道州制の実現には「本気」の取り組みが欠かせない

政策シンクタンクPHP総研 主席研究員 荒田英知

 自民、公明、みんな、維新の4党が推進で一致する道州制。秋の臨時国会にも、道州制基本法案が提出される見通しである。これを受けて、「変える力」では「道州制が日本を元気にする」(9月3日)、「道州制で地域を元気にする」(9月18日)の2回にわたって道州制を特集した。
 道州制が実現したら、私たちの街や暮らしはどのように変わるのか。「道州制で日本を元気にできるのか」「今のままではなぜいけないのか」「地域格差がますます広がるのではないか」など、道州制に対する国民的理解はまだ十分とはいえない。
 
 そこで、国会議員、ジャーナリスト、建築家らをパネリストに招き、「道州制はあなたの暮らしをどう変える」をテーマに、第2回「変える力」フォーラムを9月20日に開催した。今回の特集では、フォーラムにおける各発言の論旨を簡潔にまとめたものを紹介する。道州制への理解を深める手がかりとなれば幸いである。
 
第2回「変える力」フォーラム
【テーマ】「道州制はあなたの暮らしをどう変える
【パネリスト】
松沢成文(参議院議員、前神奈川県知事)
宮島香澄(日本テレビ解説委員)
藤村龍至(建築家、東洋大学建築学科専任講師)
荒田英知(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)
【モデレータ】
永久寿夫(政策シンクタンクPHP総研研究主幹)

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永久:今日は道州制がテーマ。松下幸之助は「廃県置州」という言葉で道州制を提唱した。1996年にはPHP総研として『日本再編計画』をまとめた。2007年の第一次安倍政権の時に「道州制ビジョン懇談会」が設置され、かなり議論が進んだ。しかし、民主党政権の下では止まってしまった。第二次安倍政権で再び盛り上がることを期待したいが、なかなか火がつかない。そこで、「変える力」では9月に道州制を2回にわたって特集し、このフォーラムを開催した。今日は制度論や法律論ではなく、道州制で私たちの生活がどのように変わるかを中心に考えていきたい。それではパネリストの方々に発言をお願いする。
 
都道府県の広域化でなく中央集権を解体するのが道州制
 
松沢:道州制については、神奈川県知事の時から先頭に立ってやってきた。道州制をテーマにしたシンポジウムのパネリストも多数務めてきた。これまでは学者が多かったが、9月6日にPHPが開催した「道州制講座」では、私も含めパネリスト全員が国会議員だった。国政の課題として「いよいよここまで来た」と感じた。廃藩置県から130年が過ぎ、2027年にはリニア新幹線ができて東京―名古屋が40分になる。広域化、グローバル化の中で行政単位が今のままで良いのか。道州制は単に都道府県を広域化することではない。肥大化した霞が関を解体して、国のかたちを変えるのが道州制である。
 
宮島:2007年に設置された道州制ビジョン懇談会の委員を務めた。行財政の取材をする中で、道州制というテーマは一般の人からは遠いなという印象を持っていた。実現によって具体的にどこが良くなるのか、生活実感を持ち難いテーマ。どの行政サービスを誰が提供するかについての関心は低い。記者の間でもイメージが異なっていた。道州制という大きな改革は、国民の理解や期待がないと進まないのではないか。道州制が再び議論されようとしているが、国民にとってどんな行政が良いかを考える機会になれば良いと思う。
 
都市空間でみると国鉄の分割民営化にヒントが
 
藤村:建築の仕事を通じて、空間の面から道州制を考えている。私は1976年生まれで拡大型のインフラ整備が進む中で育った。その頃唱えられた田中角栄の「日本列島改造論」を現在の縮小社会で考えてみようと「列島改造論2.0」という小論をまとめた。日本列島の開発の歴史をみる中で国鉄民営化に着目した。分割後のJRが貨物跡地で造ったステーションシティが都市の核になっている。その最たるものが2011年にできた大阪ステーションシティ。開業から1年で1億3000万人を集めた。それは1970年に開催され6400万人を集めた大阪万博を遥かに凌いでいる。駅に人が集まる流れが、京都でも名古屋でも札幌でも起こっている。地方都市がJRを中心に再編されているとみることができる。道州制が制度論で難しいというが、都市空間でみると国鉄の分割民営化にヒントがあるのではないか。

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荒田:松下幸之助は廃県置州を語る際に、当初は「小を大へ」といっていた。経済成長や交通網の整備で手狭になった都道府県の枠組みを大きくすべきという主旨である。しかし、その後、「大を小へ」こそが道州制の本質であるとした。肥大化した中央政府の仕事を大胆に地方に移すべきであるというのである。これは今日道州制を考える際にも妥当であると思う。私がそう考える理由は「日本は広い」からである。日本列島は南北3000キロ近く、北海道のオホーツク海には流氷が訪れ、南の沖縄にはサンゴ礁がある。一つの国の中で、流氷とサンゴ礁が見れる国が世界にどれだけあるか。そこから生じる多様性を生かすために道州制がふさわしいと考えている。
 
永久:今の中央集権あるいは都道府県制度はなぜダメなのか。今のままで分権を進めれば良いという意見もあるが、それでは上手くいかないのか。
 
松沢:神奈川県知事として国の仕事を受け入れる受け皿づくりに取り組んだ。当時、「首都圏サミット」という取り組みがあったが、トップが年に一回集まるだけだった。それを発展させて「首都圏連合」にして様々な問題提起をした。ディーゼル車の排出ガス規制は1都3県で共通の条例をつくって、首都圏の空をきれいにすることができた。東京湾の水質規制にも取り組んだが、各県の事情が複雑でうまく進まなかった。他にも紹介したい話題がたくさんあるが、地域の経済圏や環境圏にあわせた広域行政の単位をつくることが道州制だと思っている。
 
身近な市町村で自己決定できるようにするのが先決
 
宮島:まず、身近な市町村で自分たちのことを自分たちで決めることができるというのが先で、市町村ではできない時に道州という順番ではないか。今は、社会保障や待機児童などの問題を見ていても、国が決めていることが多すぎる。都市と地方であまりに状況が違うのに、同じルールでやってもうまく行かない。医療も全国一律で縛られている。道路をみても国の補助金があるから一車線で良いのに二車線になったというようなことが起こっている。住民の暮らしを変えるためには、市町村についても考え直すべき。
 
藤村:これまでは「一つの日本」という観点から全国に一日交通圏を形成することが国土計画の主眼だった。それが、阪神や東日本の大震災を経験する中から、自律分散型の国土にすることの重要性が意識されるようになった。それを制度論に当てはめると道州制ということになるのではないか。いわば「複数の日本」という観点であるが、JRに限らずトヨタの拠点立地を見ても、民間企業が先行して、国の制度が後追いしている感じがする。

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荒田:松下幸之助は廃県置州と同時期に「北海道独立論」を主張した。もし独立していたら、今以上に繁栄しただろうというのである。これを聞いた北海道の方々はポカーンとしたに違いない。しかし、北欧諸国の発展をみれば、この指摘は当たっているのではないか。北海道に限らず、中央集権の下では地域は国に依存する。その典型が地方交付税で、税収を上げたら交付税が減り、行革をして支出を切り詰めても減る。自分で頑張るインセンティブがないというのが、現状の最大の問題。
 
松沢:努力しなくても国からお金が来るというのが諸悪の根源。交付税や補助金で依存心ばかりになり、自立心を失っている。このままでは国力がどんどん損なわれてしまう。
 
永久:それが道州制になったら、良くなるといえるのか。
 
集権の単一モデルから道州の多様化モデルへ
 
荒田:上手くいく州もあるが、失敗する州もでるかもしれない。ただ、失敗したところは上手くいったところを真似して全体は底上げされていく。中央集権だとモデルは1つしかないが、道州の多様化モデルでは成功を競い合うことができる。
 
永久:失敗したら当面はどうなるのか。国からお金が出るなら今と変わらない。
 
宮島:失敗のリスクも含めて、道州制で不安に思うことがあるのは事実。日本人としてのナショナル・ミニマムは現時点では高い水準にあるので、これをどこまで維持するかは大きな論点になる。また、現状でかなり疲弊している地方に「委ねる」といっても、それで成功するイメージを持ち難いのではないか。一つひとつの心配を丁寧に議論していくことが必要。ただ、期待できるのは、最近の若い人は生まれ育った地域に根ざす傾向が、東京に出てきた私たちの世代よりも強いようだ。東京五輪でさらに一極集中が進むかも知れないという中で、地域を元気にする手立ては重要である。
 
藤村:今、「あいちトリエンナーレ」の一環で中京都や東海州をイメージした庁舎のデザインを進めている。配布資料に写真があるが、複数の模型を公開し来場者に投票してもらう。投票箱は名古屋市の選管から借りてきた。選挙以外にも、公共建築に対する意思表示の機会があることを示したかった。たとえば、中京都という大都市の庁舎と東海州の庁舎の床面積はどういう比率になるかを考えてもらう、あるいは名古屋のアイデンティティを考えてもらうことで、空間的なアプローチから大都市と道州の関係が理解されることを期待している。

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永久:会場の方から質問があれば。ここまでの議論では、まだ自分の暮らしがどうなるかまでは実感できないように感じるが。
 
花粉症対策は中央集権より道州制が効果的
 
松沢:生活に直結する話題として、私は花粉症対策を公約に掲げた。花粉症は自然現象と思うかも知れないが、戦後の林野政策の失敗であり人災である。東京や横浜にくる花粉は丹沢、奥多摩、房総から飛んでくる。関東州なり首都圏州で取り組むことが合理的。中央集権と都道府県よりも、道州制がふさわしい。
 
会場(1):卒論で道州制を研究しているが、道州と基礎自治体の関係が分かり難い。
 
松沢:基礎自治体の充実は道州制をやる時の大前提。現在、神奈川県で最大の市町村は横浜市の370万人、一方で最小は清川村の3000人。同じ基礎自治体で1000倍も違う。このアンバランスのままでは、県から市町村に仕事を移したいと思ってもできない。そこで3つ目の政令市として相模原市の合併を応援した。市町村の体制を整えることで、県庁がなくなって道州に脱皮していくことができる。大きくなりすぎるという批判には、コミュニティ行政を充実させれば良い。
 
永久:私は横浜市青葉区に住んでいるが、あるシンポジウムで横浜市長に「横浜市は分割すべき」と発言したことがある。
 
会場(2):通貨発行権まで道州に渡す考えはあるのか。
 
荒田:道州制ビジョン懇談会の中間報告では通貨発行は国の役割としている。これには異論は少ないと思う。ただ、道州間の競争力の格差をどう調整するかという時に、地域通貨などで道州が一定の金融政策を講じるというメニューはありうる。
 
会場(3):現実に道州制論議を進めると「損得論」が出てくる。これをどう乗り越えるか。
 
松沢:道州制でも東京一人勝ちは変わらないという声は根強い。特にオリンピックフィーバーでその傾向が強まるだろう。その解決策の一つは道州の区割りを大きくすること。一般的に道州の数は10前後とされるが、私は5つか6つで良いと思う。太平洋と日本海の両方に面するようにするのが経済圏として望ましい。それが分散を生んでいく。また、道州制について、全国の知事は賛成と反対と様子見が3分の1づつ。官僚出身よりも民間や政治家出身の知事を増やすことが必要。

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永久:道州制に向けたモチベーションやインセンティブをどうつくるか。
 
荒田:政令指定都市が5つから20に増えた。政令市クラスになると自らの行政能力に自信を持っている。静岡県には浜松市と静岡市の2つの政令市があるが、県の仕事も自分たちで引き受けると声をあげ、県知事も理解を示している。基礎自治体の充実が道州制を後押しする面がある。
 
宮島:テレビで道州制を扱う時には、損得は大きな関心事になる。しかし、「何をしてくれるか」ではなく「自分たちで何をするか」が道州制。だから一般的な具体例というよりも、地域によって答えが違うのだと思う。依存でなく自分たちでやるという姿勢を持てるかが、道州制実現の鍵を握るが、楽観はできない。
 
藤村:松沢さんは道州を5つか6つと仰ったが、6つならJRになる。私は道州制では大都市が核になると考えており、東京に対抗して横浜、名古屋、大阪などが復活できるかがポイントである。横浜市と清川村が同じ基礎自治体という話もあったが、私は中学校区をコミュニティの意思決定単位として捉えている。大都市を起点に道州への道すじを考えてはどうか。
 
道州制の実現には「本気度」が問われる
 
会場(4):知事が抵抗勢力との発言があったが、国会議員こそ抵抗勢力なのではないか。
 
松沢:道州制の法律を決めるのは国会だから、国会議員の責任は重い。私は小さな野党にいるので、やはり与党に本気になってもらわないといけない。議員生活の長い議員はどうしても霞が関官僚と上手くやっていくということになりがち。安倍総理にとっても、道州制は5番目6番目のテーマなのではないか。
 
永久:国会議員は、国の将来に対してビジョンを示すのが本来の仕事なはずでは。
 
松沢:選挙民が支持する政策は積極的に進めるが、道州制という統治機構の話題にはほとんど関心がない。唯一の例外が、大阪都構想で支持を集めた橋下市長。カリスマ政治家の出現を待つか、国民運動を盛り上げていくか、道州制にはいずれかが必要。
 
永久:「変える力」はそうした運動の起点になればとスタートした。
 
会場(5):経済界で道州制を推進する立場にあるが、国民的な論議を盛り上げるにはどうようなアプローチが効果的か示唆をもらいたい。
 
永久:道州制を提言している団体は複数あるが、相互の連携が不足しているのではないか。
 
荒田:ぜひ一緒にやらせて頂いて、それをメディアに取り上げて頂ければありがたい。最後に「魚ではなく釣竿を与えよ」という言葉を紹介しておきたい。沖縄振興に関して、補助金よりも自立するための道具をという意味。その究極が道州制である。

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宮島:無関心層に伝えるのはメディアの役割。一方で政府などの取り組みの「本気度」がメディアの動きを左右する部分もある。
 
藤村:配布資料で日本地図に線を引いている。福島の原発、浜松の移民、沖縄の基地を結んだ「問いの軸」を延ばすと東南アジアに至り、日本社会の進むべき方向を示唆している。社会的な課題に空間からアプローチして構造を与えようとした例であるが、かつては丹下健三さんや黒川紀章さんがその役を担っていた。今後も制度論に対して空間から提言を行っていきたい。
 
永久:藤村さんには新しい発想をもらった。大阪の橋下さんは本気が伝わったから支持されたのかもしれない。本気になるのは難しいが、自分の子どもたちのことを考えたら本気になれるではないか。「変える力」も本気で続けていきたい。
(文責:PHP総研)

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