景気悪化を避けるために、家計の消費を支えよ

PHP総研コンサルティングフェロー・嘉悦大学教授 跡田直澄

 2014年4月から、消費税が8%に増税される。増え続ける社会保障費をまかなうためだ。
 
 だが、デフレから完全に脱却できていない現在、家計への負担感から消費が抑制され、回復基調にある景気にダメージをあたえることが懸念される。その悪影響を抑えるため、景気対策として6兆円の予算が新たに追加された。増税分のほとんどを費やすそれらの政策に経済効果は期待できるのか。
 
 増税による景気悪化を避けるために優先すべきは、企業の投資を促す法人税減税やインフラ整備への公共投資より、家計の消費を支える方策である。

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早すぎた消費税増税
 
 金融緩和で市場に刺激を与えるという、現在アベノミクスで行われている政策は、1980年代以降、日本以外の先進国が基本的な経済政策として行ってきたものである。つまり、アベノミクスで日本はようやく他の先進国に追いついたわけであり、消費税増税がなければ、来年末頃には効果が感じられるようになると期待できた。
 
 実際、物価はいまだ0.1%ずつ下がり続けているものの、その下げ幅は徐々に小さくなってきており、いずれ近いうちにプラスに転じて、景気も順調に回復すると予想されたのである。しかしながら、わずかとはいえ、デフレ傾向が続く現段階での消費税増税は消費を抑制し、順調に回復に向かっている景気にダメージをあたえることになる。1%程度の物価上昇率が2四半期、つまり半年程度続けば、デフレ傾向は収まったといえるのであり、増税の決断は、その時期を待って行われるべきであった。
 
 4月に消費税が8%に上がれば、経済に悪影響が出てくるということは政府も認識しているはずである。だからこそ、景気対策を発表したわけだが、そのための6兆円はあまりにも大きな規模である。1%の消費税増税額が2.5兆円とすると、3%で7.5兆円の収入増になるが、そのうちの6兆円を支出してしまえば、残りはわずか1.5兆円となる。これでは増税の意義が薄れてしまう。そこまで大きな景気対策が必要な時期になぜ増税を行うのか、この点からも政策的には疑問が残る。
 
 また、増税を行いその一方で財政支出を増やすという政策は、大きな政府をつくるということにほかならない。これでは、今回の経済対策が一時的なものであったとしても、かつて小泉元首相や安倍首相が目指していた小さな政府の実現という路線からの逸脱であり、政策的整合性はとれない。その点からも政策としての評価は厳しいものとならざるを得ない。  

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現金給付に1兆円規模の予算を
 
 消費税増税が景気に及ぼす問題は、物価上昇に賃金上昇が追いつかないと、心理的な負担感から買い控えが起こり、消費が落ち込んでしまうというところにある。このマイナスの影響をいかに緩めるかが景気対策の重要なポイントとなるが、もっとも確実な効果が期待できるのは現金給付である。消費税の上昇分だけ消費支出を増やさなければ景気は悪化する。そこで所得が一定基準に満たない世帯に1万円から1万5千円を給付する。
 
 たとえば、消費税が3%上がると105円だったものが108円になるので、値上がり分の3円を、給付された1万円の中から出してもらうのである。こうすれば家計の負担は増えず、消費税増税の負担感からくる買い控えを避けられる。給付金が貯蓄に回る可能性は高くないので、確実な効果が期待でき、また、低所得者ほど高負担になるという消費税の逆進性に対する策としても評価を得られるはずである。
 
 さらにいえば、年収が300万円~500万円程度で子育てをしている世帯など、家計も厳しく消費性向も高い世帯に確実に給付金が回るシステムをつくれば、経済にもたらす効果はより高くなる。民主党政権時代に行われた「子ども手当」では、およそ3兆円の現金が給付され、そのうち6割が消費されたという。子ども手当は15歳までの子どもがいる家庭に所得制限なしに配られたため、高所得世帯では消費されずに貯蓄に回ってしまったが、それでも経済に1兆8000億円の効果をもたらしたのである。
 
 現時点でこの現金給付につけられた予算は3000億円。これでは規模が小さすぎるので、さらに額を増やす必要がある。具体的にいえば、一世帯あたり1万円とされる給付額を、一人1万円にするか、あるいは一世帯あたり3万から4万円というように、予定の3倍程度に増やして予算を1兆円規模にすれば、GDPにも多少の効果は出てくるはずである。子ども手当で現金給付の経済効果は実証されているのだから、そのくらい大胆な対策を行う価値はあるだろう。

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年金保険料の引き上げを緩和せよ
 
 もうひとつ、家計への影響で見落としがちなのは6月に行われる年金保険料などの引き上げである。年金保険料は2017年までに毎年約0.7%ずつ、最高18.3%まで引き上げられることになっている。保険料の引き上げはだいたい6月に行われるが、これを止めるか、あるいは引き上げ分を消費税の増税3%分から補填したり、所得税減税などの措置をとる、といった対策を検討すべきである。
 
 6月は前年度の所得に対する地方税が新たに決まる時期でもある。多くのサラリーマンの場合、前年の昇給分にともなって住民税の金額が上がるが、4月にその年の分の昇給があるため、心理的影響はあまり大きくない。これに対して保険料の引き上げは、所得の手取りを実質的に減らすので、増税と等しく、負担感を大きくする。
 
 1997年4月に消費税が3%から5%に引き上げられたときには、それまで行われていた住民税の減税が廃止され、さらに健康保険料や年金保険料が引き上げられるという、実質的な所得税増税が重なったような事態となった。手取りが減り負担感が増したため、「4月の増税で一旦消費が落ち込むものの、6月頃までに徐々に回復していく」という本来のシナリオは狂い、6月になっても消費は抑制され続け、回復は7月以降に持ち越された。
 
 当時の消費動向を見ると、2月、3月に駆け込み需要で一気に上がった消費は、増税直後の4月、5月になると急激に落ち込んでいる。今回も同じプロセスをたどることは間違いないが、その後いかに早く消費が回復するかは、保険料対策による部分が大きい。97年の反省をもとに、保険料の引き上げにはなんらかの緩和措置を講ずるべきであろう。

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2020年の東京オリンピックに経済効果はない
 
 インフラ整備に2兆円の予算が割かれているが、いまの日本では公共投資の乗数効果はほとんどない。投資金額に0.9をかけた程度と考えるのが妥当であろう。企業によっては、受注で得た売上金を借金の返済に回さざるをえず、昇給までの余裕はない。かつて公共事業をいくらやっても効果がでなかったのは、そのせいであった。
 
 公共投資に乗数効果は期待できないということは、80年代以降のマクロ経済学では共通した認識になっているが、一方で、投資した分だけGDPを上昇させる効果は認められる。たとえば1兆円を公共事業に投資すれば、GDPが9000億円程度プラスになるという最低限の効果は見込める。逆にいえばその程度の効果しかなく、公共事業を積極的にやる意味はない。
 
 公共事業に景気対策としての効果があったのは1960年代以前、経済成長が始まったばかりで民間経済がまだそれほど拡大していなかった頃の話である。1964年の東京オリンピックに向けた高速道路や新幹線といったインフラ整備は、すべての国民に期待を持たせ、実際にその後の日本経済の発展にも大きく貢献したといえる。
 
 しかし、いま第二東名高速道路や第二名神高速道路をつくることに、災害時のリスクヘッジ以外に果たして意味があるだろうか。公共事業に効果が期待できるのは発展途上の段階であり、現在の日本のように、経済が拡大して成熟している段階では、一時的なGDPを増やす以外、投資額以上の効果は見込めない。2020年の東京オリンピックも同様である。老朽化したインフラの整備はしかたがないが、成熟した都市に費用をかけて新たな施設をつくっても、オリンピック特需として一時的に建設業などが潤う程度で、オリンピック後にも残る効果はほとんどないであろう。
 
 北海道や沖縄で開催するのであれば少しは効果が見込めるかもしれないが、その場合でも残されたインフラの扱いに困ることになるのは目に見えている。現在の日本で、しかも東京でオリンピックを行うことは、財政再建には貢献しないばかりか、むしろ財政悪化のリスクをもたらす。過剰な投資のしわ寄せに後々苦しむことがないよう、過去の反省を生かさなければならない。

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投資・雇用減税はタイミングと内容次第
 
 一方、設備投資を促すための投資減税は、景気対策としての税制の中では、効果があると思われる。しかし、デフレ状況から脱却しきれていないタイミングで実施するのは控えるべきだ。供給が需要を上回っている状態では、減税になっても投資へのモチベーションは高まらないからである。来年の後半以降、アベノミクスが順調に進んで景気が上向いてきた段階であれば、投資に弾みがつく可能性も出てくる。今年度の補正予算ではなく、来年度の本予算で実施すれば、効果のある政策になるということだ。
 
 時期とともに考慮すべきは、中小企業が使いやすい内容にすることである。「研究開発につながるようなものに限る」といった制約をつけてしまうと、活用できる企業は体力のある一部の大企業に限られてしまう。これを、たとえば、研究機関などに調査を依頼した場合の費用や、さらにはパソコン購入費用なども対象として認めるのであれば、中小企業にとって活用しやすいものとなっていく。実施時期と内容を工夫すれば、投資減税には大きな効果を期待できる。
 
 また、賃上げ促進減税というものも発表されている。増税が先行して賃金が上がらなければ、心理的な負担感は大きく、消費の落ち込みは避けられない。そこで、いま賃金を上げれば法人税を減税するという政策だが、多くの中小企業にそれほどの資金的余裕はない。中小企業に勤める人が全雇用者の60~70%を占めることを考えると、このままでは消費に対する抑制は解消できない。したがって、役に立つのはやはり前述の現金給付ということになる。  

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財政再建に向けてまずはデフレ脱却を
 
 以上見てきたように、来年4月の消費税増税が日本経済にマイナスの影響を与えることは疑いようもなく、また現状実施予定の景気対策では効果はあまり期待できない。繰り返しになるが、もっとも大きな効果を期待できる対策は現金給付額を増額することである。補正予算に上げられている復興事業の1.3兆円とインフラ老朽化対策の2兆円、合計3.3兆円の支出を個人への給付に回せば、消費税増税の悪影響は避けられる。
 
 復興事業や復興特別法人税廃止の補填分などは、来年度の本予算で行なうべきことであり、今年度の補正予算に組み込む必要はない。財務省が補正予算での実施にこだわるのは、この経済対策にかかる5兆円の歳出は今年度限りで断ち切り、来年度の本予算への影響を避けたいという思惑があるためであろう。そうであるならば、もう少し内容を練って経済的に効果のある対策を打つべきである。それによって、景気が順調に回復していけば、少なくとも来年度の補正予算に経済対策の議論は出てこないはずだ。
 
 膨張し続ける社会保障費の改革も必要だが、まずは補正予算でやるべき景気対策と来年の本予算でやるべき政策をいっそう効果的になるよう見直し、デフレ脱却に努めなければ、骨太の方針に組み込まれているような、2020年までの財政黒字化は実現不可能である。

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