子どもの成長をみんなで見守る社会に

特定非営利活動法人 3keys 森山誉恵

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目的をとるか、リスクを避けるか
 
 幼少期を韓国で過ごし、高校時代にアメリカに留学した経験もある森山さんは、日本の制度に歯がゆさを感じる面もあるという。
 
「インフラ整備とか大きな枠組みを整えて解決できる問題なら日本はやりつくしていると言っていいほどしっかりやっていて、やっぱり先進国だなって思うんです」
 
 児童養護施設の子どもたちも、毎年ディズニーランドに連れて行ってもらえたり、一人一台DSやプレイステーションといったゲーム機を所有していることも珍しくない。裕福でない家庭よりも、物質的には恵まれている面もある。
 
「だけど、人のつながりによる支援は足りていないんです。最新のゲーム機をもっていても、覚悟をもって育ててくれる保護者がいない。それでは、結局どこか満たされないままになってしまいます」
 
 日本では、里親になるには様々な条件をクリアしなければならない。養子縁組の審査はさらに厳しい。基準をクリアし、国に認められるのは、ほんの一握りの家庭だけだ。高いハードルは子どもたちを守るために設けられたものだが、その厳しさが子どもたちを「家族」から遠ざけてしまっている面も否めない。
 
「アメリカの養子縁組ってけっこう適当で、たとえば農家で人手が足りないから、労働力として子どもを引き受けるとか。そういうのもありなんです。日本だとそんな子どもを搾取する目的の養子縁組なんてとんでもない!っていう感じですよね。それはもちろんわかるんです。だけど、アメリカでは、子どもが『家』『家族』といういちばん肝心なものを確保できるなら、多少の問題はしかたがないっていう考え方なんです。だから養子縁組がどんどん進む」
 
 日本はリスクを徹底的に避けたがる傾向がある。組織化された集団で運営されている児童養護施設は、リスクマネジメントを追求した形式と言えるだろう。
 
「日本ではリスクがいちばん少ないものが採用されやすくて、いちばん大切な目的を果たせるかたちでも、リスクがあると思ったら実施しないという傾向があると思います。1、2割に起こりうるトラブルを怖がって、8割が救われるものをやらないというか。得られるもののほうが大きいなら、一旦やってみて、出てきたリスクをどう減らすかっていうやり方も必要だと思うんですけど。でも、そうなっているのは、メディアとか国民の責任もあると思います。国が運営するシステムでトラブルがあると、『国はなにをしているんだ!』ってものすごく責めるから」
 
 それでも子どもにとっていちばん必要なのは「家族」ではないかと、現場を見ている森山さんは思うのだと言う。
 
「施設の子どもたちが大人によく言うのは、『どうせ仕事でしょ』っていうこと。どんなに誠心誠意親身になってくれる職員さんでも、帰る家があって、自分の家族がいる。小学生くらいだとそうでもないんですけど、中高生になってくると、自分よりも絶対大切な人がいる、いつか絶対離れなければならない存在である職員に心を閉ざすようになりがちです」
 
 好きになればなるほど、職員と距離をとろうとする子どもは多い。信じれば信じるほど、職員の手が離れてしまったときに受ける心の傷が深くなるからだ。職員の退職や異動を経験をするたびに、無意識に大人に対して身構えるようになっていってしまうのだ。
 
「自分だけを見ていてくれる、他人じゃない人みたいなのが欲しいんだと思います。要するに家族ですよね。周囲の大人には期待できないから、早く子どもを産んで自分の家族をつくれば幸せになれると思って、恋愛に依存したり、10代半ばで子どもを産んだりということも珍しくありません。やっぱり、一人か二人はぜったい必要なんですよね。ぜったい裏切らない人や自分の帰る場所が」
 
 実親の家庭でも、問題が起きることはある。むしろ、ひとつも問題を抱えていない家庭などないだろう。だったら、子どもの帰る場所、自分だけに目と手をかけてくれる保護者の存在のほうが重要で、多少のもめごとは、誰もが経験する家族との衝突や人付き合いを学ぶ機会として乗り越えていくべきなのかもしれない。なにがほんとうに子どもたちのためになるのか、国や行政任せにせず、国民全体で考える時期が来ているのではないだろうか。

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