社会的投資の日本型モデルづくりを目指して

日本ファンドレイジング協会 代表理事 鵜尾雅隆

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――ソーシャル・インパクト・ボンドなど、社会的投資に関してはイギリスが一歩先を行っている印象があります。
 
鵜尾:社会的投資の議論に関しては、イギリスは相当進んでいますよね。国によって違うものの、ヨーロッパ各国は行政の力が比較的強いと言えますが、その中でもバランサーとしてのNPOやソーシャルビジネスの役割が確立されている。そういう意味では、日本が参考にできるモデルがアメリカ、イギリスそれぞれにあるように思います。
 ソーシャル・インパクト・ボンドや社会的投資市場の形成については、イギリスのモデルのほうが取り入れやすいし、民間非営利セクターと寄付や助成金で起こすイノベーションの可能性については、アメリカで行われているさまざまな先行実験が参考になる。その2つの中でいいとこ取りをしていくと、おもしろいお金の流れができるかなと考えています。
 たとえば、アジア、アフリカでは、行政や国際機関が強くてお金も持っていて、企業とNPOが弱かったんですが、いまは経済発展とともに企業が成長してきているので、行政と企業が強くてNPOが弱いという日本と似た構造になってきているんです。そうした中でアメリカのようなモデルを、アジアやアフリカにインプラント(移植)しようとしても、それは不可能です。寄付する人がたくさんいるわけではないし、国や社会の成り立ちも違う。ではイギリスモデルはどうかといったら、それもそのままいけるわけではない。
 たとえば、いま休眠預金の社会的活用の議論が活発に進められていますが、アメリカでは休眠預金は全部国庫に入れてしまうので、社会的活用なんてまったくやっていないんです。寄付が年間25兆円もある国だから、500億円くらい無理して回さなくたって別にいいということなんでしょうが、日本やアジアのソーシャルセクターにとっての500億円はとても大きな額です。
 だから、日本で休眠預金のようなものをうまく活用して後押しの財源にして、行政と企業とNPOの三者間でおもしろいお金の流れをつくることができたら、アジアに広がるモデルになるんじゃないかと思うんです。そうしてアメリカでもヨーロッパでもない、第三軸のモデルをつくることは、日本国内の課題を解決するばかりでなく、世界に対する貢献にもなると思っています。
 
――各国の文化や情勢には、その国の成り立ちや歴史が大きく影響するでしょうし、価値観やメンタリティにも大きな差がありそうです。日本には昔から忍耐や謙遜が美徳とされる文化があるので、苦しい立場に置かれている人が自分の苦しみを訴えにくかったり、それを支援する人が取り組みの成果をアピールしてお金を集めたり、また寄付者が自らの行動を喧伝したりといったことがなじみにくい部分があるのかなと感じる面もあります。
 
鵜尾:そういうところはたしかにあるんですが、陰徳の美のルーツを考えると、儒教なんですよね。儒教には、いいことをしても人には言わないみたいな価値観がある。ただ、その儒教的発想というのは、日本だけではなく、中国や韓国、台湾も共有しているんです。むしろ韓国には日本よりも儒教思想が強く根付いていますが、韓国の寄付額は、GDP比で言うと日本の3倍なんですよ。ですから、アメリカのような顕示的な寄付行動まではいかなくても、陰徳の美を大切にする社会なら、それに合った寄付の伸ばし方があるんだろうなという気がしています。
 私はJICAで国際協力に携わっていたこともあって、これまでに50カ国を訪れたことがあるんですが、実は世界200カ国の中で、日本ほど変わりやすい社会はないんじゃないかと思っているんです。日本はとても保守的で物事が変わりにくい社会だと感じている人のほうが多いと思うんですが、私は逆だと思っています。
 どういうことかと言うと、アメリカやヨーロッパは理念型社会です。みんなで議論を重ねて出された結論に、リーダーを立ててついていく。一方で日本は、議論して結論が出ても、「本当にそれが正しいの?」と懐疑的な目を向けるようなところがあります。だからよくリーダーをやっている人なんかは「日本人はついてきてくれない」と嘆いていますが、実は日本は世界でも類を見ない実体験型社会なんですよ。どんな説教や哲学を聞いても動かなかった社会が、ひとつの体験を共有することでがらっと変わるところがあるんです。「空気社会」とでもいう感じです。
 象徴的だったのが、飲酒運転に対する反応です。飲酒運転って、もちろんずっと以前から禁止されていたんですが、ちょっとくらいいいよね、みたいな空気が正直あったと思うんです。それが、2006年に福岡で起きた痛ましい事故をきっかけにがらっと変わった。日本中が飲酒運転は絶対に許さないという空気になった。劇的な変化だったと思います。
 厳罰化の流れもそうだし、居酒屋でもドライバーにはジュースをサービスするとか、社会全体で飲酒運転撲滅に取り組んでいる。ドイツにいる友人が驚いていました。「たしかにひどい出来事ではあったけど、飲酒運転による事故は以前からあったし、ここまで一気に変わるものか?」と。
 阪神淡路大震災が起きたときにも、ボランティアとかNPOに対する見方はやっぱり変わったと思いますし、なにかの実体験が人口の51%を超えて共有されると、日本社会はがらっと変わると感じています。ソーシャルセクターの活動や寄付や社会的投資も例外ではないと思っていて、実体験、成功体験が積み上がっていって51%を超えると、それが当たり前のものになっていくんじゃないかと考えています。
 だからこそ、ファンドレイジング協会を立ち上げたときに、お金の流れを動かすとか、寄付者に働きかけをする前に、NPO自身が寄付者や支援者をがっかりさせているような状態をなんとかしなければと思ったんですよ。せっかく寄付してくれて、会員になってくれて、支援やボランティアをしてくれているのに、その人たちがやってもやっても砂漠に水を撒いているような気持ちになっているとすれば、だめなんです。「やってよかった」「こんなに喜んでくれるんだ」「自分の寄付でこんなに子どもが笑顔になっているんだ」といった実体験が積み上がらないことには、税制を変えようが、国会決議しようが、だめなんですよ。それでは社会全体の空気が変わりませんから。
 それで、真っ先に取り組むべきはファンドレイザーの育成だと考えたのが、日本ファンドレイジング協会を立ち上げるときの思いで、受講者も2,000人を超えたいま、仕組化もされてきたし、口コミで広がるところもあるだろうし、日本はここからおもしろく変わっていくと思いますよ。
 
(第三回「『人の役に立ちたい』という気持ちをかたちにする寄付教育」へ続く)

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