困難を抱えた人々が自己肯定感をもって生きていける社会に

NPO法人キズキ 理事長 安田祐輔

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安田祐輔さんのインタビュー第1回はこちら:「ゼロからの学び直しを支援したい
 
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課題を抱える人を「発見」する難しさ
 
 こうして始まったキズキ共育塾だが、立ち上げ当初は集客という難題にぶつかった。塾のようなB to Cのビジネスは、自分たちで顧客を集めなければならない。最初はチラシや紹介を通じた集客を行っていたが、なかなか人が集まらず、生徒が1~2人だけという状況が続いた。
 
「一般的に困難を抱える方への支援には、『発見』『誘導』『支援』『出口』『定着』という5つの原則があると言われています。実は、この第一段階の困難を抱える若者を『発見』することが非常に難しいんです」
 
 学校に通っている高校生に予備校の情報を提供するのであれば、学校の前でビラを配ればよい。学校内で口コミも発生する。しかし、安田さんがキズキに来てほしいと願うのは、高校中退や不登校の若者たち。本人も親も、そうした悩みの共有や周囲との情報交換はあまりしない。悩んだ結果、安田さんがアプローチの手段として選んだのはウェブサイトの強化だった。
 
「支援の現場に来られるようにすること、つまり『発見』し『誘導』することが重要です。そこで、まずはウェブマーケティングの勉強をしました。グーグルの検索順位を上げるためのSEOを勉強すると同時に、『この塾だったら行ってもいいかな』と思ってもらえるように、ウェブサイトの文章やデザインの作り込みを徹底しました。学校やほかの塾に行けなかった人たちを対象にしていますから、『行ってもいいかな』のハードルは高い。グーグルアナリティクスで離脱率を見たりしながら、その割合を下げるために、いろんなページをつくって試行錯誤を重ねました」
 
 新しいデザインや文章を考えるたびに、キズキに通う生徒たちに見せて意見を求めた。「この言葉は嫌」といった当事者ならではの意見は、貴重なアドバイスだった。開業から3年間半、そうした改善を積み重ね、いま、キズキ共育塾にやって来る人々の95%はウェブからの集客だ。
 
「今の状況に満足していない、変わりたいと思っている方に対してなら、心に響くウェブサイトになったと思っています。人間のメンタルは常に一定というわけにはいかないので、今日やろうと思ったことを明日はできなかったりしますよね。逆に、今日はちょっとやる気があるから、勉強し直す方法を調べてみようかな、という瞬間だってあるわけです。そんなやる気のある時にキズキのウェブを見てもらって、彼らの心をしっかりつかめるものになっていれば、塾に足を運んでもらえるかなと思っています」

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挫折の経験を繰り返させない
 
 インターネットなどでキズキの情報にたどり着くのはまず保護者というケースが6割だが、実際に見学に訪れた子どものうち、7割から8割はそのままキズキに入塾する。
 
「キズキに来る生徒の多くは学校に行くのをやめた後、まず大手や有名な塾に行ってみて、そこで挫折した後にキズキにやってきます。すでに2回も3回も挫折を味わった若者に、さらに挫折の経験をつくるわけにはいきません。だから退塾率にはこだわっています。進学先が決まらないまま辞めてしまう生徒は、塾全体の4%くらいですね」
 
 キズキに通い始めたばかりの生徒のほとんどは、勉強する習慣が身についていないことが多い。はじめから自習できる生徒もほとんどいない。
 
「最初は通うだけでいっぱいいっぱいという生徒さんが多い。勉強したいという思いはあっても、メンタルのコンディションにアップダウンがある状態では、通うだけで大変なんです。だから、まずはとにかく家を出てキズキに通うというペースをつくるとか、30分だけ勉強して帰るとか、焦らず一歩一歩進むことが大事です」
 
 講師はアルバイトで20代から50代まで、およそ40名。そのうち約半数が、自身も不登校や中退、もしくはそれに類する挫折経験を抱えている。
 
「挫折の痛みを知っている講師に対しても、大きな挫折を経験したことのない講師に対しても、講師向けの研修を行っています。たとえば、『大学は絶対行ったほうがいい』といった自分の意見の押し付けは絶対にしない、とか、信頼関係ができあがるまでは絶対に叱ってはいけない、とか。学校の先生や親に散々叱られたり小言を言われたりしてきて、新しい塾で会ったばかりの大人に叱られても反発を生むだけなので、それは絶対やめましょう、と」
 
 保護者へのケアも丁寧だ。キズキ共育塾の生徒の6割は、保護者の勧めが通塾のきっかけになっているが、保護者からのプレッシャーを子どもが窮屈に感じているケースも少なくない。
 
「もちろん、しっかりした保護者の方や、親子関係が非常にいい方もいらっしゃいます。だけど、たとえば保護者自身が高卒で苦労したから子どもには大学に行ってほしいとプレッシャーをかけすぎて子どもが嫌になってしまっていたり、逆に子どもの不登校に保護者が疲れてしまって親子関係が悪化していたりということもあるんです。そういう方がいらした場合は、保護者の方とも面談を重ね、家庭は子どもにとって安心できる場所にしてあげてくださいとお願いしています」
 
 保護者の言いたいことはわかる。それが正しい場合も少なくない。
 
「だけど、正しいことを言ったからといって、人間が変わるわけではないですよね。正しいことを言っていたとしても、『親』から言われるとついつい反発してしまう子もいます。また、正しいことを言うには、正しいタイミングがあるんです。そのタイミングというのは我々がよくわかっていますから、そちらは我々に任せて、家は安心できる場所にしてあげてください。どうしても子どもに伝えてほしいことがある場合は、僕たちにメールしてください、うまく伝えるようにしますから、と。一度お願いしてすぐに実行できるものではないんですが、何度も面談を重ねていく中で、だんだん親子関係がよくなっていく例はたくさんあります」
 
 不登校や中退といった挫折経験者の受け皿という点では、フリースクールが存在感を増してきているが、キズキ共育塾はフリースクールとどう違うのだろうか。
 
「キズキ共育塾と一般的なフリースクールの最大の違いは、出口を用意しているかどうかだと考えています。その子らしくのびのび育てばよい、という考え方には賛成ですし、フリースクールによる支援は大事なものですが、僕はちゃんとその次の進路をつくってあげたいんです。実は中学校で不登校の子で、高校進学を機にやり直したいと考えている子は多いんです。たとえばいじめが原因で不登校になった子ならば、知っている人がいない高校に進学して、新しい環境で新しい人生としてやり直すことができればいい。キズキではそういう気持ちを応援したいと考えています」

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がんばれたのは、運がよかったから
 
 お話を伺っていて不思議だったのは、一度はレールを外れながらも自力で立ち直った安田さんが、なぜ、他人に自己責任を求めることなく、優しい眼差しを向けることができているのか、ということだった。
 
「僕自身も努力して這い上がってきたという自負はありますが、その経験を振りかざしてものを言うのは卑怯だと思っているんです。僕もたしかに苦労はしてきたけれども、小学校のときはちゃんと勉強していたので、基礎学力はそれなりにあったり、予備校に通うお金を出してもらえたりしましたから。もしそうした条件がなければ僕はいまここにこうしていなかった。だから、自分ができたから他人もできるだろう、ということだけは言ってはいけないと思っているんです」
 
 どのような親のもとに生まれて、どのような価値観の中で、どのように育つのか。中学、高校を卒業するくらいまでは、そうした生まれた環境に左右されるところが大きい。もはや運次第と言えるほどだ。
 
「努力できるかどうかでさえ、その人の生まれ育った環境と特性によるところがあります。また僕自身も経験していることですが、うつ状態になり自分の将来が見えなくなると、努力さえできなくなります。だから、努力していないことを批判しても意味がありません。それよりも、そうした課題を抱えた方々に対して、やり直しのきっかけとなるものを提供していくことの方が、よっぽど意味があります」
 
 自分が這い上がってきたからこそ、同じような境遇にいる人に対する「なぜ、がんばらないのか」という言葉は暴力的なものになる。言われた側に、逃げ場がなくなるからだ。つい自分と同じものを他人に期待してしまったりすることは、安田さんにはないのだろうか。
 
「自分で事業を始めてからは、増えてしまったかもしれません。とはいえ、与えられた状況の中でその人なりにがんばっているのかもしれないし、僕が関心を払っていないところでがんばっているのかもしれない。なぜがんばらないのか、という言葉を発する前に考えなくてはいけないことがあると思っています」
 
 もしもなかなか仕事を覚えない人がいるとしたら、上司の指示の出し方が悪いのかもしれない、と考えて改善策を練るのが安田さん流だ。その視点の多様性はどこで培われたのだろうか。
 
「大学時代にNGO活動でイスラエルにいたとき、彼らの社会には様々な問題があるものの、日本にはない自由さを感じました。たとえば彼らは兵役の義務があるものの、兵役さえ終われば、世界一周旅行をしたり、しばらく働いたりしてから、好きなときに大学に入って勉強する。年齢で行動を規定されることなく、個が自立して生きている。人の価値観も生き方もそれぞれで、人の幸せの形もそれぞれだということを改めて考えるきっかけになりました」

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一人でも多くの方が自己肯定感をもてる社会に
 
 NPO法人キズキが展開する事業には、3年前に始めたキズキ共育塾のほかにも、大きなものが2つある。
 
「ひとつは高等教育機関の中退予防事業です。専門学校や大学で中退される学生さんは、メンタル面・発達面で課題を抱えた方が多い。そうした方々をケアすることで、中退を予防する事業を行っています」
 
 中退率は大学側の経営にとっても死活問題となるため、学校側も取り組みに熱心だ。学力面・メンタル面で課題を抱えた学生のための特別クラスをキズキが受け持つほか、教員向けの研修も手掛けている。
 
「もうひとつは、新宿区で行政の委託事業として行っている就労支援事業です。『学び直し』を支援するキズキ共育塾では10代前半から20歳前後の生徒が多いんですが、こちらの事業ではもう少し上の年代、主に20代から30代の方の支援を行っています。学び直すというより、もう一度働きたいという意欲はあるのに、働けない方向けの相談窓口を運営しています。やはりこちらも、メンタル面の課題や、発達障害を抱えている方がいらっしゃいます」
 
 発達障害やメンタル面の課題を抱えた方々への学習・就労支援のノウハウは、ほぼ実地経験で培われてきたものだ。
 
「心理学を大学で学んでいたわけではないので、本で独学しながら現場経験を通じて学びました。特に困難なケースでは臨床心理士の資格をもったスタッフと相談しますが、その中での学びも大きかったです。とくに、発達障害は比較的新しい概念ですから、必要としている人がたくさんいるにもかかわらず、それに見合ったサービスがまだ確立されていない。それはこれから自分たちがつくっていけるということでもあるので、やりがいがあるし、おもしろいと思っています」
 
 さらに半年前、ベトナムで障害者雇用の事業も立ち上げた。こちらはまだまだ始めたばかりだが、塾の運営で培われたB to Cビジネスの経験が生きる場面もあり、これから力を入れていきたい事業のひとつだという。キズキ共育塾の立ち上げから4年目を迎え、活躍の幅を広げている安田さんに、今後の展開を伺った。
 
「僕自身としては、精神面・発達面などの困難を抱えている方が生きやすい社会を創りたいと思っています。今後も、中退や不登校の問題にとどまらず、一人でも多くの方が自己肯定感をもって生きていくために必要な事業をやっていきたい。来年くらいを目標に、日本ではうつ病などで働けなくなった方向けの就労支援施設や、発達障害をもつ方々に特化した学習支援の場所もつくりたいと思っています。去年からは海外でも少しずつ事業ができるようになってきているので、30年後くらいには、国内外を問わず世界中で、数百万人・数千万人の困難を抱えた人々を支援する仕組みがつくれたらいいな、と。30年後にそういう状態を作れたら自分の人生に満足できるかなと思って、毎日の活動に取り組んでいます」
 
 
 
安田 祐輔(やすだ ゆうすけ)*1983年神奈川県生まれ。ICU(国際基督教大学)教養学部国際関係学科卒。在学中にイスラエル・パレスチナで平和構築関連のNGO活動に取り組み、一時大学を休学しルーマニアの研究機関に勤務。主に紛争解決に向けたワークショップのコーディネートなどに携わる。大学卒業後、総合商社勤務を経てNPO法人キズキを立ち上げ、現在同理事長を務める。不登校・高校中退経験者を対象とした「キズキ共育塾」を運営するほか、大手専門学校グループと提携した中退予防事業などを行なっている。
 
【写真:永井浩】

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