「人の役に立ちたい」という気持ちをかたちにする寄付教育

日本ファンドレイジング協会 代表理事 鵜尾雅隆

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鵜尾雅隆さんのインタビュー第1回、第2回はこちら:
『共感×解決策』の掛け算で社会を変える
社会的投資の日本型モデルづくりを目指して
 
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――これまでお話を伺ったNPOの方の中にも、日本のNPOの寄付の集め方について問題意識を持っている方もいらっしゃいました。集めるためのアピールが足りないこともそうですが、集めた寄付金の使い方やそれが生んだ成果など、寄付者へのフィードバックが十分でないと。受益者と向き合うことはもちろん大事なことですが、寄付者の支えがなければ活動できないのであれば、営利企業が顧客満足度を意識するように、「寄付者満足度」を高める努力をしなければ、寄付が続かないというようなことをおっしゃっていました。
 
鵜尾:本当にそうですよね。社会的インパクトは、支援者と一緒に生み出すものです。だから、支援者に達成感を感じていただいて、もっとこの課題解決に向かって行こうと思ってもらうことがすごく大事なんです。
 
――日本ファンドレイジング協会では、当面の間「善意の資金」10兆円規模を目指すということでしたが、なぜ10兆円なのでしょうか。
 
鵜尾:我々が「善意の資金」と呼んでいるのは、日本での寄付と社会的投資を合わせたものなんですが、ポテンシャルとして10兆円くらいはあると考えています。また、行政・企業・民間非営利セクターの三者間にいい緊張関係が機能し始めるのが、そのレベル感かなと考えていることもあります。
 そのために必要なインフラを、2020年までに全部設計してしまおうと思っているんです。非営利セクターが成長するためには、NPOがやらなければならないこと、マーケットメカニズムとしてやらなければならないこと、制度としてやらなければならないことがありますが、だいぶ先が見えて来たという感じです。休眠預金の活用、社会的投資市場の形成、これから行う寄付月間キャンペーンの仕掛けのように、日本にあったほうがいいのにまだないものがはっきりしてきたので、それらをまず2020年までに全部つくってしまいたいと考えています。
 そうすることによって、寄付や社会的投資の成功体験を得る人をどんどん増やしていきたい。その中でも大事なのが、寄付教育だと考えています。楽しいと思える寄付の原体験を持つこと。
 
 子どもの寄付教育に関しては、いま、文部科学省にもいろいろ提案させていただいているんですが、私はいまの日本の寄付に関する状況の原因は、ネガティブな原体験にあると思っています。
 社会貢献やフィランソロピーに関する教育は世界中で行われていますが、フィランソロピー教育で大切なことは、「社会貢献には正解がない」ということなんです。支援対象は、環境でも子どもの貧困でも障害者でもいいんです。自分の心が動いたものに対して、寄付なり支援行動を起こせばいい。それによって達成感を得るということが大事で、それが社会貢献教育の本質なんです。
 
 ところが、日本の多くの学校での社会貢献教育がどうなっているか。「寄付教育とか、ボランティア教育をしていますか?」と訊くと、どの学校もやっていると答えます。しかし、その中身を聞いてみると、「近所の公園のごみ拾いをすることになったから、明日の5時間目を使って全校生徒で取り組みます」とか「○○団体に寄付をすることになったので、入口に募金箱を設置しています。みなさん募金するように」とか、そんな感じなんですよね。学校で言われて、駅前や繁華街で募金箱を持って立ったりするんだけど、生徒たちは、それがなににどのように使われているのかも知らないし、なんでそんなことをしているのかもわからないし、そもそも自分で支援先を選んだ記憶もないし、という状態なわけです。
 
 JICAにいた頃に、小学校1年生の子どもたちに途上国の話をする機会をいただくこともありましたが、「アフリカの子どもたちは、食べるものにも困っている」といった話をすると、話が終わってから、子どもたちが自分のお弁当箱を持ってきたりするんですよ。「これあげる」って。日本人は寄付しないとか言われていますが、本当は日本人は当たり前にできるんですよ。困っている人がいるなら助けようという精神が、小学校1年生の子どもにもあるんです。
 でも、人のために役立ちたいという気持ちって、純粋だからこそ、傷つきやすいものでもありますよね。その一回目の体験が、先生が決めたところに集金マシンのようにお金を入れて終わり、となってしまっては、なんかつまらないな、と思うのも当たり前です。
 そしてこの原体験は上書きされる機会もそんなにないですから、子どもの頃の経験によって寄付に対するネガティブな印象を無意識に持ち続けたまま、大人になる人が非常に多いんですね。別に寄付がすごく駄目だと思っているわけじゃないんだけど、積極的にかかわろうとは思わない、みたいな。

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――日本は法人寄付と個人寄付が半々くらい。外国ではだいたい8対2くらいの割合で個人寄付が多いことと比較すると、日本では法人寄付ががんばっているとも言えますし、個人寄付はまだまだ伸ばせるとも言えそうです。
 
鵜尾:だからいま私たちが非常に力を入れているのが寄付教育なんです。日本ファンドレイジング協会で実施している「寄付の教室」という体験学習プログラムがあるんですが、これがすごくおもしろいんですよ。
 6人1組のグループをつくって、いろんな活動をしているNPOのビデオや資料を見てもらって、まずは自分がどこに寄付したいかを考えてもらいます。
 寄付先を決めたら、誰がどこを選んだかまとめて貼り出すんですが、そうすると自分とは違う寄付先を選んでいる人がいるんですよね。「え、途上国じゃなくて日本の貧困なの?」「そうか、そんな考え方もあるのか」といったやり取りがそこで生まれますよね。
 
 次に、グループでどこに寄付するか決めてもらうんです。そうすると、一人のときには直観で適当に決めていても、意見が違う人がいますから、論理的なディスカッションになるんですね。「フードバンクに寄付すれば、企業の要らなくなった缶詰ももらえて、この5,000円が1万円分の支援になるんだからいいじゃん」とか「いやいやワクチン1本20円なんだよ、途上国に寄付したら何人の子どもが救えると思う?」とか。
 この議論では必ず結論を出してもらうようにしていますから、A君は途上国に寄付したいと思っても、グループ内の多数決でフードバンクへの寄付に決まったりするんですよね。ですが、各グループの発表を聞いていると、隣のグループでは途上国に寄付することに決まっている。「なんだ、あっちのグループなら俺はマジョリティなんだ」と。
 そういうやり取りの中で、寄付にはひとつに決まった正解はないし、なにをするかは自分で決めていいんだということがわかるんですね。最後に、実際に受益者から寄付者に宛てられた感謝の手紙を読んだりすることで、寄付による支援の実感とか、達成感みたいなものも感じてもらえるようにしています。
 
 さらに意欲的な学校だと、実際にNPOに話を聞きに行ったりして、活動に関する取材をします。そして、取材結果をもとに、ファンドレイジングアピールをするんです。その団体に成り代わってポスターをつくったりして、支援を募るんですね。そうして生徒たちがお互いに投票し合うんです。
 これはすごいですよ。子どもたちって、すごく説明が上手なんです。なぜかと言うと、NPOの人が説明したことの中で、自分たちの心に引っ掛かったことしか説明しないから。直観的でまっすぐなアピールなんですね。子どもたちがグループでプレゼンした後に、そのNPO団体の人にもプレゼンしてもらうんですが、まあ差が激しいんですよ。大人の説明は、つまらない(笑)。
 そういうことを体験すると、支援を求める側の気持ちもわかるようになるんですね。選ばれて支援してもらえたら嬉しいんだって。そうやって、寄付をする側の気持ちと受け取る側の気持ちを両方経験できるプログラムなんです。
 
 これは一つのパターンですが、子どもたちが社会貢献や寄付は自由も主体性もある、わくわくするおもしろいものなんだという感じを持つことができれば、その後学校で募金箱を設置することになったときに、この募金はどう使われるんですか、と先生に聞いてみたくなりますよね。そうすると先生も調べて伝えるだろうし、熱心な先生なら募金先の団体の人を呼んでくるかもしれない。そうしたら、納得も信頼もできる関係になりますよね。そういう体験が必要だなと思ってやっています。
 これまで日本は寄付に関して失敗体験を与えるような教育しかしてこなかった。にも関わらず、これだけの人が寄付しているって、逆にすごいことだとも思っていますよ。

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――「寄付の教室」プログラムは、いま80教室実施されているということでしたが、日本ファンドレイジング協会から文科省や教育委員会に働きかけをして、各学校に導入されるのですか?
 
鵜尾:2年くらい前に、こういう取り組みを全国化するためにはどうしたらいいか相談していたんです。文科省の教育指導要領には、寄付教育に関する記載はないんですね。
 最初は方針を変えたらどうかという話をしたんですが、文科省とやり取りをしていると、方針を変えても現場の先生がついてこないように思えて。学校の先生も多忙ですから、現場の先生がやりたいと思ったときにいつでも講師が招けるようなサポートの仕組みをつくらないと、新しい方針を上から通達するだけでは、やらされ感が強くて、「寄付教育をやればいいんですね、はい募金箱置きましたよ」ということになってしまいそうだなと思ったんです。
 
 それでいまは、現場の先生にとって受け入れやすいメカニズムづくりを進めていて、寄付の教育プログラムの講師育成事業とともに、寄付教育オープンシンポジウムというイベントを年1回開催しています。寄付教育のおもしろい授業を一堂に集めて、紹介するんです。そしていろんな学校で実験してもらったりして、先生たちから寄付教育っていいねと言ってもらえる環境をつくって、そういう雰囲気ができてきたところに、文科省にも方針として示してもらうという順番で進めていこうと思っています。
 来年3月に行われるシンポジウムでは、アメリカの寄付教育の最前線の団体のトップに来てもらうんですが、それがバフェット・ファミリーなんですよ。アメリカの投資家のウォーレン・バフェット氏、彼は社会貢献にとても熱心なんですが、彼の孫が理事になり、彼の姉の孫がCEOになってつくったLearning by Giving Foundationという財団があるんです。大学生を中心に寄付教育を展開する事業をしているんですが、そのCEOが来てくれるんですよ。彼の来日も一つの契機にしながら盛り上げていきたいなと思っています。
 
――キリスト教の影響もあると思いますが、西洋のほうが、ノブレス・オブリージュというか、稼いだらその分社会貢献をするのが当たり前、それがかっこいいことだという空気がありますよね。
 
鵜尾:どの宗教も寄付などの分かち合いの要素を含んでいます。ただ、社会貢献のかっこよさは確かにそうですね。日本でも滝川クリステルさんがクリステル・ヴィ・アンサンブルという財団を立ち上げて、動物の保護活動に取り組んでいますが、著名人が自ら財団を立ち上げて社会貢献に取り組むモデルがどんどん出てくるといいなと思っていますし、そうした動きを誘発していきたいとも考えています。スポーツ選手や芸能人といった、みんなにかっこいいと思われている人が、かっこよくチャリティをやる。
 いま、日本初のスポーツチャリティシンポジウムを開こうと準備しているんですが、私は日本でもスポーツチャリティを盛り上げていきたいと思っているんです。単に年間ボックスシートをプレゼントしますということではなくて、海外にはアスリートによるおもしろい社会貢献モデルがいくつもあるし、国内でも出始めているので、最先端のおもしろい事例を集めて紹介しようと思っています。
 
――以前プロ野球のダルビッシュ有選手が、1アウトごとに3万円を口蹄疫の被害にあった農家に寄付するという活動をしていましたね。
 
鵜尾:まさにそうした取り組みですね。勝利へのモチベーションが社会貢献へのモチベーションにもつながる。
 アスリートの皆さんに、ファンに勝利をプレゼントすることももちろん大事なんだけど、地域や社会のためになにかしたいとがんばっているファンの夢を実現してあげるというか、自分たちの影響力を通じて社会に貢献することで、ファンに喜んでもらうという選択肢もあるんだということを知ってもらえれば、こうした動きが一気に広がるんじゃないかなと期待しています。
 子どもたちも、自分が応援している芸能人やアスリートが社会に貢献していたら、ある意味社会貢献の疑似体験ができると思うんです。自分の憧れの人が取り組んでいることであれば、ネガティブに思うことはまずないでしょうから、社会貢献ってかっこいいなというパラダイムができていけばいいなと思っています。
 
 いま、私自身がとくに力を入れているのが、子どもの寄付教育と、スポーツチャリティと、もうひとつ遺贈の話なんです。お年寄りが亡くなった後の相続が、毎年40兆円から50兆円あるんですが、最近は子どもがいない人も多く、2割から3割の人はNPOや自治体に一部でも寄付したいという意思を持っているというアンケート結果が出ています。
 ところが、実際に遺贈を行っている人は、0.1パーセントもいない。すごいギャップがあるわけです。高齢者の最後の自己実現をサポートする、そうした社会システムが必要だなと思って、遺贈寄付アドバイザーという研修制度を、8月末に立ち上げました。「遺贈寄付」では固い感じがするので、最近「レガシーギフト」と呼び始めたんですが、年内に全国レガシーギフト推進協議会を立ち上げて、全国で相談窓口をつくろうと思って、いま進めています。
 
(第四回「みんなで協力し合って課題を解決する社会へ」へ続く)

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