どんな環境でも、自分の人生は切り拓ける

株式会社ワクワーク・イングリッシュ 山田貴子

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写真提供:ワクワーク・イングリッシュ

山田貴子さんのインタビュー第1回、第2回はこちら:「ビジネスを通じて一緒に夢を実現したい」「チャレンジで自分と地域の未来を変える
 
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恐れではなく、ワクワクで未来を選ぶ
 
 8月に着工予定のワクワーク・ラーニングセンターが完成すれば、子どもたちの夢やチャンスはますます広がる。このラーニングセンターは、ユニクロのClothes for Smilesというプログラムにも選ばれ、応援を受けながら、来年2月完成を目指している。
 
「これまではNGOや孤児院に声をかけてワクワークの学生プログラムに参加したい人を募集しても、選抜段階で落ちる人が多くて、その人たちにアプローチできなかったんです。だけど、このセンターができれば、選抜を通った若者たちはお給料をもらいながらトレーニングを受けて学校に通える。落ちた若者たちにも、お給料は出ないけれど無償でトレーニングを提供するので、次のチャンスをつかみやすくなる。トレーニングを受けましたっていうだけでも、就職する上では全然違うと思うんですよね」
 
 最初の年はワクワークの学生プログラムのトレーニング中にドロップアウトする若者も多かった。
 
「最初は手さぐり状態だったこともあるんですけど、お給料を家の修繕に使ってしまって学校に行けなかったとか、スラムでろうそくが倒れて家が火事になって来れなくなってしまったとか、売春させられていた子を保護してきたけれど、やっぱり夜お店に出たほうがお金が稼げるからっていう理由で戻って、妊娠してしまったとか。彼らの周りに渦巻く予測不能な状況を目の当たりにして、職業訓練だけじゃなくて、人間力のトレーニングの大切さを痛感したので、そこを丁寧にやっていくようにしました。そうしたらドロップアウトはほとんどなくなりましたね」
 
 孤児院から採用した若者たちの300時間ほどのトレーニングのうち、半分近くは人間力のトレーニングに充てられているという。
 
「ワクワークセンターの基礎講座みたいなかたちで、なぜ自分がこれをやるのかっていうことを問いかけていくんです。フィリピンの子どもたち、とくに貧困層の子どもたちは、恐れからの行動がすごく多い。ほんとうはあっちをやりたいけれど、こっちを選ばないと孤児院にいられないから、とか、こうしないと里親さんに大学に行かせてもらえないから、とか」
 
 「こうしないと愛されない」という恐れから選ぶ行動ではなく、自分が心からやりたいと思えることを選べるように。自分がどういう人間として生きていくのかという問い掛けを丁寧に積み重ねていく。
 
「生まれた環境に関係なく、一人ひとりが自分の心がほんとうにワクワクすること、ワクワクに正直に未来を選択できる社会をつくりたいと思っているんです。『ワクワク』は、inner motivation to liveって訳しているんですけど、一人ひとりの内から湧き出てくるモチベーションで生きていく力。それを引き出して、自分がほんとうに情熱をかけられる、楽しいと思える未来を選択していけるところまで持って行きたいと思っています」

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写真提供:ワクワーク・イングリッシュ

10年後の自立と循環を目指して
 
 山田さんの丁寧な取り組みは、着実に実を結んでいる。ロールモデルとなる先輩の存在も大きい。同じ環境で生まれ育った若者が夢をかなえている姿を見て、「自分にもできるんだ」という希望が感じられるのだ。
 
「ワクワークの学生チームに採用する時には、たんぽぽのように黄色い花を咲かせる、つまり自分の夢を実現したら、次は綿毛となって、同じ環境で生活していた子どもたちにチャンスを循環させていくロールモデルとして、自分の姿を見せていけるかどうかを1つの条件にしています。毎週土曜日は自分が育った孤児院で、子どもたちに無償で英語を教えるとか。循環が生まれるように、はじめは意図的にプログラムに落とし込んでいましたが、いまではみんな自発的にやっています」
 
 一人ひとりがチームの一員としてそれぞれの役割を果たすことで、成長の循環が確実に生まれている。山田さんが目指す未来へとつながる流れだ。山田さんは、ワクワーク立ち上げから10年後にあたる2019年をひとつのターゲットに据えた。2009年当時に出会った子どもたちが高校生、大学生になっていく頃、自分の未来を自分の意思で選択できる社会になっていれば、まずはステージクリアだ。
 
「フィリピンの仲間には、2019年になったら私はフィリピンから去るってずっと言い続けていて。かかわりを絶つわけではもちろんないんですけど、ワクワーク・イングリッシュは、現地に日本人スタッフはひとりもいません。現地のオフィスに私の机はもうないし(笑)。そうやってフィリピン人だけでマネジメントしている体制をほかの事業でもしっかりつくって、2019年には私や夫の森住がいなくても、現地だけで新しいモデルが生まれるように、フィリピンの人たちで回していけるようになっているといいなあと」
 
 では、2019年以降はどうするのか。山田さんの目は、今度は国内に向いていた。現在の山田さんの日本国内の活動拠点は軽井沢だ。
 
「私たちが住まわせていただいている塩沢村っていうところで、お世話になっている方が修復した『緑友荘』という古民家を利用して、都内の学生たちと繋げたり、フィリピンと繋げたりして、何かこの村と繋がる活動ができないかと考えています。ワクワークのインターンの学生の合宿を行って、ロゲイニングというアクティビティを行ったり、田植えなどもしたり、地域の方にとてもお世話になりました」
 
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 ロゲイニングとは、制限時間内にできるだけ多くのチェックポイントを回るゲームだ。山田さんたちはチェックポイントを地域の魅力ポイントに設置している。
 
「ロゲイニングのためのマップを地域の方と一緒につくったりもしています。日本の地方はどこもそうなのかもしれませんが、出掛けるとき鍵閉めないとか(笑)、塩沢村はあたたかい人のつながりや信頼のようなものがまだ残っている場所」
 
 山田さんと森住さんのご夫妻が活動拠点を東京から軽井沢に移したのは、恩師の勧めがきっかけだったというが、よその地域から軽井沢にやってきた人はほかにもいるという。森住さんも言う。
 
「軽井沢インターナショナルスクールができたり、SFCの先輩が活動されていたり、軽井沢におもしろい人が集まってきている気がします。将来子どもが生まれたら、フィリピンのセブ市のロレガのコミュニティで育てるのもおもしろそうだと考えていたんですが、軽井沢の森の幼稚園に入れるのもいいな、なんて、最近は思います」

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写真提供:山田貴子氏

子どもたちと一緒に未来を創っていきたい
 
 生まれ故郷で、夫の森住さんと一緒に取り組んでいる活動もある。
 
「私は湯河原の出身なんですが、そのご縁で町の教育委員会さんに声をかけていただいて、なんらかの理由で学校の教室には通えない子どもたちが通う適応指導教室にワクワーク・イングリッシュのサービスを提供して3年目になります。英語が特別上達しなくても、外国人の講師と英語でコミュニケーションをとったり、励まされたりすることで自信がつくみたいで、学校に復帰した子もいます」
 
 国内で行っているのはフィリピンでのワクワークでの活動とは別の、山田貴子個人としての活動だ。ワクワーク・イングリッシュのシステムを利用した適応指導教室での取り組みのほか、湯河原にある4校の小中学校で、子どもたちの研修「湯河原子どもフォーラム」を請け負って、今年で4年目になる。
 
「フィリピンの路上の子どもたちと出会って、どんな環境に生まれていても、自分のほんとうにやりたいこと、未来を選択していく力があるというということを証明したいと思った。それと同じことを日本の子どもたちにも感じているんです」
 
 社会の中で、「この子はできないから」と言われてしまう子がいることに、山田さんは違うと言いたくなるのだと言う。
 
「自分にもできるんだっていう小さな経験を積み重ねていけば、彼らだって自分で未来を選択していけるはず。だけど、そのチャンスは、自分には訪れないと思ってしまっている部分があります。ロレガの子どもたちだけじゃなくて、社会の中でそういう環境に置かれてしまっている子どもたちをどうにかしたい。どうにかしたいというよりは、彼らと一緒に未来を創っていきたいという思いがあるんです」

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森住直俊さんと山田貴子さん

ワクワクの鍵は自己肯定感
 
 フィリピンで活動しながら日本に目を向ければ向けるほど、フィリピンの子どもたちも日本の子どもたちも同じだと感じ、日本の子どもたちへの思いが強くなった。研修の場では、山田さんや森住さんは子どもたちとともにそこにいるだけだというが、子どもたち同士の対話の中で、学校のこと、友達のこと、お家でのことなど、普段はなかなか話せないことが自然と出てくるという。
 
「湯河原は小さいけれど、この町に育ててもらったと思っているし、将来自分の子もここで育てたいと思うほど大好きな町。なのに、学校の先生にも、友達にも、親にさえ、自分の気持ちを相談できない、自分の居場所を見つけられない子がいる。それって、もしかしたらフィリピンの子どもたちより苦しいのかもしれないって思うこともあります」
 
 経済的な豊かさとは裏腹な自己肯定感の低さ。山田さんはそれが非常に気になるのだと言う。
 
「フィリピンでも、日本のこどもたちの現状などを教えていると、『なんでこんないい子なのに、学校に行けないんだろう』とか、『なんでそこにコンプレックスを感じているんだろう』とか、非常に驚いています。そうした日本の子どもたちをフィリピンに連れて行って、こんなに世界は広いんだっていうことを感じてほしい。日本のこの狭い地域の中で、学校に行けないっていうことは、別にすべてじゃないんだよっていうことを教えてあげたいんです」
 
 フィリピンでも日本でも、自己肯定感を高めることの重要性を、山田さんは痛感している。フィリピンでラーニングジャーニーを行う上でも、日本から来る人々が、「貧困層の人」という目で見ないようにといくら努めても、現地の人々の自己肯定感が低いと、どうしても対等な立場で向かい合うことが難しく、信頼関係が築きにくい。
 
「いちばんシンプルかつパワフルなアプローチは、ラーニングジャーニーの冒頭で行っているライフストーリーの共有です。日本人と、フィリピン人と、貧困層の人は英語を話せない場合も多いので、ワクワーク・イングリッシュのメンバーが通訳として入って3人一組でやるんですが、そこでお互いの体験にぐっときたり、『これまでにたくさんの人が援助に来てくれたけれど、私の話を聞いてくれた人はあなたがはじめて』という体験をしたり」
 
 そうしてフィリピン人も日本人も、貧困層も富裕層も、同じ人間なのだという根本的な部分に改めて立ち、自分を価値ある存在と認められたとき、人は自分が心からやりたいと思えることと向き合えるのだろう。それは、日本の子どもや若者も同じだ。
 
「ありのままの自分でいていいんだ、みんな一人ひとり大切な存在なんだって、実感してほしい。そう感じられるような、愛あふれるワクワークセンターをつくりたいと思っています。」
 
 日本でも、フィリピンでも、人がほんとうに自分の心に正直に未来を選択できる環境づくりを目指して。山田貴子というたんぽぽは、いくつもの花を咲かせては綿毛になって飛び立ち、世界各地の子どもたちへとバトンをつないでいっている。
 
山田 貴子(やまだ たかこ)*1985年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学非常勤講師。2009年、大学院在学中に株式会社ワクワーク・イングリッシュを設立、代表を務め現在にいたる。2012年、世界経済フォーラム・ダボス会議の20代30代のリーダーGlobal Shapersに選出され、活躍の場を広げている。
 
【写真:shu tokonami】

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