大学合格者数のその先に、e-Educationが目指すもの

NPO法人 e-Education 代表 三輪開人

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三輪開人さんのインタビュー第一回、第二回はこちら:
バングラデシュの村に最高の授業を届けたい
拡大フェーズの混乱と代表の交代を迎えて
 
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――フィリピンではバングラデシュとはまた違った活動をされているそうですね。
 
三輪:これまで紹介してきたのはバングラデシュの事業なのですが、国によって活動内容は少しずつ異なります。フィリピンの事業に関しては、東日本大震災をイメージしていただくとわかりやすいと思いますが、ちょうど震災と同じ2011年に、センドンという超大型台風がフィリピン南部のミンダナオ島を襲いました。ミンダナオ島はもともと紛争地帯だったため支援の手が届きにくく、災害支援が非常に遅れた結果、貧困が生まれてしまいました。そうした状況を見て、私たちも教育支援を行うことにしました。
 
 フィリピンには被災直後に「オープン・ハイスクール・プログラム」という教育支援プログラムがすでに誕生していました。e-Educationはそことコラボするかたちで、映像授業を届けることにしたのです。「オープン・ハイスクール・プログラム」は、高校をドロップアウトしてしまった若者たちが、土日を利用して学校に通うことで、高校の卒業資格を取得できるというものでした。
 
 当初私はこのオープン・ハイスクール・プログラムを利用しているのは、震災で家を失ってしまった高校生や、それより少し上くらいの世代だと思っていたのですが、それだけでなく、社会人の方も授業を受けに来ていました。そのうちの一人が、エルビアという45歳の女性でした。市役所に勤めていて、3人の子どものうち一人は結婚していて、孫までいた。傍から見ると、彼女がなにか苦労しているようには思えないわけです。
 
 エルビアさんに、「なんでオープンハイスクールに通っているんですか?」と訊いてみたら、私の夢(ambitious)は学校の課程を終わらせることだった、と言うんですね。そんなことしなくても幸せそうなのに、と最初は正直よくわからなかったんですが、話を聞いていると、3人の子どもを育て、大学までやりながら、「本当は自分も勉強したい」という思いをずっと持ち続けてきたんだそうです。じゃあ、社会人として立派に働いていて、孫までいる人が、勉強して高校課程を修了することで得られるものはいったいなんなのか、とフィリピンの先生たちとも一緒に考えたんですけど、やっぱりそれは、自信や誇りといったものだろうと。これが確信に変わったのが、バングラデシュでのインタビューでした。2014年から、バングラデシュで受験に落ちた子たちへのインタビューを始めたんですが、その中の一人に、村で有名な起業家になった子がいるんです。その子に話を聞くと、「大学受験というものを通じて、僕は挑戦する勇気と自信をつかむことができた。それがよかった」と言ってくれたんですね。それを聞いたときは、頭をかち割られるような感じがしました。
 
 もうひとり、バングラデシュのe-Educationで働いているスタッフで、ヌルという少年がいるんですが、彼は中学を中退して、ハウスキーパーの仕事をしてくれています。私たちのオフィスにはパソコンがたくさんあるので、時間があるときに、ヌルにデータ入力を手伝ってもらったりしながらパソコンを教えていたんですが、いつの間にか、ほかのスタッフと同じくらいパソコン入力のスキルが上がっていたんです。それで彼の給料を上げたんですが、そうするとものすごく喜んでくれた。
 
 この3人からは、学んで力を手に入れることは、その人が本当に求めている誇りや自信を取り戻すことにつながるんだということを学ばせてもらいましたね。

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――勉強は大学受験などをゴールとする単なる手段ではなく、学びのプロセスそのものの中で、得られるものがたくさんあるということですね。
 
三輪:そうなんです。だから、ただ学ぶだけじゃ意味がないんですよ。その子たちが本当にぶつかっている課題はなんなのか、しっかり向き合った上で、一人ひとりにゴールを設定してあげることが大切なんです。
 
 いやー、難しいな、と思ってインターンの学生に相談したら、「開人さん、やってるじゃないですか」って言われて。最初はなんのこっちゃ、と思ったんですが、e-Educationのインターンの学生たちのマネジメントのことだったんですね。いま、e-Educationから30人弱の学生を海外に送ったんですが、彼らがなぜ海外を目指すのか、私は全員分言うことができます。「スポーツで世界を目指してきたけれど、今後はスポーツ以外の分野で世界を目指したい」という学生。「勉強する理由が大学院で見つからないから、その前に自分が学ぶこと、生きることの意味をつかみとりたい」という学生。そういう様々な思いを持った学生一人ひとりと面談をして、彼らが苦しんだり困ったりしたときには、そこに立ち戻るための質問を必ずぶつけてきました。
 
 これをできる限り、バングラデシュの大学受験をはじめ、ほかのいろんな国の現場にも徹底していこうというのが、e-Educationの次の挑戦です。
 
――e-Educationのスタッフも、映像授業を受ける子どもたちも、モチベーションや目標はさまざまなんですね。
 
三輪:だから、2014年は大学受験の合格者数のその先に、e-Educationはどこを目指すのかっていうことを、すごく考えた一年でした。最終目標を合格者数や卒業者数ではないところに置くことができたら、私たちは、私たちにしかできない仕事ができるんじゃないかなと思っています。
 
 やること自体は根本的には変わらないと思っていますが、学生たちが最終的には一体どこを目指しているのか、将来が見えないのであれば、どういうものが見えれば彼らにもっと火がつくのか。そういうプロセスにもっとこだわった教育支援をしていきたいなと思っていますね。

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――それが出来上がったら、日本にもまた逆輸入できそうですね。日本では目的もなく流れに乗るかたちで大学に進学する人が多いと思うんですが、なんのために大学に行ってなにを学ぶのか、もう一度見直す機会が必要なように感じています。
 
三輪:実はここ一年ほど、できる限り日本の地域にも足を運ぶようにしています。その中で、島根県の吉賀町という限界集落を訪れました。吉賀町は過疎化が進んでいて子どもが少なく、高校は複式学級という形式をとっています。複式学級というのは、2つ以上の学年をひとつにまとめて編成したクラスのことです。いま日本でどんどん増えているんですが、実際行ってみるまで、どんな授業をしているのか想像がつかず、なんで私に声をかけていただいたのかも、実はわかりませんでした。
 
 ところが、行ってみると案外シンプルで、つまりは自習形式になっていたんです。全校生徒16人がひとつのパソコンルームにいて、子どもたちはインターネットで学びたい授業を見て各自勉強する。先生はそれをモニターしている。なるほど、と思いました。学校の予算は生徒の人数に比例して割り当てられているので、全校生徒数が16人という学校では、各教科の教員どころか、各学年ごとに担任をつけることもできないんですね。
 
 ということで、実はいま、少人数の教員でも複式学級や地方の学校をサポートできる仕組みをつくることが、喫緊の課題なんです。高校1年生と3年生では、学ぶ内容が全然違いますよね。体育とかならいいんでしょうが、たとえば数学を、ひとつの教室でひとりの先生が3学年にまとめて教えることはまず不可能です。そうした状況の中で、私たちが途上国でやっているような、インターネットやDVDを介した動画授業の活用は、個々の進路に合わせて勉強していくひとつの手段となります。
 
 島根では、複式学級で学んでいる子どもたちにいい教育を与えたいということで、外部からどんどん積極的に人を入れています。そのうちのひとつが私たちe-Educationだったんですが、実はここでおもしろい発見がありました。
 
 バングラデシュからマヒンを呼んで一緒に島根に行ったんですが、開口一番、「みんな本当にうらやましい環境で勉強しているね」って言うんですよ。あんまり嬉しそうに言うので、私もびっくりして、「え?マヒン?ここはいろいろ大変なんだよ?」って言ったんですが、「そうかい?だって僕が住んでいるバングラデシュでは、ひとつの教室に100人以上の生徒がいて、パソコンなんて一台もない。当然年齢もバラバラ。年齢がバラバラというところはバングラデシュと同じだけど、それ以外は全部ここのほうが恵まれてるじゃないか。教材もあるし、先生もいて、一人ひとり面倒を見てもらえる。これで一体なにが不満なんだ?」と。そう言われて、子どもたちも開いた口がふさがらない。「あれ?自分たちって恵まれてるんでしたっけ?」と。そしたらマヒンが「当たり前だ!君たちにどうしても言いたいことがある」と、e-Educationのストーリーを話したんですね。そして、「君たちは、ここが田舎だと言うけれど、僕が住んでいた村のほうがもっともっと田舎だ。それでも僕の村からは、日本でいう東大にあたる大学に、毎年合格者が出ているんだ。そもそもなんで君たちは東大を目指していないんだ」と。
 
 一瞬教室の空気がピシっと凍ったのを感じましたが、その後、生徒たちがすごく丁寧な手紙を書いてくれて、中には「自分はもっと挑戦できるんじゃないかと思って、大学受験に向けて勉強し始めました」という子もいました。この経験から、もしかするといま私たちが途上国でやっていることは、日本の地方の可能性を引き出すというところと、すごく接点があるんじゃないかなということを、最近思うようになりました。e-Educationのミッションは「世界の果てまで最高の授業を届ける」ということ。これは途上国に絞っているわけではありません。できることなら、日本の地方の可能性も引き出せるような教育プログラムを、途上国の人たちと一緒につくっていくことができれば、これはおもしろいですよね。そのために、いま一手ずつ準備を進めています。具体的には、e-Educationを通して大学に合格した途上国の子たち、マヒンはもう20代半ばなので、大学に合格したばかりの、日本の高校生と年齢の変わらない子たちを、日本の地域に送り込んでやろうと。
 
 バングラデシュの子たちのほうが、勉強時間で言えば桁違いに努力していますが、どんなに田舎でも、日本の子たちのほうが、絶対に恵まれています。インフラだって全然違うし、日本だと明日のごはんの心配をすることなんてほぼない。だから、日本の地方で、自分たちの可能性に気づいていない子どもたちに、本当はどれだけ恵まれていて、チャンスに満ち溢れているのかっていうことを伝えられるのは、私たち大人ではなくて、途上国でより厳しい状況でがんばっている同世代の子たちなんじゃないか、彼らこそが目指すべきロールモデルとなりうるんじゃないか、と考えています。

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――もしかすると、複式学級での映像授業を用いた学習というのは、ある意味で最先端なのかもしれませんね。1クラスに30人くらいの生徒がいて、そこに先生がひとりついて30人に向けて授業をするのが、ほとんどの学校で採用されている「当たり前」のかたちとされていると思うんですけど、30人もいれば、絶対に学習進度にばらつきがある。多くの場合、先生はクラスの中間層に合わせて授業を行うと思うので、トップ層はつまらないし、下位層はついていけないし、という状態になりがちだと思います。このことを考えると、その島根の高校での取り組みは、本当の意味で一人ひとりに合わせた授業であって、すごく進んでいるという捉え方もできるような気がします。
 
三輪:少し時をさかのぼるんですが、高校時代、いまでも忘れることのできない光景が教室にあったんです。私の学校はもともと進学校だったので、2年生の終わりくらいからだいたいみんな予備校に通っていて、春休みが明けて3年生になる頃には、3年生の夏くらいまでの内容を先取りしている子が多かったんです。予備校組は授業のはるか先をいっているので、学校の先生の授業の中身には興味がない。一方で、私のような野球小僧や部活生は、夏の大会が近いので、授業中はずっと寝ているか、弁当を食べている(笑)。
 
 窓際の一番後ろに座っていた私が見た最悪の光景は、寝ているか、弁当を食べている部活生たちと、一人黙々と自分で問題集を解いている予備校組の生徒たち。そして、そんな生徒たちに申し訳ないのか、一度も生徒を振り返ることなく、黒板に向かってチョークを走らせている先生。県でトップ10に入る進学校だったはずなのに、あの光景はどう考えてもおかしい。誰も幸せになっていない。せめて、予備校組のトップ層に合わせて授業をやっていたら、彼らは授業を聞いていたと思います。部活生だった私たちだって、補修プリントでもつくってくれたらやるし、部活を引退してから真剣に勉強しますから。
 
 きっと誰一人満足していない絶望的な時間が、しかも毎日毎時間流れているのを見て、だめだ、予備校行こう、と思いましたね。きっと、いまでも絶対そういう光景ってあちらこちらにあると思うんです。東進に通ってなにがよかったって、自分のペースで勉強できることだったんです。クラスの進度に必死になってついていくのではなくて、自分自身のペースで勉強できるという特徴が、映像教育にはあった。アツ(税所篤快)も、学校の先生がささやき続ける魔法の呪文のような言葉をひたすらノートにとる振りをしながら、カンボジアに井戸をつくる方法を考えたりしていたらしいんです。彼にとっても、学校の席に座っている時間はけっこう苦痛だったそうです。その気持ちは、自分の経験からも、すごくよくわかる。だから、私が訪れた島根の高校のような学校は、都会の多くの学校では一学年に100人も200人もいるのが当たり前ということと比べると、大変な状況なようにも見えますが、実は学習環境自体はよほど恵まれているようにも感じるんです。

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――いま「当たり前」とされている学校の状態とは違うというだけで、当たり前=ベストとは限らないということですね。過疎化が進む地方の学校もそうですし、フリースクールなど、学校の外で学習機会を求めている子どもたちにも、展開や応用ができそうです。
 
三輪:よく、若者、よそ者、ばか者によって社会が動かされてイノベーションが起きるっていいますよね。イノベーションは弱者や地方から起こる。その片鱗を私たちは途上国でも見てきましたし、日本でもそういう動きはたしかに生まれ始めています。
 
 私が島根で訪れた吉賀町は、小学校から高校に至るまで複式学級化がどんどん進んでいます。中学、高校と一気に学習量が増える時期に、複数の学年をまたいだ授業を受けるということが、地方だとこれから当たり前になっていきます。学校の統廃合を繰り返して、一定規模の生徒数を保つという考え方もあるとは思うんですが、学校が減ったことで、自転車で片道1時間半の通学時間をとられたりしているケースもあります。だったら、家の近くに複式学級の学校があるほうが、よほど通学時間分を勉強に充てられますよね。
 
 私は島根のプログラムを通じて、私がバングラデシュをはじめとする途上国でやってきたことと、日本の課題との接点がうまくつながってきたように感じています。
 
 最近、試行的に、e-Educationに通うバングラデシュの子どもたちと、日本の高校生たちをスカイプでつなぐ授業をやってみたんです。文部科学省のスーパー・グローバル・ハイスクール(SGH)に指定されている埼玉県の浦和高校、ここは東大合格者数が全国の公立校で最多となることも多い全国屈指の進学校なんですが、そこの生徒とバングラデシュの子たちをスカイプで交流させたんです。授業後、浦和高校の子たちからは、「僕らと同世代でがんばっている子たちに刺激をもらった。自分たちも負けていられない。絶対東大に行きます」っていう感想がばんばん返ってきました。彼らのやる気に火がついたこともうれしかったし、実は、バングラデシュの子たちがものすごく自信をつけたんですよ。
 
 日本でトップクラスの高校に通う生徒たちと、対等に話すことができた。認められて、褒めてもらえた。日本のトップの同世代の子たちと並ぶ力を、自分たちは持っているんだって。実は途上国側にも自信とやる気に火がついたんです。
 
――素晴らしい相乗効果ですね。
 
三輪:私が高校時代に見た悪夢のような授業風景から一転して、そこで私が見たのは、誰もが幸せになっている光景でした。浦和高校の先生も、バングラデシュの先生も、ものすごく喜んでくれて。このプログラムは浦和高校と親しいNPO経営者から声をかけていただいて実現したんですが、SGHは、グローバル人材や社会の課題を解決できるようなリーダーを育成したいという文脈のプログラムだということで、大半の学校が先進国ではなく途上国を交流やなんらかの研究の対象としているようなんです。e-Educationスタッフの薄井や吉川にもいろいろと相談が来たりもしているようなので、他校にも展開していけるといいなと考えています。
 
 実はこのプログラムのヒントも、マザーハウスでのインターンにあるんです。マザーハウスはバングラデシュでバッグをつくっているのですが、工場にお客さんを呼ぶという珍しい取り組みをしています。マザーハウスのバッグを購入したお客さん向けのツアーをHISと提携して組んでいるんです。製造業の工場で働いている人がエンドユーザーの顔を見ることは普通ないと思うんですが、日本から来たお客さんが、自分たちがつくったバッグを手に、「素敵なバッグをつくってくれてありがとう」「もう4年間愛用しているけど、まだまだ使えますよ」といった言葉をかけてくれる。それを聞いて、うれし涙を流している工場の子たちを見てきました。それで、途上国の人たちと日本の人たちをつなぐことって、そんなに難しいことじゃないんじゃないか、という思いは、ずっと持ってきたんです。
 
 途上国の可能性に目を向けていくと、きっとその先は日本の課題にも結び付いていく。たとえばJICAであったら、それが「途上国のために」どう役立つのかというところにこだわらなければならないんですが、その垣根を飛び越えて相互作用を追求できるところが、NGOの醍醐味だと思います。
 
(第4回「No.2を目指す人を増やしたい」へ続く)
 
三輪 開人(みわ かいと)*e-Education代表理事
1986年生まれ。早稲田大学在学中にバングラデシュにて税所篤快氏と共にNPO法人e-Educationの前身となる活動を開始。予備校に通うことのできない高校生に映像教育を提供し、大学受験を支援した。大学卒業後はJICA(国際協力機構)に勤務しながら、NGOの海外事業総括を担当。2013年10月にJICAを退職し、e-Educationの活動に専念。14年7月同団体の代表理事就任。
 
【写真:遠藤宏】

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