諦める理由より、諦めない理由を多くつくりたい

特定非営利活動法人 3keys 森山誉恵

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「変える人」No.11では、子どもたちを取り巻く格差の解消を目指して活動するNPO法人「3keys」の森山誉恵さんをご紹介します。
 
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成熟した網の目からこぼれた問題
 
 森山さんが子どもの貧困や格差の問題にかかわるようになったきっかけは、大学時代にさかのぼる。
 
「はじめから児童福祉に関心があったわけじゃないんです。大学に入学してすぐの頃は、ビジネスコンテストに参加したり、中小企業の社長との人脈を積極的につくったりしていました。2年生のときには、あるIT企業で新規事業を任せてもらえるようにもなりました」
 
 そこで森山さんは、日本がいかに物質的に豊かで恵まれた社会であるかを痛感したという。
 
「たとえばITの世界でなにか新しいことをやろうと思っても、高度な技術や知識を持っている人がつくっていくような分野しか残っていませんでした。そういうのが好きな人もいると思うんですけど、私はあんまりやりたいことが見つからなくて。むしろ、成熟した社会だからこそ必要な仕事があるんじゃないかと思うようになったんです」
 
 さまざまな社会インフラの整備に、日本はかなりしっかり取り組んできたが、その網の目からこぼれてしまった課題があるのではないか。とりわけ教育や福祉の分野に興味を持った森山さんは、現場を見てみたいと調べていく中、「Yahoo!ボランティア」で家のすぐ近所に児童養護施設があることを知った。
 
「そんなところに施設があるなんて知らなくて、びっくりしました。実を言うと、児童養護施設がどんなところなのかも知りませんでした。そこで学習ボランティアを募集していることを知って、家庭教師の経験もあったので、それなら自分にも何かできるかなと思って行ってみたんです」

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写真提供:3keys

環境の差が生む意欲格差
 
 現在、全国に600ほどある児童養護施設には1歳から18歳まで、3万人ほどが生活している。不慮の事故などで両親を亡くした子どものほか、虐待などなんらかの理由で家庭での養育が不適切と判断され、保護された子どもたちだ。
 
「児童養護施設で生活する子どもたちには、勉強が遅れている子が多く見られるんです。学校から帰って勉強を見てくれる親もいないし、友達が通っている塾や予備校に通うこともできないので、一度学校の授業についていけなくなるとなかなか挽回できない。そうした環境の違いが、成績や学習の意欲の差につながっていきやすいんですね」
 
 施設で生活することになるまでの間に、学習の遅れが何年間にもわたって放置されてきている場合も少なくない。学習支援のボランティアの現場に赴いた森山さんは、子どもたちの抱える問題の根深さに衝撃を受けることになる。
 
「実際に現場に行くまでは正直楽観視していました。ちょうど『ドラゴン桜』というドラマが流行っていたこともあって、私が勉強を教えに行ったら子どもたちが劇的に変わるストーリーを夢見たりしていたんですけど、現実は全然違っていました」
 
 子どもたちに歓迎されることを期待して施設を訪れた森山さんは、予想とは違う冷ややかな反応にとまどった。
 
「私が行っても勉強する様子もないし、『もう来るな』とさえ言われたり。そりゃあそうですよね。これまで散々放置されてきたのに、大幅に遅れてあきらめた頃になってやってきて勉強しろなんて、私でもそう言うと思います。問題の根深さというか、私1人で週に1回訪れるくらいで解決するほど単純な問題じゃないということを痛感しました」
 
 森山さんが児童養護施設で教えていた子どもたちは中学生が多かったが、ほとんどの場合は小学校低学年の頃から勉強が止まっていた。
 
「いまや塾に行って補習を受けるのが当たり前になりつつあるし、学校も教科書を前に進めるだけで精一杯なほど大変な状況。最近発表されたデータによると子どもたち一人ひとりの遅れや意欲低下に気を配れていないと答えた教師は6割に上ります。そんな状況の中では一度勉強が遅れると挽回する機会がなかなか得られず、子どもたちの自己肯定感は低くなり、居場所がないと感じるようになってしまって、心の傷が深くなっていきます。そして、そういう問題を抱えている子が、とても多かった」
 
 大人でも、なんの成功体験もなく、会社で自分の立場がないと感じ続けることになれば、逃げ出したくなるだろう。身を置く環境が学校と家庭にほぼ限られる子どもならばなおのこと、そうした状況による影響はより一層大きい。そうした思いを子どもたちにさせたくないと、森山さんは慶應義塾大学在学中に「3keys」を立ち上げた。

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一生懸命努力しても広がるギャップ
 
 児童養護施設で暮らす子どもたちの進学状況を見ると、高校進学率は約95%ではあるものの、全国の中学校卒業者の98%と比べるとやや低く、7.6%の高校中退率は平均の約3倍。さらに、大学進学率は12%台と、全国平均の4分の1以下にとどまっている。さらに児童養護施設に保護されていない子どもたちの実情はまだ正確に把握すらできない状況。
 
「私は大学の費用を当たり前のように親に出してもらいましたけど、親がいろんな形で援助できない子どもたちは高校生のときから100万円単位で貯金をしないと、大学や専門学校に行けない。だから修学旅行も行かずにお金を貯めていたり、クラスメイトが受験勉強だけに専念している間もアルバイトを掛け持ちしたり、奨学金の申請をしていたりする。そうした状況が続くと、一生懸命がんばっているのに他の子たちとどんどんギャップが広がって、諦めの気持ちが強くなっていってしまうんです」
 
 逆境をバネにできる子もいるが、それはほんの一握り。経済的な支援も十分に整っているとは言い難いいまの状況は、意欲の低下を招くことが圧倒的に多い。
 
「そうした状態に慣れてしまった子どもたちは、結局自分はなにをしてもだめだと思うようになってしまうんです。『どうせ自分は児童養護施設育ちだから』とか『どうせ親に見捨てられたから』とか、そういうところにしか結論を見出せなくなって、大人になって社会に出てからも、ずっとその枠に自分自身をはめて生きてしまうんです」
 
 当時慶應義塾大学の学生だった森山さんの周りには、そういった現状を知っている人はほとんどいなかった。たとえば小学校から私立に通っていると、施設で暮らす子どもに出会ったことすらないということも珍しくない。
 
「私が通っていた公立中学校にもきっといたと思うんですけど、高校、大学と進学する中で、私も忘れてしまっていました。でも、そういう問題があるという認識も想像力もないまま大学を出た人が、社会で人の上に立つことになるのは問題があるんじゃないかと思いました。それで、せめてみんなに知ってもらいたいと思って、大学の友人などに呼び掛けて3keysを立ち上げたんです」
 
 自分の活動だけでは課題解決には足りないかもしれない。それでも、周囲の人々に知ってもらう努力をしつつ、ある程度意欲のある子どもたちの勉強をサポートしたいというのが、当初の思いだった。
 
「友達が通っている予備校には通えなくても、週に1回勉強を見に来てくれる人がいれば、前日だけでも勉強しようっていう気持ちになりますよね。大人でも、ひとりでジムに通うとなるとなかなか続かないけれど、誰かと一緒に行くとか、なにかしらの強制力のようなものが働けばがんばれるじゃないですか。そうやって、意欲はあるのに諦める理由が多い子どもたちに、諦めない理由のほうが多い環境をつくりたいと思ったんです」
 
 大学の友人や、mixiやインターネットの掲示板で呼び掛けて仲間を集め、6人の運営スタッフから3keysの活動は始まった。

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写真提供:3keys

「誰も悪くない」問題だからこそ
 
 スタートはふたつのサービスからだった。
 
「ひとつは、進学などの目標のある子の勉強をサポートする、中高生向けの家庭教師型指導サービス。もうひとつは、小学生向けの教室型指導サービスで、学年ではなくて習熟度別に国語と算数の基礎を積み上げ直せるようにしました」
 
 子どもたちに効果的な学習サポートを提供できるよう工夫する一方、ボランティアに若い人を巻き込む方法も考えた。
 
「これまでの地域活動やボランティア活動はもともと児童福祉や教育にとても興味がある方しか関わっていなくなっていたり、高齢化問題も抱えていた。慢性的に人手不足で偏見も広がりつつある中で、もっと多様な人たちに問題意識を届けるためには工夫が必要と感じました」
 
 ボランティアの募集が公民館でしか行われていない場合もあった。それでは公民館に足を運ぶごく限られた人たちにしか情報は届かない。次の世代に引き継がれないままに彼らが引退してしまえば、現場からは誰もいなくなり、若い世代の理解はますます進まなくなってしまう。
 
「だから、、SNSなどインターネットを通して参加を呼び掛けたり、情報を発信したりしています。3keysに登録している学習支援のボランティアは500人くらいですが、学生と社会人が半々くらい。18歳から60代まで、幅広い年齢の方がいらっしゃいます」
 
 昨年度の登録者は、学生よりも社会人が多かったという。子どもたちも部活やアルバイトがあるので、学習サポートを行うのは平日の夜7時以降や土日。残業が少なめのビジネスマンや公務員が積極的に参加している。
 
「ただ、やっぱりボランティアのがんばりだけでは足りないので、そのことを社会に発信して、制度の見直しなどにつなげていかなければいけないなと思っています。児童福祉に関心のある人をボランティアや寄付のかたちで巻き込むだけでは今までとそう大きく変わらない。そうではない人にいかに情報を届けるか、いかに当事者意識を持ってもらうか、といった取り組みにも力を入れています」
 
 そのための取り組みのひとつが、チャイルドイシューセミナー(CIS)。子どもを取り巻く問題を、「家族」「地域」「学校」「仕事」「政治」の5つのテーマから考える連続セミナーだ。テーマごとに毎回代わる講師は、鈴木寛氏、湯浅誠氏、出口治明氏、高濱正伸氏といった人々が務めてきた。
 
「3keysのことを知らないとか、子どもの貧困や格差問題に興味や実感はないという人でも、『この人の話は聞いてみたい!』ということで参加してもらって、問題の存在やその根深さを知ってもらうきっかけになったらいいなと。会場も、たとえばマイクロソフト社さんにお借りしたりして、ちょっと行ってみたいと思ってもらえるような仕掛けを考えています」
 
 セミナーでは、参加者の身近なことを子どもたちの問題につなげていく作業を行う。一人ひとりの働き方や企業のワークライフバランスへの考え方、近所づきあいの希薄化などの地域社会のあり方の変化、大人たちの政治に対する姿勢といったものが、子どもたちにどう影響しているのか。児童福祉とは一見関係がなさそうな日常生活のひずみが、回りまわっていちばん弱い子どもたちに跳ね返っていることに気づかせる狙いだ。
 
「子どもの問題は、誰か明確な悪人がいるのではなくて、みんなが悪気なく日常生活を送っている中で起きているものなので、当たり前になっている生活や考え方を見直してもらえるようになったら」
 
 3keys発で開催するセミナーのほかにも、大学の授業や、企業のCSR部門での講演依頼など、発信の機会は確実に増えて来ている。(第二回「子どもの成長をみんなで見守る社会に」へ続く)
 
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森山 誉恵(もりやま たかえ)*1987年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大学時代、児童養護施設で学習ボランティアを開始。在学中に学生団体3keysを設立。2011年5月にNPO法人化し、代表理事に就任。同年社会貢献者表彰。現在は現場の支援に加え現場から見える格差や貧困の現状の発信にも力を入れている。

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