最も重大な外交課題となった中国

政策シンクタンクPHP総研 主任研究員 前田宏子

 「自分は中国についてそれほど勉強してこなかったが、これからは中国が非常に重要になる。君たちの世代は、中国のことをよく勉強せなあかん。」国際政治学の泰斗、故・高坂正堯教授が学生たちに話していた言葉である。その言葉どおり、中国は、いまや日本の外交、安全保障政策にとって最も重大な課題を課す存在となった。
 
 中国を、いかにアジア太平洋地域の秩序に組み込んでいくか。中国が高圧的な外交姿勢をとっている現在、日本は同盟国や他のアジア諸国と協力しながら、まずは中国の単独的行動を牽制するよう努めなければならない。他方で、中国の台頭を抑えることは不可能であり、日本はそれを現実のものとして受け止め、中国が地域の安定勢力となる秩序のあり方を描いていく必要がある。
 
 我々がアメリカの軍事力を恐れず、中国の軍備増強を懸念するのは、アメリカのそれは日本および地域の利益と平和に貢献しているが、中国のそれは脅威となっているからである。中国人自身が、なぜ自国の台頭が脅威と見なされるのかについて正しく認識できるよう、我々は根気強く説明していかなければならない。そして、中国の力が他国に脅威を与えず地域の安定に役立つようにするために、どのような地域秩序を構築していくべきなのかについて、日中は対話を進めていくべきである。

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リーマンショック後に高圧的になった中国
 
 1989年に第二次天安門事件が発生し、その後まもなくソ連が崩壊すると、多くの人々が「中国共産党もそう遠くないうちに崩壊する」という中国崩壊論を唱えた。しかし現実には、中国は崩壊することなく、国内に様々な問題を抱えながらも急速な経済成長を実現し、GDPは日本を抜いて世界第二位の経済大国となった。かつて「地域大国ではあるがグローバルな大国ではない」と言われていた国は、いまや名実ともに世界が注目するグローバルな大国となりつつある。
 
 その中国の経済発展を可能にした要因の一つは、他国と深刻な衝突を引き起こすことを避け、経済成長を優先する、いわゆる韜光養晦(とうこうようかい:注1) 方針をとったことにあった。インドやベトナムとの武力紛争などがなかったわけではないが、改革開放時代の中国は、基本的に平和外交を推進してきたと言ってよいだろう。
 
 しかし、いまでは中国は韜光養晦を事実上放棄し、その平和発展路線に変更が生じるようになっている。2008年にPHP総研から政策提言『日本の対中総合戦略』を発表した際には、2020年の中国像について「成熟した大国」「覇権的な大国」「未成熟な大国」「不安定な大国」「秩序崩壊」という5つのシナリオを策定し、中国は「未成熟な大国」になっている可能性がもっとも高いと予測した。しかし、その後の5年間の中国の行動を見ると、「覇権的な大国」シナリオのほうにより近づいていっているように見える。
 
 中国の外交に顕著な変化が見え始めたのは2008年のリーマン・ショック以降である。それ以前から、海洋進出を推進する動きや、大国中国の崛起はどうあるべきかを巡る議論、たとえば中国は大国になったのだからもっと積極的な外交を行うべきではないかという議論は存在した。しかし、2008年北京オリンピックを控えてもおり、実際の外交政策においては、周辺国との関係を重視し、平和的な国際環境を維持することに努める従来の路線が維持されていたのである。だが、リーマン・ショックで世界が不景気に苦しむ中、4兆元(約57兆円)の財政出動で危機を乗り切った中国に世界の注目が集まるようになると、中国の外交・安保政策に、高圧的な姿勢が目立つようになってきた。

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 アメリカのオバマ政権は、政権発足時から対中融和路線を取っていたにもかかわらず、2009年秋のオバマ訪中時の対応や、台湾への武器売却に対する中国の反応は非常に強硬であった。さらに、南シナ海や東シナ海における中国の海洋行動が、周辺国との摩擦を生じさせ、地域の緊張を高めるようになっている。
 
「覇権的な大国」になると断定するのは早計
 
 中国が現在とっている対外姿勢は憂慮すべきもので、警戒心をもって今後の動向を注視しなければならないが、中国が必ず「覇権的な大国」になると断定するのは早計である。中国がグローバルに影響を及ぼす大国となったのは紛れもない現実だが、その経済成長のスピードに目がくらんだ人々は、中国の実力を過大視し、国内に抱える問題や置かれている状況を楽観視しすぎる傾向がある。
 
 中国が直面する深刻な問題の一つが、「未富先老」という問題である。これは、社会が十分に豊かになっていないうちに、労働人口減少が始まってしまい、高齢化社会に突入してしまうという状況を指す。中国のGDPは世界第2位になり、都市部の人々の経済水準は相当上がったが、一人当たりのGDPは6000ドルに過ぎず、医療や年金などの社会保障制度も十分に発達していない。これは、日本やアジアの四龍といわれた国々が人口減少の局面に入ったときよりもずっと低い水準である。
 
 今は高い経済成長で自信にあふれる中国の人々も、しばらくすれば、中国人の平和と繁栄にとっての問題は、国外ではなく国内に存在するという事実に目を向ける冷静さを取り戻すかもしれない。80年代、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と日本がもてはやされた時代、日本にもやはり傲慢な言説が登場した。日本には軍事大国になりたいという意図も希望も存在せず、その点は中国と大きく異なるが、いまの中国の人々も、自信が行き過ぎて傲慢になっている部分があるのだろう。
 
 そして傲慢さは、中国外交に従来備わっていたはずの賢明さと冷静さを損なうことにつながっている。周辺を多くの隣国に囲まれている中国にとって、強硬な外交は、いっとき中国を有利に立たせるように見えても、周辺諸国の対中警戒感を煽ることになり、結局は中国の安全保障環境を悪化させることにつながるというのは、過去、中国人自身が繰り返し述べていたことなのである。
 
中国が主張し始めた「新しい大国関係」とは
 
 自信を深めた中国が、最近アメリカに提示しているのが「新しい大国関係」である。習近平はまだ副国家主席だったときからこの用語を使っていたが、国家主席に就任して以降、中国政府は大々的にこの言葉を喧伝するようになった。中国側は、この言葉は「米中関係がウィンウィンの関係であり」、「新興大国が台頭するとき、既存の大国と必ず衝突するというセオリーを米中は繰り返さない」という意味なのだと説明する。しかし、中国指導者らの発言などからは、米中を二つの覇権国ととらえ、覇権国間で協調ができれば、他の周辺国との問題は自動的に解決すると思っている様子、また、自国の勢力圏(南シナ海や東シナ海)の出来事について、アメリカは干渉するべきでないということを要求し、同意を求めようとする意図が読み取れる。
 

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 しかし、このようなイメージが現実のものとなる可能性は小さい。20年、30年後、中国は地域で最も大きなパワーになっているだろうが、思うままに覇権を揮えるような卓越した唯一のパワーにはなっているわけではない。成長しているのは中国だけではないのである。インドやインドネシア、ベトナムなど東南アジア諸国も成長し、もちろん日本も相対的な経済力は低下しているとはいえ、覇権に抵抗する意思を保てるだけの国力は維持しているだろう。
 
「偉大な中華民族の復興の実現」をめざすチャイナ・ドリーム
 
 「新しい大国関係」とあわせて、最近、中国政府関係者がよく言及するのが“夢”の話である。これは、習近平政権が「中国の夢」というスローガンを掲げていることと関連していると推測される。たとえば2013年6月の米中首脳会談、7月の米中戦略・経済対話で、それぞれ習近平国家主席と楊潔チ国務委員が「中国もアメリカもともに“夢”がある国である。中国の夢とアメリカの夢には共通点がある」と述べた。
 
 しかし、アメリカン・ドリームとチャイナ・ドリームは意味するものが違う。高木誠一郎教授が指摘するように、アメリカン・ドリームは個人が努力し成功をつかむこと、またそれを可能にするアメリカの自由な気風を讃えるものである。チャイナ・ドリームは、具体的に何を指しているのかよく分からない部分があるが、少なくとも「偉大な中華民族の復興の実現」という言葉から解釈できるのは、民族や国家の威信を強調するものだということであり、個人の自由と夢を讃えるアメリカン・ドリームとは異なる。またアメリカン・ドリームはアメリカ内で達成するものだが、チャイナ・ドリームは対外的に拡張するもので、この点でもまったく異なる。
 
 中国の中には、近代以降の中国の歴史を屈辱の歴史ととらえ、“奪われたもの”を取り返さなければならないという思いに捕らわれている人々がいるが、“奪われたもの”が具体的に何を指すのかは往々にして曖昧である。さらに、そのような人たちの多くが、不公平で矛盾に満ちていると批判する現在の国際秩序システム-東アジア地域の国々が安定と平和を享受してきた―の恩恵を受けて、中国自身も経済成長を達成してきたという事実を無視している。
 
 尖閣問題について、中国は「日本が第二次大戦後の国際秩序を壊そうとしている」と批判するが、日本側に、平和と安定を供給してきた現存の秩序を壊さなければならない理由など存在しない。自らも受益者でありながら、アメリカが軸となっている既存の秩序に不満を抱いているのは中国の方である。現存の秩序を力によって変更しようとし、他の国々が納得できるような新しい国際秩序像を示すわけでもない――中国の台頭がなぜ脅威と見られるのかは、まさに中国のそのような行動に由来するのである。
 
安倍政権がとるべき政策とは
 
 中国が現状、尖閣周辺に船舶を送り続けるなど、「平和的台頭」とは矛盾する危険な兆候を見せている以上、日本が領土を防衛し、中国の挑発的行動を抑制するための対策に力を入れるのは当然である。日米同盟の維持と強化が日本の安全保障政策にとって極めて重要である状況に変わりはない。集団的自衛権の解釈の変更を含め、限られた防衛予算で柔軟かつ効率的な自衛隊の運用や武器の調達を実現していくための見直しが必要である。そして、安全保障政策の充実や防衛能力の強化を推進するにあたっては、日本が攻撃的な対応をしているという誤解を招かないようにするため、国際社会に対する説明を怠らず、日本が平和国家としての道を歩んでいく方針に変わりはないことを示し続けなければならない。
 

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 日米同盟以外に、インド、オーストラリア、韓国、ASEAN諸国などとの安全保障協力の推進も重要である。ただし、その際に日本政府は、他国の人々の対中観や個別に抱える利益と問題に、十分な配慮を払わなければならない。日本人がいま感じている対中脅威感を、他国の人々も同じように感じているはずと無意識に信じこむのは、日本の政策に対する支持を弱めることにつながりかねない。これらの安全保障協力の目的の一つが、中国の単独的な行動をけん制することにあるのは明白だが、中国を封じ込めようとしているのではなく、中国が諸国と協調しつつ地域の安定を図るつもりなら、このような安全保障協力に中国が加わることも歓迎するという姿勢を同時に示すべきである。
 
 また、日本はアジア太平洋地域にルールに基づいた秩序を築くため、積極的な外交を推進するべきである。南シナ海における強制力をもつ「行動規範」の策定へ向け、中国とASEAN諸国が公式協議を始めることで合意したのは一定の前進だが、重要なのは、実際にそのようなルールが策定され運用されることである。中国がどの程度、真摯に取り組むつもりなのかを見極める必要がある。
 
 尖閣問題について日中の政治関係は冷え込んだ状況が続いているが、この問題を含む東シナ海の秩序と安定について、日中は話し合わなければならないだろう。しかし、中国との関係改善については、中国の不当な力の行使に日本が屈したという誤ったシグナルを与えないよう、慌てず、日中間で建設的な対話ができる時機を待つべきである。逆に、急がなければならないのは、日中間の武力衝突を防ぎ、万が一衝突が起こってしまったときにエスカレーションを防ぐための危機管理メカニズム構築であり、実務レベルでの協議は進められなければならない。
 
 安倍政権は、今後日本の安全保障強化のため、さまざまな政策を講じていくと推測されるが、その際には事実に基づく説得力のある発信で、国際世論を味方につけることも重要である。英語による発信の強化、外国人も使用しやすい文献やデータベースを充実していくことが望まれる。歴史問題は政治から切り離し、外交の焦点とするのを避けるべきである。
 
 今はまだ機が熟していないだろうが、日中関係が少し安定した際には、台頭する中国の軍事力が地域の安定に役立つようにするために、どのような秩序をこの地域に構築するのが望ましいのか、中国やアメリカと対話を深めていくべきである。中国人がしばしば口にする不満が、「アメリカの軍事力には文句を言わないのに、なぜ中国が少し台頭してくると、脅威と非難されるのか。国力が上がれば、当然軍事力も大きくなる」というものである。

日本人からすれば、その力の使い方や行動に問題があるということになるが、中国側のこのような不満も無視すべきではないだろう。台頭する中国のパワーが、中国の国益のためだけではなく、地域の安定にも有益とみなされるようになるために、どのような行動が望まれるのか、どのような秩序ができるのか、ともに長期的視野をもって構想していくべきである。
 
それでも強固な、人と人の関係
 
 最後に、日中政治関係の緊張が続く中で、それでも多くの人が互いの国で働き、勉強を続けている。中国人の来日者数は残念ながら減少しているようであるが、たとえば日本側で村上春樹氏が懸念したような、中華文化を排斥する動きは起こらなかった。日中関係に関するメディアの報道の在り方や、ネット上における偏狭な発言が問題視されることが多い昨今だが、これほどの政治状況の悪化にも左右されない人々の紐帯が存在するというのも、日中関係の現実である。そのような点からも、相互の国民の理解を深めるための文化交流や交流事業は、日中間の政治環境に関わらず継続していく必要があり、中国側にも理解と同意を求めていくことが必要だろう。
 
 中国の中にも、現在の中国外交のあり方について懸念を抱く人々は、もちろん存在する。そして、より多くの、実際のところ政治や外交にそれほど関心を抱いていない中国人も存在する。残念ながら、今は強硬な姿勢を支持するアクターや利益団体の声が、外交政策に反映されやすくなっているが、長期的には、中国国内の国際協調派を大切にし、政治にあまり関心のない人々の対日関心を高める地道な努力を続けることが、日中関係の安定と発展に役立つはずである。
以上
 
(注1)1990年代初め、鄧小平が示した外交方針を表すキーワード。姿勢を低く保ち、能力を蓄えるの意。他国(特にアメリカ)との対立を避け、国際社会において頭角を現そうとせず、経済や国内政治社会の発展をまず優先させるという方針。

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