子育てとキャリア、「どちらか」ではなく「どちらも」選択できる社会に

NPO法人ArrowArrow 代表理事 堀江由香里

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その会社の「働き方」をまるごと変える
 
 産休・育休取得のコンサルティングには、2つの大きな柱がある。ひとつはその企業全体の働き方を見直すこと。もうひとつは、産休・育休を取得する女性自身が、自分のキャリアに自信をもって自らの働き方を提案できるような状態に持って行くことだ。
 
「育休取得後、短時間勤務で復帰することが前提となっている場合、同じ働き方をしているのでは、労働時間が減っているわけですから、以前と同じアウトプットを出せないことになってしまいますよね。だから、短い労働時間の中で、120%のアウトプットを出せるようにするためには、彼女をどの業務に集中させるのがいちばんいいのかを探っていきます」
 
 しかし、多くの場合、全体の業務の流れを把握している人がひとりもいない、どの業務に時間がかかって長時間労働が常態化しているのか誰もわかっていない、といった状況が浮かび上がってくる。
 
「そこでまずは、業務上の課題を徹底的に洗い出します。じっくり話しを聞いたり、制度を見せてもらったりしながら、どういうところが長時間労働の要因となっているのかを探していくんです。業務全体を棚卸したら、どの部分がコア業務かを洗い出し、それをどうやったら短い時間の中で回していけるか、業務の再配分、再構築を提案します
 
 たとえば、営業職の場合、本人でなければできない外回りなどのコア業務と、本人でなくてもできる事務処理とを「見える化」し、本人でなくてもいい部分は事務の人に任せるなどして、コア業務への集中を図る。逆に、外回りの営業に割ける時間が減るのであれば、外回りの仕事をほかの営業マンにわたし、代わりにその営業マンの事務処理を引き受けることも考えられる。
 
「パズルゲームではありませんが、そうやってパフォーマンスが最大になるように業務を組み立ててていきます。そのためには、育休取得者本人の仕事だけでなく、部署全体、会社全体の業務を徹底的に見直し、社員全体の働き方を見直すことが鍵です」
 
 ArrowArrowの立ち上げから3年が経ち、手応えを感じられる場面も増えてきた。きっかけは育休・産休制度の整備だが、業務内容の見直しなど、その会社の「働き方」全般にかかわる提案は、組織基盤そのものを整え、育休取得者とは直接関係のない部門の働き方にも影響を与えるようになっていく。
 
「会社全体の残業時間が減ったとか、それによって女性の離職率が下がったというお話を聞いています。プロジェクトの前後に潜在離職率の調査をするのですが、ほとんどの女性が『出産を機に辞めると思う』と回答していた企業で、『出産してもこの会社で働き続けたい』と回答する女性の割合が増えたとか。ほかにも、小さなプロジェクトチームで進めていた取り組みが、グループ会社に派生していったり、といったことも、成果として見えてくるようになりました」
 
 制度を利用して働き続けられる人が増え、育休取得・復帰の第一号となった女性が二度目の育休を取得することになったという話や、短時間勤務で復帰した女性が新規プロジェクトの責任者を任されるなど活躍のためのポジションを与えられるようになったケースもある。
 
「コンサルティングに入った会社で、『次は僕が育休をとるんだ』と男性社員が意気込んでいらっしゃるところもあります。これまでは、育休をとる女性も大変ですが、男性は男性で、長時間働くのが当たり前だと思われていて、子育てに注力したくても、その時間をつくるのが難しかったと思うんです。だけど、育休から復帰する女性がいて、子育てしながらでも活躍できる職場になれば、男性社員も残業なしで帰っても成果が出せるんじゃないかと思えるし、会社にそう提案できるようになります。そういう文化形成や組織の変化は、とても重要なものだと思っているんです」
 
 入口は産休・育休制度の整備だが、堀江さんが狙うのは、男性社員を含めた会社全体の働き方を変えることだ。
 
「結局、会社全体の働き方が変わらないと、育休取得者の待遇だけを変えようとしても意味がないんです。ですが、これまで成功してきた働き方を変えるのは簡単ではないですし、私たちのように外からやってきた人間にいきなり変われなんて言われても、いい気分はしませんよね。だからこそ、物理的に戦力が抜けてしまう育休取得者の発生は、働き方を見直すチャンスなんです。新しいやり方で成果を出せるという成功体験をプロデュースすることで、自分たちも組織も、もっと変われるのではないかという可能性を感じてもらえたらいいなと思っています」
 
 プロジェクトチームに直接入ることはないが、育休取得者のパートナーとの連携も大切だ。
 
「旦那様と直接お会いして話したことはありませんが、育休取得者の方と、夫婦間でどんな話をしておかなくてはならないかという話はします。実は、『パートナーの方はどう考えていらっしゃいますか』と訊いてみると、『夫のことは考えていませんでした』というような方が多いんです」
 
 しかし、子どもがいる場合はとくに、夫婦で協力し合わなければ、互いのキャリアは成り立たない。子育てと仕事の両立のために夫の存在がいかに大きなものであるか、復帰後のキャリアのために、どのようなことを話し合っておかなければならないかを、堀江さんからアドバイスする。
 
「育休というと、女性がひとりで対処しなければならない課題だと思って抱え込んでしまっている方が多いんですよね。なので、人事部、上司、夫など、できるだけステークホルダーを巻き込んでいきましょう、という話をするようにしています」

(第2回「女性のキャリアに自信を」へ続く)
 
堀江 由香里(ほりえ ゆかり)*大学卒業後、人材業界のベンチャー企業に就職。人事部の立ち上げや新卒採用、内定者研修、新入社員研修のプロジェクトを手掛ける。2008年に病児保育等の事業を行うNPO法人フローレンスに転職。ワークライフバランスコンサルタント事業部長等を経て独立。2010年7月にNPO法人ArrowArrowを設立し、代表理事を務める。2012年1月より日本ワーク・ライフ・バランス研究会事務局長を兼任。
 
【写真:遠藤宏】

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