「伝統に回帰する」か「さらに国を開く」か -憲法改正論の新潮流―

政策シンクタンクPHP総研 研究主幹 永久寿夫

京都大学曽我部教授

2.古き良き日本の復興か、さらなる開国か
 
永久 二つの草案は両極にあるように見えます。JC草案は、すごく保守的なイメージ。ゲンロン草案は、新しい価値というか、現状の価値を肯定的に捉える姿勢。ですが、じっくり読むとそれほど違いはないようにも見える。このあたり、憲法の専門家が読まれるとどうなのか。曽我部さん、お願いします。
 
曽我部 憲法改正案を考える場合、大きく二つの側面があります。一つは、理念や価値のレベルで構想する。もう一つは、ねじれ国会や財政規律をどうするかなど、法技術的な観点で構想することです。二つの案はいずれも理念にウエートを置いた案だと思います。
 
 両者とも、現行憲法の理念とは多かれ少なかれ異なった理念を打ち出していますが、グローバル化とか、安全保障環境の変化とか、現状認識は大きく違いません。対極的なのは、その対応です。ゲンロン草案の前文には「開かれた国」という文言があります。グローバル化時代の日本を開かれた国にしなければならないが、現行憲法はその点が不十分だと見ている。それ以外は、日本国憲法の基本理念が踏襲されています。「開かれた国」という理念と国民主権は、対立する局面もあるのですが、かなり巧妙にその両立をはかっています。
 
 JC草案は、グローバル化時代だからこそ、日本人はアイデンティティーを持たなければならないという姿勢です。それには、古きよき時代に回帰しなければならない。現憲法にはない「共同体」という言葉が何度も出てきますが、これは、家族、地域、あるいは日本全国、要するに、天皇を中心とする日本人の共同体なのでしょう。
 
 過去に回帰するに当たって、制度だけではなく、国民も変わらなければならないという点が特徴的です。例えば、国民は、歴史や伝統を尊重し、公益、国益に尽くす責務がある。そうした責務を果たしている限りは、保護される。国家緊急権の規定がありますが、一般には国家権力の濫用のおそれがあるとして批判されますが、むしろ、国家たるものは日本人を守らなければならないという発想によるものでしょう。他方、国民以外、あるいは国民であったとしても、共同体の義務に反するような者には冷たいという印象で、外国人の権利や刑事被告人の権利などが大幅にカットされています。
 
 一方、ゲンロン草案は、国民に対して冷たい。住民という概念をつくり、外国人であってもかなりの権利を認める。国民を甘やかすのではなくて、国を開いて外国人と競争させるということが、逐条解説には書いてあります。
 
 まとめると、JC草案は、伝統的な日本の復興を目指す。国民はこの伝統を受け入れる限り、非常に心地よく守られるというイメージ。ゲンロン草案は、開かれた環境の中で、在日外国人も含む住民が競争と協働をしながら、政治的な意思形成を行っていくというイメージです。
 
永久 ただ、制度については似ている部分もあるように見えます。例えば、元首。JC草案は、「天皇は元首であり、日本国民統合の象徴」。ゲンロン草案は、2人元首がいて、天皇は象徴的行為を行う象徴元首、首相は行政権の行使をする統治元首、とあります。二つとも、実質的に今と変わらないのではないのでは。
 
曽我部 相当違うと思います。元首は対外的に国を代表する象徴的な意味を持ちますが、もともとは統治権を総覧する実権を持った人です。
 
 元首は国の一体性を象徴するものだから、ゲンロン草案の二元制は、概念矛盾の感じがします。また、例えば、天皇と総理が二人で外国訪問した時に、どちらが外交儀礼上優先されるのか。天皇の元首性は各所で言われているので、天皇は元首とする。それだけだと天皇の権力強化ととられる恐れがあるので、もう1人元首をつくったという妥協策のように見えます。いずれにしても、他の条文も併せ読むと、天皇の権力強化は想定されていません。
 
 JC草案は、天皇1人を元首と明記しただけでなく、条文もかなり変えている。例えば、現行第3条「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」の「承認」と、第4条「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行」うの「のみ」が消えている。これだと、天皇は憲法に定めのない国事行為を内閣の承認がなくともできることになり、場合によっては、政治的な責任が発生する可能性もある。
 
 また、皇室典範は今の憲法ではそういう名前の法律ですが(現行第2条)、JC草案では、皇室が自分で内部ルールとして決めることが許容されています。さらに、皇室に財産などを献上する場合、現行第8条所定の国会の議決が不要とされており、皇室の経済的な自立性を拡大させる可能性があります。
 
永久 「承認」と「のみ」を削除したのは、天皇の権限拡大を意識した結果ですか。
 
松原 今が中途半端ということです。天皇陛下は海外では元首あつかいです。にもかかわらず、憲法では元首ではない。元首であると地位を明記することで、国民だけでなく、広く諸外国に対しても立憲君主制度の君主であると定めました。権限については、そこまでの認識があったかどうか、明言できません。
 
 
永久 ゲンロン草案のほうは、2人元首がいる。
 
西田 JC草案と同じように、天皇はどういう存在なのかを明記すべきということです。機能的には現状を追認しています。
 
 

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