バングラデシュの村へ最高の授業を届けたい

NPO法人 e-Education  代表 三輪開人

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――映像授業は、予備校を疑似的に再現するようなものですよね。先ほど、独学しようにもいい教材がないということでしたが、教材開発よりも映像授業を選ばれたのは、やはり三輪さんご自身に東進という原体験があったからなのでしょうか。
 
三輪:そうですね。たとえば、とてもいい参考書を持っているからと言って、数学をひとりで学べるかというと、これは本当に難しい。いわゆる問題演習を行うのは、ある程度の基礎が固まってからだと思うんです。
 
 ただ、「映像教育を提供しています」というと、映像教材だけをつくってきたかのように思われることもあるんですが、問題演習の教材や学力を測るためのテストもつくっています。映像教材と、学習教材と、学力テストの3点セットで、提供しているんです。
 
――なるほど。映像だけどこかの予備校からもらってきているわけではなく、学習プログラム一式をパッケージ化して提供しているんですね。白紙のノートを開いて授業を聞いているだけではさすがに受からないか(笑)。
 
三輪:e-Educationの活動1年目、都市部の予備校の先生と交渉して映像教材をつくって、生徒を集めて、予備校のかたちをつくるまでは全部アツがやったんですが、彼は当時休学していたので、復学のために一度日本に帰国したんです。その頃私はJICAの新入職員だったんですが、JICAには新入職員が4か月海外で修業するというOJTプログラムがあって、ちょうどアツと入れ替わるかたちでバングラデシュに入りました。
 
 そこからは平日はJICAの仕事をしながら、主に休日を使ってe-Educationの細かい部分を整えていきました。イスラム圏では基本的に金曜日と土曜日が休みなので、木曜日の夜になると、マヒンと一緒にダッカを出て、村に2泊してe-Educationの活動をして、日曜日の朝帰ってJICAに出勤、というサイクルを毎週繰り返していたんですが、そうするうちに、教材が足りない、学力テストが足りない、といったことがだんだんわかってきました。そこで、映像を補完するための教材をつくったり、映像授業を受けるためのパソコンの台数が限られていたので、2週間に1回、順位入れ替えテストのようなものを行って、生徒たちのモチベーションを保つとともに、成績のよかった生徒ほどたくさん授業を受けられるようにしました。そうしてがんばった人にとってプラスになるような仕組みを、マヒンと一緒に4か月かけてつくっていったんです。
 
――なるほど。つまり、大きな道筋を税所さんがつくって、税所さんの帰国後は三輪さんとマヒンが細かい部分を整えていく、という役割分担だったんですね。バングラデシュの大学進学率は決して高くないということでしたが、それでもマヒンの村の子どもたちは、みんな大学を目指して勉強していたんですか?
 
三輪:正直言って、本当に受かると思って受験している子は少なかったと思います。多くは一縷の望みをかけて、という感じ。ですが、最近はそれも変わり始めていて、e-Educationの学習支援を通して、ハンムチャー村や隣町のチャンドプールから、10人20人とダッカ大学に合格するようになってきました。そうすると、自分も本当に行けるかもしれない、と思えるようになってくる。子どもたちの一人がとても嬉しいことを言ってくれたんです。「夢が目標になった」って。
 
 本当に実現できると思って勉強している子どもたちは、いまではひとりやふたりではなく、村全体の流れがたしかに変わったんだなということが実感できたのが、バングラデシュでの事業でしたね。
 
(第二回「拡大フェーズの混乱と代表の交代を迎えて」へ続く)
 
三輪 開人(みわ かいと)*e-Education代表理事
1986年生まれ。早稲田大学在学中にバングラデシュにて税所篤快氏と共にNPO法人e-Educationの前身となる活動を開始。予備校に通うことのできない高校生に映像教育を提供し、大学受験を支援した。大学卒業後はJICA(国際協力機構)に勤務しながら、NGOの海外事業総括を担当。2013年10月にJICAを退職し、e-Educationの活動に専念。14年7月同団体の代表理事就任。
 
【写真:遠藤宏】

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