非常時に機能できる平常時のしくみを

NPO遠野まごころネット 理事長 多田一彦

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遠野まごころネットボランティアセンター前に立つ多田さん

人から地域をケアしていく
 
 多田さんが気にかけ、支援しているのは、被災地やまちづくりだけではない。
 
「支援っていうのは、ボランティアに参加する側も、救われることがあるんです。人に必要とされ、困っている人が満足することで、自分も満足感を得る。自己を存在させずに考え、他人が救われることを願い動き実現する。そしてそれを喜ぶ。それって自己満足だと思うんですけど、それはそれでいいんですよね」
 
 だからこそ、彼らのケアが重要なのだという。
 
「ボランティアに来る人には、自分の中で思い描いているイメージがあるんです。だけど、そのイメージと現実が合わなかったり、支援に深くかかわっていくにつれて自分の苦手だった部分に近づいていくことになると、悩みが深くなるんですよ」
 
 「なんでこうなるんだ」。その思いに苦しみ、それまでよりどころにしていたものに、今度は反発するようになってしまう。せっかくつくりあげてきた絆を、自ら壊してしまうこともあるという。
 
「だから、たまに会いに行ってお酒を飲みながらいろいろ話すこともそうだし、ボランティアに来てくれた人たち一人ひとりにと繋がって行きたい。現実にはなかなかそこに時間が取れないけど」
 
 支援活動を通して得られた気づき。そして人とのつながり。ひとつひとつの価値を再発見しながら、悩みの出口を見つける手伝いを多田さんは重ねている。
 
「自分がやっていること、これって自己満足なんだろうかそれで良いんだろうかと考えられるのは、だいたいの場合、できることをやりきった人間。自己の欲を実現するためにやろうとするのとは訳が違う。そこに気づくと、ひとまわり成長した自分自身に出会えるんじゃないかと思うんです」
 
 その思いの根底には、いまの世の中に対する危機感がある。
 
「やっぱり人の心が病むから世の中が病むんだって、最近つくづく思うんですよね。行政のせいとか国のせいとか、みんななにかのせいにしたがるけど、いちばん最初に病むのは人の心から。そのひとりの人に対して、何かを見つける手助けができたらいいですよね」
 
 一つひとつの地域と向き合い、一人ひとりのボランティアと向き合い、それぞれに最適な答えを一緒に探して行く。遠野という地の利を生かしてはじめられた活動は、多田さんのまごころとともに広がり、地域と人を癒し、育てている。
 
 
 
多田一彦(ただ かずひこ)*1958年岩手県遠野市生まれ。遠野市役所勤務を経て独立。関東を拠点に事業を営む。東日本大震災を機に遠野市でボランティア団体「NPO法人遠野まごころネット」を立ち上げ、現在まで理事長を務める。
 
【取材・構成:熊谷哲(PHP総研)】
【写真:shu tokonami】

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