子どもたちがまち中の人と出会える環境を

ナチュラルスマイルジャパン 代表取締役 松本理寿輝

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 「変える人」No.19は、小竹向原、六本木、吉祥寺で「まちの保育園」を経営するナチュラルスマイルジャパン代表取締役の松本理寿輝氏をご紹介します。
 
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 保育園の枠組みを超えた独創的な取り組みで評判の園がある聞き、今回取材に伺ったのが「まちの保育園 吉祥寺」。「まちの保育園 小竹向原」「まちの保育園 六本木」に続き、ナチュラルスマイルジャパンが運営する3つめの認可保育園として、2014年10月に開園したばかりだ。
 レンガ造りの建物の中には木製のカウンターや暖炉がしつらえられ、ナチュラルな素材のインテリアで統一された空間は、まるでシックなカフェのようだ。園庭で遊ぶ子どもたちの声を聞きながら、松本理寿輝さんのお話を伺った。
 
――「まちの保育園」は、ほかの保育園とどう違うのでしょうか。
 
松本:いちばんの特徴は、その名が示す通り、地域ぐるみ、まちぐるみで保育をしているというところです。0歳から6歳は人格形成期と言われていますが、その時期にどんな人に出会うか、どんな経験をするかが、その人の一生を左右すると言っても過言ではありません。子どもは、その時期に出会った大人から、価値観や思考のフレーム、癖や志向性といったものを吸収し、自分の中に蓄えていきます。だから、この時期に信頼できる相手と肯定的な出会いを持つということが、子どもにとっては非常に大事だということになります。
 
 ところが、いま都市部の子どもたちが置かれている状況を調べてみると、家庭と保育園の往復になっている子が多いんです。隣近所とのおつきあいや地域のお祭りでのふれあいといったものが昔よりも乏しくなっていて、家庭と保育園以外で人とふれあう機会が持ちづらくなっています。
 
 そんな生活の中でどんな人と出会えるかというと、まず、核家族化が進んでいる家庭で出会えるのは、お母さんとお父さん。しかし、男性の平均育児参加時間というのは、日本では20分から30分と言われています。女性が輝ける社会をつくろうと、国でもさまざまな施策が考えられてはいますが、まだまだ育児は女性が主体で、男性はなかなか関われていないのが現実です。つまり、子どもは家庭ではお母さんといる時間が長い。
 
 では保育園ではどうかというと、保育園で働いている職員の95%が女性です。かつ、その平均年齢は31歳。つまり、幼稚園や保育園に通う子どもたちが0歳から6歳までの人格形成期に出会う大人が、若い女性に偏っているわけです。
 
 そのことを知って、その子の一生においてとても大事な時期ですから、もっと多様な人との出会いがあってもいいのではないかと考えました。子どもが出会える身近な大人には、男性もいるし、両親以外にもいろんな仕事をしている人がいるし、おじいちゃん、おばあちゃんもいますよね。自分と年齢の近い子どもたちとの出会いもあっていいかもしれない。それで、私が保育園をつくろうと考えたとき、子どもたちがいろんな人と出会える環境での保育を思い描いたんです。

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――住んでいる場所が離れていたりすると、おじいちゃん・おばあちゃんと孫でさえ会う機会は少なくなりますよね。
 
松本:そういう背景があって地域を見てみると、リタイヤして次の生きがいややりがいを探される中で、子どもと接したいと考えていらっしゃる高齢者の方がけっこう多いということもわかりました。地域でボランティアをしたいと思いながら、そのきっかけを見つけられない人も多いといいます。であれば、保育園に来ていただいて、子どもたちとの時間を持っていただくのもいいのではないかと思いました。子育てが一段落したお母さんたちも、次の活動の場を求めていたりする。
 
 また、中学生や高校生、大学生が子どもと接することにも意味があるような気がしています。これはフランスの例なのですが、ベビーシッターに若い世代を雇うことを政府が推奨して、それが実は少子化対策としてうまく機能したのではないかという指摘があります。つまり、まだ子どものいない若い世代がベビーシッターをすることによって、子どもをもつということのリアリティをもてるようになった。そのことによって、「子どもが欲しい」「子どもを育てながらでも働けそうだ」という感覚がもてて、子どもをもつ世帯が増えたのではないか、ということです。
 
 もっと若い世代の子どもたちに目を向けてみても、私が子どもの頃は、幼稚園や保育園に通う年頃の子どもたちが、地元の空き地や公園に集まって群れていました。そこには小学校に通う子どもたちもいたりして、異年齢のかかわりをもっていたわけです。そこにはいわば子ども社会があって、子どもならではの秩序感が養われる。上のお兄ちゃんに歯向かうと痛い目にあうとか(笑)、年下の子の面倒を見ることで自己肯定感が高まるとか。
 
 子どもというのは、年齢の近い子ども同士のかかわりの中から学ぶことがもっとも多いと言われています。そういう意味でも子ども同士のかかわり合いというのは大事な意味を持っているんです。

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――「ドラえもん」の世界ですね。いまは大人も子どもも、時間に追われている印象があります。
 
松本:昔は時間的にも空間的にも、子どものモラトリアムを保障するゆとりがあったような気がします。また、お母さんがひとりで子どもと向き合う時間がこれだけ長いのは、人類史上初めての経験とも言われているんです。孤独の孤と書いて「孤育て」と言われるくらい、地域と断絶されてひとりで子育てしているお母さんが多い。そういう家庭を支える意味でも、地域ぐるみの子育ては大切だと思います。
 
 子育てで大変なことがあっても、近所で「わかるわかる」って共感してくれるお母さんとか、ほかの子育て世帯がいることで救われることもあるかもしれません。ちょっとした分担ができることによって、気持ちがどれだけ楽になるかということを考えても、地域の支え合いが生まれると、子どもだけでなくお母さんにとってもいい環境になると考えています。
 
 つまり、地域のみんなで子育てをすることは、子どもにとっても、地域の方々にとっても、子育て中のお父さんお母さんにとってもうれしい取り組みになるのではないかと思って、「まちぐるみの保育」というコンセプトを考えたんです。
 
 わざわざ意識しなくても、昔から地域内の交流が盛んなところはあると思いますし、少し昔の保育園や地域は、子育ての支え合いも当たり前にやっていたのかもしれません。いま、地域との関わりをわざわざ特徴として挙げているのは、こうしたことに意識的に取り組んでいるところが案外少ないということもあります。
 
 ところが、開かれた保育園として地域との関わりを促していくことを意識すると、今度は安心・安全面の課題が出てきます。池田小学校の悲惨な事件以来、安心・安全を確保するために、学校や福祉施設は閉じる方向にそれこそ意識的に進んできた部分もあると思うんです。
 
 安心・安全を確保しながら、いかに地域に対して保育園を開いていくか。この課題をクリアするための方法のひとつとして私たちが考えたのが、保育園とまちの中間領域としてカフェをつくることでした。まちの人が、いつでも、誰でも、来てくれて大丈夫ですよ、という状況をつくって、保育園と地域の出会い、地域の人同士の出会いを促したいと考えたんです。
 
 また、場所をつくるだけでなくて、ソフト的な工夫として、コミュニティコーディネーターという専門職も置きました。保育園と地域の方々をつないだり、地域の方同士をつないだりして、まちぐるみの保育が豊かになるように働きかける役割です。

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――コミュニティコーディネーターは、地域のコンシェルジュのような存在ということですが、具体的にどんな活動をしているんですか?
 
松本:たとえば、子どもたちが粘土での制作に夢中になっているときに、地域に住んでいらっしゃるプロフェッショナルの陶芸家の方に来ていただいて、粘土遊びをもっと豊かにするとか。あるいは「昔遊びを教えたい」という気持ちを持ったおばあちゃんに保育園に来ていただいて、子どもたちと一緒にお手玉をつくって遊ぶとか。
 
 子育てが一段落したお母さんの「もう少し子どもたちと関わりたい。なにかしてあげたい」という思いを聞けば、ボランティアの機会を提供したり、逆に「子どもと直接関わる自信はないけれど、なにか地域に貢献したい」という方には、たとえば清掃のお仕事をお願いしたりとか。
 
 そういったことをコーディネートするというか、地域のいろんな人の想いを聞いて、「それなら、この場を使ってみてはいかがですか」とか「地域でこういう活動をしている方がいますから、ご紹介します」というように、地域のリソースをつなぎ合わせたり、地域の人同士をつなぎ合わせたり、という感じです。
 
 もちろん、コミュニティコーディネーターは根本的には子どものためにいるわけですが、「子どものためだから、みなさん機械的にいいことをしてくださいね」という場にはしたくない。大人も親も、自分らしく楽しく過ごして、自己実現のためにこの場を使っていただいて構わないと思っています。
 
 たとえば、大人同士で音楽会を開いて楽しむとか、趣味のフラワーアレンジメントを一緒に学び合うとか、そういう地域の学びの場としてカフェがあって、そこに子どもも大人も自然に存在して、つながり合っている、という状態がつくり出せるといいなと思ってやっています。
 
――コミュニティコーディネーターの存在は、ほかの保育園にはない特徴だと思いますが、その必要性に気がつかれたきっかけはありますか?
 
松本:人と人をつなぐことができるのはやはり人だから、地域と保育園、あるいは地域の人同士をつなぐ専任の人材が必要だと思ったんです。小竹向原の「まちの保育園」の1園目をつくったときは、私がコミュニティコーディネーターをやっていたんですが、どんな仕組みがあっても、思いを丁寧に聞いて、丁寧につなぎ合わせないと、概念やコンセプトを共有するだけでは、なんとなく人はつながりにくい。
 
 「いいことをしましょう」「おもしろい場所をつくりました」といくらアピールしても、そこが自分にとって意味のある時間につながっていると思えないと、人はなかなか定期的には訪れてくれないし、きめ細やかにその人の思いを聞き取ってつなげていくためには、人を介すしかないんですよね。
 
 保育士がその役目もできればいいのですが、私たちは、保育士は子どもの伴走者というか、常に子どもの傍にいてその学びに寄り添っていく存在と考えているので、地域に出て行くことは難しい。たとえば、地域の方とアポイントメントがあっても、その日に子どもの様子に気になることがあったら、やっぱり子どもと向き合うほうを優先する。そういうことを考えても、やはり専任のコミュニティコーディネーターを置いたほうがいいと思ったんです。

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――そうした「まちぐるみの保育」のかたちを考える上で、なにか参考にされたモデルはありますか?
 
松本:もっとも大きな影響を受けたのは、レッジョ・エミリア・アプローチです。
 
 私が保育を志すようになったきっかけは、学生時代に児童養護施設でボランティアをしたことですが、そこで「子どもってすごい」と驚かされるようないろいろな気づきがあり、子どもが育つのに理想的な環境を自分でつくりたいと思うようになりました。
 
 では、自分がどんな保育園をつくりたいのかと考えたときに、子どもが地域のいろんな大人と出会える「まちぐるみの保育」を思い描いたんです。それでまちぐるみの保育を実践している例などを調べていたときに、レッジョ・エミリア・アプローチを知りました。
 
 レッジョ・エミリア・アプローチは、イタリアのレッジョ・エミリアという市で始まった教育方法で、子どもたち一人ひとりの意思や個性、感性、学ぶ力や可能性を尊重し、生かすことがもっとも重要であるという価値観の下、子どもの想像力や創造力を最大限に引き出せるように考えられたコミュニケーションや教育環境の整備を行っています。
 
 実際にレッジョ・エミリア市を訪れてみて感じたのは、一人ひとりのプライベートが集合し合って、パブリックな社会とか地域といったものになっているということ。それがすごくおもしろいなと思ったんです。子どもを中心に考えてはいるんですが、大人も好きなことをやって楽しんでいる感じなんですよね。子どものために意味のある環境をつくるためには、子どものためにやってあげていることではなくて、大人が自然に楽しんでいることこそが大切なんだと。その思想がすばらしいと思いました。
 
 中でもとくに感銘を受けたのは、子どもを対等な一市民としてとらえて、いろいろ意見を求めることです。「子どもだから、大人が○○してあげないと」とか「あなたはまだ子どもなんだから、黙って聞いていなさい」みたいな感じが、全然ない。子どもを信じて、社会の一員として迎え入れているので、ディスカッションにもどんどん参加を求めるし、本当に対等に、「あなたはどう思う?」といったやり取りをしているんです。
 
 そうやって、子どもを「○○できない存在」ではなくて、「○○できる存在」と認めたときに、子どもの豊かな可能性や創造性が見えてくるんだと、彼らはよく言っています。既成概念に捉われていない子どもの発想って、自由でおもしろいですよね。子どものユニークな発想から、新しい見方に気づかされたりすることもあって、大人にとってもいい刺激になるわけです。
 
――「教える」「与える」ではなく、対等な立場での「対話」が大切にされているんですね。
 
松本:イタリアの人たちは本当におしゃべりが好きなので(笑)。レッジョ・エミリアのまちには、保育園の中にも「ピアッツァ」があります。「ピアッツァ」はもともとはまちの中にある大きな広場で、市庁舎や教会があったりして、人が集まっていろいろな話をする場所のことです。レッジョ・エミリアでは、保育園の中にもそういう場所をつくっていて、保育園が終わる時間になると、ワインやチーズを持った人々が集まってきて、いろんな話をするんです。哲学的な話をしていることもあれば、好きなサッカーチームの話をしていることもあるんですが、そこに自然と子どもが参加している。
 
 また、子どもたちの成長過程を記した「ドキュメンテーション」という記録があって、それを保育者が保護者やまちの人たちと共有して、いろいろなディスカッションをしていくという仕掛けもあります。
 
 つまり、保育園というものが、子どもを預かる、育てるという「保育」の枠組みを超えて、地域づくり、まちづくりのインフラになっているようなところもあって、保育園が仕掛けたり働きかけたりすることによって、まちごと子どもが育つ場になっているんです。
 
 レッジョ・エミリアのそうした特徴には影響を受けましたが、それがうまくいっているのは、もともとの国民性や文化によるところもあるので、日本で「まちの保育園」をつくるときには、レッジョ・エミリアの仕組みをそのまま持ち込むのではなく、子どもの捉え方とか、市民文化をつくるという価値観の部分を参考にするようにしました。
 
 たとえば、レッジョ・エミリアにはコミュニティコーディネーターはいないんです。みんなが自然と関わり合えるから。ですが、日本人の場合は、他人との積極的なコミュニケーションを生み出すためには、最初は共通の知人がつないでくれるなど、ある程度の環境を整える必要があると思いました。
 
 また、日本人は、多目的な場所を与えられて「自由に使ってください」と言われても、遠慮したり、躊躇したりする人が多いと思うんです。その点でも、プライベートの集合体がパブリックになるという環境をつくるには、日本の場合は一人ひとりのプライベートをある程度つなぎ合わせる人がいたほうがいいんじゃないかと感じて、コミュニティコーディネーターを置くことにしたんです。
 
(第二回「保育園からつながる地域コミュニティ」へ続く)
 
松本 理寿輝(まつもと りずき)*1980年生まれ。大学でブランドマネジメントを専攻する傍ら、児童福祉施設でのボランティアをきっかけに、幼児教育、保育の実践研究を始める。卒業後、博報堂へ入社。教育関連企業のブランディングに携わる。同社退社後、フィル・カンパニー副社長を経て、2009年に独立。国内外の幼児教育・保育視察、保育園での修行を積み、2010年、ナチュラルスマイルジャパンを創業。代表取締役を務める。

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