夢や価値観を提供できる企業を目指して

株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太

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鈴木慶太さんのインタビュー第1回、第2回はこちら:
「発達障害を理由に可能性を狭めたくない」
「アプローチ次第で能力は伸ばせる」
 
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雇用にもたくさんの選択肢を
 
 Kaienでの就労トレーニングを終えた発達障害者を雇用した企業は、多くの場合リピーターになるという。
 
「従来の障害者像からすると、発達障害者はできることが多いんです。従来の障害者像っていうのは、たとえば知的障害者だったら、掃除とかパンを焼くとか、ほんとうに限られた職種にしか就けないイメージだった。それが、発達障害者は顧客管理なんかもできる。それはこれまでの障害者イメージとは違うんです」
 
 また、鬱などの精神障害のように気分の浮き沈みといった病状はなく、毎日規則正しくに出社する。むしろ、毎日ぴったり同じ時間に、同じ電車に乗ってくる。それは雇用する側にとっては安心感がある。
 
「身体障害者で雇える人は、首都圏ではほぼ雇われている、と言われています。ジョブマーケットにほとんどいないんです。障害者の法定雇用率も上がったいま、実は発達障害者が狙い目なんです。とは言え当然、うまくいくタイプと難しいタイプがいます。Kaienではその辺の情報格差を埋めて、あるいは本人の能力のでこぼこをある程度埋めてからマーケットに出しているので、強い。ただ、まだいわゆる障害者枠の中だけです。一般枠ではまったく状況が違います」
 
 大企業の障害者枠で働いている人と零細企業の一般枠で働いている人を比べると、収入はあまり変わらないが、一般枠は障害への配慮がされない分、どうしても働きにくさがある。だが、そもそも一般枠と障害者枠の2つしか選択肢がないということに、鈴木さんは疑問を呈する。
 
「日本は教育の現場はかなり進んでいると思います。通常級もあれば特別支援学校や特別支援学級も選べるし、最近では通常の学級に在籍しつつ、個別的な特別支援も受けられる『通級』ということもできる。通級の中でもその割合が変えられます。そうして子どもの頃にはその子に合わせた選択肢がたくさんあるのに、雇用の場面になったとたんに、1か0かどっちか選びなさい、ということになる。0.5みたいな選択肢がない」
 
 障害者と認められなければ障害者枠には入れず、一般枠の側に行こうとすると、求められるレベルに達していないと言われてしまう。大人の発達障害者に向けた支援は、まだまだいびつで不十分だ。一般枠と障害者枠という2つの大きな枠だけではとらえられない境界の人々を、社会や企業に取り込むしくみをつくる必要性は、今度ますます増していくはずだ。

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「大学キャリアコンサルタント講座」で講師を務める鈴木氏(写真提供:Kaien社長ブログ)

在職者が抱える複雑な問題
 
 Kaienの利用説明会に参加するのは、失業中の社会人が50%を占めるが、残りは大学生と在職者が25%ずつだという。
 
「彼らは多くの場合、障害者枠ではない一般枠で働いています。障害者枠じゃないから、なんらの配慮もされていない。そうした中で、在職中だけれども上手にやれていないという不全感があり、もっとうまくいくところがあるんじゃないかと思ってKaienにやってくる」
 
 Kaienで就労支援を行っているのは発達障害が原因で職場でうまくいかなくなり、辞めてしまった人々だが、辞めるところまではいかなくとも、発達障害の疑いのある人、あるいは実際に診断された人は大勢いる。だが、そうした在職者向けのサポートに関しては、やるべきことの1%程度しかできていないのが現状だと、鈴木さんは言う。
 
「在職者のサポートはほんとうにケースバイケースで、対応がとても難しいんです。業種や職種もほんとうに様々ですし、場合によっては、職場環境にそもそも問題があることもあります。本人以上に周りのスタッフが混乱していて、その職場では発達障害じゃなくてもやっていけないよね、とか。その点、障害者枠での雇用だと、その企業と結び付いて環境調整もできます。どういうマネジメントが必要かとか、どういうものを置くべきかとか、逆に置かないべきかとか。だけど、零細企業の一般枠でクローズドな状態だと、周囲のレベルもコントロールできないし、本人以外の要因が多くて本人支援だけではどうしようもないというケースが多々ある」
 
 そうした環境での仕事に疲れてしまって支援プログラムに来るエネルギーもなかったり、そもそも薄給で支援プログラムを受けるために必要な費用を用意できずに諦めるケースもあるといい、そのことに鈴木さんは憤りを感じていた。
 
「これは発達障害者支援の場面に限ったことではないんですが、日本では失業者、アンエンプロイドにはお金が出るんです。だけど、非正規とかのアンダーエンプロイドの人には支援がないんです。仕事を続けながら利用できる制度がない。そうした問題もあり、在職者へのサポートというのは難しいんです。発達障害者支援というのは、いろんな社会の難しさと結び付いていると思います」
 
 「支援を受ける一歩手前で踏みとどまっている人」がいちばん苦しいと言われる状況は、発達障害者支援の現場に限ったことでは決してない。1でも0でもない中間の人々に目を向けていくことは、日本に生まれているさまざまな社会問題を考える上で避けて通れない課題になりつつある。

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スペシャリステルネ創業者Thorkil Sonne氏と鈴木氏(写真提供:Kaien社長ブログ)

発達障害を知って、自分も人付き合いが楽になった
 
 こうして支援事業を展開していく中で、鈴木さんが息子が発達障害と診断されたときに受けた印象は、彼らを取り巻く環境とともに変わったものもあれば、変わっていないものもある。
 
「自分が持っていた偏見というか、勝手に思い描いていた像があるということを受け入れられて、自分が歩んできた道が絶対ではないし、自分の子どもがそうならなくてもいいかなと思えるようになりました。障害の理解とは別に、自分の価値観がいい意味で前進したと思います」
 
 一方で、発達障害者にとって、いまの世の中は厳しい戦いの連続になるだろうという思いは変わっていないともいう。
 
「会社を立ち上げたときに、世の中の価値観が変わればいいな、人々が考え方を変えてくれたらいいなと考えていたんですが、そのときに目指していたものが100とすると、いまは1もできていない。なにも変わっていないとは思いますけど、発達障害の可能性に対する考え方の変化など、小さなブレイクスルーはいっぱいあるとも思います」
 
 また、発達障害という概念を知ったことは、鈴木さん自身の人付き合いにも役立っているという。
 
「この人は診断は受けていないようだけど発達障害の傾向があるな、と思うことで、相手が多少不思議な言動をしても受け入れられるようになった。原因がわかっているから。それまでは、ほんとうに不思議だったんですよ。なんでわからないの? なんで間違うの? って。発達障害という概念を手に入れてから、僕自身も人の理解がすごくやりやすくなったと思います」
 
 発達障害は、福祉関係を筆頭に、社会でサポート的な事業に携わる人々にとって知っておくべき知識のひとつとなりつつあるばかりでなく、人付き合いのさまざまな面で役立つキーワードであるのかもしれない。

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小さくても光っている組織に
 
 Kaienが社会福祉法人でもなく、NPOなどの社会貢献的な事業者でもなく、株式会社を選んだのには理由があった。
 
「まだ十分に実現できていませんが、『発達障害の人の力を活かしてがんばりました』と言っても、NPOだったら、『どうせチャリティじゃないの』って言われてしまうかもしれない。でも、『発達障害の人たちの力を活かして、お金を稼いでいます』って言えば、それはもう世の中の多くの企業と同じ土俵で戦って勝ったということですから、そのほうがインパクトがあるというか、より認められやすいと思ったんです」
 
 また、Kaienの3つの役割を果たすのにもっとも適したかたちが株式会社なのだと、鈴木さんは言う。
 
「ひとつは発達障害者をエンパワーメントして、雇用につなげること。ふたつめは、企業が彼らを雇用することで、経済的な利益を得ること。最後は、それらを発信するということです。そのとき、会社というかたちのほうが、発信力が高まると考えています」
 
 ほかにも、いまの日本では株式会社というかたちが、もっとも資金調達やディシジョンメイキングがしやすいと考えたことも理由だ。
 
「NPOっていうのは、基本的には社会が株主で、それを信託されて動かしているようなものなので、ひとりの力ではなかなか物事が動かせない。その点、株式会社ならディシジョンメイキングが迅速にできます。もうひとつは人材。いまの日本では、NPOよりも株式会社のほうがいろんな人材を集めやすいかなと思います。いきなりNPOの世界に飛び込める営利の人はなかなかいないと思うので」
 
 結果、現在のKaienのスタッフは、上は70歳から下は20歳までと年齢層も幅広く、前職も福祉系、医療系、ビジネスマンと、バックグラウンドも多様な人材がそろっている。
 
「そうやっていろいろと考えたときに、株式会社にしない理由のほうが少なかったんです。いま、上場は検討課題なんですが、当社が上場するときには、株式市場の価値観が変わるくらいでないと、やる意味はないと思っています。配当利益だけじゃない、株式購入のインセンティブみたいなものが出てこないと」
 
 おそらくいくつかの企業はすでにそれを実現していると言い、鈴木さんは例のひとつに東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドを挙げた。
 
「たとえばオリエンタルランドの株主の方は、夢を買っているんだと思うんです。配当がほしいというより、夢なんだと思います。Kaienもそうしたイメージで受け止められるような触媒にならない限りは、上場する意味はないと考えています。上場すると市場の価値観にさらけ出されますから。理念に共感して理解くださる方は、上場しないままのほうがむしろ集めやすい」
 
 Kaienでは、Googleを参考に、種類株を採用している。経済的な価値はほとんどないが議決権の強い株、逆に経済的価値はあるが議決権の弱い株。そうすると、経済合理性だけでない意思決定がしやすくなるのだ。だったら、いまのままで、思いは十分体現できる。
 
「一応、売上規模は10億円くらいを目指そうとは思っています。それは、3つめの役割である発信の場面で、3億円の会社ですというのと、10億円の会社ですというのでは、説得力がだいぶ違うから」
 
 ただし、売上はあくまで結果であり、大事なのは、3つの役割がいかにバランスよく安定的に果たせるか。鈴木さんが重視するのは、あくまで売上よりもインパクトだ。
 
「インパクトといっても、就職実績とか売上とか、いろんな測り方があると思うんです。そのひとつに、模倣されることがあると思っています。尊敬され、模倣されるようなビジネスモデルでありたい。また、次世代の夢を感じさせるとか、価値観を提供する企業になっていきたいとも考えています」
 
 鈴木さんが目指すのは、「ユニークさ」や「尊敬される」といったキーワードが保たれている企業。そう話す鈴木さんの思いに、ブレはない。
 
「小さくても光っていればいいと思っています。だけど、あまり小さいと誰にも気づかれないので、ちゃんと気づかれるくらいにはなっておかないと。あとは、僕がいなくても回る組織にしていくことも目指していきたいですね」
 
 
 
鈴木 慶太(すずき けいた)*2000年、東京大学経済学部卒。NHKに入社し、アナウンサーとして報道・制作を担当。NHK退職後、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に留学しMBAを取得。長男の診断を機に発達障害の能力を活かしたビジネスモデルを模索し、帰国後Kaienを 創業、現在に至る。
 
【写真:shu tokonami】

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