問われるのは環境変化に合った社会づくり

松谷明彦(政策研究大学院大学名誉教授)×荒田英知(PHP総研主席研究員)

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松谷明彦氏(政策研究大学院大学名誉教授)

2.加速する「大都市の高齢化」
 
荒田 人口構造の歪みが「東京劣化」にもつながっていくのだと思いますが、都市と地方の視点から見た人口問題に話を進めたいと思います。
 
松谷 わが国では1975年ぐらいから急速な高齢化が始まったわけですが、そのときの高齢者は、大正から昭和にかけて軍部がやった出産奨励運動で産まれた、戦前のベビーブーム世代です。
 
荒田 戦前にも人口ピラミッドの山があったと。本当はそこが第一次ベビーブームだったということなのですね。
 
松谷 地方ではそれより早く、高齢化は60年代から始まっています。若い人の大都市への転出が加わったためですが、その結果、若い人が流入を続けた東京に比べて地方では高齢者の割合が多くなり、従って死亡者の割合も増えて、早くも70年代から人口減少が始まりました。
 では、そうした高齢化がいつまで続くかというと、大体もう終わっているとみて良いでしょう。地方の人口減少はこれからも続きますが、高齢化はほとんど進みません。
 
荒田 ある意味では激変期から安定期に入ったと。
 
松谷 65歳以上の人口に対する比率を高齢化率といいます。この数値からすれば、地方も相当高齢化するように見えます。たとえば、秋田県だと2010年の29%から、2040年には42%ぐらいに上昇します。いかにも高齢化が進んでいるようにみえるじゃないですか。ところが、これが大きな間違いなのです。
 
荒田 割合よりも実数がどうかという話ですね。
 
松谷 正確には年齢階級別の人口構造をみます。なぜ地方の話を先にしているかというと、これをやらないと東京の話ができないからです (笑)。秋田県の場合、2010年の高齢化率29%の時の人口構造のグラフを、2040年に42%になる時のグラフと比べてみると、双方の傾きに大きな違いはありません。つまり、秋田県では2010年から2040年までの間に人口の構造的な変化がないことがわかります。
 もちろん、これまでは大変でした。高齢化の進行で、一人当たり所得が下がったり、税収が減って財政が悪化したりして苦しめられました。しかし、結果としてたいしたことにならなかったのは、地方には東京というお助けマンがいて、交付金や補助金で補填されたからです。
 一方、東京の高齢化率は2010年の20.4%から2040年に33.5%になると推計されています。率だけをみれば高齢化はまだ緩やかなようにみえますが、人口構造のグラフは全く異なる形に変化します。だから高齢化率だけで観察することは非常に危険で、判断を誤ることになります。
 これからどうなるか、東京の高齢化はこれまでの地方の高齢化よりずっとすごいスピードで進みます。今まで地方が経験してきて、もう既に終わった高齢化の弊害がもっと大きな形で東京に起こる。地方には東京というお助けマンがいたけれども、東京にはお助けマンがいない、これは大変なことです。
 
荒田 財政的には、「税による仕送り」が持続可能性を失ったということになります。
 
松谷 高齢化について、もう一つ考えなければいけないのは、高齢者の数が増えるということです。率ではなくて、数が増える。東京ではこれから2040年までに143万人高齢者が増えます。高齢者は社会でサポートするということになっていますから、当然これだけの高齢者をサポートして介護していかなきゃならない。そのためにはそれだけの施設も要れば、マンパワーも要る、当然財政資金も要る。もともと、高齢者の比率が増えれば、納税者の比率が落ちて、財政収支は悪化しますが、それに加えて、そうした「ハコモノ」需要がさらに財政を悪化させるというわけです。
 
荒田 以前は多数の現役世代で高齢者を支える「御神輿」状態だったのが、三人で一人を支える「騎馬戦」になって、2040年には一人が一人を支える「肩車」社会になるという話があります。比率の問題も深刻ですが、肩車に乗る実数の巨大さを意識しないといけないですね。
 
松谷 数が非常に重大です。東京の高齢者が143万人増えたら、100万床ぐらいは老人ホームを増やさないと無理です。それでは、島根県はどうかというと高齢者が2万人減ります。ということは施設が余ってくるのです。数の変化も捉えないと社会がどれだけ大変かということがわかりません。
 
荒田 東京の高齢化問題の深刻さは、他の大都市にも共通する部分があるように思います。国立社会保障・人口問題研究所の推計をもとに、全国に20市ある政令指定都市の75歳以上人口比率の2010年から2040年の増減率をみると、東京23区が167%なのに対して、相模原市240%、千葉市232%、札幌市223%、仙台市221%、さいたま市215%、横浜市209%など、東日本の大都市が軒並み高い比率となっています。東京で生じる問題が同じようにこれらの都市でも発生すると見るべきではないでしょうか。
 
松谷 むろんそうですが、東京はなんといっても「数」が多い。それだけ問題も大きいのです。ちなみに、東京の増加率が小さいのは、当初は東京にたくさんの若い人が流入したのが、地価の高騰などで東京に住めなくなって、神奈川や埼玉や千葉に行ったからです。県として高齢者の増加率は、神奈川県等の方が高くなっています。他の都市圏をみると、例えば大阪も空洞化が進んでいます。
 
荒田 たしかに、先ほどの数字だと162%で東京より低いですね。
 
松谷 大阪は、大都市のなかでは、高齢化が進んでいる方ですね。原因は空洞化です。札幌、仙台は、北海道と東北の中心都市ですから特殊な環境にありますが、横浜とか埼玉とか川崎とか、東京周辺の都市はこれから高齢化が始まるということです。
 
荒田 東京の後を追っていっているというわけですね。
 

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