保育園からつながる地域コミュニティ

ナチュラルスマイルジャパン 代表取締役 松本理寿輝

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松本理寿輝さんのインタビュー第1回はこちら「子どもたちがまち中の人と出会える環境を
 
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――「まちの保育園」は、小竹向原、六本木、吉祥寺の3園があるということですが、それぞれに素敵な、三者三様のまちですよね。保育園を建てるとなると、近隣住民の反対などいろいろと難しいこともあると聞きます。
 
松本:悲しいことですが、そうなんですよね。子どもの存在を認めるというと変かもしれませんが、社会がもっと子どもと出会ってもいいのにな、と思うところもあります。
 
 ただ、おもしろいのは、「知らない子どもの声はうるさく感じるけれど、知っている子どもの声はあまり気にならない」というところなんですよね。日常的に近所で顔を合わせている子であれば、「○○さんのところの次男はやんちゃだなあ」なんて思うくらいでも、ずっと大事にしてきた地域に急に保育園ができて、親の顔も知らない子どもが何十人も集まってくるとなったら、それはまた話が違ってくる。
 
 だから、「子どもを育てる場なので、理解してくださいよ」と一方的に言うのもちょっと違うと思いますし、反対する地域の方が全面的に正しいわけでもないと思うんです。「子どもをあたたかく迎えられる社会でありたい」ということにはみんな共感するけれども、日中の騒がしさなんかを考えると、自分の家の隣には来ないでほしい、という(笑)。その難しさはありますが、やはり丁寧に説明していくしかないと思っています。開所する前に、地域の方々と出会って、いろいろと話をしていく。
 
 これも人間のおもしろいところですが、相談されたりして自分が先に知っていたことがニュースや区報に出ると、「ああ、この前言っていたあれね」と受け入れるのに、そうした事前情報がなくて区報で初めて知ったりすると、「私たちが大切にしてきた地域なのに、どうして急に!」という反応になったりするんですよね。
 
 実際、園をつくる前に「地域と子どものためにこういう思いを持っていて、こんな園をつくっていきたいんです」というお話をしに伺うと、けっこうな方が応援してくれました。「がんばってね。でも、この時間だと寝ている人もいるかもしれないから、ちょっと配慮してね」といったコミュニケーションも重ねておくと、新しく保育園ができると知って驚いている方がいても、「ああ、この前挨拶に来ていたよ」といった感じで、地域の方がフォローしてくださることにもつながったりして。
 
 事前に丁寧にコミュニケーションを重ねておくことが、なによりも大事なのかなと思います。地域の方々にも配慮しています、ご迷惑をおかけしないようにやっていきます、という思いを行動で表して、「子どものためには応援したい」「でも家のすぐ横には来ないでほしい(笑)」という気持ちがせめぎ合っているところの、応援するほうの気持ちを持ってもらいやすくするというか。
 
 熱心に応援してくださる方々との関係をつくっていくということをがんばりながら、反対される方々とも丁寧に対話を重ねて、「どちらでもいいかなあ」くらいの関心の薄い方の参加も促す環境をつくっていくことが大事なのかなと思っています。

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――そういう意味では、保育に関心の薄い方でも自然と足を運べるカフェの存在は大きいですね。「まちの保育園 小竹向原」に併設されたカフェは、焼き立てのパンがおいしいと評判です。利用者はやはり近隣の方が多いですか?
 
松本:大半は近隣の方ですね。パンが本当においしくて、カフェ自体が大人気なので、地域の方に「混んでいて入れないんだよね」とか言われたこともありますが(笑)。
 
 保育園とカフェは、それぞれで自立した運営をしていくために、別々の事業体でやっています。どちらかにぶら下がってしまうと、将来的な事業性を考えたときに、長続きしないかもしれないと思って。そうしたらオーナーの方が素晴らしいお店をつくられたので、「孤独のグルメ」に登場したり、いろいろとメディアで取り上げていただいて、全国から人が来るようなカフェになっています。
 
 地域の方をメインターゲットに据えていますが、全国からお客さんが集まることで、保育園とともにあるカフェというスタイルを知っていただけるという面もあると思います。
 
――大人気のカフェだけに、全国から人が訪れるということですが、それによって「まちに開かれた保育園」と「安心・安全の確保」の両立という課題に不安が出てきたりはしませんか?
 
松本:園の入り口にあるカフェには誰でも入れるとは言っても、そこから保育園に入るためには、もうひとつ扉があります。そこはほかの一般的な保育園と同じように、セキュリティがかかっていて、来訪者はインターホンを押して、スタッフが確認して開錠しないと、中に入れないようになっています。
 
 なので、すでに顔見知りになっている地域の方とか、保護者の方や卒園児も含めた子どもたちしか、カフェと保育園の出入りはできないんですよ。
 
――ガラス張りでカフェと保育園から互いの姿は見えるけれど、出入りは決して自由ではないのですね。
 
 さらに、ガラス張りとは言え、きちんとお互いのプライバシーを保護しようということで、カフェも園も、1メートル掘り下げて建てているんです。だから、窓のところまで来てのぞき込めば、カフェで誰かお茶をしているなとか、子どもたちがペイントをしているな、という程度のお互いの雰囲気はなんとなく窺えますが、誰がなにをしているのかまでは見えない。そうやって落ち着いてお互いが過ごせるような建築的な工夫もしています。

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――そういえば、この吉祥寺のカフェスペースも、おしゃれで落ち着いたインテリアで統一されていて、園庭で子どもたちが遊んでいる様子が見えなければ、保育園の中とは思えない雰囲気ですね。
 
松本:子どもがいる空間だからと言って、いわゆる子どもじみた環境にする必要はないと思っているんです。大人にも子どもにも心地よい環境であれば、ちゃんとした家具を使った、ちゃんとした空間にしたい。あまりお金はかけられませんが、なるべくレンガや木材、石といった自然素材をつかって、工夫して空間をつくっています。
 
 ここはカフェと呼びつつ、まだ小竹向原のように地域に対してオープンにはできていませんが、今年中に子育て広場というか、お悩み相談を受けるような場を設けて、少しずつ地域に対して開いていこうと思っています。
 
 私たちが大事にしている考え方のひとつに、コミュニティの年輪論と呼んでいるものがあります。私たちが理想としているコミュニティのかたちを、木の年輪に例えて表現しているのですが、木が豊かに育まれていくためには、年輪の芯にあるものがまっすぐで強固でなければならない。年輪の芯にいるのは誰かというと、子どもです。そのひとつ外側の層には、保護者と保育者がいます。もうひとつ外側の層には、おじいちゃん、おばあちゃん、親族の方、保育園をお手伝いしてくださるボランティアさん、あるいは食材業者さんや家具をつくっている大工さんもいるかもしれません。そのさらに外側の層に、その地域に暮らす人や働いている人がいて、広い社会や世界が広がっていく。
 
 その層と層の橋渡しをするのが、コミュニティコーディネーターですが、この年輪の芯を強く、まっすぐに支えるのが、保育者と保護者の信頼関係だと思うんです。保育者と保護者が、子どもの捉え方などについて、しっかりコミュニケーションをとれていなければいけない。
 
 保育者と保護者が、子どもにどういう環境をつくっていきたいかとか、地域がつながり合うということがどういう意味を持つのかとか、それぞれが自分らしくあれる場、自己実現ができるような場所とはどんなものなのかとか、丁寧に対話を重ねるというプロセスを経て、初めて地域に開いていく。
 
 そうしていかないと、いきなり地域に対して保育園を開いても、「この園のポリシーってなんだっけ?」ということになってしまうし、保護者の方が理解してくださっていないと、「そんなふうに地域に開かないでください」「安心・安全を確保してください」という観点から否定的な意見が出るかもしれません。だから、それが子どもにとってどんな意味をもつのかとか、大人が健やかに楽しく過ごすことが子どもの成長にどう影響するのかといったことをしっかりと共有していく必要があると思うんです。
 
 この吉祥寺の園は昨年10月にできたばかりで、まだ7か月くらいですから(※5月取材当時)、まず半年くらいは、保護者の方々と私たち保育者がきちんと出会って対話を重ねていくということが必要だろうということで、保護者の方同士がつながったり、保育士と対話したりする場としてカフェを運用してきました。
 
 今年、そろそろ地域に対して開いてみようかなと考えているのは、そうした層がだんだんできてきたと感じているからです。けれども、実際開いてみると、実はあまり共有できていなかったということもあるかもしれない。その場合は、また戻ってみる。そうやって少しずつ丁寧に、まちに開かれた保育園という文化をつくっていくことが大事だと考えています。

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――保護者の方との関係性をつくる上で、大事にされていることはありますか?
 
松本:誤解を恐れずに言えば、保護者の方とは、スタッフとお客様ではなく、子育てのパートナーとしての信頼関係を築いていきたいと思っています。保育園が保育サービスをギブして、子育て世代がそれをテイクするというギブアンドテイクの関係ではなくて、お互いがギブし合う、子どものためになにをしていくかということや、家庭であった素敵なこと、保育園であった素敵なことを語り合うとか。もちろん、大変なこともたくさんあるので、それもお互いに共有し合う関係になりたい。
 
 もちろん、私たちはある意味サービスの提供者ですから、そこは丁寧にやっていくのですが、保護者の方々との関係構築の中では、保護者の方々になるべく当事者意識をもって関わっていただけるように働きかけていきたいと思っています。
 
――この園で育つ子どもたちには、どのようになってほしいですか?
 
松本:それぞれが自分らしく、素敵に生きてほしい。これから社会はさらに多様化していくと思います。そうした中で、自分で進む道を選択して、その選択に責任をとれる子になってほしいとも思います。
 
 あるいは、他者との共存関係を素敵にデザインできるとか。自分だけのハッピーではなくて、他者のハッピーにも貢献することによって、より自分のハッピーも大きくなるんだということを経験して、そうした貢献を社会に対して返していけるような子になってほしいとも思います。
 
 一番の願いは、ものごとを判断するときに、軸を自分の芯に置ける子になってほしいということですね。他人がどう思うか、ではなく、自分がどうしたいかで意思決定できるような子になってほしい。でも、それは私の勝手な願いなので、結局はその子が本当にハッピーでいられたらいいと思っています。
 
 この園に通っている子どもたちが将来的にどうなっているかはわからないけれど、一つ夢があるんです。「まちの保育園」で育った子どもたちが親になったとき、自分の子どももこういう園で育てたいと思ってくれること。そうなってほしいという期待を込めて、やっています。
 
――進学などで一旦出て行くことがあっても、この地域で育って幸せだったと思って、自分が親になったとき、子どもと一緒に地域に帰ってきてくれるようなことがあったら理想的ですね。最後に、この「まちの保育園」を置くことで、このコミュニティや地域にどういうふうになっていってほしいですか?
 
松本:地域の人々に、まちの保育園を自己実現の場、自分が自然でいられるような場として使っていただきたいですし、みんながつながり合う場としていただきたいですね。そういうふうにして、子どもを中心に地域の人々がつながり合っていく中で、コミュニティコーディネーターは必要なくなっていって、自分たちで思いをもっていろんなことを企画して、自分らしく生活していけるように、みんなで支え合って、それぞれ心地よい距離感で関わり合えるようなコミュニティができあがっているといいなと思っています。
 
 
 
松本 理寿輝(まつもと りずき)*1980年生まれ。大学でブランドマネジメントを専攻する傍ら、児童福祉施設でのボランティアをきっかけに、幼児教育、保育の実践研究を始める。卒業後、博報堂へ入社。教育関連企業のブランディングに携わる。同社退社後、フィル・カンパニー副社長を経て、2009年に独立。国内外の幼児教育・保育視察、保育園での修行を積み、2010年、ナチュラルスマイルジャパンを創業。代表取締役を務める。
 
【写真:遠藤宏】

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