地域の潜在力を発揮させるため、道州制に舵を切れ!

政策シンクタンクPHP総研 主席研究員 荒田英知

 東京一極集中が続く一方で、地方都市の衰退に歯止めがかからない。
 
 高度成長期以降、わが国の地域活性化政策の基調は「国土の均衡ある発展」であった。ヒト・モノ・カネを東京に集める中央集権がもたらした国土の過密・過疎を是正するために取られた政策は、大規模公共事業の推進による地方の発展拠点の整備であった。
 
  新産業都市、テクノポリス、頭脳立地拠点など、その目玉政策は時代によって変遷した。いずれも、将来的に成長が期待される産業を地方に誘導して立地を図ろうというものだ。しかし、本来は日本列島全体で数か所の拠点を整備するはずが、全国47都道府県の大多数が手を挙げるという構図が繰り返されてきた。横並び主義の結果、多くの拠点が共倒れになって今日に至っている。
 
  ここに来て、こうした国依存型の地域活性化策と訣別し、道州制を睨んで独自の地域ビジョンをまとめる動きが相次いでいる。九州では7県が持つ地域資源を集約しアジアとの近接性を生かす「九州モデル」が、北海道は開拓精神に立ち返る大胆な「北海道経営ビジョン」が、そして沖縄では地理的特性をフルに発揮するための「沖縄単独州構想」が描かれたのである。いずれも、地域資源を生かして地域の自立を目指すものだ。
 
  いま地域には、中央集権の縛りから解き放たれた時に、自らの潜在力をどのように発揮できるかが問われている。道州制基本法案が国会で審議される局面だからこそ、地域は道州制をどう生かして、地域に繁栄をもたらすかの準備を始めなければならない。

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道州制の先駆けとなった九州の取り組み
 
  現在、わが国で道州制のフロントランナーと呼ぶにふさわしいのは九州の取り組みである。1990年代以降、九州では高速交通網の整備を受けて都市間高速バスや特急列車の利便性が高まり、多くの住民が県境を超えて買物やレジャーに動くようになった。加えて、2011年に九州新幹線が全線開業したことで、九州の時間距離はさらに縮まり、県境という垣根はいっそう低くなっている。
 
  こうした流れが背景となって、九州は他の地域に先駆けて道州制時代の地域ビジョンを作成した。それが、知事会や経済界が組織した九州地域戦略会議がまとめた「道州制の『九州モデル』」 (2008年)と「九州が目指す姿、将来ビジョン」(2009年)である。とりわけ注目すべきは、後者において生活、人材、経済、安全、環境、地域づくり、国際の7 つの視点から道州制を適用した場合の地域ビジョンについて示したところにある。
 
 特に、九州ならではの特性を生かした取り組みの目玉として、道州制の柱となる産業政策分野が注目される。九州の域内総生産を高め、税収を上げることで“一国並み”に自立した経済規模を実現するための方策として、以下のような大胆な提言がなされている。
 
  まず、アジアとの近接性や技術集積などの強みを最大限に発揮し、国際競争力を強化するため、ローカル版FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を締結し、海外市場と九州市場を一体化させ、アジアの成長力を取り込むとしている。これは道州制で地域のダイナミズムをフルに発揮させようという、アジアに近い九州ならではの踏み込んだ提案といえる。
 
  また、カーアイランド(自動車)、シリコンアイランド(半導体)、フードアイランド(食糧)をリーディング産業として促進していくとともに、新産業として環境・リサイクル、新エネルギー、ロボット、バイオ関連などを育成していくストーリーが描かれている。いずれも九州が7県に分かれたままでは、集約的な拠点形成が成し得なかった分野である。
 
  加えて、産業を支える人材育成の面では九州内の国立、県立大学や研究機関の統合・再編が提案されている。こちらも、7県がそれぞれフルセットで持っていた機能を、各大学や研究機関の強みを生かして選択と集中を図ることで、より専門性の高い研究、教育環境を整えていこうとするものだ。

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 九州モデルは、制度の側面からも道州制に移行した場合の国と地方の役割分担や道州制を実現するための税財政について独自の検討を行なっている。そこで示された基本原則は、時期を前後してまとめられた政府の「道州制ビジョン懇談会 中間報告」とも共通点が多い。地方側から率先して調査・研究し発信・提言していくことが、国の制度設計に一定の影響を与えうるという意味で、九州モデルの取り組みは、今後、道州制の制度設計が本格化する中で、地域が取り組むべき方向性を示している。
 
 
九州モデルが基礎自治体や議会にも波及
 
  具体的な将来ビジョンを示した九州であるが、それが広く住民レベルにまで浸透し道州制に対する理解や期待が広がるためには、取り組みの裾野をいっそう広げることが求められる。九州モデルが呼び水となって、基礎自治体や議会にも取り組みが広がっているのが、九州の動きの特徴でもある。
 
  その一つは、九州市長会が2009年にまとめた「九州府実現計画」である。九州モデルにおいても、道州制の中で基礎自治体の役割が大きく高まることが指摘されていた。しかし、九州には政令指定都市がある一方で過疎地も多い。そこで九州各県29市の職員が研究会を組織し、手作りで基礎自治体像をまとめたのがこの報告書である。
 
  そこでは、道州制時代の基礎自治体は「人口規模に関わらず、住民生活に直結するすべての事務事業を自己完結的に担う必要がある」との観点から、基礎自治体のあり方について、自治体規模に応じた4つの類型を示している。
 
  道州制において、身近な住民サービスを提供する主役として基礎自治体の役割はさらに高まる。その時の基礎自治体のあり方について、当事者側が将来像を描いたのはこれまでに例がない。自分の住んでいるまちが4類型のどれに当てはまるか考えてみることで、道州制時代の地域イメージが膨らむだろう。
 
  もう一つの取り組みは議会から生まれた。2011年に福岡県議会の主要4会派が申し合わせて、会派や政治的立場を超え、さらに行政と民間の垣根を乗り越えて、九州が一つにまとまり、新しい時代、新しい日本をつくるために設立した「九州の自立を考える会」である。設立趣意書には、「将来の道州制も視野に入れ、地方主権の推進や九州の成長戦略づくりに関する研究を進めていく」とある。

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 これまで、経済界、知事会、市長会が進めてきた九州における道州制の取り組みは、議会の参画によってさらに厚みを増したといえる。現在は、セミナー開催や広報誌の発行により、九州各県議会に会員の拡大を図っている段階であるが、住民代表としての議会が、道州制に対する理解を深めることで、道州制の意義が九州各県の住民レベルまで浸透していくことを期待したい。
 
 
北海道は自主独立の精神を発揮できるか
 
 九州と並んで、道州制で大きく変貌するであろう地域に北海道がある。弊社は、地域主権型道州制における地域ビジョンの第一弾として2011年に「北海道経営ビジョン」を発表した。これは弊社の創設者である松下幸之助が、1967年に「北海道独立論」を提唱したことに由来する。
 
 松下は「もし北海道が独立国であったなら、いま以上に発展しているに違いない」と、自主独立の気概を持つことの重要さを説いたのである。そこで北海道経営ビジョンは「依存から自立へ」を基調に、「3つの基本理念」、「基本理念にもとづく8戦略」、「ビジョンを実現する21政策」、「戦略シナリオ(工程表)」を提言した。
 
  21政策のうち、北海道ならではの取り組みとして、開拓の歴史に立ち返り「フリーゾーンと減税で、起業と投資と移民を増やす」。国際競争力を高めるため「地域通貨を発行し、独自の金融政策を実施する」。地の利を生かして「ロシア極東圏との交流を進める」。いまや日本有数のコメどころとなったことから「道産米をフル生産し、農水産品を世界に売り込む」。広大な空間にスプロールした都市機能を「人口減少を睨んで福祉・介護のコンパクトシティ化を進める」。人口と諸機能の集中する札幌市が、北海道全体を支えることができるよう「新たな大都市制度を適用する」などがある。
 
  いずれも既存制度の枠を大きく乗り越えることで、北欧諸国にも伍していくような地域経営を行い、北海道の新たな発展につなげようとするものだ。
 
  それでは現実はどうか。2006年に地理的にはすでに道州の単位を先取りしている北海道を対象に、道州制を先行的・モデル的に実施する「道州制特区推進法」が成立。北海道からの提案に基づき、国から地方への権限移譲を個別の法令改正によって実現していくことが可能になった。

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 しかし、残念ながら、その進展は芳しくない。これまで移譲された権限は、調理師免許の一元化や鳥獣捕獲の許可手続きの簡素化など、限定的、断片的で北海道の自立性を飛躍的に高める改革になっているとはいい難い。民主党政権のもとでは検討も足踏み状態が続いていた。今般の道州制基本法案の動きを受けて、北海道の道州制特区は仕切り直しを迫られている。提言をヒントにして、道知事をはじめとする道内の政治家や官僚が、従来にない大胆な発想で北海道の未来を考えてもらいたいものである。
 
 
単独・特例型を志向する沖縄の道州制論
 
  もう一つ、道州制の地域ビジョンを巡っては沖縄の動きに触れないわけにはいかない。沖縄には琉球王朝の時代から受け継がれる「万国津梁(ばんこくしんりょう=世界の架け橋)」という地域像がある。
 
  現代にそれを具現化する取り組みが、2009年から那覇空港を舞台に始まっている。それは那覇空港を国際貨物の中継基地にし、国際物流拠点にしようとするものだ。時差を生かして日本とアジア各国間の貨物の到着時間を従来よりも早めることに成功し、貨物取扱量は短期間で成田、関空に次ぐ規模に躍進した。
 
  沖縄振興は国にとっても重要な施策であるが、近年、沖縄で振興策を議論する際に「魚ではなく釣竿を与えよ」という言葉が語られる。これは、補助金などの“魚”ではなく、自ら稼ぐことのできる道具が欲しいとの意味である。その究極の道具として沖縄が自ら選択したのが道州制である。
 
  道州制議論が進む中で、沖縄の人々は「九州・沖縄」が一体の区割りではなく、地理的特性を生かした「沖縄単独州」が望ましいと考えた。それを訴えるため、関係者による「沖縄道州制懇話会」を組織し、沖縄単独州を目指す理念・目的と、国と沖縄単独州の役割分担について検討。2009年には、沖縄州の設立方法や機構も盛り込んだ「沖縄の特例型道州制に関する最終提言」を取りまとめている。
 
  沖縄には、固有の歴史や米軍基地問題など他の地域とは異なる事情があり、結論に至るには幅広い議論が必要である。しかし、道州制時代の地域の立ち位置を明確にし、発信しいくことの重要性は他の地域も同じであろう。沖縄の取り組みは、道州制論議に際して、地域がいかに意見表明していくかの先例としても参考にすべきといえる。

 今回言及した九州、北海道、沖縄の取り組みは、いずれも日本列島の周辺部に位置する地域からの発信であることが興味深い。「変革は辺境から」ともいわれるが、グローバルな視野で発想すれば、これらの地域は辺境どころか一大フロンティアなのである。
 
  他の地域においても、潜在力を生かした将来ビジョンを描くことで、地域住民も道州制に対するイメージを持ち易くなるものと考えられる。そして、ビジョンが求められるのは、なにも行政や議会に限らない。市民や学生がワークショップなどの手法を用いて、道州制時代の「わがまち」をデザインする試みも魅力的である。
 
  たとえば、建築家の藤村龍至氏は、現在開催中の「あいちトリエンナーレ」の一環として、東海圏の建築系学生に呼びかけ、「中京都庁舎」と「東海州庁舎」をデザインする作業を、展示会場でのプレゼンテーションと来場者による投票を繰り返しながら進めている。
 その狙いは、道州制だから巨大庁舎を造ろうということではなく、道州制が求める政治や行政と市民の関係はいかなるものかをみんなで考え、それを建築空間に投影しようというのである。
 
  道州制の実現には国民的理解が欠かせないとされる。道州制を自らのこととして受け止めようとするなら、まずは自分が暮らす地域の将来像を考えてみることが近道であろう。各地域が主体的に道州制時代の将来ビジョンを描き、それらの集大成として新しい国のかたちづくりが進むことを期待したい。
 

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