政治の分岐点で有権者が判断すべきこととは

政策シンクタンクPHP総研 研究主幹 永久寿夫

  自民党が昨年12月の総選挙で政権に返り咲いたとき、我われ有権者はどれだけの期待をかけていただろうか。得票数をみると、自民党に対する支持が拡大したわけではなく、民主党が大幅に支持を減らしただけなのである。その事実は、3年余にわたる民主党政権に辟易としたものの、といって自民党に希望を託したわけではない、という気持ちを示唆しているのではないか。実際、「自民党は変わりました」という演説のかたわらでは、「なぜ再び安倍さんなのか」という声が聞こえたものである。
 
 あれから半年が経過したいま、第2次安倍政権はいったいどのように評価されるべきか。次から次へと放たれたアベノミクスの矢も、TPP参加の決断も、「決められない政治」からの脱却をあらわしているように思われる。為替も株価も乱高下がみられるものの、民主党政権時代と比べれば上々である。中国や韓国との関係修復にはいたっていないが、リスク管理や外交・安全保障にも安定感がみられる。その実績が都議会選挙の圧勝をもたらしたと言えるだろう。とはいえ、墜落すれすれの低空飛行を続けてきた日本が、一気に青空に向けて機首を上げていくと確信をもてるわけではない。
 
 近年、衆院選で大勝した与党は次の参院選で大敗し、政治を停滞させる一因である衆参「ねじれ現象」を引き起こしている。この7月の参院選で、第2次安倍政権は参議院でも安定多数を獲得して本格政権の確立へと突き進んでいくのか、それともふたたび乱気流に突入していくのか、その方向を決める我われ有権者は、わが国が抱える課題、各党がかかげる解決方法をみきわめ、冷静に投票しなければならない。「変える力」特集第1弾は、その判断に資するためにPHP総研が発表した報告書『第2次安倍政権の評価と2013参院選の争点』のダイジェストである。

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「第2次安倍政権の評価と2013参院選の争点」ダイジェスト 
 
1.安倍政権の評価と課題
 
<経済・財政> 
アベノミクス三本の矢とは
 
 安倍政権はアベノミクスと呼ばれるようになった経済政策の「三本の矢」を次々に放っている。第一の矢は、インフレ率2%という物価安定目標を設定し、マネタリーベースを大幅に拡大させるというものだ。通貨の供給を増やしてインフレ率を「適正」水準で安定させるメリットは、将来を見越しながら消費や投資を行えるようにし、景気の上昇を招くというところにあるが、円安による輸出産業における売り上げ・利益の拡大、それによる株価などの資産価格の上昇を通じて、投資を進め、雇用を創出し、実質賃金の上昇によって消費を拡大させることも期待されている。
 
 第二の矢は機動的な財政政策であり、10兆3000億円の緊急経済対策費が2月成立の補正予算の中に組み入れられた。これにより、インフラ再構築など「復興・防災対策」、成長力の強化や研究開発、イノベーションの推進、中小企業対策など「成長による富の創出」、医療・子育てや地域活性化が進められる。こうした財政政策の効果は、第一の矢、さらには後述する第三の矢による成長戦略の成果として、いかに消費や投資機会が拡大するかに負うところが大きい。
 
 第三の矢は民間投資を喚起する成長戦略である。企業の収益が増え、研究開発やイノベーションが進んだとしても、それを国内投資に向かわせられなければ効果は限定的になる。そこで規制緩和を中心とした「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」という成長戦略が打ち出された。ただし、その内容については具体性に欠けるものや効果が定かでないものがあると同時に、実施のプロセスで政治的抵抗が生じる可能性もある。成長戦略を成功に導くためには、強い実行力と適時適切な修正能力が求められる。
 
規制緩和が成果を伸ばすカギ
 
 現段階でアベノミクス全般の評価はできないが、これまでのところは一定の成果を生み出している。1-3月期の実質GDPは年率4.1%増と前年10-12月期の1.2%、その前の7-9月期のマイナス3.6%から大幅に拡大している。常用雇用は、4月の速報で、一般労働者0.4%増と11カ月ぶりにプラスに転じている。また、現金給与総額の前年同月比が、0.3%増と3カ月ぶりの増加となっており、消費者心理をあらわす「消費者態度指数」も、政権交代後、4カ月連続で上昇している。一方、企業はいまだにデフレマインドから脱却していない。1-3月期の実質設備投資額は、実質0.3%減、名目0.1%減と前期比で5四半期連続のマイナスである。経営者は投資環境の変化を見極めている状況と判断できる。

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 このように、円安による企業収益の良化によって、給与が増加し、それによって消費も増えるという状況はあらわれつつあるが、その循環を維持し、さらに雇用を創出していくためには、イノベーションを引き起こし、新たな投資を誘発させる必要がある。それには、最後に放たれた第三の矢である成長戦略を工程表にもとづいて確実に実施すること、さらには実効ある企業向け税制措置の拡充も必要であろう。懸念されるのは、デフレ状況からの脱却にともなう長期金利の上昇である。上昇すれば、国債の利払い費も増加する。日本の財政の信頼性を維持するためには、財政運営健全化、とりわけ確実に支出が拡大する社会保障の制度改革について、具体案を示す必要がある。
 
<外交・安全保障> 
 無難な滑り出したが課題は中国
 
 安倍政権の矢継ぎ早の政策決定によって、日本の存在感は久々に高まった。また、アルジェリア邦人拘束事件や北朝鮮の核実験といったリスクへの対応も無難にこなすとともに、TPPについて懸念されていた米国との関係でも、共同声明をまとめて交渉参加に道筋をつけた。安倍政権の外交・安全保障政策全般には安定感が認められる。中国との関係では、ハイレベルでの会談の見通しは立たず、尖閣諸島をめぐる緊張状態も続いている。韓国との関係では、新大統領誕生に際し大物特使を派遣、竹島の日記念式典の開催見送り、島根県主催の式典へも政務官の派遣にとどめるなど、関係改善に意欲をみせたが、韓国側の態度に変化はない。一方、ロシアとの関係では、安倍首相が日本の首相としては10年ぶりに訪ロし、平和条約の交渉加速、経済協力や安全保障協力の強化で合意を得るなど前進が見られた。
 
 安倍首相の対外姿勢の基本は、中国をみすえながらの「地球儀を俯瞰した(すなわち地政学的視点での)戦略的外交」「基本的価値に立脚する価値観外交」であり、中国から見て重要性の高い国々に活発な外交を展開し、安全保障面での対話や協力を強化させている。例えば、インドとは、原子力協定締結交渉促進、海上自衛隊とインド海軍の共同訓練定期化、救難飛行艇輸出協議などで合意。フランスとは、共有する価値観のため、2プラス2の開催、防衛装備品に関する協力、輸出管理に関する協議の創設など安全保障や原子力分野での協力をうたった共同声明を発表。そこには「新たな大国の台頭で生じる課題に対応」するとの文言もみえる。日英首脳会談でも、情報保護協定を含む防衛・安全保障協力の強化が打ち出され、第五回アフリカ開発会議では、民間投資や人材育成など、援助や投資を拡大する中国との差別化をはかった。注目すべきは、日台漁業協定を締結し、尖閣問題をめぐる中台連携に楔を打ち込んだことであろう。

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歴史問題で隙を見せてはいけない
 
 ただし、こうした動向が実効性のある提携を自動的にもたらすわけではない。中国は世界経済のあらゆる側面において極めて大きな存在となっており、多くの国々は、中国の拡張主義的傾向に懸念を抱きつつも、自らの重要利害が明白に侵害されないかぎり、率先して対抗しようとはしない。日中が衝突して、どちら側に立つか迫られる事態も避けたいというのは、米国でさえ例外ではない。
 
 このような状況では、歴史問題での対応が、日本の立場を不必要に悪くする恐れがある。日本が戦後国際秩序に挑戦しているという中国の主張は荒唐無稽だが、日本側から歴史修正主義的な動きが出てくると、事情通でない限りどっちもどっちと見るようになる。北朝鮮問題を抱える韓国にとって、日韓の連携は望ましいものの、日本との関係改善で中国を刺激するわけにはいかない。米国も、中国への過度な挑発は避けたく、米国が明確に日本の側に立たない言い訳として、この問題が利用される可能性もある。地球儀を俯瞰した戦略的外交や価値観外交を成功させるには、第三国の複合的な中国観をふまえて注意深く進めるとともに、歴史問題などで日本が隙をみせないことが肝心である。
 
<政権運営> 
高い合意形成能力で政策を進行
 
 民主党政権と第二次安倍政権の違いは党内での合意形成能力を含めた指導力にある。アベノミクスの政策決定にもスピード感があったが、党内で意見対立があったTPP問題について、情勢をみきわめて政権としての方針を短期間で確立し、交渉参加決定にまで持ち込んだ力量は際立っている。官邸、各省庁、与党の連携プレーで重要政策を処理していくプロセスで、菅義偉(すが・よしひで)内閣官房長官などの個人的な手腕が発揮されていると考えられるが、一方で民主党政権時代の組織や制度を改変することによって、国家の中枢機能の強化や政策のスムースな実現をはかっていることも見逃せない。

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 例えば、経済財政諮問会議、日本経済再生本部および産業競争力会議は、民主党政権の国家戦略会議や新成長戦略会議に替わるものだが、司令塔としての機能が強化され名実ともに安倍内閣の中核に位置づけられている。民間有識者の発言を借りつつ、政権としての発信力強化をはかっているのも特徴的だ。また、行政刷新会議は廃止されたが、行政事業レビューや規制改革といった民主党時代でも高く評価されたものは、行政改革推進本部・行政改革推進会議(以前は行政改革実行本部、行政刷新会議)、規制改革会議(以前の規制・制度改革委員会)、農林水産業・地域の活力創造本部(以前は食と農林漁業の再生推進本部)によって踏襲されている。安倍内閣の半年間は、政治家個人の能力と組織の活性化によって、堅実な政権運営が行われていると評価できる。
 
2.2013参議院選挙の争点
 
 第二次安倍政権は、これまでのところ内政・外交ともに安定的な運営を行い、一定の成果を上げていると評価できるが、その一方で越えるべき課題をいくつも抱えている。そうした状況の中で、参院選では何が問われなければならないのだろうか。
 
<社会保障> 持続させるための将来像を描く
 
 日本の社会保障には、「中福祉・低負担」を維持するために、将来世代への借金である赤字国債の収入を含む公費が使われている。現在の社会保障と税の一体改革の寿命は短く、消費税率10%への引き上げ程度では、膨脹する社会保障費を賄うことはできない。社会保障を持続可能にするためには、受益と負担が一致する制度を確立しなくてはならない。社会保障制度改革国民会議の報告書が発表されるまで議論は本格化しない可能性はあるが、少なくとも将来の社会保障制度のあり方について大きな方向性が示されるべきである。

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<TPP> あらためて国民の信任を得て最善をつくす
 
 開放的でルールに基づいた経済秩序を日米が共同してつくりだすという戦略的視座に立って、TPPに参加していく必要がある。TPPが日本経済の発展に寄与しないのでは意味がなく、交渉の場で自国の利益が反映されるように最善をつくしつつ、国内でも規制改革等を通じてこの機会を生かさなければならない。また、与党はTPP参加方針を明示して、あらためて国民の信任を得る必要がある。TPP問題で党内分裂の動きを封じる上でも、政権獲得後の姿勢の変化に対して有権者の事後承認を得る上でも、このプロセスは不可欠である。
 
<規制改革> 確実に実行するしくみをつくる
 
 規制改革でまず転換されるべきは、規制の根拠となる法制度の基本概念である。例えば、雇用では、日本の「正社員」の定義が雇用に硬直性をもたらし、結果として正社員の雇用総量の縮小を招いている。また、既得権者の抵抗により抜本的な見直しには至っていない規制、改革案が定まっているにもかかわらず政治的思惑や指導力の欠如により先送りされてきた規制の改革を進めなければならない。さらに、規制が新設される際には定期的見直しが義務化されているが、要件や点検体制が明確でなかったり、古い規制の中には義務化されていないものも多く、これらを自律的かつ効果的に見直しする体制の確立が求められる。
 
<社会資本整備>「つくる」から「活かす」へ大転換する
 
 現在、自治体は道路の9割、トンネルの5割、上下水道の9割を管理しているが、老朽化対策に効果的な対策を打てないでいる。その最大の理由は、財源不足である。現有施設を維持更新するには、年間約8~10兆円もの資金が今後50年ほど必要とも言われている。国と自治体には、老朽化した公共施設の維持管理・更新投資を優先し、新規投資を後回しにするという新しい公共事業の発想が求められている。

 
<教育制度> 実効ある責任体制を確立する
 
 昨年社会問題となった大津市のいじめ事件をきっかけに、責任の所在が不明確という指摘がなされ、教育委員会制度改正が検討事項としてとりあげられるようになった。教育再生実行会議が行った教育長を責任者に位置づけるという提言は、現状追認にとどまっており「責任体制の確立」という制度改正の目的に合致しているとはいいがたい。制度改正の目的を達成するには責任を「首長に集約」させる選択が妥当である。これによって教育行政と予算の責任が一元的に集約されるからである。
 
<対中政策> 紛争を管理可能なレベルに抑制する慣行をつくる
 
 中国との関係をどうしていくかが現在の日本外交の最大の眼目である。尖閣問題については、法的な隙間を埋めるとともに、海上保安庁や自衛隊の能力向上と連携強化をはかることが不可欠である。さらに日米が戦略的視座を共有し、共同演習などの具体的な行動により強制的な現状変更を座視しない姿勢を見せるべきである。また、他国とルール形成で連携することや、それらの国々の拒否能力を高めることも積極的に推進していかねばならない。こうした複合的かつ実効的なヘッジ策を背景とし、紛争を管理可能なレベルに抑制していく慣行を日中間で作り出していかねばならない。
 
<防衛政策> あるべき姿について見識を競う
 
 安倍政権は民主党政権期につくられた防衛大綱を見直す方針だが、なぜそれが必要なのか、主要な変更点はどこかを明示すべきである。5月末に自民党の国防部会と安全保障調査会が発表した防衛大綱の見直しについての提言には、策源地攻撃能力の検討や自衛隊への海兵隊機能の付与、集団的自衛権の検討、自衛隊の人員・装備・予算の大幅拡充、といった内容が含まれている。こうした点について論議を深めつつ、防衛・安全保障のあり方はどのようにあるべきか、各党の見識を競い合うことが不可欠である。

 
<歴史認識> 中国や韓国に利用させない
 
 閣僚の靖国神社参拝や歴史認識に関わる有力政治家の発言は、国際的に波紋を呼び、中国や韓国のみならず、米国からも強い懸念が寄せられた。中国は、尖閣問題での日本の姿勢を第二次大戦後の戦勝国秩序への挑戦と位置づけるなど、新たなかたちで歴史認識問題を持ち出しており、「過去を反省しない日本」というイメージをつくらせないよう、責任ある立場の人々は言動に慎重を期する必要がある。安倍内閣は、「靖国」をなるべく政治・外交問題にしない、歴史認識については歴史家に任せる、という姿勢を貫くべきであるし、野党は、歴史認識問題で政権を追い込もうとすべきではない。日本が半世紀以上にわたって侵略を否定し、基本的人権を守り、民主主義を維持してきた国であるという事実を強調することこそが、政治家の務めであろう。
 
<道州制> 懸念と危機感を払拭する
 
 道州制に関しては、自公み維の4党が基本法案の早期国会提出で一致していたが、秋の臨時国会に先送りされた。その理由は、道州制が国主導型になるのではないかという懸念とさらなる合併を迫られるのではないかという危機感が地方に存在し、自民党内で慎重論が出たからである。道州制は、地方も国も効率的で生産的な政治・行政を実現するための大改革である。まずは、そうした懸念や危機感を払拭するために、道州が国の出先機関ではなく広域自治体であることや、市町村間の水平連携ならびに府県が町村に対して果たしている垂直的補完・支援機能を道州に残すことを明示し、道州制基本法を早期に成立させなければならない。
 
<憲法改正> 改正要件のほかに議論すべきことがある
 
 一部の政治家が憲法改正の発議要件の緩和を主張しているが、自民党の中においても、安倍総理の持論を含め意見が複数あり、議論はまだ熟しているとは言えない。そもそも日本の改正要件は特段に厳しいというわけでもないし、これまで具体的な条項の改正に向けて発議を行おうという高まりがあったわけでもない。いま政党が優先すべきは、改正要件の先行改正というよりは、現代社会において憲法の何が問題で、どの条項をどうすればよいのかという点を具体的に打ち出し、それを憲法審査会で徹底的に議論し、その内容を国民に向けて問うことである。
以上

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