日本は国際的なルールづくりで先導的な役割を果たせるのか

小田正規(青山学院大学WTO研究センター客員研究員)×熊谷哲(PHP総研主席研究員)

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熊谷哲(PHP総研主席研究員)

5. 交渉の行方と中国の影
 
熊谷 「夏にも実質合意か」という報道もあったかと思うのですが、交渉の行方についてはどのように見ていらっしゃいますか。
 
小田 私は極めて悲観的です。年内に妥結する確率は3分の1あるかないかでしょう。今や日米を除く10か国は、日米が妥結しなければTPPは前に進まない、極論すると日本が譲歩しない限り無理だという共通認識ができかかっています。たとえば農業については、アメリカが弱気になることをオーストラリアやニュージーランドが強く牽制しているので、アメリカも安易に妥協はできない。
 
熊谷 日米協議の行方が焦点だけれども、単に二国間の関係だけで推し量れるものではないということですね。
 
小田 彼らがそういうスタンスでいることは昔から変わらないので、ある程度は想定の範囲内だと思います。ただ、彼らはここで安易に妥協してしまうと、近い将来に中国との交渉が現実化したときフリーハンドを与えてしまうと考えているので、せめて日本にはもう少し譲歩してもらわないと困ると確実に思っていますね。
 
熊谷 国内の利害関係者を慮るあまり、次に来るであろうタフな交渉相手の中国と対峙する時の日本の立ち位置まで想定して、準備できてはいない。そこをにらんでの交渉も、いまどこまでできているのかわからない。そもそも、そんなことは余り考えてなさそうに見えるのですが。
 
小田 そのあたりのギャップを抱えたまま膠着してしまって、秋になってアメリカが中間選挙に突入したときに「交渉が進まないのは日本のせいだ」として日本悪者論が首をもたげるようなことになると、日本にとってはよろしくない。
 
熊谷 夏の合意は難しく、秋にアメリカの中間選挙が控えているとなると、次の山場はどこになるでしょうか。
 
小田 関係閣僚が北京に集まる10月がひとつの焦点になると思います。そこが無理だったら確実に年をまたぐので、可能性からすると、年内妥結が15%ぐらいではないでしょうか。いや、大筋合意まで持っていける確率でも15%は厳しいかもしれませんね。
 
熊谷 逆に、TPPが実際に起動しなくても、あるいは不十分な内容にとどまったとしても、日本経済にはそれほど影響はないと見ていますか。
 
小田 TPPの最大の眼目は、日本は高度な自由化をめざす枠組みに入っていく度胸はあるし、国際的なルールメーキングで一肌脱ごうとしている国であるというメッセージを発することであり、そういう国だったら一緒にビジネスをしたいと思う国や投資家が現れるということが最大のメリットです。ですので、私は妥結が必要十分条件だとは考えていません。
 
 その意味では、日本のせいで交渉が進まなくなっていると思われることが最悪であって、やはり全体合意を得るために献身的に努力している、前に向かって進んでいるんだという姿勢を示し続けることが、何より必要だと思います。
 
熊谷 その意味では、問題を的確に捉えて、複雑な多元連立方程式を解きつつ、将来を見通しながら交渉で実を取る。そのために必要な体制を再構築していく、ということが大事になってくるのですね。
 
小田 それこそまさに、TPPを通して日本が問いかけられている構造的課題そのものだと思いますね。

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