チャレンジで自分と地域の未来を変える

株式会社ワクワーク・イングリッシュ 山田貴子

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山田貴子さんのインタビュー第一回はこちら:「ビジネスを通じて一緒に夢を実現したい
 
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ビジネスとしての価値で選んでもらいたい
 
 現在、ワクワークの顧客の7割は法人で、大学の正課授業、企業の新人研修や内定者研修、社員の英語力向上のための研修の一環として利用される場合が多いという。顧客の獲得は紹介の場合も多いが、山田さん自らスーツを着て人事部へ営業に行くこともある。
 
「そのときは、ワクワークを立ち上げた背景の話はまったくしないんです。私たちは英会話のサービスとしてプロフェッショナルの誇りを持っています。『フィリピンの貧困問題を解決するためにワクワークを使ってください!』じゃなくて、ワクワークの英会話のサービスがほんとうにいいからという理由で選んでいただきたいんです」
 
 導入後、1年ほどしてから、英会話レッスンを通して現地講師と仲良くなった社員が家族旅行でフィリピンを訪れてワクワークの活動を知り、「ワクワークさんってこんな活動もしているんですね」と言われることもあるという。
 
「実は最初の1、2か月、営業資料にフィリピンでの社会的活動の話を入れていたこともあったんです。だけど、営業先で、『ほんとうに英会話を買ってほしいと思っているのなら、ここに持ってくる資料はこれじゃない!』って怒られてしまったことがあって。それではっとした。すごくありがたいことでしたね」
 
 現地のメンバーも、プロフェッショナルとしての意識は高い。自分たちはいまどんなスタンスで働いているのか改めて見つめ直すワークの中で、あるメンバーから出たことばが山田さんの胸を打った。
 
「『自分はもちろん社会を変えるとか、子どもたちの夢を一緒にかなえるために働いている。だけど、それでも私はプロの英語講師だ』って言ったんですよ。私はオンライン英会話は社会をつくるためのひとつのツールだと思っていたけれど、そこで働く一人ひとりは、自分の仕事にほんとうにプロフェショナルとしての誇りをもっている。そのことに気づかされたし、少し反省しました」
 
 ビジョンやミッションを共有しつつ、純粋なビジネスとしてのクオリティをきっちり高めていく。そのこだわりは、ワクワークが展開する事業のすべてに徹底されている。

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写真提供:ワクワーク・イングリッシュ

子どもたちの夢の数だけ事業をつくりたい
 
 現在、ワクワークが展開する事業として、オンライン英会話以外に、コミュニティカフェ、名古屋のNPO「ふくりび」と共同で行っているヘアサロンやネイルサロン、マッサージの複合型サロンの運営がある。さらに、セブ市の中央に位置するスラム街、ロレガの中にワクワーク・ラーニングセンターという学びの場、働く場の建設が計画されており、8月末着工予定だ。
 
「子どもたちの夢の数だけ事業をつくりたいんです。日本から訪れる企業のインターンや学生とフィリピン人で一緒にプロジェクトを立ち上げて、新しい事業をどんどんつくっていこうと思っています。そのために、ラーニングジャーニーというプログラムを行っています」
 
 ラーニングジャーニーとは、単なる視察旅行やボランティアツアーとは異なり、日本、フィリピンの参加者一人ひとりが、対話を通じて深く繋がり、共に未来を創っていくことを目標にした一連のプログラムだ。その第一弾の成果として2013年の3月にオープンしたワクママカフェは、今年で1周年を迎えた。
 
「ロレガに住んでいたお父さんお母さん8人と一緒につくったカフェです。ワクワーク・イングリッシュのオフィスが入っているビルの1階にあります。カフェをつくります、働きたい人を募ります、という単なる求人のかたちではなくて、まずはラーニングジャーニーのプログラムに参加したい人を集めました」
 
 ワクワークとパートナーシップを結んでいる、ガワカリンガというフィリピンの大きなNGOが、公共墓地であるロレガの一部を供養、整地して、宿泊施設を建てた。ロレガの人々が500時間以上一緒に汗を流して働けばそこに無償で住めるというルールをつくり、いまでは72家庭がこの建物に住んでいる。
 
「ワクママカフェを立ち上げたメンバーは、その72家庭に声をかけて手を挙げた人たちから選抜しました。二人とも仕事がなくて子どものミルクも買えなくて困窮している夫婦とか、旦那さんが刑務所に入っているけれど、下の子がこれから大学に入る予定の57歳のお母さんとか、携帯ショップを開きたいお母さんとか。ラーニングジャーニーにチャレンジして、自分の人生を変えたいという思いを持っていたお父さん、お母さんたちです」
 
 株式会社ドアーズと協働し、日本からは社会人有志がこのプログラムに参加した。1週間のプログラムの中で、まずは互いのライフストーリーを丁寧にシェアする。そうして互いを知り、フィリピン人も日本人も同じ人間であるという根本に立ち返った上で、この1週間で自分はどうなりたいのか、このチームはどうなってほしいのか、このコミュニティはどうなってほしいのか、匿名で紙に書いてアイデアを出し合った。
 
「そうすると、だいたいみんな同じようなビジョンが出てくるんです。じゃあここからどういう未来をつくろうか、ということで、具体的にどんな事業がいいのかみんなで話し合います。そしてこのときは、だったらカフェがいいんじゃないの、っていうことになったんです」
 
 治安が悪いからと地元の人も近づきたがらないロレガというエリアが人々とつながる場にしたい。若者たちが新しいチャレンジを生み出す場として、コミュニティハブの役割を果たしたい。そうした願いをかなえるために、具体的な事業としてカフェが選ばれたのだった。
 
「この『カフェをつくろう』と決めるところまでがひとつめのジャーニーです。その2か月後が次のジャーニーで、今度は日本から学生が12人参加しました。現地の8人と日本の学生12人で、雑誌を切り抜いてフューチャーコラージュしたりしながら、なにもなかった1階の路面店をどんなカフェにしたいか、アイデアを出し合ったんです」
 
 カフェにふだん行かない現地のメンバーはなかなかカフェのイメージがわかず、雑誌を見ても遠い世界のように感じてとまどう場面もあった。描くイメージの違いで途中もめることもあった。だが、山田さんたちは話し合いをまったくコントロールしない。
 
「みんなで意見を出し合った結果いまのかたちに落ち着いて、最終日、日本の学生たちの帰りの飛行機の時間ぎりぎりまで、みんなでタイルを床に貼っていました。途中、学生たちがふざけながら壁塗りをやっていたらお父さんに怒られて全員追い出されたりもしていましたが(笑)、そんなやり取りの中で、現地のお父さんお母さんも自尊心を取り戻せる」
 
 こうしてオープンしたカフェには同じビルに70社ほど入っているさまざまな会社の社員や、近所の私立高校に子どもを通わせている比較的裕福な保護者が訪れる。3階に入っているワクワーク・イングリッシュの講師たちも、社員食堂のようなかたちで利用する。ロレガの人々と、これまで接点のなかったコミュニティの人々がつながる場としても、着実に機能しているといっていいだろう。

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写真提供:株式会社ワクワーク・イングリッシュ

大切なのは次へつなぐこと
 
 オープン前には、ビジネス講座も開いた。
 
「路上でココナッツのお菓子を売っていたお母さんもいたんですが、原価とか自分の労働の対価というものを考えていなかったので、利益が0どころかマイナスになっていたり。ビジネス感覚がないので、オープン前に単価や顧客数について、日本のビジネスマンの方に講義をしてもらったんです」
 
 だが、ビジネス感覚は一朝一夕で身につくものではない。
 
「行く度行く度ごはんの量が増えているんです(笑)。この売値だったら、ぜったいコストと見合わないよねって言っても、もっと食べてほしいから、って。1年経った最近、ようやくメジャーを用意したみたいですけど」
 
 できるだけ安く提供したいというメンバーの希望で、原価率は一般的な飲食店よりも高めだが、収益は1年経ってようやく黒字になってきたという。だが、それも長くは続かなかった。
 
「やっと黒字になって、このまま軌道に乗れれば、っていうところで、オーナーが代わって、家賃が2倍になってしまったんです。その結果、増えた家賃の分が、まるまる赤字になってしまいました。同じビルの3階にオンライン英会話のオフィスも入っているので、1階のカフェだけ移転することもできなくて」
 
 リニューアルオープンに向けた1か月の休業期間中に、新メニューの開発やプライシングの見直しを行い、4月から再挑戦中だ。1周年を機に、メンバーもひとりを残して入れ替わった。
 
「みんなで話し合って、お父さんお母さんの卒業式をしました。それぞれ夢を実現する準備ができたっていうことで、次のステップへ移って行ったんです」
 
 そこには、山田さんの大切にしている思いが反映されている。
 
「ワクワークですごく大切にしているのは、たんぽぽのイメージなんです。一人ひとり、どんな環境にいても、アスファルトの間からでも、芽を出してきれいな花を咲かせて、咲かせたら綿毛となって次の人にチャンスを提供していく。その人だけが変わるんじゃなくて、夢がかなったら、ロールモデルとして次へつなげていくことが大切だと思っています」
 
 いまは、レストランオーナーになりたいという夢を持っていたお母さんひとりだけが残り、教会が運営するNGOやロレガ、孤児院から来た若者たちがカフェの運営を引き継いでいる。若者たちはカフェで働いて学費を稼ぎながら大学に行く。ワクママカフェではいま、二つめの循環が生まれたところだ。

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写真提供:株式会社ワクワーク・イングリッシュ

新しい層に向けた新しいビジネス
 
 名古屋に本部を置くNPO「ふくりび」と共同で行っているサロン事業も、2013年11月に本格的にスタートした。
 
「NPO『ふくりび』の皆さんが、フィリピンの子どもたちの夢の実現に共感してくださり、出店を決意してくださったんです。カットのほかにネイルやマッサージも行う、複合的な美容サロンです」
 
 日本のプロのスタイリストたちがフィリピンの孤児院やロレガの若者たちにスタイリングの技術指導を行うばかりでなく、訓練を終えた若者たちが実際に美容師として働けるよう、サロンもオープンした。だが、オンライン英会話とはまったく違う業種のため、苦戦する部分も多いという。
 
「カフェもそうなんですけど、教育業とサービス業では、働く人のモチベーション、時間に関する感覚などが、全然違った。カフェとサロンでは、イングリッシュのように最初からプロの講師陣を雇うことをしなかったので、全員が初心者からのスタートになった点も違いますし」
 
 なにか問題が起きても、神頼みのようなところがあり、自らチャレンジしていくような動きになりにくいなど、自ら考え、動いていける組織になるまでに時間がかかったという。だが、課題を抱えつつも、事業は軌道に乗り始めている。
 
「フィリピンの人は身だしなみに非常に気を使うので、もともと美容のニーズは高いんです。路上で60円で切っているようなところもあれば、モールに入っているような韓国資本、イギリス資本のところまで、美容院もたくさんあって。たまたま日本人経営のお店はなかったこともあり、出店してみたら、現地に滞在している日本人も来てくださるんですが、中間層くらいのフィリピン人のお客様がメインになっていますね」
 
 これまでフィリピンには富裕層と貧困層の二極化した層しかなかったが、英会話の先生やコールセンターの職員といった新しいビジネスが現地に生まれた結果、中間層が新たに生まれてきている。ワクワークとNPO「ふくりび」の運営するサロンにやってくるフィリピン人の顧客は、この中間層に属する人々が多い。
 
「美容のクオリティも日本と比べると低くて、髪を切るときにはさみを縦に入れるなんて意味がわからないっていう感じだったりもしたんですが(笑)、技術力もどんどん向上してきています。現地でずっとトップスタイリストでやってきた人が入ってきてくださったりもしているし、現地で経験を積んできた人はやっぱり上手みたいですよ」
 
 ワクワークとNPO「ふくりび」のサロン事業は、新しい層に向けた新しいビジネスとして順調に成長を続けている。
(第三回「どんな環境でも、自分の人生は切り拓ける」へ続く)
 
山田 貴子(やまだ たかこ)*1985年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学非常勤講師。2009年、大学院在学中に株式会社ワクワーク・イングリッシュを設立、代表を務め現在にいたる。2012年、世界経済フォーラム・ダボス会議の20代30代のリーダーGlobal Shapersに選出され、活躍の場を広げている。
 
【写真:shu tokonami】

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