもたちはもっといろんな経験をして、失敗もしながら学んでいく必要があるんじゃないかとも思うんです。たとえば、施設ではインターネットを使える環境もかなり厳しく制限されているんですが、インターネットのリスクは、一般家庭にもあるものだし、上手につき合っていかなければならないものですよね。安全か安全じゃないかという感覚を身につけることもそうだし、失敗して問題を起こしてしまった場合にどう対応していくかということも学ばなければならない。だけど、施設の職員の方々も多忙ですから、トラブルが起きてから対処するよりは、先に全部ブロックしておくほうが安心だという気持ちもわかります。それは施設を批判してもしかたのないことなので、どうしたら施設でインターネットとのつき合い方を学べるようになるかを考えるしかない。それで、たとえば「私たちが代わりにフィルタリングした上で、安心して使えるようにしますよ」という役割をしていかなければならないと考えています。

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――子どもたちの周囲からリスクをすべて排除してしまうのではなく、リスクを踏まえたつきあい方を学べるようにすることが大切なんですね。
 
:巣立ちプロジェクトなどのために寄付を集めるときにも、いろんなものをいただきます。少し傷んでいるお洋服などをいただくこともある。思い入れのある品を、まだ使えると思って提供してくださったんだと思うし、その気持ちはとてもありがたいんですが、場合によっては、子どもたちの門出を祝うにはちょっと違うかな、と思うようなものも入ってきてしまいます。そういうときには、「子どもたちに選んでもらう」というフィルターをかけることで、提供してくださった方も嫌な思いをしないように、かつ子どもたちにも喜んでもらえるように、ということを心掛けています。私たちが間に立って、いくつかのフィルターをかけていくことで、関わる人それぞれの思いが調整できたらいいなと。
 
――社会と子どもたちを「つなぐ」という役割には、ただパイプとなるだけでなく、フィルタリングの機能も求められるんですね。
 
:そうですね。活動を始めた10年前はわからなかったんですが、児童養護施設の職員の方々も子どもたちも、いろんな葛藤を抱えながらがんばっている。しかも職員一人ひとり考え方は違うし、子どもたちも一人ひとり環境も個性も全然違う。そうしたことを理解して、多様性を受け入れながら柔軟に対応していくことが求められます。ただ、方針がぐらぐらしていると「あの団体、いったいなにがしたいの?」と言われてしまうので、そのつり合いをとっていく、300人以上のボランティアとすり合わせていくというのは、本当に、とっても大変でした。
 
(第二回「子どもたちの意欲を育む大人の関わり方」へ続く)
 
林 恵子(はやし けいこ)*1973年、千葉県生まれ。大学卒業後、大手人材派遣会社パソナに入社。
子育てとキャリアの両立に悩む中参加 した研修をきっかけに児童養護施設の課題に気づき、2004年12月、「ブリッジフォースマイル」を設立。2005年6月にNPO法人化し、パソナを退職。
養護施設退所者の自立支援、社会への啓発活動、人材育成を活動の3つの柱とし、さまざまなプログラムを提供している。
 
【写真:遠藤 宏】

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